2-1
男爵家にはもう一人子どもがいた。私の兄にあたる彼の名は、デルヴィン。十四歳。
柔らかそうな茶色の髪に、同色の瞳。リーソン男爵に似て優しい容姿をしていたが、私を見るなり、嫌悪の目を向けてきた。
……歓迎されていない?
事前に「兄」がいることは聞かされていた。
優しそうな夫妻の息子なのだから、きっと優しくしてくれる。実は期待していたから、がっかりした。
でも、まあ。しかたないわね。
十三歳になった私は身長が伸び、ますます色っぽくなっていた。胸とかまだメロンサイズじゃないけどね。
兄、デルヴィンの妹、私に似ているって娘さんね。
その子が亡くなったのは十一年前。デルヴィンが三歳の時だ。妹の面影なんて覚えているわけない。っていうか、二歳ってまだ乳児だから、そこまではっきり特徴がないのよねぇ。その二歳児に私が似ているっていうのも微妙だけど。
「デルヴィン。今日からお前の妹になるローラだ。その態度はなんだ。改めなさい」
「はい。父上」
リーソン男爵がデルヴィンを叱ると、彼は目に嫌悪の色をたたえながらも、にこやかに微笑む。
めっちゃ、いやそう。
「ようこそ。我がリーソン家に。私はデルヴィン。君の兄になる。よろしくな」
握手?
とりあえず、手を差し出してきたので、そっとその手に触れてみた。
そしたら、握り返すこともなく、握手は触れただけ。
デルヴィンはその手をすぐに引っ込めた。
うわあ。
そこまで嫌われているのね。まあ、拭かれなかっただけまし。リーソン男爵の前でそれはできなかったかもしれないけど。
これは、いじめられるかもしれない。
そんな風に思ったけど、日常は平和に過ぎていった。貴族令嬢になったからには、令嬢として教育を受ける。
孤児院で読み書きを教えてもらっていてよかったと胸を撫で下ろしながら、礼儀作法を中心に家庭教師から学ぶ。
一日三食の食事は家族と一緒に。
デルヴィンは今年から貴族学園で学んでいるため、昼食や夕食は外で済ませることが多くて。よかった。
やっぱり苦手。
屋敷の中でも廊下ですれ違えば、挨拶をする程度。
兄と言っても、まあ、他人。
下手に近づいて、意地悪されても困るので、この距離を保つようにした。
リーソン夫妻に関しては、甘えてくれと言われているので、父と母と呼びお茶を一緒に飲んだり、買い物に付き合ったり、家族らしいことをした。
デルヴィンのことはしかたないわね。どうせ、私も年頃になったら誰かと結婚して外に出ていくのだし。まあ、結婚とか前世でもしてなかったし。っていうか、彼氏がいたこともなかったよね。実は。
そうしてリーソン男爵令嬢として一年が過ぎた。
で、問題がやってきた。
え?これって、ざまあテンプレの始まり?
貴族の子女は十四歳になると学園に入ることが義務づけられている。
だからこそデルヴィンも去年から学園に通っている。
義務。行かないとだめよね?
家はあったけど、娼婦の子として生まれた私。母から教育なんて受けたこともない。もちろん、マッケンジー伯爵からも。
それから孤児院でやっと文字の読み書きと計算を教えてもらった。
常識みたいなのも教えてもらった気がするけど、貴族の常識なんて知らなかった。
だから、まさか養女先でそんなイベントが起きるなんて予想してなかった。
うーん。でも孤児院から男爵家の養女になる。
これって、前世の記憶をたぐれば予想はできたかもしれない。
でも、孤児院に恩を返したかったし、お父様たちも優しいのよね。孤児院生活も楽しかったけど、貴族生活は良すぎる。なんてたって、食事が違う。湯浴みも結構できた。ドレスも買ってもらったし。
まあ。甘かったのね。私
ざまあのテンプレートに、男爵の養女になった平民娘が王子を寝取り、婚約破棄させるというシナリオがあった。そんで寝取られ婚約破棄された令嬢が大体才色兼備で、隣国の王とか王子と恋仲になるとか、または策略をめぐらせて、王子を失脚させて、寝取った男爵令嬢を破滅させる。そういうシナリオだったわねぇ。
となると、学園に入学するとざまあ、断罪、死へのルートの可能性が高まる。
でも、私の考えすぎかもしれない。だって、私の今いる世界は、小説の世界ではないもの。魔力を電力のように扱って、電化製品いや、魔導製品なんでないし。トイレは汲み取り式だし。便利じゃないし。でも学院とかあるのは、ちょっとねぇ。だって貴族って家庭教師がいるから、学校なんて行かなくていいでしょう?私だって、家庭教師を雇ってもらっているもの。
ざまあテンプレを否定したかったが、不安は拭いきれない。
けれども、学園入学は貴族の義務なので避けれない。
ふと逃亡も考えたけど、平民に戻って生活することを考えるには今の生活が楽すぎた。
大丈夫。王子とか、身分の高そうな人に近づかなければいいのよ。男爵とか子爵とは同じレベルの方と仲良くしましょう。そうして二年を乗り切るの!
そう決めて、学院入学の準備をお父様たちと始めた。
☆
そうして学園入学の日がやってきた。
初日はオリエンテーションで、先生たちの紹介、授業の内容などが説明されて、教室へ移動。その間に一年生の間がひそひそと話題になったのが、二年生の王太子殿下たち。側近も同じ学年らしく、身分は侯爵や伯爵ばかり。
麗しいなどと言葉が飛び交っていて、あまり近づかないようにしようと思った。
まあ、これだけ話題の人だから、いたらすぐわかりそう。テンプレ小説を読んだ感じだと、いつも取り巻きがいて、周りの女生徒がきゃーきゃー言っている感じよね?現実とは違うかもしれないけど、見かければすぐわかりそう。
一年生の初日は短い。
カフェテリアに案内されて、そこで解散となった。
今帰ろうとすると帰宅ラッシュで、混みそうだから、カフェテリアでちょっと時間を潰すことにした。
貴族子女のみで構成される学園なので、皆さん馬車利用。だから帰宅時は混みそう。通学時も混んだのよねぇ。
周りを見渡すと、私のように残っている生徒もいる。
不躾な視線を向ける人は今のところはいない。
王太子たちだけを避けるだけでは足りないと、できるだけ派手に見えないように髪をおさげに結んで、眼鏡をかけた。それから制服も胸部が強調されないように少し大きめだ。
なので、側から見たら垢抜けない貴族令嬢に見えるかもしれない。それでいい。
お母様はこの格好に嘆いていたが、背に腹は変えられない。
学園生活二年は地味に生きて、どうにかざまあから逃れるのだ。