第2話 〜試験に向けて〜
試験を受けるための手続きを終えたティルは、それまで宿泊するための宿を取り、部屋の中で休んでいた。
「そう言えば僕のステータスって、どんな感じなんだろ」
ティルは手帳を開き、上から順に指でなぞりながら確認する。すると、あるところの欄で進みが止まる。それは、魔法のステータスの欄である。攻撃系統や、スピードなどの身体的なステータスは平均かそれ以上。しかし、この世界で1番重視されている項目、魔力に関する数値はとてもじゃないが自慢できるような値ではなかった。というか全滅だ。まあ、なんだ?簡単に表すとすれば、魔法のみの戦闘であれば、入園前の幼稚園児にすら負けられる。そんなレベルだ。
「はぁ。だぁよねぇ……」
ワンチャン、ほんのちょっとくらいなら、魔力が残っていると思っていた。が、それもそのはず。この世界の生物には、体内のエネルギーを使い魔力を生成、保存するための器官【魔臓】がある。だがティルは昔の襲撃の際に、この臓器を破壊されてしまっている。
そのため、魔力を自然から取り入れる鉱石【魔石】を外付けの魔臓として使い、生活の中でなら簡単な魔法は使えるが、ティル本人の魔力はほぼ0なのである。それでも、今までの旅での戦闘経験や、師匠から貰ったこの魔石がある為、ある程度のことは割り切っている。
しかし、いくら割り切っているとはいえ、このように可視化され、あなたには魔力がありませんよ!等と言われてしまうと、結構な劣等感が襲ってくる。
いつまでも魔力のなさに絶望していても仕方がないため、考えを街の観光へと切り替えることにした。ティルは、馬車の運転手から貰った地図をベッドの上に広げみてる。どうやらマグニアは円形の都市のようで、大きくわけて、東・西・北・南・中央の5つの区画に別れているようで、それぞれの地区ごとに異なった用途が存在しているようだ。
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東区は主に、冒険者に関わる物が扱われており、先程手続きした冒険者協会もここにある。また、冒険に役立つものを扱う店が多く、装備品や薬草などの専門店、魔道具専門店、鍛冶屋などが多く見られる。
西区は商業区となっており、基本的に食材や、手土産、小物を扱う店が多く、世界各地の特産品を手に入れることも出来る。他にも、ガラスを扱う工房があったり、お菓子や玩具の店、アクセサリーショップなど、多彩な方面の職人がいたりするため、お土産を買うときにもこの西区に立ち寄る人が多い。
南区は一言で言うと、娯楽街である。カジノ、美術館、酒場、闘技場など、様々な娯楽に精通している。 更には、知る人ぞ知る刺激の強めな大人の店もあるとの事。そんなことから、世界屈指の娯楽街とされており、トップクラスの認知度を誇る有名な観光地である。
北区は高級な住宅街となっている。特徴として、中心地から遠ざかるにつれ高等地、中等地、低等地の3つに別れている。その名の通り、高等地程身分の高い貴族などが住み、低当地ほど、身分の低い物が住んでいる。もちろん、マグニア全域にも住宅街があるのだが、北部は他の区画に比べ交通網が整理されており、高級なレストランや有名な店も多々存在している。
最後は、中央にある一際目立つ区画、王都区である。ここは名前の通り、王都が存在し、真ん中にはこの国の象徴でもある、【マグニア城】がある。
他にも、軍事的武器・魔法を開発するの研究機関や、兵士を強化するための訓練場等も存在している。ちなみに、冒険者としてある程度の実績をあげると、兵士として王都に徴収されることもあるため、一部の冒険者は自由に王都に出入りできたりするらしい。
とまあ、説明が長くなってしまったが、これがマグニアの全貌である。
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(何をしようかな……。まぁ、まずは試験に必要なものを揃えたいから、東区にある店を巡ろうかな。)
ティルは東区をぶらぶらすることに決めた。ティルの取った宿は、ちょうど東区と南区の区切りにある。宿を出て左を見ると、薬草などのアイテムや武器を売っている店など、冒険者向けの店がちらほら見える。
逆に右の方を見てみると、華やかな格好やスタイリッシュな格好をする人後いる一方、床に布を敷きながら気だるげな顔でぼーっとしている人がいる。
(こっちは南区か……うん。ギャンブルは流石に辞めとこうかな…………)
と、自ら身を滅ぼす行為はやらないと軽く誓いを建て、東区の中心部、今朝訪れた協会の方へと向かっていく。
(ほぇー、ここが東区か。朝は噴水目指してた歩いてただけでよく見てなかったけど、なんかワクワクするな〜♪)
しかし、そんな浮かれ気分のティルに怪しい影が近づく……。
ドサッ。スタタタタタ……。
「っ痛ててて……。ごめんなさ……は?」
軽い衝撃が加えられたのは南からの方向。その不意を着くような衝撃に、思わず地に手を着いたティルは、前方を確認する。すると、逃げるように走る男の手には、忘れるはずもない形の財布が握られていた。
(アイツッ!スリか!)
「まぁァァァァてぇぇぇぇぇ!!」
ティルは自分がスられた事を確認すると、すぐ様雄叫びを上げ、全力で疾走を開始する。
(くっそ、意外と早いな、アイツッ!でも、追いつけない速度じゃない!!)
その後も、スリの男と少年のチェイスは行われる。ティルは、街ゆく人々を身軽に躱しながら目の先で捉える男を追う。
「おいっ!そこのジジイ邪魔だ!どけ!!」
「おぉ、すまんね」
目標の男が曲がった角から、そんな問答が聞こえる。
(はぁ……、全く。こんな真昼間から随分とお盛んだねぇ。面倒な仕事を増やさないで欲しいもんだ。)
そんなガタイの良い謎のおじさんの思いを他所に、目の前からもうひとつの小さく大きい影が頭の上を通過する。
「ごめんね!おじさん。ちょっと頭の上、失礼するよ!!」
(ほぅ?あの身のこなし。冒険者か?いや、あんな子供見た事ないしな……見たとこ、今年の志願者ってとこか?)
そして、己の財布を取り返すための鬼遊び。そんなヒューマンチェイスは終盤を迎える。
(よし!やっと追いついたぞ!)
「くそっ!なんなんだよ、お前!ガキのくせしてしつこ過ぎなんだよ!」
「そりゃどうもッ!!」
「グハァッ。てめ、よくも!これでも喰らえっ!!」
男はそう言うと、両手を掲げ炎の玉をこれでもかと放ち続ける。だがその魔法は、ティルに掠ることなく、後方の壁へと吸い込まれていく。
「は!?ざけんじゃねぇよ!バッカじゃねぇの!?」
「残念!僕はそんなに馬鹿じゃないよ!」
ティルは、そう軽くふざけた返しをし、後ろ回し蹴りをみぞおちにめり込ませる。その後男は、為す術なく、10メートルを超える高い壁へと激突する。
「グアッ。はぁ、はぁ、はぁ……。いいのかよ……。こんな蹴りカマしちまってよ。ここまで距離を取れさえすりゃぁ、逃げるのなんて余裕だぜ……」
「別にいいよ。だって、ほら」
男は、ティルの蹴りに吹き飛ばされるも、その蹴りにて生じた距離に安心したからか、余裕の笑みを浮かべる。しかし、それはティルも同じ。つい先程手に入れた、手に馴染むサイズの革製品を見せびらかしながら、高らかに勝利の宣言を行う。
「もう、君を追う理由なんてないからね」
「は!?テメッ。嘘だろ!?いつの間に!?」
ティルの持つ財布を見た男は、全身のポケットをまさぐる。
「ツッ、はぁ……。で?どうすんだよ、俺の事。サツにでも突き出すつもりか?」
「そうだね……。それもありなんだけれども……」
(なんだろう、あの壁の上にいる人。こっちを見てる?途中から一緒に着いてきてたのは知ってたけど、なんなんだろうな。あ、降りた)
「残念だったな!もう間に合わねぇよ!じゃあな!」
「うん。バイバイ……」
そして男は風の魔法を利用し、高く飛び立つも……。
「アガッ!?」
上から飛び降りてきた男にそのままぶつかり、すぐ様地面へと再開の挨拶を交わす。
「いやぁ、ずっと君の事見てたけど、凄い動きするんだね〜」
壁の上から降りてきた男は、不気味な笑みを浮かべながらティルへと近づく。
「この人は自称、『疾走のハヤテ』。お得意の足の速さを活かしてスリを働く犯罪者。ここ数ヶ月、街の自警団でも手を焼いていたお尋ね者さ。それを魔法も使わずに追い詰めるなんて、本当にすごいよ、君」
「あなたは?僕になんの用?」
「言ったろ?ずっと見てたって。もちろん、朝協会に入った時からね。君、今年の冒険者試験の受験生でしょ?」
「まぁ、はい。そうですけど……」
謎の男は、ティルの目の前まで歩きギリギリまで近き、そして……
「だぁよね〜♪良かったぁ!」
「へ?」
男はティルの手を取ると、パッと明るい顔を浮かべ、上へ下へと激しく手を上下させる。
「いやぁ、ごめんな?俺、『シース』って言うんだ♪よろしく!」
そんな、急な雰囲気の変化に困惑しながら、ティルも挨拶を返す。
「えぇ……と、僕の名前はティル……です……。よろしくお願いします?」
「へぇ、ティル君って言うんだ。おっけ〜♪」
(なんだろう……。この人、大分馴れ馴れしい、っていうか、変に明るい人だなぁ……。)
「ハハハ。ま、それは置いといて……。実はさ、俺も今年冒険者の試験受けるんだよ。そんでさ……」
「それで……?」
「どう?もし良かったらさ、俺と一緒に受けてくれないか?冒険者の試験」
どうやらこの男性は、今年の試験を受けるため、パーティメンバーの候補を探していたようだった。だがティルはある事、自分のコンプレックスを気に掛け、了承の回答を言い出せずにいた。
「僕は……いいんですけど、これでも大丈夫ですか?」
ティルはそう言うと、自分の冒険者手帳を渡す。誘ってくれたのは嬉しかった。しかし、流石にこのステータスを隠したままパーティに参加するのには、少しだけ抵抗があった。
シースはティルから冒険者手帳を受け取ると、そのステータスを確認する。
「ぷッ!何このぶっ飛んだ個性的なステータス!パッと見、身体能力優秀だけど魔力ほぼ0て!戦闘狂かなんかかな?」
(言い方……。)
「どうします?組むの辞めます?」
「いやいや、全然大丈夫よ。魔力ダメダメでも、さっきの見せられちゃ、なんも言えないって!むしろ入ってくれるなら万々歳だよ!」
意外だった。この世界では、特にこの国の中においては、魔力のステータスが全てという風潮があり、魔力の少ない人が差別されることもよくある話だ。てっきり断られるとばかり思っていたティルは内心嬉しく思っていた。
「分かりました。なら是非、お願いします!」
ティルは、深々と頭を下げる。
「うんうんよろしくね〜♪あ、そういえばティル君はさ、この後どうすんの?時間あったする?」
「まあ、はい。適当にブラブラする予定だったので……」
「よし、ならちょうどいいや!この後もう1人のメンバーと待ち合わせしてるからさ、顔合わせのついでにパーティ申請しに行くよ〜」
「え、ちょと……待っ……」
(わぁ……。こっちの返事はまったなしかい)
そう言い、2人は協会へと向かう。今日2回目の入場になるが、朝の殺伐とした雰囲気とはうってかわり、活気溢れる酒場のようなものになっていた。ちなみに現在はまだ15時程だが、既に酔いつぶれている人がちらほらいる。
ふと周りを見ると、1人の女性がこちらに手を振っているのが見えた。薄桜色のショートボブ。やや高身長で、スタイルのいい女性だ。シースはその女性に向かって歩いてくと、テーブルに座るとお互いを紹介してくれた。
「お〜す。ごめんね〜お待たせ。この人はティル。3人目のパーティメンバー。基本的に前衛で頑張ってもらう予定。魔力はあんまりないけど、他ステータス超優秀」
「こっちのやや美人の女性は【ハルナ】、遠距離〜中距離担当で、支援回復がメインね。得意な魔法は、えー、確かー、水と風?」
「光と風よ。バカ。後、支援。てか何?ややって。あたしのことバカにしてんの?殴るわよ?まあ、いいわ。それはあとにしてあげる。そんなことよりも、初めまして、ティルさん。私はハルナ、よろしくね」
と、こちらに手を伸ばす。
「初めまして、ティルです。こちらこそ、よろしくお願いします!」
こちらも、手を取り、軽く挨拶を済ませた。
「よし、これでパーティも揃ったし。明日から試験日まで、とりあえずマグニアの外出て軽くモンスターの討伐だね。まだ3人とも、お互いのことよく知らないし。自分の仲間がどんな戦い方するのか、理解しといた方がいいよね」
「確かにそうね。あんたと私は、昨日街の外で少し調整してきたけど。ティルさんの戦いも少し見ておきたいわね」
「そうですね……ちなみにどの辺で戦うんですか?今日馬車でこの街に来たんですけど、あまりモンスターとかは見ませんでしたよ?」
「それ多分、南区の方から来たからじゃない?あの辺は観光地で、他の国から来る人が多いから、国が整備に力を入れているの。だから、滅多にモンスターが出ないのよ」
「そそ。ちなみに、俺達が今回行く予定なのは別方向。東区の門から少し歩いたとこにある、【始まりの森】って言われてるところ。今の時期は、出てくるモンスターもそんなに強くないし、数も多くない。そんな理由から、冒険初心者とかちょっとした戦闘の合わせとかするのに最適」
「なるほど……」
その後、明日からの予定を決めながら食事を済ませ、パーティの申請を行い協会を出た。ハルナとは一旦ここで別れ、シースと共に東区の店を巡ることにした。
「よし、これでとりあえずの準備は出来たかな。じゃあ明日の朝10時に東区の門の前で。そんじゃね〜」
「はい!よろしくお願いします!」
こうしてティルは、新しい2人の仲間と出会い、初めての冒険へと繰り出すのであった。
第2話 「試験に向けて」 〜完〜