第1話 ~世界の歌姫〜 ①
現在夜の10時30分、場所は東区に所在を構える、隠れた酒場。そこには酔いが回りに回ったレオーネと、ティルの姿があった。
「だからな?ソフィアはいい子なんだよ……あたしゃもう二度と、あんな顔は見たくはないわけさ?」
「ウン、ソウダネ」
一体何回目になるのだろうか。このセリフを聞いたのは……
「いいか?何としてもあのライブのチケットを入手する。それがダメなら、なんとしてでも会場近くまで行く。わかったな?じゃないと……」
「じゃないと?」
「あたし、何するかわからないからな?」
何をするかわからない……、なんて恐ろしい言葉なのだろう。ティルはここ数か月ほどレオーネと過ごし、この人の人柄を理解し始めていた。ティルのレオーネに対する性格の分析は、簡単にまとめるとこうだ。
・意外と理知的であり、一般常識は割とある方。
・大雑把なことが好きであるが、やらないといけないと理解すれば、渋々ではあるが細かいことでもしっかりとやりきる。
・好きなことには大体一直線。
・自分よりも周りの事を優先する。
・できそうなことは大体何でもやってみて、それが駄目であった場合のみ、仕方がなくあきらめる。(何度か警察沙汰になりかけた経験あり)
とまあ、大体こんな感じだ。中でもこの最後の3つが噛み合ってしまった場合、一体どんなことになるのやら。その上での“何でもするからな”である。考えるだけでも末恐ろしい……。
レオーネの日頃の鬱憤もはらされ終えたのか、小さな夜の宴(?)がようやく幕を閉じる。
「だう……にゃ……あら……すが……で……」
(あぁ、ダメだこりゃ)
到底自分の力だけでは、歩くことすら出来ない。 そんな状態を全身で精密に体現している。そんな半獣人のお姉さんを背負いながら魔国の静かな夜道を歩く。
そんな中、しばらく歩いていると、
LaLa……LaLaLaLa……LaLa……
どこからともなく綺麗な歌声が聞こえてくる。それは、聞いているだけでも心地よく、思わず少年が歩みを止めてしまうほどであった。
(すごく綺麗な声……。でも誰だろう……こんな夜中に……)
ティルが歌声に聞き惚れていると、背中の方から邪魔が入る。
「なぁん……とあってんだ……はぁくいけぇ……」
聞きたくなかった理不尽なバッシングと共に、広背筋に対する重たい衝撃が何度も走る。
「はいはい……てか痛ッ、ちょ痛い。お願い、ほんとにやめて」
(あぁ、こんな時にソフィアがいればなぁ……)
本当にどんなに楽だっただろう。おそらく今はイヴとともに守国【ディルファス】に着いた頃だろうか。何やら、外交?的な仕事で呼ばれたようで、今日の朝イヴとともにこの国を発った。
(確か、帰ってくるのは3日後……。それまでこれが続くのかな?)
「はぁぁぁぁ…………」
虚しさのこもったティルのため息は、魔国の街並みへとゆっくり消えていく。
(ふぅん……あの子がねぇ……)
そんなティルを見ながら一人、影で見つめる者がいた……。
・・・
時は少し立ち、3日後の昼前。場所は闘技場の目立つ街“フラウィウス”。あれから色んな場所を巡りチケットや守国付近の依頼を探しているのだが、一向に見つかる気配がしない。そこでティルは魔国の次に依頼の多いこの街のギルドを訪れていた。
しかし、そう上手くは行かないのが世の中である。話を聞くところによると、実はポスターが貼り始めるよりも前から、歌姫の最後のライブの噂がリークされていたらしい。それ以降、チケットが落選した際の対策として、守国付近のクエストがこぞって漁られたとの事。
また、チケットに当選した者がクエストを急に辞退するという、大変バットマナーな行為が流行してしまったらしい。それでも、また別の冒険者が受注をするため、やはり目的のクエストは見つからないと言う、救いようの無い糞みたいなサイクルが今の現状。
チケットに関しても開催まで残り10日ときた。そりゃどこ探しても見つからない。ある訳が無い。
そんなこんなが続き、魔国中を歩き回るという今に至る。
(はぁ……どうしよう……まぁたレオーネにドヤされるよ。ま、見つからないのはあっちも同じなんだけどもさ……それよりもお腹すいたしね……ご飯でも……?)
今思うと、朝から何も食べておらず、ひたすら足を動かしていた。近くにあった時計を見てみると、ちょうど昼食を摂るにはいい時間だ。それに、そういえばこの辺に、ぜひ言って見てほしいとオススメのハンバーガー屋さんがある。そんなことをソフィアが言っていた気がする。
その後、ティルは微かな記憶を頼りにしながら、街を歩き回る。
(あった、ここか!……な?)
たどり着いたのは、円形に広がる広場。そこには、あからさまに放たれるいい匂い、そして店内から人が溢れ、ちょっとした行列が目立つ店が一つ。
正直なところ、オススメされた店かどうかなんでどうでも良くなっていた。空腹が続くこの状況下で、この匂いを嗅いでしまったら最後。ティルの足は、脳の思考を待つことすら出来ずに、その列へと向かわされていた。
腹の虫を鳴らしながらも、割と長めの間空腹に耐え抜き、ようやく店内への入場の権利を得る。
(す〜ごい、いい匂いだ……)
店内へ入ると、まず最初に来るのは香ばしい肉の匂い。ただ、内装は意外と落ち着いており、シンプルな木造建築に、通路が広めに保たれた席の配置。そして、全体に細かく丁寧に装飾された、自然の数々。
この心地の良い内装と、腹の虫を刺激するような香りから、視覚、嗅覚だけでも満足感を感じることが出来る店である。
(さぁてと、何にしようか……)
ようやく自分へと順番が回り、カウンターへと案内される。メニューを覗くと、ゴリッゴリの肉々しいものから、あっさりとした物、海鮮系の物まで多種多様なものが存在していた。
(まぁね、初めてなんだし……)
とりあえずは無難に、人気No.1の物を指を指し、
「これで!」
と一言。
そのまま店員にトレイを渡され、好きな席に座るよう促される。だが空いている席は少ない。本当は外が見える席で食べたかったが、どうも空いてそうに無い。仕方が無いので、ちょうど左右の席が空いてる場所に座ることにした。
・・・
その後しばらく待つと、後ろからふと声がかけられる。
「君、いいもの持ってるね」
現れたのは、サングラスと帽子を深くかぶった1人の女性。後ろで髪をたばねた可愛らしいリボンが、チャームポイント……なのかな?
とまぁ、なんかよく分からない言葉をかけられた気もするが、多分気の所為であろう。そう思い込むことにし、なんとなぁく無視して天井を見つめる。
「あれ、気づかなかったかな?んじゃ、隣失礼するよ?」
女性はそう言うと、しなやかな動きで席に座る。
「何となく分かっているんだろう?私は君に話しかけているんだよ?」
「あぁ、はぁ……」
どうやら、よく分からない面倒くさい人に絡まれてしまったらしい。いいもの?何だそれは……。まさか、この魔石の事?そう言えばそんなこといってた人が何人かいたな……。そんなことを頭に浮かべつつ、適当な返事を返す。
「まぁ、そうだね。普通そんな反応になるよね」
「あなたは?」
「そうだねぇ……なんだろうか。うん、ディーとでも名乗っておこうかな」
「ディー……」
(なぁんかパッとしないなぁ……)
「ま、そんなことは置いといて……」
ディーはそういうと、ティルの瞳をじっとのぞき込み、一つ質問を投げかける。
「君、歌姫については、どう思ているの?」
(歌姫そりゃあね……)
恐らく、あの最後ライブの事だろう。今までのこの三日間の事を考えると、心の奥底でたまりにたまった不満がうずうずし始める。
「歌姫ねぇ……はぁ……。もうどこに行っても、なぁんにも。もう見つかる気すらしないよ」
全てをバカにするような顔を見せつけながら、両手を壁に向ける。しかしなぜだろう……、こんなよく分からない女ではあるが、不思議と気が合うような気がし、どんどん口が進んでしまう。
「え……?いや、なんかあれ?君、そのせん……」
「でね?もうずぅぅぅっと歩きっぱなしでさぁ………………」
その後もティルは止まることはなく、その話は頼んだ料理が来るまで続く。
「そりゃ、大変だったみたいだねぇ」
ディーは、何をおもっているのか、にやけながら返事を返す。すると、ようやく盆を持つ店員が現れる。
「お待たせしました、こちら【肉汁溢れる三倍パティ・セット】になります」
目の前に置かれたのは、インパクト抜群のハンバーガー。挟まれているパティからは、その名に恥じぬ量の肉汁。ただそれだけではない。見た目だけでもわかる、野菜のみずみずしさ。そしてこの距離からでも香ってくる、小麦の優しい香り。これが口の中で混ざってしまったら、一体どんなことになってしまうのやら。想像しただけで、口の奥底からよだれが出そうになる。
「ほらほら、料理も来た事だしね……一旦落ち着こっか」
その一言に、ティルはハッと我に戻り、ようやく落ち着きを取り戻す。
「な、なんか……はい。すみませんでした……」
いきなり現れたのはあちらであったが、さすがに自分勝手に話してしまった気がする。あくまでも、いきなり話しかけたのはあちらだが、少しだけ反省の意を込め、頭を軽く下げる。
「いやいや、別にいいよ。全然気にしてないし。それに、こんなに人の話を聞いたのは久しぶりな気もするし……」
ディーはそういうと、ほんの少し悲しそうな顔を浮かべる。
「あ、ごめんね。ただただ自分で焦って、周りが見えてなかっただけ。つまるところ、ただの自爆みたいなもんだから。ほら、そんなこと置いといてさ、ちゃっちゃと食べちゃお?」
「そ、そうだね。んじゃ、いただきます!!」
そう言うと、その手の中にある料理を1口。味は言わずもがな。まさに至福の一言。1口進む事に溢れんばかりの肉汁、それをカバーするような新鮮な野菜と小麦の香り。見た目ほどのヘビーさは感じられず、思ったよりもスッキリとした食べ応え。
満腹へと近づく毎に訪れる、食への拒絶は全く見られず、完食までに時間は必要なかった。
(いやぁ……食べた食べた……)
2人は完食した後、一緒に店の外へ出る。……と言うよりも、ディーが勝手に着いてきた、という方が正しいのだろう。
「そんな顔せずにさ?いいでしょ?減るもんじゃないんだし」
「ま、まぁ……はい……」
(どうせダメって言っても、『いやぁ、偶然偶々だねぇ。私と行きたい方向が君と全く一緒だぁ、やったね!』とか言ってついてきそうだし……)
心の中ですべてを諦め、首を縦に振る。
「で、これからどうするの?またあのお姫様のライブの手がかり探すの?」
その問いに対し、ティルは近くの時計台で時間を確認する。
「今日はもうおしまいかな……。ちょっと仲間を迎えに行くために戻らないといけないんだ」
「はえぇ……ちなみに戻るって、もしかして魔国とかだったりする?」
「そうだけど、なんで?」
「実は私も、魔国に行く用事があったんだ。いやぁ、本当にちょうどいい!君の話、もっと聞きたかったし!」
「でも、いいんですか?ここからマグニアまでには距離ありますし、ちゃんとギルドとかで護衛とか雇った方がいいんじゃ?」
本当はできるだけ早く帰りたいティル。ここで最後の切り札を切ってみる。ま、恐らくは無理なんだろう、そんな気はしていたが。
「でも、君も冒険者なんでしょ?じゃぁ君に護衛を頼むとするよ。それでいいかな?できれば格安で」
そうだった。さっきまで、あんなにべらべら話していたんだ。そら普通の人なら、自分=冒険者の式が簡単に成り立ってもおかしくはない。
「ま、安心しなよ。冒険者家業は引退しちゃったけど、実はこれでも昔は有名だった方なんだよ?それに……」
ディーはそういうと、ティルの心臓部付近を人差し指で小突きながら話す。
「人を見る目だって自信があるんだ。君なら私を無事、魔国まで送り届けることなんて造作もないはずだよ。ね?」
もうここまで来たらだめだし、この人、なんかレオーネみたいな決めたら曲げない臭を感じる。
「じゃ、ほら!早く行こっか!」
ここで見せてくるは、出会ってからの一番の笑み。
「……はい」
こうしてティルのちょこっとした、短い間の護衛任務は開始されるのであった。




