――― 探索への足掛かり ―――
『浅層の森』の小道の整備は、兄上様が配下の主力と護衛の輜重隊の方々の助力も有り、思っていた以上に順調に進んでいる。
馬車一台分の拡幅。 路面の整備。 周辺の安全確保。 様々な要因を睨みつつ、安全に浅層の森最奥の『番小屋』までの道程を整備していく。 勿論一本では無い。 少なくとも三本。 そして、途中でそれらを繋ぐ横道。 あみだ籤のように小道は複合化される。 どのルートを選択するのかは、輜重隊指揮官の意思に依り決定される。 そして、選択肢は多い方が危険度は下がるのは明白なのだ。
全てを自身で賄う事は出来ない。 任せる所は任せねば、森の奥地の探索など出来はしない。 しかし、森の中の行軍は容易い物では無い。 何時魔獣からの襲撃を受けるか、判ったモノでは無い。 よって襲撃を避ける為には、魔獣のテリトリーを極力避けねば成らないのだ。
今以上に『索敵魔道具』の精度を上げる必要が有る。 そして、容易にそれを運用できる簡便さも併せ持たなくてはならない。 当然索敵距離の延伸は安全に直結する。 さてどうしたモノか。 現状では索敵距離を稼ぐ為に、検出精度を犠牲にしなくてはならない。
射手の彼女に配備した特殊な『長距離索敵魔道具』が限界なのだ。 あれ以上の索敵距離を持たせようとしたら、検出精度が著しく下がり索敵どころでは無くなるのだ。
自身の研究室で試行錯誤の日々。 魔法術式を精査しても、これ以上詰め込める場所が無いのだ。 もし探知距離と精度上げようと今以上の魔力を投入したら術式回路自体が焼け切れてしまう。 下手をすれば ボンッ でおしまいになる。 頭部に被る兜に仕込んでいる関係上、そんな事となれば兵の命が無くなるのだ。 出来はしない。
悩んでも一向に解決する兆しすら見出せないのだ。 平時の任務の傍ら、研究室での開発は難航を極めていたのだ。 散乱する書類、剥き出しの試作品、作りかけの術式を刻んだ魔道具…… どうしたモノかと思い悩む。
「おい、天才の手は借りないのか?」
「……お、おう。 いや、全く光明が見えんのだ」
朋が自身の研究室から出て、『砦』内をうろついていたらしい。 彼もまた、自身の研究に行き詰まりを感じていたらしい。 何を研究していたかは判らないが。 そんな彼を誘い、茶にする。
『砦』の一番高い場所へ…… とな。
監視塔の最上階が『研究者』としての『私』にとっての息抜きの場所。 遠く視線が通り、天空と大地の間に矮小な自分が居る事を再確認できる場所なのだからな。
茶の道具など必要ない。 水筒に刻んだ保温の魔法術式が、良い温度の茶を常に提供してくれる。 二人して監視塔上層部への階段を上っていく。 『砦』には暮らしているとはいえ、私は遊撃部隊指揮官としての役割を全うせねば成らない立場。 あちらは、公式に王宮魔導院 民政局の魔導士としての生活が有るのだ。 なかなかに生活が交わる事は無い。
気に成ってはいたが、『仕事』の内容までは踏み込まない様にしていたのだ。
監視塔の最上階に到達する。 四方を監視できるように、ほぼ吹きさらしの場所。 雨風が凌げるように八角形の屋根だけは付けてある。 現在は周辺に魔物魔獣の出現警報が出ていない為、兵は常駐していない。 考え事をするには、此処は最適の場所となっている。 簡易的な椅子が五つ。 周辺地図を打ち付けたテーブルが一台。 それが什器の全てだった。
柱だけで支えられた屋根と、石造りの腰壁の間。 四方に展開する風景は、大パノラマと云える情景だ。 遠くに街も見える。 『森の端』迄の小道もまた視界に収まる。 砦周辺の民家や商店も眼下に広がる。
人の営みと、自然の猛威が交錯する場所。 そんな場所なのだ。 ビョゥと、温い風が一陣、私達の間を通った。 日差しは屋根に遮られ、快適な空間。 四方に広がる大パノラマ。 思考を巡らせるには、これ程適した場所はない。
椅子に腰を下ろし、腰に下げた水筒から一口茶を含む。 清々しい鮮烈な茶が喉を潤し、ぼやけた思考を収斂させていく。 が、そんな状態でも現状を打破できるような考えは浮かばない…… どうしたモノか。
「色々と思い悩む事は有るのだろうが、ちょっとは気を緩めねばな。 おい、何を悩んでいる。 天才が聞いてやるぞ」
「あぁ…… 索敵魔法具の索敵距離の延伸と、索敵精度の向上を両立させる方策を考えていた」
「アレか…… 無茶な事を言うな。 兜に仕込む術式は、アレでも多重に過ぎる。 魔力の供給も軽減術式を組み込んでもアレ以上『魔力』を流せば、暴発の危険性が出て来るのだ」
「判っている。 判っているが、中層以降の森の探索を進めるには、精度が重要になって来る。 当然探知距離は従来の倍は欲しい。 出来なければ中層の森の探索など夢のまた夢だ」
「ふむ…… そうなるか」
「それに、『浅層の森』での輜重隊の動きにも関係してくる。 探知距離が今までの精度のまま伸びれば、ルート選定に今以上に選択の幅が出て安全度が格段に上がるのだ」
「あぁ、そうだな。 私にもそれは理解できる。 そして、二、三、方策はあるぞ、『浅層の森』に関してだが」
「どういうことか?」
モゾモゾと身体を探る朋。 出てきたのは紙の束と簡易筆記用具。 テーブルの上に紙束を置き、そして何やら書き付けている。 要点整理という事か。 いつもの癖だ。 魔法学院の時と何ら変わりない朋の思考方法でもあるのだ。 ある程度書き上げた記述を私の方に向けてから言葉を紡ぎ始める。
「浅層の森に関しては、小道と魔導通信線の敷設が一段落している事は当事者なので多くは語らん。 考えてみたのだ、現状の魔物、魔獣の出現報告は狩人達によって成されているが、これをもっと効率化できないかと」
「効率化…… か?」
「あぁ、狩人達も出ずっぱりと言う訳では無い。 獲物が狙えない時期は当然狩場へは出ない。 途中の番小屋にも立ち寄る事は無いだろう。 採取を主にしている者達は浅層の森の中でも最も浅い場所でしか仕事はしない。 そうだろ?」
「あぁ、その通りだ。 深い場所の採取は主に『冒険者ギルド』への依頼となる。 稀少な採取物は浅層の浅い場所には無いのでな。 戦闘力を持たない者にはキツイ」
「冒険者にしても、命を糧に仕事をしているのだ、無茶は出来ない。 討伐や採取を専門にしている冒険者も組織立って動いている訳では無いのだから、どうしても情報には偏りが出来てしまう。 だろ?」
「あぁ、そうだ。 場当たり的な対応だとは思うのだが、それでも随分とマシには成ったのだぞ」
「それは間違いない。 即時性という面に関しては、従来の通信使を介しての伝言とは違い、精度が格段に上がったと認めざるを得ない。 それを担保するのが数多くの魔導通信線の敷設だ。 称賛に値する。 だから、もう一歩進めてみた」
紙片に書かれた幾つかの魔法術式。 【念話】の術式に似ている。 意味ある思考を魔力に乗せて周辺に伝播させるそんな術式。 使用用途が限られている為、今は遊撃部隊内の隊内通信に限定的に使用している他は、あまり有用では無い術式だった。
書き付けられた魔法術式。 違和感を覚える。 少々改変が加えられているのだ。 【念話】の術式にとって、肝とも云うべき意思を生成する魔法術式が丸ごと無いのだ。
有るのは単一の『音』の発振。 人の可聴範囲を下回る、とても低い音と云う事だけは判った。




