第7話 〜2人の英雄〜
ティル達は試験が始まって間もなく、ソフィアとはぐれてしまうというアクシデントに出くわしていた。
「ふーん。どうすっか……」
「そうねー。ソフィアちゃんなら、大丈夫だと思うけど、ちょっと心配よね」
「…………」
ティルは左手で作った握りこぶしで口を覆い、俯いている。今まで見た事ない真剣な眼差しで。
「おーい、ティル〜?」
「…………」
ハルナとシースは心配そうにティルを見つめる。
「大丈夫かしら……ティル……」
「そりゃぁね……。どれ、ちょっと行くか」
と、シースはティルの背後へと向かうと、ふ〜っと深呼吸。その後、手刀をティルの頭のてっぺんへと垂直に下ろす。
「ソイっ!あらら?」
ティルは半身をずらし、全力チョップを右手で捌く。シースはそのまま、右方向へと体勢を崩し、2、3歩、前方へとよろける。その体の不自然な重心の変化に、シースは唖然としていた。
「あ、ごめん。ちょっと考え事してて……でも、不意打ちは良くないよ」
「ふぅん。なるほどね……。多分意味無い質問になるけど、ソフィアの事どう思う?」
「ソフィア?まあ、ソフィアの事だから大丈夫だとは思うよ。だけど、持ってった荷物の中身的にも、今日中に合流しないとまずいかもね」
「なーんだ、心配して損したわ」
「心配?なんの事?」
ハルナも会話に加わる。
「アンタ、さっきすごい顔してたわよ?こーんな、鬼みたいな顔」
ハルナはどんな顔の筋肉をしているのか、両手と顔の筋肉を駆使し、金剛力士像の顔をかなりのクオリティで再現した。
「まじ?……うん。でも大丈夫だよ」
「で、どうする?もう行く?」
「そうだね、行動するなら、早い方がいいね」
そんなこんなで、ティル達は遺跡の探索を開始した。
中に入ると、先程までの薄暗く青い壁ではなくレンガ造りの通路になっており、これぞダンジョンのような見た目をしている。
(やっぱりね〜さっきまでの場所と全然違うわ。)
遺跡の内部へ侵入してからは、簡単な地図を手探りで作りながら探索していく。どうやらこの遺跡、迷路のように分岐点が散りばめられているらしい。3人は、迷って出られなくなるのを防ぐために、目印を地図上につけながら進む。
しばらく探索を続けていると、何度がモンスターと接敵、戦闘を行った。主にであったモンスターは、多種多彩なスライム状の生き物や魔法を使うゴブリン、動く岩石のようなモンスター等、魔法に特化したモンスターが多かった。
他にも、普段よく見るネズミやトカゲ、その他多くの動物が巨大化し、身体能力が強化されたようなモンスターが見られた。ただ、初心者離れした戦闘能力を持つティル、シース、ハルナの3人は、そこまで苦労せず進むことが出来た。
「なんかさ?入ってあんま立ってないのに、もうポイント達成しちゃったんじゃない?」
ハルナのその言葉にふと、袋の中身を見てみる。すると、確かに既に規定ポイント以上のアイテムが袋の中に入っていた。
「うわっ、ほんとじゃん!」
「確かにね〜。これならソフィアの分も達成してそうだね」
「じゃあ、もう外でられれば終わり?」
「そうなるね」
「なら、早いとこ外出て…………って、どうやってでるの?」
シースは少し考えてから話す。
「……中心、か」
(中心?そういえばあのおじさん。そんなこと言ってたような?)
「ま、とりあえずこのまま進んでみるか」
「それもそうだね」
こんな感じで3、人は遺跡を進んでいく。試験開始から約2時間程たっただろうか、3人は謎の扉の前へたどり着く。
「怪しいな…………ここ……」
「なんか、嫌な予感するわね」
「ちょっと、準備してから行くか。その前に……ちょっと覗いてみるかな」
シースはそう言うと、扉を少し開け中を覗く。シースは何を見たのか、えっと声を出し、驚きの表情を浮かべたまま扉を開ける。扉が開くと、ティル達にも部屋の中が見える。するとハルナは中の光景に驚き、目を見開いて言う。
「は!?草原!?」
そう。そこに広がっていたのは、今までの遺跡のような造りの部屋ではなかった。上を見れば青空が広がっており、体を包み込むような、心地の良い風が吹く本物の草原のような部屋だった。
「おいおいマジかよ。こんなの聞いた事ないぞ……」
シースは好奇心が疼いているのか、目を輝かせながら声を漏らしていた。もちろんティルも、部屋の中の光景とそのありえない事象に対し、感動と驚きで口を開けたまま硬直している。
しばらく景色を堪能した後、シースはそっと扉を閉める。
「で、どうするの?」
「今まで通り、俺とティルで先行して、その後ろからハルナが着いてくる感じで問題ないと思う」
「ただ見た通り、今までと違って通路じゃなくて広い場所に出るからな。さらに周囲の注意をしなきゃだね」
「そうだね。とりあえずはじゃぁ、ティルはいつでも戦闘開始できるように準備。俺は魔力を使いながら、ハルナは後ろから索敵しつつで、より一層警戒しながら動く」
「「了解!」」
3人はおおよその動き決めた後、扉を両手で開け草原へと踏み入れた。ティルは中に入ると、やはり見た目の通り本物の草原だった。足の感触が、体を包む風がそう感じさせる。そして後ろを見ると、あることに気がつき思わず声が出る。
「あっ!!」
「ど、どした!?ティル」
「そ、そそそ、そうよ。いきなり声出さないでよ、びっくりするじゃない」
「いや、扉が…………」
「「扉?」」
ティルの回答に、2人も後ろを見ると……そう。扉が下の方からスッ…と消えていった。
「「お、お〜……」」
今のさっきので驚きばかりだった3人は、先程のような衝撃はなかった。
「ま、まあね。この部屋のことだし、こういうのもあるわよね……」
「まあ、なんにせよ、戻り道は無くなっちゃったし、進むしかないみたいだね。じゃ、行きますか」
と言うと、シースは目を瞑り集中する。するとシースの周りに風が吹く。これは風属性の魔法を利用した索敵専用の魔法のようだ。この魔法は、周りに吹く風の違和感を察知し、周囲の索敵を行う魔法らしい。そうシースが説明してくれた。
3人は草原の奥へと進んでいく。だがしばらく歩いても、モンスターや草原の外に出られるような扉、抜け道などは見つからず、ただただ草原が広がっているだけだと認識させられるだけだった。
「何よこれ〜。なんもないじゃない。何にも〜。さっきまでの感動返しなさいよ〜」
「まあまあ、落ち着きなって」
「ちなみに、やっぱり近くに敵はいない感じ?」
「そうねー。ずっと意識してるけど、近くにモンスターはいないみたいだね」
やはり、見た目の通り、周りにモンスターの影はないようだ。すると、ハルナは言う。
「なーんか、おっかしいのよね」
「おかしい?」
「そう。なんか分からないんだけど、あたしたちの他に、一つだけ魔力を感じる気がするのよね〜。いつからかは分からないけど。もしかしたら、この部屋入った時からかも」
ティルはそれを聞き、脳を働かせる。そしてある結論へと至る。
「ね、シース。聞きたいんだけど、索敵魔法で周りに何もいないのは確定?」
「うーん。そうだね〜。使ってた限りでは間違いなく居なかったね」
「それって風魔法なんだよね?」
「そだよ」
(風魔法か……成程………てことは?)
と、ティルは間違いないと思い、下を向く。それを見たシースはハッと何かに気づき、頭を右手でパシーンッと抑え、ティルとハルナに謝る。
「それだわ。ごめん、ちょっと警戒足りなかった。ほんとすまん。申し訳ない」
ハルナも今の一連を見て、何となく察したようだ。
「あーあ、これは後でお仕置か罰ゲームね」
「まあ、それはそれでいいや。とりあえず、3人で距離を取ってみるか。ゆっくりな」
ハルナとティルはシースに目線を合わせ、無言で頷き了承の合図を送る。その後、3人はそれぞれの中心から1歩ずつ、ゆっくり、ゆっくりと下がっていく。すると、意識したからだろうか、先程までは感じられなかった、小さい揺れを感じる。
シースは2人に手で合図を送る。
あれは……武器を構えろという意味だろうか。ティルは、剣を抜き構える。
(お、この感覚は……)
背筋がゾクッとする感覚。体に魔力が付与される感覚だ。ハルナの方を見ると、シースの合図を見たのか、全員に支援魔法をかけていた。そして、2人はシースに対し準備完了の合図を返す。
シースは準備が出来たと判断し、右手を前に出し魔法を放つ準備をしている。その後、3.……2……1……と指でカウントした後、3人の中心に炎の魔法を直撃させた。
すると…………
ドドドドドドドドドド…………
地面が揺れ始める。
(お、おぉ、……結構揺れるな……。)
と、地面の揺れを耐えるため、低い姿勢を保つ。
しばらく揺れが続き、揺れがおさまったと思った次の瞬間!それは地面の下から空中へと飛び出していた!その影を追い、ティルは上を見上げていた。
(おーでっけー!なにこれ!蛇!?)
下からでてきたのは、緑色の鉱石を額に着けた、蛇のような大型の魔物だった。
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これは、後で聞いた話たが、この魔物は、<クリスタルバジリスク・自然型>と言うらしい。
大きな蛇型のモンスターで、全長は、10mを超える。額に緑色の鉱石が着いており、とても素早く土、風、自然魔法が得意のモンスターである。(以下、大蛇)
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大蛇は、地面の下から空中へと飛び跳ねた後、口を大きく開けながらティルへと向かう。
(おいおい!いきなり出てきて俺かい!)
内心焦りながらもしっかりと見切り、大蛇の噛みつきを余裕で躱す。
大蛇は着地と同時に、ティルへと追撃を行い、十数秒程大蛇との攻防を繰り返す。ティルも最初こそ何度か攻撃を受けてしまったが、徐々に攻撃を捌けるようになっていき、浅くはあるが何ヶ所か皮膚を裂くことが出来た。
しばらくすると、大蛇を挟んで反対側の方から巨大な火の玉が飛んで来る。どうやら、シースの放った魔法らしい。今の攻防の間にやや離れた位置に移動し、遠距離からのサポートをしてくれたようだ。ティルは大蛇はその魔法で怯んだのを確認し、一撃、二撃、三撃と、カウンターを与える。
更に、ハルナの放った矢は、風を斬る音を立てながら大蛇へと向かい、その矢は大蛇の右目に深く刺さる。
すると、シース達の方から声がかかる。
「ティルー!一旦引けーー!」
もう1発攻撃を与えてから戻ろうと思ったが、大蛇は悶えながらも片目でこちらを追っており、ティルが1歩近づいた瞬間、ピクっと尻尾が動いていた。流石にこのまま攻撃するのは危険だと判断し、追撃を諦めシース達の元へと戻る。
「ナイス!ハルナ、シース!」
「こんくらい……余裕よ……」
「で、どうする?この後……」
2人は何故だか、疲弊している様子だった。シースに関しては、顎から汗がポタリと落ちる程汗をかいていた。
「2人とも、どうしたの?」
「なんかね、魔法使うとドッと疲れるのよね」
「そうだね、魔法使う度にドッと疲れる感じ。索敵魔法使ってる時も違和感あったから、この部屋自体に何か仕掛けがあるのかも」
「そうなんだ……」
と、ティルは少し暗い顔をして下を向く。
「どうした?そんな暗い顔して」
ティルは先程の戦闘で、2点思う所があった。
1つ目は、明らかにティルの剣での攻撃よりも、シース達の魔法の方がダメージが入ること。ティルの剣は蛇の皮膚を裂きこそしたもののどれも致命傷には程遠く、大蛇も差程警戒している様子は無かった。
もう1つは、尻尾が1番危険であるという点。先程追撃を試みた際、尻尾が動いていた。恐らく、目を負傷していたため、顔付近での攻撃を避けたのだろう。しかし、何故か今までの戦闘で1番恐怖を感じた。更によく見えなかったが、先端の方が若干鋭利な形をしていたような気がした。
以上の点から、自分があの大蛇を一定箇所に留め、離れた位置からシース達の最大火力の魔法で何とかしよう。そう考えていた。だが、2人の体を心配しそれは無理だと判断した。
今の考えをシース達に話すと、シースは納得のいく顔をして言う。
「わかった。それで行こう」
「でも、大丈夫なの?」
「多分ね。いつもの感じで何発も打つって訳には行かないけど、集中して全力で打てばなんとかなるかも。まあ、打てて1発2発くらいが限界だろうけどね」
「でも……」
ティルは、2人に負担をかけまいと辞めるよう進言しようとしたが、
「わかったわ。あたしも賛成」
ハルナもなんの躊躇いもなく、ティルの話した作戦に了承した。2人の覚悟を無下にする訳にも行かなく、
「うん。2人がいいなら僕も」
と、ティルは2人の力を借りることにした。3人は、大蛇との戦い方をあらかた決め、 大蛇に向け武器を構える。
「じゃあ、僕があいつを足止めするけど、どのくらい耐えればいい?」
「1分あれば余裕だと思う」
「了解!!じゃぁ…………後は任せたッ!!!」
「おう!」
そう言い、ティルは走り出す。
「はぁ、まぁそうなるわよね。仕方が無いものね。この状況」
「あいつ、大怪我して帰ってきても、ちゃんと治してやれよ」
軽い冗談をかますと、シースは目を瞑り、深く集中する。
「分かってるわよ。私だってそこまで鬼じゃないわ」
と、真顔で返すハルナもサポートの準備へと入る。ティルが大蛇の攻撃範囲に入ると、すぐさま戦闘は再開する。
先に動きを見せたのは大蛇。大蛇はティルへと噛みつきにかかる。ティルはその攻撃を難なくかわすも、その巨体から放たれる攻撃の余波は、小さいティルの体を一瞬硬直させる。
(これ、思ったよりもまずいかな?気ぃ抜いたら、吹き飛ばされそうだ……。)
ティルは何とか大蛇の攻撃を捌きながら距離をとる。反撃の余裕があれば、少しカウンターを入れまた距離をとる。そんな攻防をハイスピードで何度も繰り返す。
(さっきまでとは違って、今は時間稼ぎが目的だ。無理せず、落ち着いて対処すれば、何とかなるかも……。けど……。)
シースが魔法の準備を始めてから30秒程だろうか、ティルは何か違和感を感じる。何故だかティルの攻撃は避けられ、大蛇の攻撃が徐々に当たりそうになる。そんな状況が続くようになっていた。
(おかしいな。こいつ、自分から攻撃するのを避け始めた?うーん。やりにくいね……。)
そう、実はティル。自分から攻めることがあまり得意ではなかった。
ティルは基本、相手の攻撃を見てから反応、予測し、持ち前の戦闘センス、スピードで困惑。そこから放つカウンターを起点に攻撃するという戦い方だ。しかし、その素早さから、ある程度下の実力、また相手との相性によっては同程度の者なら、何とか対処は可能である。
だが、相手は大型のモンスター。自分よりも筋力量が遥かに多く、更にはスピードも同等。それもハルナの支援魔法こみこみでだ。
そんな相手が防戦一方を貫くという状況に、ティルは固唾を飲み込む。
(だけど、本当にそれだけ……?)
何か他に、気になることがあるような気がする。喉から出そうなのに、微妙に分からない。そんな、うずうずする気持ちの悪い違和感が残る。
とりあえず、一旦状況を整理するためにティルはシースたちの方を確認しようとした。
そして、ティルが大蛇から目を離した瞬間。一瞬、背筋に悪寒が走る。別に、油断したつもりは1ミリもなかった。大蛇の方が1枚上手だった。ただそれだけの事。
大蛇はティルが目を離したのを見逃さず、鋭利な尻尾をティルの脇腹目掛け、一直線に突き立てる。
(うっわ!?やっば!!)
ティルは思いもよらぬ出来事に、防御姿勢が遅れてしまい、斜め上へと吹き飛ばされる。
「いっちゃぁ……いてて」
ティルは受身を取るも、地面に衝突した勢いで体をバウンドさせる。しかし、大蛇の攻撃はまだ終わりでは無い。吹き飛んだティル目掛けて、更に喰いちぎろうとする、大蛇の姿を横目で確認出来た。
(あれ?これもしかして、まずいやつなのでは?)
ティルは着地するその瞬間まで、脳をひたすら働かせる。
(もうこれしかない!!)
着地してからの行動をある程度決め、頭の中で何度も何度もシミュレーションを行う。そして、反撃のイメージを固め、武器を構える。
(よし!!こいッッ!!)
大蛇は鋭い牙をむき出しながら、落下するティルに近づく。
(ここまでは予定通り!!)
ティルは深く深呼吸をし、目を開く。
(……ここ)
ティルは感情を爆発させることなく、落ち着きながら丁寧に動きをつなげる。右手で持つ剣を大蛇の右頬の筋肉を内側から突き刺し、そのまま引き裂き同時に左腕で急所をかばう。
大蛇は一瞬怯むもティルを喰い千切ろうと試みる。
ぐああああぁぁぁッッ!!!
大蛇の牙はティルの肉に食い込むも、右頬の筋肉を引き裂いたため、下半身に深い怪我をすることは無かった。しかし、上半身に対しては、左肩と左腕に牙が深く食い込んでしまったため、左手で剣を握るのが厳しい状態だ。
ただ、戦闘不能になりかねないそんな攻撃に対し、下半身へのダメージを押え、機動力を確保した。左腕を犠牲にしたが、利き手である右手を守り、メインの攻撃手段を失わずに済ませた。
(うん。今の行動は100点満点中、120点だね♪)
と、自分の取った起点に対し、自画自賛をする。
今度は大蛇から目を離さず、シース達の方を確認する。
どうやら魔法の完成が近いようだ。しかし、ハルナは今の様子を見て、何かシースに言っているのも見えた。ティルは今までの攻防を素早く正確に分析し、問題なしの結論に至り、その旨をシースとハルナに伝える。
「僕は大丈夫!!」
(多分後10秒くらい!かな?まあ、ラスト!頑張りますか!!)
そう意気込み剣を構え、大蛇を睨みつける。すると、ティルはあることに気付き、先程まで感じていた違和感の正体を理解した。
(あいつ……魔法を見て……。そうか!さっきからあいつ、気づいてたのか!それなのに、シースじゃなくて僕ばかり狙ってたのが気持ち悪かったのか……。でも、なんだろう……、何を考えてる?最初から避けるつもりで僕ばかり狙ってた?僕を倒せばシース達は目じゃない?ってこと?魔法も当たらなければなお良しって感じか?)
そんなことを考えながら、大蛇の攻撃を捌く。すると、ハルナの叫ぶ声が聞こえた。
「ティルーー!準備出来たわよ!!」
その声が聞こえた瞬間、回避の準備をするが、大蛇も今まで以上に攻撃のスピードをあげてきた。
(こいつッ!!!急に!!)
ティルは一瞬驚愕するも、何とか体制を整え、大蛇の攻撃を防ぐ。
「いくぞ!!!」
「了解!!!」
シースからの合図に応答し、ティルは離脱の準備を始める。
それを見た大蛇は、ここぞとばかりに最後の攻撃を行う。大蛇はティルの懐に潜り込むと、シースの放つ魔法に向け、ティルを魔法へと吹き飛ばそうと頭を懐に潜り込ませてきた。
(なるほど……最初からこれが狙いかっ!!)
ティルは咄嗟に先程切り裂いた箇所に、剣を突き刺す。そして、左腕の痛みを我慢しながら、両腕で大蛇を抑え込むと、全力でその場に踏ん張る。
「おいおいおい!!俺一人じゃ勿体ないでしょ!こんなの!!お前も一緒に浴びようぜ!!熱波ぁぁぁぁぁッッッ!!!」
そして、ティルは大蛇と共にシースの放った全力の炎魔法を食らう。
クギャリヤァァァァァーーーー!
(あっチィ。けど!あいつの方がダメージでかいね!!)
それを見たシース達はと言うと……
「あのバカッ!なっ!いや、もうっ、それしかないけどさっ!!」
すると隣から、バタッと何かが倒れる音がした。
「ちょっとシース!?大丈夫!?」
とハルナが倒れるシースに駆け寄ると、
「まだだ!まだ終わってねぇ!!」
そう、まだ大蛇は倒れていない。ティルと大蛇の攻防は続いている。
そして、シースはあることに気づいていた。
「それに見ろよ。あの剣」
「え……剣……?あれは……」
ハルナが見たのは、炎を纏うティルの剣だった。恐らく、シースの放った魔法の散らばった残火を利用しているのだろう。ティルの胸元で真紅に煌めく魔石がそう物語る。
「ハルナ、俺をあそこまで連れてけるか?できるだけ近くまで」
ハルナは一瞬躊躇うが、覚悟を決める。
「わかった!けど、ここで死んだら、一生呪うわよっ!!」
「それはあいつに言ってくれよ。全てはティルにかかってんだ」
「それもそうね!じゃ、行くわよ!!」
ハルナはそう言うと、シースを抱えたまま風魔法を利用し、ティルの元へと飛ぶ。
「くっ。やっぱしキッついわー」
「ハルナ……お前……」
「何よ!あんたらが命張ってんの!あたしも乗らなきゃ、そりゃいけんでしょ!」
「まったく……」
「ほら、着いたわよ!」
こうして、ハルナは援護射撃。シースは魔法攻撃による援護を開始した。
一方、ティルは大蛇との激しい攻防を繰り広げていた。
(やっぱり、さっきの大分効いてる!!今までより、確実に攻撃が入ってる!それに……なんだ?これ……。)
ティルは胸元で輝く魔石、それと自分の剣に纏う、猛々しい炎に気づく。
(うん!これなら!!)
大蛇はシースの魔法を喰らったのか、動きもだいぶ遅くなっている。しかし、変化があるのは大蛇だけでは無い。
(あー、時間切れか……ちょっと不味いかも……。)
ティルにかけられていたハルナの支援魔法は、タイムリミットを迎える。
「こいッ!クソ蛇!ここで終わらせてやる!!」
そう、不安気な自分を鼓舞するために雄叫びをあげる。こうして、ティル達VS大蛇の生死が決まる、最終ラウンドの幕が開けられた。
今までとは違い、炎の魔法を纏っているため、ティルの攻撃は大蛇の皮膚を深く切り裂く。
(うん。何とかなりそうかな?)
何度か攻防を重ねるうちに、徐々にティルの方が大蛇を押し始める。そんな状況に大蛇は一旦身を引き、ティルではなく、近づいてきたシース達へと標的を変える。
流石にそれはまずいと理解しているティルは、大蛇の先へ先へと回り込む。
「お前の相手は…………」
ティルは深く息を吸い込み、叫ぶ。
「俺だろうがぁーーーーーーーっ!」
大蛇もその声を聞き、目の前の人間を殺さないと自分が殺られる。そう思ったのか、ティルの息の根を止めようと今までに無い殺気を放つ。
両者は必ず目の前の相手を殺す。そう心の中で叫びながらティルは自分の剣、大蛇は鋭利な尻尾、互いの最大の武器を交える。
すると、ティルは大蛇に弾き飛ばされ、真上へと打ち上げられる。それを見た大蛇は、尻尾で宙を舞うティルの心臓へと狙いを定め、突く。
だか、それはシース達の機転により回避される。ティルはシースとハルナの風魔法により、さらに高く高く舞い上がる。
(これなら……)
ティルは自分の体重を全て重力に委ね、落下する感覚を肌で感じながら、深く深く集中する。そして、自分の心臓へと向かう大蛇の尻尾へと狙いを定め、右手に持つ剣をギュッと握りしめる。
ティルが着地するその瞬間、勝敗は一瞬で決まる。
大蛇はティルに向け、尻尾を一直線に突き立てる。ティルはその攻撃を剣で弾くと同時に、自分の落下方向を変化させる。
そう、大蛇の首元へと…………。そして……。
「終わりだ……」
ティルは更に深く集中する。すると、ティルには周りの動きが遅く見え、全ての動作、出来事をハッキリと認識することが出来た。
ティルは今利用出来る全ての力を利用し、大蛇の首元に狙いを定め、回転しながら切りつけ着地する。
スパンーーー。トスンーーー。
大蛇の首は胴体から分離され、地面へと転がる。
「はぁっ、はぁっ…………よし!」
と、口角を若干上げながら、大蛇への勝利の余韻を噛み締める。
すると、後ろから2人の足音が聞こえてきた。振り向くと、ハルナはシースに肩を貸しながら、こちらへと歩いてきていた。
「よっ、おつかれさんっ♪」
「うん、おつかれぇ……」
と、ティル返事を返すと、後ろへバタッと倒れ込む。
「無理。しんどい。もう立ってらんないよ……」
「あんた、無茶し過ぎよ」
「ハルナ、回復してあげて?ほら。ティルも頑張ったんだしさ」
「無理よ。さっき魔法使いすぎたもの。しばらく待ってちょうだい」
「じゃあ、ごめん。それまで休んでていい?」
「まあ、時間はあるしね。ソフィアちゃんのこともあるから程々にね」
「りょーかーい」
「じゃ、おれもー」
ティルとシースは疲労のためか、10秒足らずで眠りに着く。
「あんたらさ、本当に……」
ハルナは、こぼれかけた罵声を飲み込む。その代わりと言ってはなんだが、心躍るような熱い戦いを繰り広げてくれた、目の前に転がる2人の英雄に向け、全力の笑顔で労いの言葉を言い放つ。
「最っ高の馬鹿なんだから!!!」
こうして、ティル・シース・ハルナVS大蛇の熱く燃え上がる激戦は幕を閉じた。
これは余談だが、最後にティルが見せた技。炎を纏い、回転しながら相手を斬りつける技は後に、【炎転華】として、ギルドに登録されることとなる。
一方その頃、ソフィアはというと……。ティル達と同様、はぐれたことに戸惑いながらも遺跡を探索を進め、謎の広間へと足見入れていた。
しかし……
「おいアニキ!見てくれよこいつ!とんだ上玉ですぜ!」
「ほう。これはなかなかじゃん。嬢ちゃん名は?ギル。お前周り見張っとけ」
「ウス」
と、謎の男3人組に絡まれていた。
(この人達……めんどくさいな……。)
「おいおい、そんな嫌な顔しないでくれよ。別に襲おうって訳じゃないんだ。こういう困った時はお互い様だろう?」
「は、はぁ……」
ソフィアは、嫌な顔を向けながら、どうしてこの人達と離れようかと考えていた。
すると……
ゴロゴロゴロゴロ……
広間に転がっていた岩や瓦礫が中心へ集まっていく。
「アニキ?なんですかい?あれ?」
「は?俺に分かるかよ」
しばらくすると瓦礫だった物は、大きな1つの生命体へと姿を変えていく。遺跡と言えばこいつ、ゴーレムである。
「おしっ!お前ら!構えろ!」
「「了解!」」
(この人達、大丈夫かなぁ……。
この際、こっそり逃げようかな……。)
そんなソフィアの心配と共に、また別の戦いが始まろうとしていた。
第7話 「2人の英雄」〜完〜