――― 探索遂行への光 ―――
朋は真剣な面持ちで、魔法術式の説明に入る。 何の変哲も無い…… と言うか、欠陥品とも言える魔法術式を前に、彼の言葉を耳にする。 一体、どういう使い方をすると云うのだ。 まだ、全容は見えない……
「これをな、『番小屋』の通信機に接続する。 極低い音が、全周囲に発信されるのは理解出来るな」
「あぁ」
「でだ、【念話】の特徴を思い出せ。 【念話】の交信を段階的にな。 先ず一番先に何が起こる」
「『念話器』だと、発信を捕まえた魔道具は、波を捕まえた事を知らせる為に受信の合図を送り返す。 人が魔法で使用する【念話】を基本に、その術式を編んだ」
「そうだな。 内包魔力を持ち、魔法の才を持つ者が『念話器』を使用するとどうか」
「その過程は飛ばされる。 自身がその能力を持っているからな。 これは自動的な反応で、制御する事は出来ない。 だから、【念話】の使用が難しいのだ。 それは、判っているだろ?」
「そう、指向性と自動対応という問題。 さらに多数の者が反応すると意味のある言葉として伝播できないという特性。 それが、一般的に【念話】の広域使用を阻害している要因だ。 反対にこれを利用する手を思い付いた」
「と云うと?」
「言葉や意思を乗せず、単一の『音』を使う。 意味がないので、減衰しても問題は無い。 そして、使う『音』を厳選すれば、その可聴範囲は視界よりも遠い所まで届く。 更に言えば光学系統とは違い、樹々や地形には、『念』を乗せた魔力は反応しない。 そして、受信した者はそれを受信した事により、反射波を送り出す。 内包魔力を持つモノは、コレを抑える事は出来ない。 だろ?」
朋が何を意図したか理解した。 視覚に頼らない周辺状況の確認。 そうか…… その手が有ったか。
「あぁ…… そうか、一定時間の間隔をあけて発報を繰り返す。 反応が返って来た方向に『内包魔力を持つモノ』が居れば、否応も無く反射波を送り出す…… それにより、魔力を持つモノが発見できる。 しかし運用上の制約は有るのだろう?」
「移動しながらでは無理だ。 自身の位置が定まらぬならば、虚探知でどうしようもなくなる。 だが、固定した発信源ならば、反射波の距離と方位は精測出来る。 こっちの術式がそれだ」
「盲点だったな。 【念話】には、そんな使い方が出来たのか」
「これほど濃密に魔導通信線を敷設したのだ。 そして、これだけの『番小屋』の数。 今、拡幅している小道の周辺に、この二つの術式を用いた魔道具を配備すれば、小道の周辺に出没する魔物魔獣の場所の特定が継続的に取得できる。 自動的にな。 情報を処理するのは『砦』の通信室となるが、此方も自動受信をかませば、通常の通信とは分けて運用が可能だ。 探知した『番小屋』の個別番号と、探知した反応強度、距離、方位を自動書記する魔道具に噛ませる。 反応強度に制限を掛ければ脅威度の大きなものだけを選び出せるな」
この思考方法だ。 【念話】という使い勝手の悪い魔法を魔法術式に落とし込み、どのような行程を経て通信が成り立つのかを熟知して居なければ、此処までの思考を組上げる事など出来ない。 まさに天才の所業と言う所だ。 距離の在る人との会話を成立させる為の魔法が、前世の記憶から云えば、魚群探知機やソナーのようなモノに使えると云うのは、完全に盲点だった。
「成程…… そうか…… 判った。 考慮に入れる」
「そっちで精査して、組み込みを考えるならば、私に云え。 自動書記の『魔道具』は、直ぐにでも作ってやるし、通信室にも専用の魔道具を設置してやる」
「有難い。 精査させて貰う」
「ん。」
傲慢とも言える表情で私に『浅層の森』での問題解決の光明を与えてくれた。 別の視点から問題を見詰める事がどれだけ大切かを思い起こさせた。 そう云えば魔法学院の錬金塔での学びでも、幾つもそんな事が有ったな。
朋の存在が本当に貴重で大切だったのだと今改めて噛みしめざるを得ない。
神の采配の妙と言うモノを実感する。 しかし、この幸運も与えられた『使命』に対しては余りにも小さな事。 魔法学院での時間が無ければ、今の私はいないという事実にどれだけ心が冷たく寒くなるか……
人との繋がりがこれ程『状況の変化』を齎すか。その事に気が付けた事を、この世界に産まれ直しを命じた『神』に感謝すべき事なのだと、私は確信した。
「あぁ、それとな。 遊撃部隊の射手第一班のあの子。 あの子から聴いたんだが……」
「ん? なんだ?」
「『中層の森』の空間魔力濃度が相当に高いという話だ。 身体変容が散見さる『中層の森』の魔物達。 その根底に有るのが、濃密な空間魔力濃度だと想定は出来る。 何が、その濃密な魔力を生み出しているかは判らんが、その神秘に近づく事になるだろう事は理解している。 そこでだ……」
ごそりと、王宮魔導院の正装である魔術師のローブの中から、紙製の小箱を取り出す朋。 おい、一体どこから出したのだ? また、「謎の塊」の様な『魔道具』を作り出したのか? 私の前に紙の箱を差し出し、蓋を開ける。 中には、面体の様なモノが入っていた。 目の部分は無く、鼻から口を覆い、顎を丸ごと収納できるような面体。 両側の頬当てから顎にかけて装甲板の様な薄いが、ある程度の厚みのあるモノが張りつけられている。
「これはな、色々と考えた結果、中層領域でも濃密な魔力を体内に取り込む事を阻害できる面体だ。 森に入ってお前達と一緒に歩いた結果、どの程度の呼吸量が行軍に必要なのか、一度の呼吸でどの程度空気を吸い込んでいるのかの実証も出来た。 濃い空間魔力を吸い込むのは主に口と鼻。 まぁ、呼吸だな。 そして、肺に溜まる。 それが累積して行くと呼吸が困難になる。 とまぁ、いい事など何もないのだが、これをどうにかする為に考えた」
「私も考えてはいた。 が、口を覆うとそれだけ行動を制限することに成る。 兵達の行動を制限する事は、すなわち『命』の危機なのだよ。 それを、これが解消してくれるのか?」
「あぁ。 その通りだ。 魔蝮の抜け殻を完品で手に入れただろ」
「貴様の要望だったな」
「色々と調べた。 アレは面白い性質を持っていたのだよ。 先ず、多孔質。 抜け殻だからな。 そして、薄い上に強固。 元が元だからな。 お前がくれた短剣でしか加工できない程に強靭だった。 アレ…… 魔鉱製のナイフだろ? その上『強靭』と『先鋭化』の符呪も付けられているな。 あんなモノ、絶対に王都へ持ち込むなよ。 大騒ぎになる。 ……それは別にしてな、あの半透明の素材は更に面白い性質を持っていた」
「……なんだ?」
「空気を透過し魔力をある程度『遮断』するのだ。 その上、『魔晶』と同様にある程度なら『魔法術式』の発動を継続して保持出来る性質も持つ。 此処に私の特許である魔力遮断塗料を合わせると、多量の空間魔力を漉し取る事が出来るのだよ。 遊撃隊の兵達が必要とする呼吸量は前回の行軍で理解している。 そして、それを十分に満たす濾過面積も割り出せた。 濾過器自体が魔道具になる。 神聖魔術系統の【浄化】の術式は多くの魔力を必要とするが、【清浄】の術式は生活魔法系統の術式だから魔力を多く必要とはしない。 空間魔力を固定する方法が判れば、もっと良いのだがそれは未だ手探り状態だ。 だから、小型の『魔蓄池』を使用する。 顎下の空間に仕込んだ。 容量は「男爵級」。 【清浄】の術式ならば、楽に一月以上持つ」
「高濃度の魔力を漉し、魔力濃度を下げてから【清浄】で更に洗浄しているのか」
朋の発想の豊かさに、驚かされてばかりだ。 たった一度きりの行軍で、今後の探索行に何が必要かを感じ取る感性には脱帽するしかない。 やはり朋は……
――― 天才なのだ。




