ポテチの権利条約
『続いてのニュースです。政府は今日、ポテトチップスに人間と同様の権利を認める世界的な条約、「ポテチの権利条約」を批准したと発表しました』
は? 歯ブラシの手が止まる。
『条約の発効日は来月1日からで、それ以降日本などすでに批准済みの少なくとも20ヵ国でのポテトチップスの消費が禁止、製造には国の認可が必要となります』
いやいやいや、そんなバカなことがあってたまるか。今日はエイプリルフールじゃないんだぞ。そうだ、他のチャンネルを見てみよう。
カチッ。知らないコメンテーターが映る。
『そうですね、ポテチの権利条約が批准されたと言うのは、まあ日本にとっても世界にとっても、そりゃ大きな1歩となるでしょうね。しかしこうなるとポテトサラダはどうなんだと、また別の問題も生まれてくる可能性は大きいですね』
そこじゃねーだろ。なんでポテチの権利は認められる前提なんだ。また他のチャンネルに変えてみる。
カチッ。 cmが流れている。
『これが最後の取引!ポテトチップスは来月よりお求め戴けなくなります!!』
……うん、ポテチ買いだめとこっと。もう諦めた。
僕は生まれてからたった2分くらい前まで普通の世界に生きているとばかり思っていた。真面目に勉強して有名大学に入り、大企業に勤めて家庭を持ち、孫に囲まれて老後を過ごす……。そんな平凡でつまらないと言われるような人生設計が好きだった。
それに対してこれはなんだ。まだAIにも権利がないと言うのになぜポテトチップスに権利が認められるんだ。世界のどこかにあるかもしれない「ポテトチップス愛護団体」が訴えかけたのか?いやどう考えてもその組織はポテトチップスを食べるのが好きな人の集まりにしか聞こえない。
あーもうやめやめ。きっと夢だよ夢。今日はもう寝よう。
「今日からこの広報課で働かせていただくことになりました。『石井ポテ夫』と申します。どうぞよろしくお願いします。」
そう言うと、「おいしいポテト」と書かれたポテトチップスはお辞儀をした。
???なんでポテチが喋ってお辞儀なんてしてるんだ???
「はい、石井くんはこの仕事初めてらしいから、みんなヘルプよろしくね」
上司が笑顔で言った。周りから拍手が起こる。自分もつられて拍手した。
そうだ思い出した。たしかポテチの権利条約が発行されるのは今日からだったっけ。いやそれにしてもポテチが食べられなくなるのは知っていたが、なんで意思までついてくるんだ。
というかなんでみんなポテチがひとりでに動いていることになんも感じていないんだ?あたかも人間の新入社員が入ってきたような対応だ。これじゃあみんなが狂っているのか僕が狂っているのかわからない。
「稲垣先輩、隣同士これからよろしくお願いします」
ポテチの袋が隣でカサッと音を立ててお辞儀した。(ポテチにお辞儀なんてないとは思うが、お辞儀としか表現できないのだ。)
「あ、ああ。よろしく」
そう返答することしかできなかった。
『今日午後、琴泉南区で発生した殺ポテ事件で殺ポテの疑いで「臼井ポテ野」氏が逮捕されました』
殺ポテ? 聞きなれない言葉にコントローラーの手が止まる。
『容疑者は取り調べに対し、「お腹がすいてつい」などと供述しています』
ちょっとわかる。ちょっとわかるけどちょっと待て!人間が殺ポテはまだ理解できる。(というか1ヶ月半前まで僕もやってた)
だが、ポテチがポテチを殺害、しかも動機が「腹減ったから」って意味不明にも程がある。
アナウンサーはまるでテレビを見ながらポテチを食べるその所作のように淡々と話していた。
元の画面に目を戻す。今の僕を笑うかのように大きくGAMEOVERと書かれていた。
「さて、これからどうしましょう、先輩」
石井ポテ夫が僕の方を向いた。
ポテチが人類の仲間入りを果たしてから、会社の成績がグングン上がり、今年の社員旅行は豪華クルーズで4泊5日の大旅行になる予定だった。しかし、船が岩礁に接触して船体に穴が空き、沈んでしまった。どこかでラブストーリーの1つや2つ起きそうな展開かもしれないが、当然僕にはそんなことはなく、すぐ近くに居た石井ポテ夫と浮きそうな物につかまって運良くこの無人島らしき島に漂着したのだった。
他の同僚や上司は無事だろうか。ん?待てよ。そう言えばあの船救護ボートついてたよな? 今さら悔やんでも仕方がないので考えるのをやめた。
「とりあえず救難信号、SOS書きましょう!もしかしたら飛行機が見つけてくれるかもしれませんよ!」
何でこんなときも元気でいられるんだほんと。
「さて、こんなもんですかね」
完成した頃には日が傾きかけていた、太陽は皮肉なことにきれいなポテトチップス色で沈みかけていた。どうもポテチの権利条約が発行されてからというもの、私はあらゆる物事をポテトチップスでしか例えられなくなっているようだ。
「そういえばお腹すきましたね」
言われてみれば、昨日の夜以降何も食べていない。
「……ちょっと、僕は食べないでくださいよ」
ポテ夫がちょっと下がって言った。
いや、お前元々食い物なんだからしょうがないだろ。でも今やポテチは人と同じ。ポテ夫を食べると言うことはすなわち人間を食べることに等しい。グッと我慢する。
「ン?あれあれ!飛行機じゃないですか!? おーい!!!」
ポテ夫が空の方を向いていった。僕も同じ方を見る。
本当だ……!これで助かった!2人で大声をあげて助けを求めた。
「はぁ……一時はどうなることかと思いましたね」
自分の席に着いたポテ夫は開口一番に言った。
全くだ。みんな無事だったのは良かったが、まさか保険があれっぽっちしか降りないとは。こっちは腹減りで危うく殺しをしかけたってのに。
「まあ、とにもかくにも、みんな無事でピピピピピピ」
どうした??? あれ……視界が急に…………。
ピピピピピピピッ。
うるさいアラームを止めた。
う~ん。ポテ夫は?待てよ、まさか……?
布団を畳んで階段を素早く降り、戸棚を確認する。
そこにはパンとカップ麺と一緒に食べかけのポテトチップスがあった。
夢だ!夢だったんだ!
ポテチが、ポテチが食べられる!!!
僕はつい嬉しくてその場で踊ってしまった。いったい何事かと妻が起きてきた。僕は最高の気分で事の顛末を語った。
「あっはははは!面白いわねぇ」
妻は爆笑した。無理もない。「ポテチの権利条約」など完全に馬鹿げている。
「そうだ、せっかくだし今日の朝御飯はポテチにしたら? 私はカーシを散歩に連れていくわ」
ああ、そうしようそうしよう。戸棚からポテチを取り出す。
ちょっと待って。 カーシって誰だ?うちはペットなんて飼ってたっけ?
「ほら、カーシ。散歩にいくから早く起きなさい」
「ちょっと待ってくれよ。まだ眠いよ」
と言いながら、小さな犬(?)が階段から降りてきた。
「おい、それって……」
「あら、一昨日言わなかった? 来月から犬は『人間の最高の友条約』で飼育が義務になるって。この子、かわいいし喋るから預かってきたのよ」
妻はどう見ても犬には見えない生き物を持ち上げる。
「ほーら。昨日かわいいリード買ったからこれつけていきましょ」
「あーっ!かわいいのは止めろって言っただろ~!」
妻は逃げようとするカーシの首輪にリードを着けると、そのまま外にいってしまった。
やはり、狂っているのは私の方かもしれない。
終