第7話 〜獣の女王〜 ③
ゴーーーーーンッ!!
観客の声援で会場が埋め尽くされる中、対戦開始のゴングが響き渡る。そして、ステージに立つ2人の冒険者は武器を構えながら、中心へと突っ込む。
ティルはレオーネの槍による突きを躱し反撃。レオーネは躱された槍を持ち替え、ティルの攻撃を受け止める。その後数秒間、お互いの武器が重なり合い、競り合うような形で、両者共に相手の次の動きを待つ。
先に動いたのはレオーネ。レオーネは地面に対し、槍の角度をクイッと変えるように持ち替える。するとティルの持つ剣は、地面へと吸い込まれるようにレオーネの槍の上を滑り始める。そう、それはティルの十八番、相手の武器をいなすことでバランスを崩し、無理やり隙を作る動きによく似ていた。
(くっそ!!いつも使ってるけど、いざやられるとキッついな、これ!!)
ティルはそのまま前方へとバランスを崩しながら倒れ込む。そんな中、地面へと倒れながらもレオーネの蹴りを目の端で捉える。しかし、現在の体勢、レオーネの反応速度、自分の体と蹴りまでの距離。現在揃っている全ての状況下から、回避できないと悟ったティルは、咄嗟に防御姿勢を取りレオーネの蹴りを受け止める。
(何だよこの蹴り!重すぎでしょッ!!)
「グァッ!!」
そのまま後方へと吹き飛ばされ、10メートル程地面を転がった後、受身を取りながら着地する。
ミシッ……。
(ってぇ……。)
レオーネの蹴りは想像以上に重たく、両腕の骨の芯までヒシヒシと痛みが伝わってくる。
「お前のこの動き、なかなか便利だな!」
「そりゃどうも!レオーネこそ、どんな筋肉の着き方してんのさ!」
「おいおい……それはか弱い女の子に向かって言うセリフじゃないと思うぞ?言葉には気をつけろ?」
(か弱い?何が?まぁ、それよりも……)
レオーネの戦闘力は、ティルの想像を軽々しく超えていた。蹴りから分かるその攻撃力もさながら、的確な攻撃方法の選出、極限まで削り取られた無駄のないモーション。更には、体のしなやかさから来る、その柔軟で自由な動きは、なかなかに対応しずらいところがあった。
「まだ、本気じゃないんでしょ?」
「まぁな」
ティルはその言葉に心が震え、思わず顔に出てしまう。
「ふんッ。いい顔してくれるじゃん!いいよ、来な!心ゆくまで相手してやるよ!」
「じゃ、お言葉に甘えてッ!!」
ティルはそういうと、嬉々として突っ込んでいく。その後、ティルは激しい連撃をくりだすも、レオーネはそれを華麗に躱し、時には受け止め応戦する。
そんな2人が高速で繰り広げる、激しく熱く濃密な戦闘は、会場を飽和させていた歓声を押し殺し、コロッセオ全体に静寂をもたらせる。
「ハイド。あんた意外と教えるの上手なのね」
「そんなことない。俺はただ、あいつ自身のポテンシャルを引き出してるだけだ。後1年もありゃ、うちの戦力として使えるようになるはずだ」
「ふぅん。あんたがそこまでねぇ。やけにあの子にベッタリだと思ったわ」
「お前だって同じようなもんだろ」
「え?だってソフィアちゃん。いい子なんだもん。物覚え早いし」
「でもな……。あの女、底が見えねぇ。あいつにゃあぁ、ちと厳しい戦いになるかもな」
「あんたほんっと薄情ねぇ。で?あんたの目から見てどうなの?勝てそ?ティル君」
「まぁ、ほぼほぼ無理だろ。そうだな……勝率1割あればいい方だな。あのレオーネって女。それぐらいには強い」
「確かに」
「まぁ、あれだな。あいつがこの戦いの中で何かを掴めればもしかしたら……ってこともあるかもな。ま、見守ってやろうや」
「それもそうね。あ!ほら見て!なんか良さげよ!」
VIP席ではしゃぐイヴの指の先では、レオーネに何とか一泡吹かせようと画策する、ティルの姿があった。
レオーネは槍を構えながら、ティルのいる方向へと思いっきりジャンプし、空の上から槍を突き刺す。
(早いッ!!けどなんとか。え!?は!?)
ティルはレオーネの突き刺しを躱すと、レオーネの槍は深々と地面へ突き刺さる。その後レオーネは、その突き刺さった……いや地面へと突き刺した槍を軸に、地面と並行に一回転。ティルの背中目掛け、遠心力を利用した強烈な蹴りを繰り出す。しかしさすがのティル。レオーネの、意表を突くような攻撃を察知し、回避と共に後方へと下がりながら距離をとる。
(あっぶな……いや、まだだ!次来るぞ、構えろ!!)
レオーネの攻撃はこんなんじゃ終わらない。今までの戦いでそう確信したティルは、絶対に気を緩ませぬと己にそう言いかける。
前を見ると、地面に刺さった槍を無視し、素手でこちらへと向かうレオーネがいた。しかし、レオーネは手ぶらの状態の為か、今までよりも若干スピードは増している。その速度をうまくつかめなかったためか、レオーネの懐への侵入を簡単に許してしまう。
(やっばい!!これ持ったままじゃ、出遅れる!)
ティルは剣を手放し、レオーネのパンチの連打を受け止める。蹴りの時もそうだが、やはりレオーネから受ける1発1発のダメージがでかい。それに、ティルは体術を会得していないが、レオーネはそうでないらしい。槍を使う時ほどでは無いが、それでも動きの一つ一つが洗練されている。
(ダメージ覚悟で、一旦距離を……。)
ティルは知恵をふりしぼり、レオーネの蹴りを誘う。それまでティルは、レオーネから繰り出される攻撃を、丁寧に確実に捌き続ける。
(今だ!ここッ!!)
ティルの顔面へと向かう右ストレートを、視線をその拳へと定めながら、あえて大袈裟に左側へと避ける。するとレオーネは、ティルの視線から完全に外れた左足を、ティルの脇腹目掛けて蹴りあげる。
「グァッ……」
(痛い……けど、何とかガードは間に合った!)
ティルは狙い通り蹴りを誘い出し、ノールックで受け止め、先程離した剣の方へと吹き飛ばさせる。
「ヒュ〜♪やるじゃん!完全に誘われたな。体勢を整えるために、視線誘導のブラフとダメージ覚悟で蹴りを受け止めるねぇ。全く末恐ろしいお子さんだ事」
「来いっ!!レオーネッ!!」
「おうよッ!!」
(大丈夫!今度は懐になんて入れさせない!)
心の中で己のやるべき事を明確にし、はレオーネを真っ直ぐ見つめ、武器を構える。レオーネもそれに答えるように、ティルへと突っ込む。ティルはレオーネの反応を伺い攻撃のタイミングを見定める。しかしそう上手くはいかない。
(は!?消えた!?)
レオーネが一瞬拳を振りかぶると、視界から消える。その直後、地面から何かが着地する音が聞こえ、目線を下へと向ける。するとそこには、ニヤッと笑いながら自分の足元へ回転蹴りを試みるレオーネの姿があった。
(しまった!そんなのありかよッ!)
レオーネはパンチをするとティルに思い込ませ、思考と目線をパンチに集中させる。その後、しなやかな筋肉を生かし、最速で全身を下に下げティルの視界から完全に消える。つかさず、ティルを転倒させる事、とある行動へと誘うための下段回し蹴りを行う。
そして、その行動というのは……。
「いいのかよ!上に逃げちゃ、逃げ場ないぜッ!!」
(チッ、やられた。こうなったらもう勝負するしかないね。考えろ!僕ッ!何をすれば出し抜ける?)
ティルは体が上昇する中、今の状況を整理する。
(僕は後少ししたら、落下する。進行方向は変えられない。そして、レオーネの右手。握られてるのは……短めの剣か。剣での生易しい攻撃じゃ受け止められるな……ならこれしかない!いや……やっぱこっち!)
ティルの体は上昇する最高地点へと到達する。ティルはレオーネに一泡吹かせるため、剣に炎を纏わせ、回転を始める。
(火纏刀!!炎転華!!)
ティルの剣には猛猛しい炎が燃え盛り、下で待ち構えるレオーネを本気で狩ると意気込む。その熱い意思はレオーネへと伝わる。
「いいじゃん!いいじゃんッ!!こいよッ、ティル!!」
レオーネはそう叫ぶと武器を構え、ティルの攻撃を受け止める準備をする。
「行くぞ!!レオーネッ!!」
そして、ティルの体が下へと向かい始めると、周囲は更に静寂に包まれる。2人の武器がぶつかり合うと思われた瞬間、その時は訪れる。
(何だこいつ!?何をにやけてやがる!!何を考えてる!!?)
レオーネは『やってやった!』そう表情に現れるティルの顔を確認する。
(よし、ここ……。絶対に決める!)
ティルは、武器同士がぶつかる瞬間、自分の持つ炎を纏う剣を手放す。レオーネは、その突拍子のない行動に全ての対応が出遅れる。重たい衝撃が加わると思われた右手には、衝撃が加わることは無かった。だがその代わりに、全く意識していなかった顔面へと、重たい衝撃が走る。
そう、ティルは大袈裟に炎を纏わせることで、レオーネの意識を完全に剣へと向けた。その後、武器同士がぶつかる瞬間に剣を手放し、更にもう一回転。【炎転華】と同じ要領で、自重、遠心力を全て右足に集約させ、相手の顔面へとぶつけたのだ。その後為す術なく、レオーネの体は会場の壁へと弾き飛ばされる。こうしてティルは、本大会が始まって以来、初めてレオーネへの大ダメージを与えた選手となった。
完全に意識外からの攻撃だったためか、ダメージはかなり大きかったらしい。立ち上がったレオーネは、少しふらつく。
「まったく……。本当にやってくれたよ、あんたは。女の顔に蹴り入れるなんて、男のやることじゃないんじゃない?」
「それは……。そうだね……うん。ちょっとだけごめん……」
確かにそうかも。そう思ったティルは少し反省する。
「じゃあ、今からやることも許せよ?最後にちょっとだけ本気だすからな?ちょっとした仕返しってやつだ。それとそうだな……一撃くれたことに対する褒美ってやつ?」
(本気……。レオーネの本気か……。)
ティルは心の底から溢れてくる、このワクワク感を抑えきれずにいた。
「うんっ!!!」
レオーネは、ティルの返事を聞くとニヤッと笑い、目を瞑る。そして、ありとあらゆる体中の魔力、空気を吐き出す。するとレオーネを中心に、風のような何かが向かい始める。
(なにこれ……風?いや、この感覚。もしかして魔力が動いてるのかな?それよりも何だろう、この威圧感。凄く重たい……。)
レオーネは準備が整ったのか、一度深呼吸をし、目を開ける。すると、レオーネの体の周りが赤く輝き初め、先程まで感じられなかった凄みが滲み出ていた。
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野生化
体中の余計なものを吐き出し、その分自分の周囲に存在する魔力を、体の中に取り入れる技術。
獣人族のみが使用できる技で、これを使うと一時的に魔力、体力、筋力が向上する。しかし、見た目が更に獣のようになることから、あまり好んで使う人はいない。また、体の魔力を逆に少なくすることにより、獣耳や尻尾を隠す人もいるらしい。だが、それには精密な魔力操作の技術が必要で、簡単に出来るものでは無いとのこと。
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「じゃあ行くぜ!ティルッ!後半戦開始だっ!!」
目の前の冒険者から感じるそれは、今まで相対した強者と同格のものである。そして、その見た目、その雰囲気、その力強さから、本当の意味で【獣の女王】、それ以外の言葉が見つからなかった。それはティルが思わず、自分が狩られる側の人間だと錯覚する程である。
ゴクリ――――
ティルは唾を飲み込むと、こちらへと向かうレオーネへと武器を構える。
こうして、魔国武闘祭、4回戦第1試合は最終ラウンドへと突入するのであった。




