第5話 〜誓いの石〜 ②
「……なんで、私達こうなってるのでしょうか?」
「……そんなの。僕が聞きたいよ」
ここは、深い森の奥。マグニアの西側にある洞窟【西マグニア窟】の入口付近。そこには、体中泥まみれ、汗まみれ、帰り血まみれの2人がいた。
マグニアからここに来るまで、色々なことがあった。例えば、キラキラ光る魔石が鳥の大群を呼び寄せたり、モンスターに驚いた馬車が暴走を始め、ティルとソフィアが田んぼに投げ出されたり。中でも1番驚いたのは、道中のモンスターとの戦闘で、風船のようにぷかぷか浮かぶモンスターが目の前で爆発したことだ。おかげで泥まみれの上、さらにモンスターの血液が上乗せされる。
体全身で感じる嫌悪感を解消すべく、ソフィアは周辺を見回し、どこか水浴びができそうな場所を探す。
「ティル。あっちの湖行こう」
ソフィアは服の匂いを嗅ぎながら、うげぇと言いたげな顔をしているティルに提案をする。
「え?僕平気だよ?ちょっと臭うけど」
「……行こ?」
その、たった2文字の言葉と同時に放たれる笑顔は、ソフィアと一緒にいた中で1番、恐怖心を抱いた。
「は、はい……。分かりました」
「うん♪」
流石にここは断っては行けないと、湖へ向かうソフィアの後ろを、黙ってついて行く。
ティルとソフィアは順番に水浴びをし、ここに来るまでに着いた汚れを落とす。その後、湖で服の汚れをとり、ティルは魔法で木に火を着け、ソフィアの風魔法で乾かす。
(ちょっと……目のやり場に困るなぁ。)
魔研に入団してから3週間。最初の依頼こそ別行動だったが、それ以降は共に過ごしていた。ソフィアは、恥ずかしがり屋な為か、普段露出の少ない格好をしている。が、今は限りなく薄着の状態。上半身と、下半身に布1枚ずつという格好だ。そこそこ一緒にいたがやはり、足の付け根や胸部に展開される薄暗い三角形は、10代半ばの少年に少し、刺激が強すぎたようだ。
(ソフィアって意外と発育が……)
「ティル?見すぎじゃないかな?」
ティルはソフィアの放つ、体の芯まで凍えそうな声に、反射的に後ろを向く。
「魔法に集中したいので、しばらくそのままでお願いします♪」
その後しばらくすると、ソフィアがやってくる。
「服、乾きましたよ♪」
「うん。ありがと」
どうやら乾燥が終わったようだ。ソフィアのおかげで若干匂いは残るものの、探検をするには気にならない物に仕上がっていた。
「ソフィア〜。もう準備OKだよ」
「では、行きましょう」
こうして2人は、洞窟の中へと足を踏み入れる。
中は完全に真っ暗かと思われたが、意外とそう出ないらしい。最初はただの岩の壁が続くだけだったが、奥へ奥へと進む度に、チラホラと色の違う鉱石や光る苔などがあり、歩く程度なら苦にならないくらいの明るさはあった。
「オース鉱石ってどの辺にあるんだろ」
「ハイドさんから貰った地図だと確か……」
ソフィアはハイドから貰った資料と地図を広げると、目的の鉱石があるであろう目印を見つける。
「大分奥みたいですね。というよりも、この洞窟の最深部みたいです」
「うげぇ。じゃあ迷わないようにしないとね」
2人は、分岐点に目印を残しながら洞窟の奥へと進んでいく。
「ソフィア、ストップ」
ティルは何か、蠢く影を道の先で見つけ、ソフィアに制止を促す。最初こそ、目に入ることすらなかったが、奥に進む程、モンスターの数が増えてきた。
ティルはこっそりモンスターに近づき、様子を見る。どうやら魚人型のモンスターのようだ。そのままバレないようギリギリまで近づくと、心臓を一突き。ほかの仲間を呼ばせることなく危険を排除する。
どうやらこの洞窟、水溜まりが多く、全体的に水辺に生息している魔物が多いようだ。更には、オース鉱石のある場所に近づくにつれ、だんだんと水気が増え、それに応じてモンスターの数、強さは増していく。
ハイドに言われた通り、モンスターの1匹の強さはそうでも無い。相性が悪かったとしても、ティルとソフィアならゴリ押し出来そうなくらいである。しかしこの洞窟、なんと言っても量が凄い。1匹のモンスターを見つけると、大体そのまわりに7.8匹は近くに居る。だが、それだけでは無い。2人を苦しめる要因は他にもある。
このダンジョンは基本炎に耐性を持つ敵が多い。そのため、ティルは魔法を使わず武器のみでの攻撃。ソフィアは、ティルに攻撃が当たらないように精密な魔法操作で援護を行わなければならない。
また、この洞窟。数だけではなく、種類も多いのだ。敵の種類が多い分、物理に強かったり魔法に強かったり。ともかく、ありとあらゆる耐性を持つモンスターが溢れかえっている。故に、適切な援護をする為、付かず離れずの距離を取りながら、互いのミスマッチをカバーする為にお互いの様子、状況を把握しなければならない。それを同時にこなしながら、目の前の敵と戦闘をするのは思ったよりも難しく、戦闘をこなす度にミスが増える。
「いやぁ、思ってたよりもしんどいね。ここ」
「ハイドさんの言う通り、そこまで敵は強くないんですけどね……。こんなに頭を使いながら戦うのは初めてで、ちょっと慣れませんね」
「僕も同じ。そのせいで余計疲れるし」
2人はこの洞窟での感想を話していると、青白い輝きに包まれている開けた場所に出る。そこは、焚き火の後や砥石が使われた後があったりと、妙に生活感がある場所だった。ソフィアとティルは、この空間に危険がないかを判断するため、手分けして探索を行う。
「こっちはモンスターもいなさそうだし、来る気配はなかったよ」
「私の見たところも同じ感じです」
「じゃあ、結構探索したし、休憩しよっか」
「はい♪」
ティルは、カバンから携帯食料を取り出すと、それをソフィアに渡す。これは、最近流行りの甘いフレーバーが使用された、スティク型の食べ物だ。比較的小さく食感は硬めであるが、動くのに必要なエネルギーを効率よく摂取できる優れた食べ物だ。
「ありがとうございます」
その後、ソフィアが散らばった薪を集め、そこにティルが火をつける。今まで戦闘が続いたため気づかなかったが、この洞窟、意外と気温が低いらしい。ティルが作ったその火種は、2人の体を優しく温める。
ソフィアは休みながら地図を眺め、今後の予定を考える。
「この空間を抜ければ、目的地はもうすぐです」
「じゃあ、あと少し。早いところ目的地まで行って、ちゃっちゃと帰ろう!!」
「それもそうですね。ただ、これより先。今までとは敵のレベルが変わるみたいです。ので、ここからは1層気を引き締めて行きましょう」
「うん。そうだね!」
こうして2人は、つかの間の休息を取った後、洞窟の更に奥。【西マグニア窟】探索の後半へと向かって行く。




