α-058 あぁ素晴らしき保存食
「ところでクラビス。何か言いたい事があるんじゃないのか?」
2回目の生地を作りつつ、ゼノビアが唐突に聞いてくる。
「? 特に無いけど?」
パテラスについてとか、ココノエとの出会いとか、まぁ色々聞きたい事はあるけど……言いたいことは無いなぁ。
「む? 勘違いだったか? 席に着いた時、やけにソワソワしていたからな。気にするな」
席に着いた時……賭けの勝敗について考えてただけだな。
後は……あっ、船! 操縦者!
「あぁ〜思い出した! 船を手に入れたんだけど、操縦者できるかなと思って。やっぱ無理か?」
前に無理と言ってたしなぁ。まぁ、物は試しだ。
「手に入れたのか!? あぁ、いや、質問に答えてないな。結論として、船の大きさによる。小型は無理だが、大型なら。あの傭兵たちがいれば、話は早いんだが……」
小型は無理って……普通は逆だと思うが? 氷なんだから波の心配も無いし。いや、別の要素があるのか?
「大型っていうと、どのくらいの大きさだ?」
「月食の半分より小さいぐらいだな。救助船が小型、脱出に使ったのは超小型だ」
マジか。アレで小型なのか。じゃあ、フブキ隊の持ち艦は小型艦なのか? 前の世界の駆逐艦ぐらいは大きかったけど?
「じゃあ無理か」
「ふむ。バインディアの航行術にはあまり頼りたく無いしな……明日は人探しとするか」
アレは、揺れが凄かった。特に旋回時。ほぼドリフトだもんなぁ……
「何だいあんたら。操船技術のある人を探してるのかい?」
と、ここで女将さんが会話に乱入。口ぶりからして、誰かしら知っていそうな気配。
「ん、ああ。誰か知ってるのか?」
「海賊でよけりゃぁね。この宿の先客だよ。確か5人組の、気の良い海賊だったね。……呼ぶかい?」
海賊かぁ……海がないのに海賊とはこれ如何に。いや、そこは重要じゃないか。
「ゼノビア、どうする?」
「いいんじゃないか? どうせ当ては無いのだし」
んじゃ、決定だな。
「シルコムドルセを持ってくから、その時に頼むよ」
「アハハ! ドンと任せな!」
女将さんは胸を叩いて軽快に笑う。素晴らしく頼もしい。
しばらくして、甘汁が煮詰まってきた。それを確認したゼノビアは、10程の焼き終えた生地を鍋に投入。そのまま膨らむまで煮込めとの事。
なんか、製作工程を見てると食う気が失せてく。クッキーとか、ケーキとかを作る時に入れる砂糖を見た気持ちだ。
「残りは保存用か?」
「そうだ。保存期間は半周ぐらいだな。まぁ、腐敗瘴気やらに当たれば即座にダメになるが」
いや、半年もつって……いや、材料に腐る要素のある物がほぼ無かったわ。そもそも、分解する微生物がいないからダメにならないんじゃ?
「ちなみに、保存期間を過ぎるとどうなる?」
「知らんのか。味が落ちる」
それだけ!? 腐るとかではなく、味が落ちる!?
素晴らしい保存食ですね!
「味を気にしなきゃ、ほぼ無制限に保管できるじゃん!」
「……このまま食ってから言え」
そう言って、ゼノビアは甘汁で煮込んでいないシルコムドルセを渡してくる。
持った感触は、石。めっちゃ硬い。もはやこれだけで装甲になりそう。
いや、重要なのは味だ。という事で一口。一口……一、固ってぇ!
「いや、これ硬すぎね? 歯が折れそうなんだけど」
「だから煮込むんだ。戦場で食う場合は、叩き割って口に含み、唾液で柔らかくして食う。今回は水があるから、それでふやかせ」
言う通りに、残った光る水に付けて噛む。
サクッとした食感が心地いい。
その後に襲い来るは、野生的な小麦の味。
ハッキリ言おう! まっっっずい!! 無味というか何というか……砂糖も塩も入れてないクッキーって感じだ。
「ゲホッゲホゲホ……こ、個性的なお味ですね」
咽せた。口の中の水分が持ってかれる。水に付けてコレだよ。
「慣れだ慣れ。本当はアルブムカゼウスやらサールやらを入れるんだが……手に入らんからな。だから甘汁で煮込むんだ」
アルブムカゼウス? サール? あ、いやサールはソルトと発音が似てるから……まぁ、たぶん塩の事だろう。
アルブムカゼウスは分からん。
「水の代わりに甘汁を使えば良いんじゃないのか? ……あ、どうも」
女将さんが水をくれた。あぁ美味い。
「私もやった事があるんだが……生地がドロドロになった。リタリアが言うには、甘汁の成分がトリティコムの結合を壊すのだと」
グルテンを壊すのか? まぁ、確かに甘汁はハチミツ見たいな味がしたし……なんらかの分解酵素が入ってるのかな?
「え、じゃあ甘汁がなけりゃあ、ただのパサパサする無味の糧秣って事か?」
「そうなるな」
そんなぁ……
「うんうん、作り方は分かった。それで、お嬢ちゃん。サールは分かるけど、アルブムカゼウスってなんだい?」
女将さんが生地を捏ねつつ、ゼノビアに聞く。手つきが素晴らしく早い。この女将さんの料理スキルは凄まじいな〜と思う今日この頃。
「む……なんと表現すればいいか。バッカは分かるか?」
「あぁ、乳牛の事だね? 白い乳を出す、捻れ角の生えた毛むくじゃらの」
俺の知らぬ間に、乳牛の定義が変わったようだ。
俺はそんな生物を知らない。
「そう、そいつだ。その乳を沸かさないように煮立たせて、霰レモンの汁を加える。そうすると固まるから、そいつを布にくるんで絞った物が、アルブムカゼウスだ」
ゼノビアは"好みでサールを混ぜれば尚良い"と付け加える。
要するに、フラッシュチーズか白チーズの類だな?
普通に美味そう。まぁ、この世界の牛乳を飲んだ事が無いから、口に合うか知らないけど。
「あぁ! アルブムカゼウスって"蘇"とか"醍醐"見たいなもんかい!」
いきなり日本か中国っぽい名前が出てきたぞ!?
いや、そう言えばこの女将さんの料理って、どことなく中華っぽかったわ!
「まぁ、それより簡単に作れて味も悪い物だが。概ね同じだ」
ゼノビアも知ってたのか……どんだけ美味いんだろうか。
あと、味が悪いって、つくづく貧乏食なんだな。シルコムドルセ。




