第5話 〜誓いの石〜 ③
ティルとソフィアは休憩を終えると、【西マグニア窟】のさらに奥へと足を踏み入れる。安全地帯を抜けると分岐点が増え、地図があるにもかかわらず何度も迷いかける。その上接敵回数も増える為、下手に立ち回れば自分の位置が分からなくなってしまう。2人は無理せず慎重に進み、着々と目的地の方向へと進む。
「ソフィア。大丈夫?」
「はい。何とか」
やはりこの洞窟、想像以上に体力消費が激しい。戦闘回数が多いのもそうだが、奥に行けば行くほど足場が悪くなる。休息地点を超えたあたりからは、特に酷かった。
その後、最奥を目指して歩いていると、あることに気づく。
「なんでしょう……敵の数が減ってきましたね」
「確かに。しかもなんか、若干強くなってきた気がするしね」
「はい……」
いつからだろうか。ある一定ラインを超えたあたりからモンスターの数は急激に減り、1匹1匹の強さも増していた。しかし、それはティル達に撮って好都合である。1回の戦闘において、敵が減る分ティルの自由度が高まり、比較的楽な戦いに持ち込めた。
そして、ようやく最深部辺りへとたどり着く。
「目的地ってこの先?」
「はい、そのはずです。この先に開けた空間があるらしいですけど……」
2人は、最後の道であろう一本道進む。すると、ソフィアの言う通り開けた空間に出る。そこに拡がっていたのは、安定した地形。360°に広がる鉱石の青白く美しい輝き。ひんやりとした心地よい空気感。周囲が水に囲われ、ひとつの孤島のように浮かぶ空間だ。そして……。
コカカカカカカカカッ!
そこには、美しい空間を独り占め。縄張りにしている大きなトカゲ型のモンスターが居た。
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ロックイーター(以下、鉱喰蜴)
鉱物を主食とする、大きなトカゲのようなモンスター。摂取する鉱石により、体の硬さや使用する魔法、耐性等が変化する。基本的に体の表面が固く、魔法に強いのが特徴。また、顎がかなり発達しており、どんな鉱石をも容易に砕くことができるとの事。
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「準備出来ました!!」
「分かった!タイミングは任せるよ!!」
「はい!!」
初めは、鉱喰トカゲに見つからぬよう、気配を消しながらこっそり空間に侵入した。しかし、鉱喰蜴は意外と繊細で微かな違和感を察知され、2人は直ぐに見つかってしまう。その後、ティルとソフィアのことを縄張りを荒らす敵だと認識すると、いきなり襲いかかってきた。
「では、行きます!!」
ソフィアの声を聞くと、ティルはギリギリまで鉱喰蜴の攻撃を捌き続け、魔法が着弾する直前に距離を取る。がしかし、ソフィアの魔法は鉱喰蜴に命中したが、一瞬怯むだけで大したダメージにはならないようだ。
「くらえッ!!チィッ。ダメだ。僕の炎じゃダメージが浅い」
ティルはソフィアの魔法が効かなさそうだと判断すると、【火纏刀】で攻撃を試みる。しかし、剣での浅い傷は着くものの、炎によるダメージはあまり効果がないようだ。
その後、一旦状況をリセットする為にソフィアの元へと戻る。
「どうでした?あのモンスター!」
「多分魔法効きにくいっぽい!僕の剣の方がダメージ通ってるかも!」
「分かりました。じゃあ、私は援護に徹底します!」
「うん!お願い!」
2人はこれからの段取りを素早く決め、再び戦闘へと切り替える。
(あいつは基本的に近接攻撃メイン。魔法を使うタイミングは恐らく……。)
ティルは相手の様子を見ながら近づいていく。
鉱喰蜴は首を上げ下げし吠えると、周囲にある水がひとつの塊となりティル達に襲いかかる。
(うーん。吠えると魔法が発動?いや、違うな。今までの感じだと首を上げたら『水を纏める』。吠えると『発射』って考えた方がしっくりくる。)
ティルは仮説を証明するため、いくつかのパターンで回避してみた。吠える瞬間に避けたり、首をあげる瞬間に避けたり。その中でもティルが確信をもてた行動は、全速力で縦横無尽に移動してみる、という行動だった。逃げ回るティルに困惑した鉱喰蜴は、若干首を上げたまま硬直し、ティルの姿を捉えた後に吠えるという行動をとる。そして、首を上げている間は水が浮かんだままという、仮説通りの現象が確認された。
相手の行動が分かってしまえばこちらのもの。ティルは相手の魔法を見極め、あっという間に懐に入る。その後、回避しては斬る。隙ができない時は、炎で目眩しをし、顔面を蹴って怯ませた後に斬る。その連続だ。そして更に、そこにソフィアの援護が加わる。
(ソフィア、やっぱり試験の時よりも格段に凄くなってる。)
ソフィアの魔法はティルの邪魔になることなく、的確に敵を捉える。しかも、少しでもダメージが入るよう狙っているのか、ティルがつけた傷口に魔法が当てられていた。そして、ソフィア渾身の一撃が相手の傷口にぶっ刺さる。
(今!ここがチャンス!!)
ソフィアの魔法が思いのほか効いたのか、鉱喰蜴は大きく怯む。その隙を見逃さず、ティルは自分の出来る最大限の手数で切りつける。
「ソフィア!時間稼ぎお願い!!」
ティルはソフィアに命令をすると、岩をかけ上る。ソフィアも魔法を連発させ、動きを封じる。
「行くよ!!」
そう声がかかると、ソフィアは【ブライト・バン】を限りなく調整し、落下するティルに影響がないよう、鉱喰蜴の視界を奪う。
(ナイスアシスト!ソフィア!)
ティルはそのまま勢いに乗り、回転しながら斜め60どの角度で【炎天華】を決める。胴体に対し深く入り込んだ刃は確実な致命傷となり、鉱喰蜴の討伐を無事成功させることとなった。
「お疲れ、ソフィア!また魔法の腕上げた?」
「まあ、イヴさんのおかげですね。ティルの最後の技も凄かったですよ!」
「へへへぇ。まあね!じゃ、さっさと鉱石とって帰ろう!」
ティルとソフィアは、ハイドから渡された資料をもとに、納品数の分採取する。
「にしても、ここ。すごく綺麗な場所ですね」
ソフィアは、出口に向かいながらティルに話す。
「本当だ……」
(戦闘に夢中になりすぎて気づかなかった。凄い、心が引かれる。)
ティルはこの光景に、昔の母の言葉を思い出す。
「どう?これが冒険よ♪この世界は未知で素敵なものが溢れかえってるの」
「…………」
思い出すのは昔の光景。生きることに対する拒絶を抱きながらも、不思議と心が引かれた美しい景色。1人の少年が、生きることに対する希望を持つきっかけになった壮大な景色である。
「あなたもいつか冒険者になれば、あなただけの景色が見つかるはずよ。だからね、もう一度。顔を上げて、前を向きながら歩いてみない?」
そんなあの日の会話。
「……ル。ティル?」
ソフィアの声でハッと意識が戻る。
「ご、ごめん。ちょっと見惚れてた」
「確かにこの空間。一生見てられますもんね♪」
そんな会話をしながら神秘的な空間を後にし、洞窟の出口を目指していく。
・・・
納品依頼を完了させ、1週間。ティルは魔研の訓練場でハイドとの修行に明け暮れていた。
「そこだッ!!」
「甘ぇよ」
ハイドはティルの全力の剣撃を片手であしらい、足をかけた後に後頭部をチョップする。
「大分マシにはなってきたが、軸がぶれすぎ」
「くっそぉ」
「後あれだ。最後の攻撃が読みやすいんだよな。もう少し我慢すれば、いい感じになるかもな。ほら、いつまで寝てるんだ?早く立て〜」
「はいっ!」
すると、どこからともなくアイラの声が聞こえてきた。
「ハイドさ〜ん、例のものが届いたそうですよ〜」
(例のもの?)
「お、来たか。アイラちゃん。今行くからそこ置いといて。後ソフィアちゃんも呼んどいて」
「は〜い」
その後、ガチャという音と共に放送が終わる。
「じゃ、早いけど今日はここまでだ」
「へ?は、はい」
ティルはハイドについていき、受付の場所へと戻る。ハイドはアイラからひとつの箱を受け取ると、その中身をこちらに渡してくる。
「ほらよ。これはお前の分だ」
「これは?」
ハイドから渡されたのは、どこかで見た鉱石。そう、あの日ソフィアと共に取りに行ったあの鉱石だ。それが装飾されている腕輪を受け取る。
「それはな、【誓いの腕輪】って言うもんだ。俺が昔、師匠だった人から貰ったものと同じ物だ」
「なるほど……」
すると、魔法陣の方からソフィアがやってくる。
「お、丁度いいタイミング」
「すみません。遅れました」
ソフィアもハイドから腕輪を受け取る。
「よし、2人とも。今から2人を正式に俺の部下として認める。まぁ、あの依頼が昇格試験みたいなもんだな」
ソフィアとティルはこくりと頷く。
「そんでこれだ。うちのギルドはな、それぞれの班事にチーム目標みたいなのを決めてんだよ。んで、うちの班の目標はこれだ」
ハイドが合図をすると、上からモニターが降りてくる。それを指でさしながら自慢げに話す。
「そう。【己に忠実に生きる】だ」
(なんだそりゃ。)
(……?)
「それでその腕輪の出番だ。2人には自分の冒険者としての目標を決めてもらう。期限は団長からの国外への外出許可が出るまでだ」
「もし、誓いを破れば?」
「そんときゃ魔研クビだわな。自分への約束を守れないやつなんか、このギルドに必要ない。というか冒険者失格だ」
2人はその言葉に息を飲む。
「返事は?」
「「はいっ!」」
「よろしい。じゃ、今日は解散!2人とも、いい目標見つけろよ?」
そういうと、ハイドはギルドを後にする。
「目標か……。何にしようかな」
「まだまだ時間はありそうですし、ゆっくり考えましょうか」
「そうだね。今考えても出てこないしね」
2人は特にすることもないので、アイラに別れの挨拶をした後、協会を目指し歩いていく。
ハイドに本格的に認められた2人。ティルとソフィアは何を自分に誓い、何を持って冒険者となるのか。そんな2人は今日もまた、新しい冒険へと進むのであった。
第5話 「誓いの石」 〜完〜




