第4話 〜目覚めの予兆〜 ①
ここは、マグニア城の地下に存在している、とある魔法研究室。そこには、ネロとイヴがいた。
「イヴ。どうなんですか?彼女は?」
「彼女……って、ソフィアちゃんのこと?」
ネロは無言で頷く。
「あの子はねぇ……。多分違うんじゃないかな?」
「と言いますと?」
「ほら、あたし初日。あの子の事誘拐したじゃない?」
「自覚はあったのですね」
「で、そん時色々な事を実験してみたのよ。そらもう、あんなことから……そんなことまで……」
イヴはじゅるりとヨダレを軽く垂らすと、ネロは黙ってハンカチを投げる。
「サンキュー」
ネロから受けとったハンカチで上品に口周りを吹くと、そのまま話をつづける。
「でもね、それらしい反応とか予兆とか、なぁんにも起きなかったわけ。泣かせてもダメ。怒らせてもダメ。イ……喜ばせても、苦しませてもダメ。ありとあらゆる感情を弄ってみたけど、全部だめだったわ」
「今なんて?」
「本当にソフィアちゃん、あの【歌姫】ってやつなの?あなたが昔言ってた、世界の破滅、または希望を呼び寄せる存在ってやつ」
(……何も無かったことにするつもりですか。)
「あくまで可能性ってだけの話ですよ」
「この間の試験のこと?」
「そうです。それと、過去に歌姫として謳われたもの達。この長い歴史の中で、ふと現れては消え、様々な偉業や災害を起こしてきた人。彼女等には共通点がいくつかあるのですが、それがソフィアさんにも当てはまるんです」
「ほほぅ……」
「先ず1つ目は、声が美しく容姿が端麗であること」
「既に2個出ちゃってるけど?」
「あくまで体の構造的な話です。彼女は見ての通り、誰が見ても容姿端麗と言えるでしょう。それに、自信がなそうに喋りますが、私個人的には声が綺麗と感じました」
「まぁ、そこは私も納得よ」
「次に2つ目ですが、魔力の濃度が異常に高いところです」
「濃度?量じゃなくて?」
「ええ。様々な文献や、個人の調査の結果の下、私が出した仮説です。まあ、彼女等が使用していたと言われる魔法の威力、効果の事を考えると、ほぼ間違いないでしょうね」
……………………
ちなみに、魔力量と魔力濃度についての補足だが、体内で保有・作成できる量のことを魔力量。一定の魔力量に対し、どのくらい魔法が使えるのかが魔力濃度である。
なお、魔力量が多ければ多いほど、複数の魔法を一度に沢山使えたり幅広い様々な魔法が使える。それに対し、魔力濃度が高いと、1つの魔法に対し、威力を高めることが出来る。
……………………
「ソフィアさんが見せてくれた魔法。あのゴーレムの核にびびを入れた魔法。彼女の魔力量を鑑みる限り、濃度は他の方よりも一線を画していると言えるでしょう」
「なるほどねぇ……。確かにゴーレムの件に関しては納得が行くけど、それでも要は、可愛くて声が綺麗で魔力濃度が高いってことでしょ?そんなの結構いるわよ?」
「まあまあ、そう焦らずに。次で最後です。まぁ、これに関しては偶然と言えなくもないのですが」
「と言うと?」
「彼女達の周りには必ず、何かしら悲しい過去があるようです」
そう言うと、ネロはとある資料をイヴに差し出す。
「これは?」
「私がソフィアさんの村について調べたものです」
「あらまぁ、あの娘も結構大変な思いしてるのねぇ」
その資料には、一夜で滅ぼされた街で、唯一生き残った少女の情報が書かれていた。
「先程も言いましたが、あくまでもこれは仮説。あなたもご存知の通り、歌姫は世間一般から忌まれている存在。ですのでくれぐれもこの件はご内密に」
「勿論わかっているわよ。大事な可愛い可愛い後輩。そんなの手放すような行為なんてしないわ」
「……。そんな卑しい発言で、納得してしまわせるあなたが私は心配ですよ」
「余計なお世話よ」
「では、彼女のこと任せましたよ」
「りょーかい」
そう言うと、イヴは資料を手に持ち、ネロの研究室を立ち去る。
そして現在、太陽が頭の真上を照らしている時間帯。とある草原で、全長約5m程の大きな亀のようなモンスターを討伐している、十数人の集団がいた。前衛で戦う者が8人。後方で支援しているのが5人である。
――――――――――――――――
ラージュタートル・地陸種(以下、大地亀)
巨大な体を持つ亀型のモンスターの内、地上に生息する魔獣。動きが遅く、防御力が高い。また、地属性魔法を使うのが得意で、1発1発の魔法の威力は低いが、これでもかと言う程に魔法を使える。一般の冒険者は、その防御力を活かした持久戦に持ち込まれると、逃げの選択を迫られることも少なくない。
また、弱点はお腹とハッキリしており、ひっくり返して魔法でドンッというのがオーソドックスな戦い方である。
――――――――――――――――
「よし!これで最後だ!決めるぞ!!」
そうリーダーの男が叫ぶと、ある一人の女性を除き、後方で支援しているメンバーが前衛に対し魔法をかける。
(私も、やらないと……。)
ソフィアも支援魔法を使おうとするが、あの日、自分の生まれ育った故郷での事故が、ソフィアの頭の中にフラッシュバックする。
・・・・・・・・・・
ここは、とある辺境の街。世帯数はゆうに100を超え、近隣の町や村とは比べ物にならないくらい発展していた。しかし、その街はたった一夜にして、1匹の悪魔。人の魂を好んで食す生き物の手により、滅ぶこととなる。そう、たった1人の少女を除いて……。
【助けて……お姉ちゃん……。】
【や、辞めろ……。クソッ。体が……ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!】
【あなただけでも逃げるのよ!!早く!ソフィア!!】
【違う。違う違う違う……。これは、私のせいじゃない……。私は……ただ……みんなの為に……。】
少女は、たった1人、建物が倒壊し、火の海で溢れる、そんな街を歩く。もう少しで街を出られる。そう思った瞬間、街の長。顔がシワだらけの白髪の老婆に足を掴まれる。
【お前のせいじゃ……この町が滅んだのも。お前の両親が食い殺されたのも。村の若人が戦えなくなったのも!!全てお前のせいじゃ!!この、呪われた歌声が……。】
【わ……たし……が…………。】
・・・・・・・・・・
「ちょっとあんた!何ぼさっとしてんの!!」
その声でソフィアの意識は戻る。
「すみません。あ、ありがとうこざいます」
しかし、ソフィアは意識を前衛に向けるも、支援魔法を使うことが出来なかった。
(なんでだろう……。なんであの時私は、ティルに……。)
前衛の男のうち、身軽な男性が大地亀の注意を引きつけ、誘導を開始する。
「こっちの準備OKだ!!」
「あいよ!!」
大盾を持つ男が合図をすると、先程まで大地亀を引き付けていた男は、合図のする方へと向きを変える。その後、大盾の男と大地亀の距離が近くなると、身軽な男はその縦の後ろへと隠れる。大盾を持つ男はタイミングを見極め、盾に対し魔力を込めると、大地亀の頭に縦をぶつけ衝撃を与える。
すると、大地亀はあまりの衝撃に2歩、3歩とよろめきながら後退する。
「ナイスッ、2人とも!今だ!魔法組頼む!!」
リーダーの男、ザーラスがそう言うと、2人の魔法使いが魔法を放つ。1人は地面を大地亀の前足が着いてる地面を隆起させ、体勢を崩させることに成功する。
もう1人の魔法使いは、大盾を持つ男の方から大地亀の方へと強風を発生させる。そして、その風を利用して大盾の男が大地亀の懐に入り込むと……。
「ドッコイショッ!!!」
すると、大地亀は見事にひっくり返り、弱点である自分の腹を露わにする。
「最後頼んだよ!!」
その声を聞くと、支援魔法を掛けなかった女性、ソフィアがトドメの一撃を放つ。天から大地亀の腹へと一直線に落とされた光の槍は、軽々しく腹を貫き、一瞬で大地亀を気絶させる。
その後、ザーラスがトドメを指し、無事大地亀の討伐に成功する。
「みんな、お疲れ様〜!」
「おうよ!こんなんなら明日も余裕だな!」
「だな!」
そんな明るいムードに、少し気の緩んだ空気が流始める。その流れをせき止めるかのように、ザーラスは手をパンッパンッと叩く。
「おいおい。気ぃ抜かれちゃ困るな。いくら勝利したとはいえ、ここはまだ戦場だよ。せめてそういうのはマグニアに帰ってからにしてくれ」
「お、おう……悪かったな」
「分かってくれればいいさ。他のみんなも、いいね」
ザーラスがそう言うと、各々了解の合図を返す。
「じゃあ、今日はもう明日に備えて、帰るか!」
「「「「おー!」」」」
そして、マグニアに到着すると一同は、冒険者協会へと真っ先に向かう。
「えと……今から何が……」
若干戸惑うソフィアに後ろから声がかかる。
「明日もし、死んでも悔やまないための宴会だとさ」
「は、はぁ……」
「あなたも参加した方いいわよ?あいつら、勝手に酒飲んで酔っ払うし、勝手に自分から奢りまくるから、実質タダ飯よ?」
ソフィアは、数秒間考え答える。
「いえ、私は……」
「いいから、いいから!さっさと行くよ!ほらっ!」
「ちょ、ちょっと……」
ソフィアは、拒否の答えを出し切る前に、無理やり協会へと押し込まれる。
宴会が始まり、約1時間ほど。やはりと言っていいのか、前衛の男達はこれでもかと言わんばかりに酒を飲みバカをする。周りの冒険者たちもそれを見て盛り上がり、更なる馬鹿さを見せる。
その様子を見ながら、ソフィアは隅の方で適当に注文したホットパイを口に運ぶ。
(みんな、すごいな。私なんて……)
そんな思いにふけっていると、軽いボディタッチとともに、女性が座る。
「男って、本当に馬鹿よねぇ。明日は、危険なクエストだってのに、こんな酒盛りなんかしちゃって」
「あなたは……」
隣に座ったのは、あの時ソフィアの意識を戻してくれた人。そして、この場に無理やり連れ込んだあの女性だった。
「そういえば名前名乗ってなかったわね。あたし、レイナよ。よろしく!」
「私、ソフィアです。よろしくお願いします」
「あなたさ、自分に自信ある?」
「……特には」
レイナはため息を着くと、ソフィアに向け話す。
「え〜うっそだだ〜。そんなナイスなバディしてるのに〜?」
「そんなことは……ないです」
レイナと名乗る女性は、1口、目の前の料理を、胃袋へと入れると、ソフィアにアドバイスをする。
「あなたに1つ教えてあげる。いい?別にね、元気がなくたって、自分に自信がなくたって、卑屈になったって構わない」
ソフィアは、黙って頷く。
「だけどね?それは日常までの話。それを戦場に持ち込んではダメ。だからいい?戦場では胸を張りなさい。仮にもあなたはあそこに選ばれた人間なの。もっと自信もっていいはずよ?」
「なるほど……」
「まぁ、そんなすぐに変わろうったって上手くできないのもわかるわ。だからさ、明日はいっぱい人いる訳だし、練習がてら、やってみなさい!」
「わ、分かりました。やってみます!」
ソフィアのその元気を見たのか、レイナはウンウンと頷く。
「それでよしよ!まずはきっかけが大事なんだから!じゃないとね、いつか大切な人を見殺しにすることになるんだから……」
そう言い放つレイナの目は、少し寂しげな目をしていた。
「あの……」
「スンッ。ごめんね。雰囲気だいぶ壊しちゃったわね。それじゃあ、明日一緒に頑張りましょ!」
その後、これ以上飲むなというレイナの制止により、すぐ様飲み会は終わりを迎えた。
(明日、やってみよっか!!)
若干の希望と、過去の苦い思い出、その両方を胸でかみ締めながら、ソフィアは自分の宿へと帰って行った。




