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「今から帰るのだったら、一緒の馬車に乗ればいい」
そろそろ馬車乗り場が空いたかもしれないと腰を上げた時、兄であるデルヴィンから声をかけらえた。
「兄上。あの、ご迷惑ではありませんか?」
「どうせ同じところに戻るんだ。もし私が先に戻った時に、父上たちに何を言われるかわからんからな」
デルヴィンは不機嫌な様子を隠すこともなく、そう言い放つ。
まあ、父上たちはそう思うかもね。これはこれから大変かもしれない。
朝、兄と一緒の馬車に乗ってなんだか疲れてしまったので、避けようと思っていたが、これは避けられないかもしれないと溜息をつきたくなった。
「いくぞ」
デルヴィンはそう言って、スタスタと歩き始め、仕方なくその後を追う。
家に戻り、着替えを終わらせて、夕食となる。
兄と朝夕一緒の馬車に乗るのが嫌だったので、それともなくお父様たちに訴えた。
けれど却下。デルヴィンと一緒だと色々安全だろうと言われてしまえば、断れないもの。馬車のあの重い空気。しかたないけど、我慢しましょう。
この二年。この二年は地味に過ごす!問題はざまあにつながる王太子とその側近ね。遭遇しないように気をつけましょう。
そう心に決めてベッドに入る。
そうして翌日、とんでもない再会がまっていた。
兄と無言の馬車の旅を終え、学園にたどり着く。
「今日もカフェテリアで待っているように。迎えにくる」
勝手にそう宣言されて、兄デルヴィンと玄関で別れた。
廊下を歩いていると、見目の美しい集団を見かけた。
立ち止まっている女子生徒の側を通り過ぎる時に、王太子という呟きが耳に入ったので、どうやら王太子御一行のようだった。
ちなみにテンプレによくあるように王太子殿下は生徒会長で生徒会員も取り巻きで占められている。学年末に現生徒会長の指名で次期生徒会長が決まり、生徒会員選定は生徒会長に一任されてる。
多くの生徒が注目する中、一行が歩く。
中心は銀髪に紫色の瞳の冷たそうな美男子ー多分王太殿下。その隣には黒髪の巻毛にツリ目の琥珀色の瞳の可愛らしい女子生徒ー多分婚約者。その背後には二人の男子生徒。一人はメガネをかけた神経質そうな美形。もう一人は軽薄そうな美形だ。
ぼんやり一行を眺めていると女子生徒が現れ、王太子の前でよろけてみせた。
さすが紳士。王太子殿下は女子生徒を軽く抱きとめた。
女子生徒は栗色の髪に緑色の瞳。髪は美しい巻毛。その巻き毛は王太子の隣の女性と張るぐらいボリュームがある。制服が小さいのか、どうなのか、なにか胸がはち切れんばかりに大きくて、スカートの丈が短い。ギャルみたいだなあという風貌の彼女は王太子に支えられて立ち上がった。
「ありがとうございます。助けていただいて」
上目遣いで彼女は王太子殿下になにやら媚びた目線を向けている。
えっと、これって本来、私の役目だよね。テンプレ通りなら。もう一人、私みたいな役がいるの?
テンプレ通りに動く予定はないけど、気になってしまった。
「礼には及ばない。気をつけて」
王太子は王子スマイルでそう言って、あっさり彼女に背を向けた。
「あ、あの、私。ソフィア・マッケンジーと申します。よろしくお願いします」
「あ、ああ。よろしく」
背を向けた王太子は立ち止まると少しだけ振り返った。
その表情は戸惑い。
隣の黒髪巻き毛は表情は変わらないけど、怒っているみたい。
側近たちは、隠すことなく怒りの表情だ。
うわー。これってなんていうか、ざまあの予感?まずそう。それから、あの名前。マッケンジーって、伯爵様の苗字よね。
私の実父はヘンリック・マッケンジー伯爵。生まれた家によく来ていたので顔も覚えている。しかし実父であっても、彼のことを父親とは思わない。
私の父は養父のロバート・リーソン男爵だけだ。
ソフィア・マッケンジー
ものすごい嫌な予感がする。
予感があたり、彼女はまるで前世の小説のヒドインのように、王太子を誘惑しようと何度も試みていた。小説のようにうまくいかなくて、邪険にされて終わりだったけど。
隣の令嬢、王太子の婚約者ルイーゼ様が静かな怒りをたたえていたけど、ソフィアが何かされることはなかった。
苗字は同じだけど、姉はこんな感じじゃないわよね?きっと虐げられて酷い目に遭っているはずだし。でもわからないわ。私がいなくなって、路線変更したのかしら。そうよね。きっと。だってソフィアは健康そうだし、虐待の傷跡とか見えないし。
もしこの人が姉としたら、私より一歳年上なので、同じ一年生のわけがない。
うん。きっと気のせい。気のせいよ。たまたま同じ苗字だっただけ
そう言い聞かせて、その奇行から目を背けて一ヶ月後。
真相を知ってしまった。
その日、図書館に向かう途中、姉かもしれない女子生徒を見かけた。思わず追いかけてしまい、女子生徒の正体と本来の姿を知ってしまった。
女子生徒ーソフィア・マッケンジーは人目がないところで泣いていた。
ーこんな事したくないと。
さめざめとなく彼女から事情を聞き出すと、どうやらマッケンジー伯爵とその妻、母ね。母なんて思いたくないけど。
二人から王太子を色仕掛けで落とすように命じられているみたい。
学園に王太子が入学するのがわかって、すぐに姉を入学させて色仕掛けさせようとしたけど、散々いじめぬいた姉はやせっぽっちで、貴族のマナーとかも教育していなくて、学園に入学させることが難しかったみたい。まあ、入学させたら色々バレるもんね。
それで一年病気といって休ませて、その間に食事を改善したり、貴族のマナーを教えたりしたみたい。
鞭打ちとかも減ったみたい。
色仕掛け自体は嫌だけど、生活が改善されたことだけはソフィアは喜んでいた。
うーん。
なんていうか、ごめんなさい。
私は結局逃げてしまった。
あの時、八歳の私は逃げることしかできなかった。
だけど、今の私は?
姉のために何かできるかもしれない。
「ソフィア。これ以上苦しむことはないのです。マッケンジー家の正当な後継者はソフィアなのです。だから、追い出してしまいましょう」
「追い出す?」
マッケンジー伯爵を追い出して、姉に伯爵位を返す。
本来ならばソフィアは大切にされるべき。虐待されたり、こんな風に色仕掛けを命じたりすることはあり得ない。
だから、姉に少しでも借りを返したい。
っていうか、自己満足も入っているわね。
あの時逃げることしか考えてなかったから。
一番てっとり早いのは、姉の現状を上に知らせること。
証拠がないのが痛いけど。
そうなると現場を抑えてもらうのが一番ね。
「マッケンジー伯爵が今回の色仕掛けの作戦について、ゲロっているところを偉い人に見てもらいましょう」
「ゲロ?!偉い人?」
「証拠がないから、お姉様の証言だけじゃ、決め手にかけるし。使用人はみんなマッケンジー伯爵の味方でしょう?」
ソフィアは静かに頷いた。
「偉い人……。伯爵以上だから、侯爵級よね。うーん」
案は閃いたはいいけど、上へのコネがない。
「君たち、話は聞かせてもらったぞ」
「王太子殿下?!」
え?
がさっと音がして藪から三人出てきた。
なんか、ヒーロー登場みたいな現れ方なんですけど。
真ん中が王太子殿下。その両側に婚約者のルイーゼ様と兄のデルヴィンが立っている。
ポーズなんて決めてないからよかったああ。
「そういうことだったのね。ソフィアさん」
「ローラ。兄を頼ってほしかったぞ」
頼る?え?兄を?
なんていうか、えっと予想外すぎる登場なんですけど、ソフィアなんて固まってるし。
「マッケンジー伯爵令嬢のことは、最初は鬱陶しいと思うだけだった。だけどルイーゼから指摘されて少しおかしいと気がついたんだ」
「そうなのです。色仕掛けなのに、なぜか少し恥じらっていて、いかにも誰からにやらされている感じでしたのよ。私たちに絡まない時はあなたは普通だったみたいだし」
ルイーゼ様は調べてらっしゃったのね。
さすが、悪役令嬢的ポジション。
この方なら婚約破棄する前に、相手を破滅させるかもしれない。