第11話 〜深紅の卵〜 ③
アォーーーーーーン!!
魔国の夜に怪しげな遠吠えが鳴り響く同時に、何やら怪しげな光がティルとハイドを包み込む。
「な、なんだ!?これ!」
「落ち着け。まずは状況確認だ。体に異常は?」
「は、はい……特には何も」
今まで体験したことの無い状況に、素っ頓狂な声を上げるティル。そんなティルに対し、冷静に状況を確認するハイド。2人は互いに異常がないことを確認する。しかし……
(おいおい……勘弁してくれよ……)
街中を包み込んだ光が消えるとともに、創星会と思わしき人間の死体が赤い光の粒子へと姿を変える。その後、粒子はゴーストタウンの住民へと向かい始める。やがて光は住民の体へと入り込み……
「うがぁぁぁぁぁッッッ!アヅイ!!誰かっ、たすっっ!!!ア゙、ア゙、ア゙、アツイアツイアツイアツイアツイ!!!ギャアアアアアアアアアアア」
「だ、だいじょう……ぶ?…………えぇ……」
ティルの心配を他所に、悲鳴を上げた人間は炎に包まれ息を引き取る。すると、その焼死体の腹はどんどん膨れ上がっていく……その後ティルは目を疑う光景を目に入れる。それは、焼死体の肉を内側から食い破り、背中から炎を纏う狼のような獣が誕生するという、なんともむごたらしい光景だ。
グルルルルルルルルルルル……
目の前に現れた獣は、唸り声をあげ、ゆっくりとティルの方へと近づいて行く。
(これが聖獣?なんか思ってたよりも小さいな。でも、まだあの卵みたいなの残ってるし……)
そんなことを考えながら、目の前の獣から視線を外す。すると……
ガルッッッ!!
「とっととと……危ないなぁ」
相手の見た目に油断していたティル。危うく首元を嚙み千切られそうになるも、何とか反撃し体制を立て直す。
ギャウッ……グルルルルルルルルルルル…………
ティルに斬られた狼は力尽きたのか、再び赤い光の粒子となり、空気中へと消えていく。
(ふぅ……)
己の油断から招いた危なっかしい展開。ティルはホッとするが、普段から聞き慣れた叱責が背中の方から飛んでくる。
「おい、ぼさっとしてんな?」
「すみません……」
「まぁいいや、それよりも。お前、レオーネ達んとこ急げ。俺はここで間引いてから向かう」
「了解!」
ティルはハイドから命令を受けると、元気のいい了承の返事だけを残し、全速力でその場を離脱する。
(ッたく、もう少し可愛げってもんをだな……ま、状況把握の向上ってやつだな。)
レオーネの元へと走るティルを横目に、己の弟子の成長を若干喜びながら、己の魔力を全身に集中させる
「さてと……。おい、フギン!こい!」
そういうとハイドは、いつにない大声で風の妖精・フギンを呼び寄せる。
「おっけぃ!待ってました!!」
ハイドの要請に応じたフギンは、ハイドの背中へとピッタリくっつく。
――――――――――――――――
魔力共鳴:幼風魔
魔力を持つ者同士が、互いに魔力を共鳴させる技術。
お互いの魔力を共鳴させることにより、術者が本来使う事の出来ない属性を使用出来る他、本来の能力を超える魔力のポテンシャルを発揮する事が可能。
――――――――――――――――
その後、同期が完了した2人の周囲は、緑色の魔力に覆われ、先程までとは別人のような雰囲気を醸し出す。
「お前、訛ってねぇよな?」
「もちろん!」
「ほう?んじゃぁ、合わせられなくても文句は言えねぇぞ?」
「あったりまえ!!」
「じゃ!行くぞ!」
「いつでも!!」
こうして2人は旋風を纏い、街中に溢れた獣を討伐しながら魔国の夜へと消えていく……。
・・・
一方その頃、ティルはと言うと……。
「レオーネ、どしたの?それ」
ハイドの命により、レオーネ達の元へとたどり着いたティル。そこで目にしたものは、普段見なれない姿形をしたレオーネである。いつもの比にならないほどの圧迫感もさながら、かつて闘技場で見たライオンのような耳、尻尾を生やした、なんとも可愛らしい(?)姿だ。
「なんか、その……。うん、かわッ」
その瞬間、ヒュンッ!という鋭い音が、ティルの首元付近に響く。
「かわ?なんだ?どこの川だ?言ってみ?」
ティルの優しい褒め言葉に対し、目の前の女性は喉元へと槍を突きつけるという選択を取っていた。
(・・・・・・)
「ま、ただの冗談だ」
そんな、言葉の内容と溢れ出る殺気が矛盾するセリフの吐露と共に、ティルの首元から鋭い刃が離れていく。
(冗談……って……いやほんと?今の冗談?)
あまりの迫力にぼうっとしていると、後ろから右肩をツンツンとされる。
「レオンね、あの耳と尻尾。結構気にしてるみたいなの。だから、ね?」
どうやら、あの一般的な獣人の姿はレオーネの性にあわないらしく、魔力を調整しながらあの姿を保っているとのこと。だが、今回のような緊急事態やピンチの時には、この雄々しくもどこか癒しを感じる、獣人姿をお目見えすることができるらしい。
「なるほど。わかった、今度からは気を付ける」
ソフィア先生による、レオーネ唯一コンプレックス講座を受け終わったティルは、今後遂行する誓いを胸の奥底に書き留め、逸れてしまった本題を元の路線へと戻す。
「で、2人ともの準備は?」
「ああ、いつでもいけるぜ!」
「私も!」
「じゃぁ……」
三人は全員の準備が整ったことを確認すると、約1.5km先の卵を見つめ、
「「「作戦開始!!」」」
そう息の合った咆哮と共に、深紅の卵破壊作戦の遂行を始める。
まず飛び出したのはレオーネとティル。ソフィアの援護を信頼してか、周りの状況のことなど考えず、真っ先に走り始める。
(あの赤いのまでの距離は大体1.5キロくらいかな……。レオーネがあの姿になってからか、あの狼みたいなのが増えた気がする。それに……)
先陣を切る2人に対し、冷静に周りを分析するソフィア。そんなソフィアの目に、ひとつの不安要素が目に入る。
(あの卵の後ろ、さっきまでのモヤがまた増えてきてる。2人は……気づいてなさそう。)
2人のスピードは凄まじく、じっくり考えてる暇は無い。ソフィアはできるだけ短く、簡潔な報告をできるよう頭を回す。
「2人とも!奥のモヤ!!周りに敵!!」
ソフィアの呼び掛けにより、攻め込む2人は目標の奥に発生する赤いもやもや、2人の死角から発生する炎の獣を確認する。
「あれヤバそうだな。早めに決めんぞ!!」
「了解!」
2人は、時間をかけることは危険だと互いに理解し、早期決着を目指しさらにスピードを上げる。
そんな二人の気配を察知したのか、魔獣の卵は、自身の周囲にさらに魔獣を発生させる。
「任せるぞ?」
「OK!」
レオーネの話によると、今のレオーネの状態は、体の中に自然の魔力を取り込んだ状態らしい。そのため、戦えば戦うほど身体能力は元に戻ってしまう。その話を聞いたティルは即座に理解し、あの卵の麓までは、自分が戦う。そう頭に書き留め、快く了承した。
ティルの前方を阻むのは、約20体程の魔獣。基本的な姿は同じであるが、牙が異常に大きいのがいたり、筋肉が発達しているのがいたりと、個々に体格差が存在している。
(全部同じ倒し方ってのは厳しそうだな……。そこらへん見極めないと。)
近づいてくる魔獣の容姿から、あらかたの特徴を予想しながら、的確に一匹づつ相手をしていく。
最初に飛び出してきたのは、三匹の小型の魔獣。パワーはそんなになさそうだが、よくよく見ると、足の筋肉が先ほどあった奴よりも発達している。おそらくさっき襲われた魔獣よりも素早いと予想したティルは、スピードを緩め、剣先と相手の動きに集中する。
(ん?こいつ。スピードが……なるほどな)
レオーネはティルへの違和感を察知すると、自分が邪魔にならないよう距離を取り、ティルの自由に動ける範囲を増やす。
「………………」
魔獣との距離がどんどんと縮まる。残り4m……3……2……そして、ティルの攻撃範囲に魔獣が入ると、戦闘はすぐに始まる。
「今!!」
そう叫ぶとティルは、一番先頭にいた魔獣の背中から剣をブッ刺し、心臓部を一突き。残りの二匹が口をカッ開きながら近づくのを確認。その後、今倒した魔獣の背中を踏み台に、剣を抜きながら上へとジャンプ。二匹の噛みつきを躱しながら、剣に炎を纏わせる。
「まずは三匹!」
そう叫んだティルは、回転しながら一匹の首を切り落とす。その後、きれいな着地と同時に前方へと踏み込んでいたティルは、そのままもう突進。なすすべなくティルを見つめていた魔獣は、無残にも切り刻まれ、その体を赤い粒子へと姿をかえる。
しかし、ここでティルは、先程までとは違う違和感を憶える。
(あれ?さっきまでは完全に消えてたけど……あの赤いのが消えてない。聖獣の卵が近いからかな?)
今のこの状況に対し、従来通りの結果にならないのは当たり前。多少のイレギュラーなど気にしてる暇はないと判断したティルは、そのまま前へと進む。
(ま、残ってたって、今の僕にはどうしようもないしね。それに……)
ティルはソフィアの方をチラリと確認する。その瞬間、ティルの背後から炎の玉が現れるも、それに合わせた光の壁が、突如出現する。
(あんな離れた位置から……すっご。多分今なら、何があっても何とかしてくれそうだしね!)
どうやらイヴの修行も伊達ではないようだ。恐らく最初の内から、ティルの動きに合わせたサポートができるよう、戦況の把握能力、咄嗟の魔法制御に力を入れて来たのだろう。ティルがそう実感していたのは、魔国祭が終わり、レオーネが仲間になってからだ。
(これなら、意外と行けるかも!)
と思ったが、やはり現実は甘くない。聖獣の卵まで後少しというところで、アクシデントは起こる。
「あちゃぁ……なんかめんどくさくなりそうだ……」
「だな。こっからはあたしもサポートに入る」
やはりティルが感じていた違和感は正しかったようだ。今まで倒した魔獣から発生した赤い光は、卵とティルの間に集まっていく。
「そら、そんな甘くねぇよな……」
「まぁなんとかなるでしょ!」
「んだな」
光の粒子は集まるとやがて、深紅色に輝く球体へと形を変えていく。
ーーーーーーーー
深紅の球体(仮称)ー以下、紅球
聖獣の卵とされるものが生み出した真っ赤な球体。
魔獣の死体から発生した赤い粒子の集合体であり、そこそこの強度が確認されている。
どの文献にも記されておらず、正体が何なのかは不明であり、今回の事件で初めて観測されたモンスターである。
この球体と対峙した冒険者は、「なんだかよくわからないけど、一言で表すと【意思を持ったような、持っていないような……そんな感じの……そう!魔力の塊!!】」と語っていた。
ーーーーーーーー
「おい!来るぞ!」
深紅の球体の周辺に光が集まり始めると共に、レオーネから注意喚起が飛んでくる。
ピシュンッ…………
「ッ痛----」
ティルとあの紅球までの距離は約50m。紅球の攻撃する準備が完了したのか、光を集めていた場所から風を切るような音と同時に、真っ赤な光がはじけとぶ。
来るーーーーそう思ったのも束の間。一瞬、その言葉通りティルが目を瞑り開くと、すでに発射された何かは目と鼻の先まで迫っていた。ティルはなんとか体を半回転させながら横に回避するも、左肩に深めの掠り傷を負ってしまう。
(いって……というか、ジンジンするような熱いって感じだ)
「無事か?」
「うん!何とか!」
「何とか、ね。まぁ本人がそれでいいならいいか」
レオーネは、ティルの左肩から滴る液体を見ながら、軽いひき混じりの笑みを返す。
「さっきの奴。思ったよりも早いからね。ちょっと注意必要かも」
「たしかにな。ま、ただでさえアンタが食らったんだ。したくなくても気ぃ引き締めるわな」
「後これ。もう血が止まって……というか焼かれて塞がっちゃってる。多分治癒系の魔法は期待しない方が良いかもね」
「なるほどな……」
「だからレオぉわッ!!」
レオーネとの会話ざまに、よそ見をするなともう一撃。だがこれはさっきの攻撃と全く一緒。今度はしっかりと反応し、無傷のままひらりと身を躱す。
「っぶなぁ……だからレオーネも気をつけて!!じゃ、先行ってるね!!」
ティルはそう言い残すと、狙い済まされた光線を軽々しく、華麗に躱しながら紅球の元へと突っ込んで行く。
「ヒュ〜。さっすが〜」
(なぁんて、言ってる余裕は無さそうだな)
紅球の放つ赤い一閃は、目の前に迫り来る冒険者だけではなく、その味方までも狙い始めたようだ。その証拠に、今までティルへと向けられていた魔力の一部が、自分の方へと向けられていることを察知する。
(今までの感じだと……そうだな。魔力を貯めながらあいつの動きを追尾。溜まりきったら後は速度重視。放ってからの追尾は無く一直線、避けるとしたらそこか……)
先程まで繰り広げられていた、ティルと紅球の攻防を冷静に分析し、己な向けられた攻撃の対処を始める。
(そろそろ来んな……)
今までの間隔、貯められた魔力量から、あのレーザーが放たれるまでの時間はないと判断したレオーネ。ティルと同様、体を大きく動かしながら相手の攻撃を誘導。
(よく見ろ…………、今ッ!!)
「ッ痛ィ……」
今まで動いていた方向と反対側に飛び、何とかギリギリで躱すことには成功するも、右腕に若干かすってしまう。ティルの言う通りその傷は熱く、ヒリヒリとした痛みがずっと続く。
(分かってはいたんだけどよ……こんなん簡単に避け…………)
その後ふと顔を上げ、ティルの動きを見て一言。
「はぁ…………。ばかかよ…………」
(速さにはなぁ、まあまあ自信あったんだけどな)
あんなにも軽々しく鮮やかに避ける姿を見、自分にも可能だと思ったが大間違い。今の力量を鑑み、遅れてやってきたソフィアに対し、今後の指示をする。
「ハァハァ……ごめん、おまたせ」
「おう。ソフィ、今のうち言っとくが……アタシにゃあんなこと無理だかんな。援護頼むぜ」
「まぁ、ね……あれはね…………、うん。わかった。任せて」
「じゃ、そういうことで……アタシもボチボチ行きますか」
こうしてレオーネもティルの後を追い、紅球の元へと走る。
・・・
(ふぅ……そろそろキッついな)
あの後、紅球の攻撃を避け続けるティル。距離が近づくにつれ、攻撃間隔や頻度も増し、徐々に反応に遅れが出始める。
(前から2つ…………でもうん、多分後もう1つある……のかな?そんな気がする……でもどこだ?)
今までの感覚から魔力がどこに集められており、どの方向に向け放たれるかを、何となく分かり始めたティル。しかし今度はどうだろうか……。感覚的に感じ取れているのは3個の塊。しかし目視できる限りだと、進行方向の先にある2つしか目視出来ずにいた。
(来る!!)
レーザーの発射に合わせ右左。難なく躱すも、やはり気になるのは残りのあの1発。
(くっそ!どこだ!)
恐らく次の発射までそう時間は無いだろう。攻撃が来るまでの、そのコンマ数秒間ひたすらに脳内をかき回す。すると一瞬、すぐ右隣にある家から妙な違和感を感じた。
(おいおい、そんなのあり……)
「かッ、よって!!!」
思いもよらぬ攻撃に対し、そう叫びながら体を思いっきり下にさげる。射線的に、狙われたのはおおよそ心臓あたりだろうか、少なくとも上半身であることは間違いない。己の直感を素直に信じ、両手を地面に付け、トカゲのような体勢になりながらも何とか無傷でその場をやり過ごす。
まじかよ、そんなことも出来んのかい!と若干感心しつつも、ここまで来た感覚では危険だと判断。周りへの警戒を高めるため、ここから残り約30メートル。やや速度を落として近づくことにする。
あれから何秒たっただろうか、現実の時間では恐らく20秒足らずなのだろうが、体感としてはもう10分はたっている。それくらいには神経を注ぎまくりながらここまで来た。敵の攻撃も一旦止み、周りを見る余裕ができたため後方を確認する。どうやらソフィアも合流したらしく、レオーネがこちらへと向かっている姿を確認する。
(レオーネもこっちに向かってる。ってことはあっちはあっちで準備出来たってことかな?まあ、それよりも。さっきの攻撃方法からして、こっからはきつそうだ。気、引き締めないとね!!)
なんて心の中で意気込み、再びあの紅球へと走り始める。
先の突拍子の無い攻撃から一変、やはり一筋縄では行かなくなった。今までは真正面からの攻撃(恐らく遅延か何かが目的だろう)であったが、今はこちらを排除する方向にシフトしたのか、後方や建物の中からなど、死角を利用した攻撃が増えてきた。それに、どうやらそれだけではないらしい。
(ん?なんかいつもと……)
そう感じたティルは何があってもいいよう、更に警戒を高める。
攻撃の来る方向は分かる。右斜め後ろから左肩らへんに向け1発、それと左の建物から足元に向け1発。そして不思議に思うのがもう1つ。あからさまに設けられた、頭上にあるもうひとつの塊だ。
そんなことを考えていると、敵の攻撃が始まる。案の定2つのレーザーはティルを狙い放たれる。だが、これは今までの攻撃とは全く別の攻撃。今まで放たれていたものとは違い、攻撃の後もしばらくその場に残り続ける。簡単に言えば超高温のワイヤー。攻撃と妨害を兼ね備えた、なんとも嫌な感じの攻撃だ。
(やりにく!!っとなると上は……)
そう思い上をみあげる。やはりと言っていいのか、あのなんとも怪しげな魔力の塊は、ティルの真上へと移動し、地面と垂直に高速回転を始めていた。
少し後方へと避けようにも、後ろに残る熱戦が邪魔だし、前に進むのはリスクがある。仕方がない、ここはいのち大事に。バク宙し大きく後ろに下がりながら、敵の攻撃を避ける。
「やっば……ちと飛びすぎたな」
目の前、と言うよりも頭上から降ってきたのは炎の壁。あの塊を中心に、右から左へと展開されたその攻撃に若干驚き、やや力み過ぎでしまう。
想定よりも高く後方へと飛ぶティル。そんなティルが着地する瞬間、目の前の熱線と壁は姿を消す。だがそれと同時に、目の前に現れる光景に、思わず全身にドクンと鼓動が音を立てる。
(ちょっ!!)
壁の向こう側には頭上にあったものと同じ塊と、これまでとは比べ物にならないほどの魔力が集められたもう一つの塊だ。どうやらこれでけりをつけるらしい。それほどまでにピリピリとした空気感を感じる。ぱっと見、あの塊の回転方向は地面に対し垂直だ。位置的にも下半身を狙っているのか、大分下の方に構えをとっている。
(なるほどね……僕があいつならそうする。なら……)
ティルはとある一つの最悪のシナリオを頭に浮かべる。それはというと……
フゥン…………
ドンッ!!
空間を切る甲高いレーザーの音がティルの下方向に響く。今の攻撃を、下方向へは絶対によけられない絶妙な位置だ。そんな場所を的確に狙った形跡があった。今のは空中への回避を強制させるための一手。そして残るもう一つの手で確実に消す。そういう算段だったのだろう。それを見越したティルは、思いっきり右方向。住居などの壁がある方へと全力で飛んでいた。
(へッまだまだ甘……いや!違う!!)
そう、違っていたのだ。よくよく考えてみれば、今の攻撃では範囲が広すぎる。それに、あの卵には誰がとどめを刺す……いや、させられるのか?そんなものはこの中でおそらくたった一人しかいない。甲高い音ととともに聞こえた、もう一つの音は何か。ハッと思い後ろを確認すると、レオーネが周りの建物の高さを超える、上空へとジャンプを決めていた。
「クッソ!レオッ、」
ティルは空を舞う獅子へと心配を向ける。だがその獅子はそんなことは望んでいないらしい。獅子のあの手は紅球の方向を刺し、その目は行け!と言っている。レオーネは、そんな簡単に自分の命を危険にさらす人ではないはずだ。それに、この攻撃。本体の脅威を排除するための強力な攻撃のはず。紅球との距離を縮めるのは、今この瞬間が最大のチャンスだろう。
(わかった。信じるよ、レオーネ!)
仲間を信じ前へと進む。
キューーーーーーーーン、ドゥンッッ
己のすぐ真後ろで発せられた音が、仲間の元へと向けられ発射された空間が揺らぐほどの重低音が、ティルの鼓膜を震わす。
(レオーネは僕に行け、そう言ったんだ。多分……レオーネも僕を信じて、自分に攻撃が来るとわかっていながら、その選択をさせた。なら、答えないと!その期待に!!レオーネは僕があいつを倒すそう期待してる。だから!!絶対に斬る!!何があったとしても!!!!)
先の攻撃の後隙がデカかったのだろうか。紅球の攻撃は数秒間来ることはなかった。おかげで後数歩でティルの攻撃範囲へと入る。だがさすがの紅球。悔しいことに、己を狙う冒険者の死角にもう一撃、保身用の一撃を残していた。自分は主を守る最期の砦。何がっても死んではならない。そうわかっている立ち回りだ。
ピシュンーーーー
こちらへと向かう冒険者は、音の発生源を見向きもしない。まっすぐとこちらを見つめ、突き進む。熱線は冒険者へと一瞬で距離を詰める。これで取った、そう思った。だがそんな最良の展開にはならない。冒険者は見えているはずもない攻撃を、最小限の動きでかわして見せたのだ。確実に時間を稼ぐための一撃を。気配も悟られぬよう、魔力を最小限にした上、今までよりも速度を優先した、あの一撃をだ。
シャキン…………
その鋭い音と共に、その真球は真っ二つの半球へと姿を変える。その後地面へと転げ落ち、大量の赤い粒子になった紅球は、空気中へと霧散していくのであった。
「ふぅ……、よし」
これで僕の役目は終わったそう思い、後ろを確認する。
(なるほどねぇ……)
ティルが目撃したのは、空の上で光の壁に立つ気高き獅子の姿だ。レオーネの体の周りを、猛々しい魔力が渦巻いている。多分あそこがレオーネの判断した、聖獣の卵への攻撃範囲なのだろう。ティルはその獅子に向け、親指の腹を向ける。僕はやったぞ。あとは頼んだよ。その二つの敬意と信頼の意を込めて。
その後、レオーネは飛び立つ。この魔国を救うために。己を一つの槍とし、最短の距離を最速で、一筋の真っ白な眩い光を夜空に描きながら……
ーーーーーーーー
獣王の一牙
野生化を己の体で耐えることができるギリギリまで行い、実現できる理論上可能な最大火力の一撃。長時間は持たないが、普通の人間の数段階上の魔力量と濃度が高められてことにより、それに耐えようと体の筋力、生命力が飛躍的に向上する。
無論その状態で強力な魔法を使えることもできれるのだが、体から魔力が抜けてしまう上、並大抵の敵であればこの状態でぶん殴った方が早い。この技を習得している獣人は魔法の攻撃よりも、打撃で戦闘を終わらせることが多いようだ。
このことから、ものすごい一撃で敵を葬る姿を目撃した冒険者がこの技をそう名付けた。
ただ、この状態は一時的な進化を強制的に促している状態に近い。そのため、体への負担が激しく、更に意識が飛びやすいため、いわゆる暴走状態となることも少なくないようだ。
ーーーーーーーー
……そう。再び現れた、あの魔力を食い殺す紅い霧に包まれ始める聖獣の卵へと……。
第11話 「深紅の卵」 〜完〜




