表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【書籍化】騎士爵家 三男の本懐 【重版決定!】  作者: 龍槍 椀
第一幕 『魔の森』との共存への模索
103/182

――― 探索へ確かな足取り  ―――

 

 にこりと朋の頬に笑みが浮かぶ。 私の思わず出た言葉に、嬉しそうに反応したのだ。 だから、そう云う所だぞ。 不用意にそんな笑顔を出すな。 心がざわついてしまうではないか。 咳ばらいを一つ落として、朋の言葉を聞く。



「ご明察。 面体(マスク)はこの濾過器を通して外気を吸い込み、正面口元にある逆流防止膜で排出される。 ある程度の容量は確保せねばならないが、そこまで大きくはしなくても良い。 まぁ、こんな所だ。 あっちへ行くときに実証してみろ。 きっと役に立つ」


「どのくらい作った?」


「試作品は五個。 試行錯誤の欠陥品だからこれは渡せない。 持って来たモノは一応完成品と思って貰ってよい。 先行量産として二十と五個作った。 色々と仕事がある遊撃部隊で森の探索を任務とする人員はそれ程多くは割けないからいい所じゃ無いか?」


「……そこまで見越していたのか?」


「あぁ、なにせ私は天才なのだからなッ!」



 腰に手を当て、大きく胸を張る朋。 戯言抜きで、本物の天才を私は見た。 一度…… たった一度きりの森歩きで、遊撃部隊が今後直面する困難を見抜き、未だ解決策を見出せてはいない私に完成品と云える『魔道具』を提示してくる。 天才と云わずして、どう表現すべきか…… 言葉を失う。



「任務は重いのだろ? 民や兵にとっても、貴様の為すべき事は必要な事なのだろう。 人を殺す魔道具でない限り、私は協力するよ。 何なりと言ってくれ。 その方が楽だ。 今は自分が見つけ出した『困難』から、研究を着手しているが『要望』が有る方が目指す先は容易に理解できる。 王都に報告義務も有るのだよ。 実績の報告というやつだ。 同じ造るのならば困難を感じている民草や兵達の役に立ちたい」


「……感謝する。 心の底から感謝を申し上げたい」


「嫌だな、居候させてくれて、自由に研究をする事を許し、更には『素材』の使い放題。 それの礼でも有るのだよ朋よ。 むしろ、感謝を示さねば成らないのは私の方だ。 いや、本当に助かっている」


「有難い言葉だ。 これで…… これで、『魔の森』中層域探索の目途が立ったよ」


「そうだろ、誉めろ、誉めろ。 なんたって、私は天才なのだからなッ!」



 幾らでも自慢して欲しい。 それだけの価値は有るのだ。 故に、私は彼の作り上げた『魔道具』を検証せねば成らない。 如何に素晴らしい物でも、それを使いこなさなければ『宝の持ち腐れ』と言うモノだ。 先ずは【念話】の変形魔法術式。 『浅層の森』の小道の拡幅に合わせて実証実験を成し、有用性の確認をする。


 これに成功すれば、物資輸送が格段に安全となる。 随伴の戦闘人員にも余裕が持てる。 不意を突かれる事も無くなる。 つまりは、不慮の事故が減少し死傷者が減り、所定の量の物資を目的の場所へ遅滞なく送付する事が可能となるのだ。


 互いに顔を見合わせ、互いの意思を確認し合う。 なにより、感謝を朋に捧げた。 自分一人ではこのような発想は得られなかった。 例え着想を得たとしても、元に成る私の知識量は彼とは違い段違いに少ない。 作り上げるまでには紆余曲折が有ろうことは間違いない。 刻は待ってくれない。 『魔の森』探索の使命は、今の私にとって何よりも重く圧し掛かる『義務』でも有ったのだから。


 そして、時は進む。

       ……状況は加速しながら




     ――― § ――― § ―――




 予定よりもかなり早く『浅層の森』小道拡幅作業は終わった。 全ては兄上の差配のお陰。 主力部隊と護衛部隊の輜重隊および工兵達の大量動員を決して下さったからだ。


 浅層の森の整備は、今後も森の探索の為だけではなく、其処に生きる糧を得る為に入る人々の大いなる救いとなる事を看破して下さったからだ。 猟師たちの行動範囲が広がり、冒険者達が苦労せず目的の場所まで到達でき、更には仕事を終えた後に『命の危険を感じる事無く』帰還する事が出来るようになったのだ。


 単に道が広がっただけでは無いのだ。 馬車の運用が出来るように路盤さえ整備し魔導通信線を重複して埋設も出来た。 それにより、検証の結果、有用と判断された朋の魔道具の設置も、順次執り行われるに至る。


 小道の要所要所に設置されている『番小屋(ヒュッテ)』に【呼子残響機(エコー)】と命名した彼の「魔道具」を設置し、運用を開始した。 『砦』に於いて、自動書記の魔道具から時折吐き出される紙片には、危険度が高い小型、中型の魔獣がどの『番小屋(ヒュッテ)』に接近しているかをほぼ即時通報してくれている。


 通信士の者達が、私の執務室の大地図と、兵達が集合する大広間に掲げてある大地図にその情報を書き込んで行く事とした。 更新間隔は二刻。 その情報収集が軌道に乗ってから、輜重隊への被害や遅延は激減している。 対処すべき魔獣の位置と危険度が一目瞭然となっているためだ。 しかし、まだまだ改良の余地が有るのは確かだ。 それについては朋とも相談している。


 ようやく『浅層の森』最奥にある『番小屋』の拡張に着手できる時が来たのだ。


 滝の上にある拠点として、岩塊を繰り抜いた『番小屋』を拡幅し、遊撃部隊全兵力が滞在できる程の大きさまで拡張した。 各種の備蓄物資や簡単な鍛冶施設、医療の提供が出来るようにも整えた。 『砦』の遊撃部隊の施設を縮小した形にまで持って行く事が出来たのだ。 


 時折その様子を見に来たエスタリアンの彼女が目を見張る程の速度での整備。 私もその陣頭指揮を執る事が多くなり、森の探索の新たな足掛かりとしての場所を手に入れる事が出来たのだ。 ある日、エスタリアンの彼女が来訪し、私と共に日の沈む『魔の森』を眺めつつ、言葉を交わしていた。



「早かったね、此処までのモノを作り上げる所まで来たのは」


「有難い事に、多くの人達の協力が在っての事だ。 それ程までに、「魔の森」の神秘について心奪われていると云っても良い」


「ふーん、そうなんだ。 でもね、悪い知らせが有るのよ」


「なんだろうか?」


「貴方達が『中層の森』と呼んでいる場所ね、一部地域は私達エスタリアンにとって禁足地なのよ。 入る事も出来ないし、魔獣を使役して伺う事もしては成らないと、固く侵入を禁じられている場所なの。 なんでも、古エスタリアンの罪の証が有る場所なんだって。 古老達がそう云うのよ。 だから、貴方達だけで踏破し、貴方達の言う『深層の森』まで来てくれないと、私達は手を出せないの」


「ふむ…… 色々と有るのだな。 『魔の森』の神秘は深く閉ざされているという事だな」


「禁足地を踏破する事は古エスタルの罪を見ると云う事に他ならない。 それによって貴方達が何を考えどう行動するか。 それを今後の付き合い方の試金石としたいと古老たちは言うの。 情報は一切与えては成らないとも云われたわ。 でも、そんな事は出来ないのよ。 だって、私達もあの場所に関しては何も知らないし、何が在るのかすら判らないのだもの」


「それ程に過酷な場所なのか?」


「そうね…… 行ってみればわかると思うけど、一つだけ教えてあげられる事があるの。 あの場所の空間魔力量は異常なのよ。 膨大な魔力が渦巻いていて、今も増加し続けているわ。 原因は判らないの。 本当よ。 だから、私からもお願いがあるの。 あの場所に何が有るのか、そして、何が起こっているのかを調べて欲しいの。 古老たちは手を出すなと言うばかり。 うん、畏れ、憎悪していると云ってもいいわ。 でも、あの場所を放置し続ける事は、良くない事だと(こころ)が囁いて来るのよ。 最奥の森から出て、周囲の事を知るエスタリアンの狩人である者達の総意よ」



 沈む夕日を見詰めながら、彼女はそう云う。 深層の森の最奥に住むエスタリアンの禁忌。 禁足地として指定されている『中層の森』の奥地。 空間魔力量が深層域よりも濃く、今も増加し続けていると云う場所。  エスタリアンの古老達が、忌避し憎悪すらしていると…… 彼女は言うのだ。 


 エスタリアンの古老達と会う為には、必ず踏破せねばならない場所。 見極め、理解し、自分たちなりの答えを、その中から見出さねばならない場所。 


 その場所こそが、試練の場となる事だけは……



   理解出来た。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
朋さんと、開発と現場での試験運用の役割を分担できるのは良いですね。 主人公の体は一つだけなので、開発と探索の同時進行は無理があるわけで。
TS天才令嬢のポーズが、勝ったなガハハにしか思えない
朋が有能すぎて主人公の存在が希薄になってしまって面白さが半減。あとTS令嬢ずっと続けるならタグに入れて欲しかった。心が女なら良いですが、そうでないならちょっと無理です。きつい。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ