――― 必要条件 ―――
◆ 金穀と人脈
そして、月日は流れ、わたしは、十二歳から、十六歳となる間、四年間の研鑽三昧の日々を過ごした。
研究も進み、実用に耐えうると思われる程、銃の設定は詰めに詰めた。 新しく考案した機構…… かつての記憶の中に有る形に添うように、弾倉を持つライフル形状の銃となった。
――― その過程で、かなりの金穀も必要となった。
錬金塔での日々が、そんな私を救ったのもまた事実。
辺境の騎士爵家の息子に、そんな金は無い。 実際、研究の為に必要な物品を購う金に窮した事も有った。 騎士科の者達に相談するのは、憚られる為、錬金科の級友に相談を持ち掛けた。 なにか、金に成る仕事は無いかと。
答えは『否』だった。 魔法学院の学籍保持者は、金穀を対価に仕事をする事は禁じられているとの事。 その様な時間が有れば、研鑽に努めるように指導される。 では、研究の為の物品を購う金はどうするのか。 よく考えてみれば、魔法学院で研鑽を積んでいるほとんどの者達は、伯爵家以上の家格の子弟だった。
裕福な貴族である彼等ならば、実家に一本手紙を書けば、必要な金穀は直ぐにでも送られる。 いや、自身のサインさえ有れば、自動的に支払いは実家に送られ、物品は手に入るな。 うかつだった…… これは、どうしようもない。 密かに落ち込んでいると、錬金科の級友の一人が、善き考えを示してくれた。
「なぁ、貴様は辺境地域の出身だったよな」
「辺境の騎士爵家だが?」
「魔道具について、知っているか?」
「当然だ。 アレは、辺境騎士爵家にとっても、有益な財源の一つだからな。 作成者も良く知っている。 幼き頃、道端で悪戯をした仲間でも有る」
「なるほどな。 いや、噂に聞いていたのだが、モノを冷やしたままで保存できる箱があるらしいな」
「調温保存庫の事か? 知っている。 まだ、小さな箱状の物しかないが、飲み物や野菜など、冷やし置く事も出来るし、温めて保管する事も出来るな。 それが、どうした?」
「いやな、俺の研究で、色々と試薬を作っているのだが、常温ではあっという間に劣化するのだ。 なるだけ低温で保管すれば、今までよりずっと効率的に研究が遂行できるのだ。 価格は幾らでも構わない。 売って欲しい」
「ふむ…… 成程。 判った、二月程、時間が掛かるが、よいか?」
「なるだけ、早く頼む」
とまぁ、騎士爵家の生業の一つである、辺境産の魔道具販売の道が開いたのだ。 商人を通さず、不特定多数に売らず、貴族家の要望に沿った品を、家同士で融通したと云う態を成した所が秀逸だった。 コレは、商売には当たらない。 家同士の話し合いだと…… そう認識できるのだ。
早速、辺境の実家へと手紙を綴る。 宛先は、家業を取り仕切る母上。 ガキの頃、仲間だった奴に一人、『工人』の技巧を授けられた奴が居た。 そいつは、魔道具を作る工房へ生業を求め、その技巧故に既に職人と認知されている奴だった。
ソイツと繋ぎを付けて貰って、『調温保存庫』を用立てて貰う。 対価は少々高めに設定する。 母上にお願いして、購入と云う形で手に入れて貰った。 高値に設定したのには、理由がある。 『調温保存庫』に使用している魔法術式を開示して貰う為だった。 それなりの代金には成るが、これからを考えたら、此方の方がより旨味が大きい。
二か月後、級友の望みの品が届き、利を載せた『対価』と引き換えに渡した。
「これ、いいな。 いや、本当にいい。 家でも使いたい。 どうにかなるか?」
「暫くは掛かるが、用意する」
「頼んだ」
送られて来た『調温保存庫』の中に入っていた、コイツを作り上げるのに必要な魔法術式が綴られた仕様書。 実は、わたしの本当の目的はコレだった。 わたしは術式付与が使える。 更に言えば、銃に使おうとしている様々な技術が応用でき、『調温保存庫』の改良型を作り出す事が出来る。
一から作るのでは無く、『改良型』と云うのがミソだ。
この魔道具を作成した者が暮らす地域を守護する、騎士爵家の家人である私が作る分には、特許権は発生しない。 が、王都の魔道具師が真似をして作ると、重大な偽造物作成と成る。 そこは、王国法で厳しく禁じられている部分でも有る。 辺境の生活の糧を奪う様な事をしては、辺境の経済、ひいては王国の経済が回らなくなる。 辺境の経済力への打撃は、王国の安全保障の上で、重大な懸念が有るのだ。
国王陛下の御心は、なにも王都に全てを集約し、富を独占する処には無い。 王国に住まう民草もまた、王国の赤子であり、王国の何処に住まおうとも、豊かに暮らさねば成らないと、そう御意思を示されている。 特許権と云う概念は、そう云った背景の元、起草されたのだ。
国王陛下の民草への慈しみの心の結晶と呼ばれるゆえんだ。 其処を利用させて貰っただけだ。
わたしの開発した様々なモノを詰め込んだ、『冷蔵保管庫』が完成した。 いわゆる改造だから、基本の特許権は、ガキの頃の仲間が所属する魔道具屋にあるままだ。 コレを真似て、王都の魔道具屋が作成しようとも、それを売る事は出来ない。 まぁ、王国法がそうなっているのだからな。
準備が出来たと、 件の級友に伝えた。 待っていたのか、級友の実家である、王都上級伯爵邸に直ぐに持って来てくれとの連絡が来た。 結構大型のモノを組んだので、馬車を手配して、持って行き、サービスに厨房に設置してやった。
「ぼ、坊ちゃん! こ、これは、凄い。 凄いですぞ!!」
級友の家の厨房士が、涙を流さんばかりに感激し、級友を抱きしめ感情を爆発させていた。 いや、凄いな、この厨房士。 主家の息子を抱きしめて、グルグル回って喜びを顕わにするなんてな。
「まて、まて!! おま、待て! 奴が見てる! 待てよ!!」
「いや、それ程までに、喜んでくれたなら、嬉しいぞ」
歓びに打ち震える厨房士から逃れると、わたしの方に来て疑問を投げかけて来る級友。 まぁ、これだけの大きさなのだから、彼の疑問も納得できる。 錬金塔の学徒なのだから、当然とも云えた。 だから、真摯に応えてやった。
「これだけの大きさと、それにつぎ込まれている魔法術式の数々を起動するとなると、膨大とも云える魔力が必要だ。 独立駆動しているところを見ると、魔石を使っているのは理解できる。 しかし、これは、どのくらいの稼働期間を想定している? 一日か? 半日か? それは、魔法術式の研鑽を志す者にとって、至極当然な疑問だ。 余りに短いと、使い物にならん」
「いや、少なくとも一年。 そのくらいは持つように設計した」
「はぁ? どうやって!! 術式の構築は、判る。 いや、細部まではまだ解析していないが、判る様な気がする。 しかし、駆動している魔力については、全くわからんのだ! 貴様、何を使った!! 眠れる龍の魔石か、はたまた、巨人族の魔石か! さぁ、答えろッ!!」
「いや、わたしの研究している『銃器』に使う、魔石粉と、導魔体である魔晶粉。 それと、半年ほど前に貴様が開発した魔力遮断塗料でな、『蓄魔池』と云うモノを、開発した。 魔石粉からの自然放出魔力を抑制し、一定の魔力を延々と取り出せるようにした『蓄魔池』の魔力保有量は、一概には言えないが、まぁ、” 侯爵級 ” は、有ると思う」
「はぁ? 何 言ってるのだ貴様? 侯爵級の蓄魔だと? 有り得ん! 有り得んぞ!! それを一定量、延々と取り出すだと? 一体、どんな魔法術式を使ったのだッ!」
「術式構成は、既知の術式を纏めて構築しただけだ。 まぁ、出来ちまったモンは出来ちまったし、仕方ない。 製法は、錬金科のレポートとして、研究実績として、お前の名前で提出してある。 術式構成や製法は難しくはない。 多分、お前でも作れるぞ?」
「なに? ……それじぁ」
「あぁ、錬金塔独自…… と云うか、錬金科の収入 と云うよりも、お前だけの財源になりそうだ」
「クワッ! 貴様ぁ~~~ 何という事をぉぉぉ!」
と云う事で、かなりの大金を奴の実家からせしめる事が出来た。 いやはや、金貨とはいいものだ。 これで、わたしの研究も進むと云うモノだ。 ちなみに、『冷蔵保管庫』は、特許権の関係上、奴の家からの錬金塔での受注生産と云う事になり、暫く間、錬金塔に詰めることに成った。
奴にも手伝わせて、その内、奴が主導で生産する事となった。 嬉々として取り組む級友に、特許権の使用権を売りつけ、奴の家門の工房で作成できるように、書類を整えた。 上級伯家の奴の実家が、名実ともに魔道具の専門家と目される礎となったと云えよう。 奴の継嗣指定が整えられたのも、その頃だったな。
十五歳の冬に、王城でも試験的に導入が決まったと、上級伯家の御子息は、輝く笑顔でそう俺に云い、パテント料だとトンデモナイ金額が詰まったトランクケースを置いて行った。 いや、金は幾らあっても困りはしないから、有難く受け取ったがな。
実家に戻っても、研究を続けられる目途が、これで立ったと云える。
あぁ、母上には、当然、最初の購入資金は返却した。 大金を入手できた事情を手紙に書いて、同じ便に乗せた。 多少の利息も付けて、早馬で送った。 後日、長い長い『感謝と叱責と困惑』の手紙が送られてきたのは、言うまでもない。