閑話 〜新たなる炎〜
今回は、ちょっとした小話になります。
ではどうぞ、お楽しみに!
(ここは、一体……僕、さっきまで……)
先程まで、自分はあの炎狼と戦っていたはずだ。激闘の末、最後に巨体を押し込み、炎狼の心臓を氷で貫いた。そこまでは覚えている。だがそれ以降の記憶が曖昧だ。
しかし、一体なんだろうか。ティルの目覚めた場所。それはどこか、静かな森のような場所であった。
周囲を見渡すと、柔らかい土に生い茂る木。だが、そんなに深い森という訳では無く、上からは、太陽の優しい光が何本も降りてきていた。そんな中、ティルはその場に存在する、どこかへと繋がる一本道を見つける。
(周りには何も無いし……、進むとしたらここだけだもんね)
この周りの感じ、恐らくモンスターの類は存在していないだろう。ティルはゆっくりと体を起こし、その道を歩いて行く。
歩き始めてから約5分、ようやく道が終わり、少し開けた広場のような場所に出る。
「あなたは……誰?」
森の道を抜けたその先、そこは中心に暖かい太陽の光が差し込み、周りは今まで見られなかった、数々の赤い花が咲いている。そんな、幻想的な場所だった。
そしてもう1つ、中心に存在している、テーブルくらいの大きさの切株の上に、こちらに背を向けながら空を見上げる女性が居た。
「へぇ……もう起きたんだ。おはよう、小さな冒険者さん」
そう言うとその女性は腰を上げ、こちらへと歩き始める。
(は、はだ……)
目の前の女性は、生まれた時と同じ格好をしており、目のやり場に困るティルは、顔を赤らめながら周りの森へと目線をやる。
「あぁ、ごめんね?ここに人が来るのは久しぶりなんだ。ちょっと配慮にかけてたね」
そう言いながら、女性は指を鳴らす。すると、女性中心へと風が吹き始め、数々の葉がその体を隠す。その後、風が止むと女性が純白の衣服に身を包み、再び姿を現す。
「これ、どうかな?」
「はい、大丈夫です」
「いやぁね?そういう事を聞いてるんじゃなくてね?」
「は、はぁ……」
「どう?似合ってる?」
目の前に経つ女性は、おおよそ17歳位であろう。スタイルも良く、顔立ちもとても綺麗である。そんな女性は、純白のドレスのようなワンピースをその身に纏い、頭には1つの花が装飾される。
その姿は、周りの景色により更に引き立たされ、心惹かれるものがあった。
「はい。とても……」
「ふふ……大丈夫?それ私が言わせてない?」
「いえ、そんなことはないです」
「ふぅん、そっか。じゃあ、君を信じて、ありがたく褒め言葉として受け取っておこうかな♪」
ティルの本心の言葉に満足した女性は、森の方へと手を掲げ、なにかを口ずさむ。すると、木で埋め尽くされていたその場には、新しく1本の道が現れる。
「それじゃあ、少し歩こっか」
女性はそう言うと、その道を歩き始め、ティルも送らぬようにとその後ろをついて行く。
ティルは歩きながら、先程歩いてきた道にはなかった、周りに咲く花を眺める。
(この花、すごく綺麗だな……)
「ん?この花気になる?」
ティルの考えを読んだが如く、ピッタリなタイミングで、女性の質問が飛んできた。
「え?心が読めるの?」
「いや、違うよ。ずっと花ばっかり見てたから」
(なぁんだ……びっくりした……)
「その花ね、サザンカって言うんだ。私がね?人として生きていた時に、1番好きだった花なんだ。どう?綺麗でしょ?」
「はい、とても。その頭に飾ってあるのもらよく似合ってると思います」
「褒め上手なんだね、君は」
そんな話をしていたが、ティルにはとあるフレーズが気になっていた。
(人として、か……)
その後、ティルは女性と雑談を交えながらしばらく道を歩く。すると、恐らくあの場所が目的地なのだろう。何やら祭壇のような物が見えてくる。
「はぁ……もう着いちゃったか……」
女性は何やら寂しそうな顔を浮かべ、渋々その祭壇の上へと登る。
「さ、君もほら、こっちおいで?」
「僕も?」
「そう、早く早く」
そう急かされ、ティルも続いて祭壇へと足を運ぶ。
「君はさ?この世界でやりことはあるのかな?」
「やりたいこと、ですか……」
ティルはその質問に対し、そっと心に手を当て考える。すると、浮かんでくるのは一つ。あの日から何度も助け、助けられた1人の少女である。
「ふぅん……やっぱりあの子なんだね」
(この人、やっぱり心読んでるよね?)
「それは置いといて……。君は、あの子のことどう思ってるんだい?」
(僕がソフィアのこと……)
なぜだか分からないが、ティルはソフィアと共に過ごすのがいつの間にか当たり前と思っていた。それに対し、特になにか特別な感情は無かった。ただ、一緒にいるのは楽しいし、もしも離れ離れになることを想像したら、心がモヤモヤする。
この気持ちは一体なんだろうか。恋?愛?それはそれで何か違うような気がする。友達……共に何かを目指す仲間?多分それが1番しっくりくる答えであった。
「なるほど……やっぱり君もなんだね」
「君も?」
「ま、そんなことはいっか……。君のこともあるだろうし、ちゃっちゃと済ませちゃおっか」
「済ませるって何を!?」
ティルのそんな言葉は置き去りにされ、2人の乗る台座はゆっくり上昇し始める。そして、目の前の女性は思いもよらない言葉を放つのであった。
「我、炎を司る聖獣・岾咲美火神也」
「え、は!?」
「かの歌姫との盟約に従い、我を打ち破りし者へと力を授けんとする」
すると、目の前の女性、自らを聖獣と名乗る女性の元から赤い光が現れる。その光はやがて、ティルの心臓付近へと吸い込まれると、足元の台座はゆっくりと下に下がる。
「ふんッ、あぁあ。つっかれた〜」
「今のは何?それに、今聖獣って」
「まぁ、君もいずれ分かる時が来るよ。でも今はまだその時じゃない」
「でも……」
「ほら、時間だ。君の世界に戻る時だよ」
すると、ティルの体はゆっくりと消え始める。
「久々に人とお話できて、とっても楽しかったよ。ありがとうね」
「…………」
恐らく口がもう消えたからだろうか、なにか喋ろうにも、声が出ない。
「それじゃあ、頑張ってね……」
頑張って。最後に見たのは、その言葉には似つかない、少し暗い顔の女性の顔であった。
(あぁ……意識が……)
・・・
「うぅ……」
目覚めるとそこは、どこか見覚えのある雰囲気の部屋であった。
(あれ、今何してたんだっけ?何か、大事なことがあった気がする……)
そんな事を考えていると、入口の扉がガチャりと開けられる。
「あ!ティルさん!おはようございます!」
開かれた扉からは、元気な明るい声とともに、受付嬢アイラの姿が現れる。
「おはようございます」
「ティルさん、すごく大変だったみたいですね。ソフィアもハイドさんも、たくさん話してましたよ♪」
「ははは……まぁ、そうですね」
「あ、そうそう。ティルさん、しばらく寝てたんですけども……、多分運動能力が低下してると思うので、暫くは安静にしてくださいね?」
(しばらく?)
その言葉にティルはカレンダーに目をやる。
「今日って?」
「11月の12日です」
(へぇ。ってことは、あれから5日か……)
「よいしょっと……」
「ちょっと!?無理は……おぉ。もう立てるんです?」
「まぁ、何とか?」
「すみませんね?ちょっと失礼します……あ、腕は平行に上げててください」
するとアイラは、ティルの全身を組まなく観察し、腕と太腿を揉み始める。
「確かに……あんまり筋力の低下はないみたいですけど……。はい、これなら街を歩くくらいなら大丈夫だと思います。それでもここ数日寝っぱなしだったんです。無理はダメですよ?」
「はい、分かりました」
アイラは軽く診察を終えると、部屋を出ていく。
「では、これで失礼しますね。お大事に!」
扉が完全に閉まると、ティルはベッドから腰を下ろし、自分の服へと着替える。
(さてと、じゃあ行きますか)
とりあえず、この部屋にいても退屈だろうし、外に出ようと完全装備を整え、ロビーへと足を進める。
「あ、ティルさん。もう大丈夫なんです?」
「はい。もう全然元気です」
「そうですか。まあ、無理はしないでくださいね?国の外に出るなんてもってのほかですよ?」
「はぁい♪」
ティルはそう言うと、受付の左側にある部屋。そのドアを開けた先にある転移用の魔法陣に乗る。そして、光の粒子に包まれ、商業区である西区へと転送して貰う。
転送先の古民家の出口を開け、人並みの溢れる広場に出ると、いつもの平和な日常に戻った気がして、少しだけ心が安らいだ気がした。
「なんっっか……、久々だなぁ。この感じ」
恐らく今頃ソフィもレオーネも、イヴと共に訓練をしている頃だろう。
(やることも無いし……たまにはゆっくり歩きますか。あ、そういえば……)
ティルはふと、落ち着いている時に何度か訪れた、あのカフェへの事を思い出し、記憶を頼りに足を運ぶ。
(お?あったあった♪)
店のドアに掲げられているのは『OPEN』の四文字。ようやくたどり着いた店のドアを開け、カランッと響く、客の北知らせを店へと響かせる。
「マスター久しぶりです!」
「おや?ティル君。随分と久しぶりだね。元気してたかい?」
「はい、もちろんです♪あ、そういえば今日ルルハさんは?」
するとマスターは、肩を竦めた後、黙って奥の席の方を指差す。マスターの指差すその先。そこにいるのはもちろん例のド天然少女。この時間、店が回転しているのにもかかわらず、さぞ当然のように目を閉じながら静かに休憩をしていた。
「ははは……。なんか、いつ見ても凄いですね……」
「ま、いつもの事だからね。他の客が来ても、誰も何も言わなくなってしまったよ。むしろ、この店の名物化までされかけてるからね……。ま、それはさておき、今日は何にするんだい?」
その後ティルは、いつものモンブランと、今日のおすすめである紅茶を頼み、いつもの街の風景が見える窓際の席へと腰をかける。
しばらくすると、カウンターの方からマスターが、2人分の料理を持ち、こちらへと歩いてくる。
「これは?」
「まぁ、そのうち分かるから。お?ほら。動き出した」
マスターはテーブルへとケーキを置くと、店の反対側から何やら足音が聞こえて来た。
「あの子、訳あってね。凄く人見知りなんだ。君以外の人と話してるところなんて、1度たりとも見たことないんだからね?だから、仲良くしてあげて欲しいんだ」
えぇ、嘘だぁ。そう心の奥で思いつつも、マスターたってのお願いだ。まぁ、別にあの子のことは嫌いじゃないし、断る理由もない。
「まぁ、言われなくてもです」
「そう言ってくれるとありがたいよ。じゃあどうぞ、これからもよろしくね」
そう言い残すと、マスターはカウンターへと帰っていく。その後、入れ替わるように少女が現れ、己の向かいの席へと腰をかける。
「おひさ。ずっと顔見てなかったけど、元気してた?」
「そりゃあもう、すっごい元気だったよ?あれから色々あったしね」
「ふぅん。じゃ、いつもの通りティルの冒険のお話聞かせて」
こうしてしばらくの間、ティルは戦った相手のこと、魔国祭のこと、そんな大袈裟なことでは無いが、ちょっとした冒険の話などをした。
(これが、平和ってやつなのかな……)
そんなことを心の片隅で思いながら、目の前にある平和、窓越しにある平和を眺め、心温まる平穏を噛み締める。
その後しばらくの間、ルルハと世間話をしていると、丁度良い時間となる。ティルは帰りの準備をし店の出口まで歩く。
「じゃあ、またそのうち来ます」
「ありがとう。それじゃあ、お気をつけて」
「ん、じゃまた」
二人の別れ言葉を聞いた後、ティルは店を後にする。
辺りは夕暮れに照らされ、そろそろ夜を迎えようとしていた。
(まぁ、ギルド出た時間が遅かったしね。じゃあそろそろ帰りますか……)
普段は一旦ギルドに帰ってから、宿屋の近くに転送してもらうのだが、今日はなんだか歩きたい気分。ここから宿屋までだいぶ距離はあるが、そんな気まぐれから歩いて帰ることにした。
(この景色を、僕達が守った。……って言っても過言じゃないよな?)
そんな浮かれた優越感に浸りながら、一人の男は、美しい夕暮れが包む街並みへと消えていくのであった。
第1章の本編は終わったのですが、エピローグとして後数話出す予定です。
ではまた、次の話でお会いしましょう!
それじゃ!!




