第2話 〜魔石の可能性〜 ②
目の前にある扉を開け古民家を出ると、そこには商店街のような街並みが広がっていた。右を見れば露店やカフェ、左を見れば八百屋といった、数々の店が立ち並ぶ非常に栄えた街だ。
(おー、東区よりも人多いし、凄い見てて楽しい。ちょっと来るところ間違えた気がするけど……ま、とりあえず歩いてれば何とかなるか。)
一先ず、これからの事を考えようと、一番最初に目に入った喫茶店へと入店する。中に入ると、マスターと思わしき人から『好きな席に』と言われ、窓際の席に座る。すると、メニューを抱えた女性がやって来る。歩く度に振り子のように揺れる、腰まで伸びた茶色いポニーテールが特徴の女性だ。ただ顔立ちはいいのだが、気力が全く感じられない気だるげな表情が少し気になった。
「はい。メニュー。決まったら呼んで」
「は、はい……」
(と、都会ってこれが常識なんだろうか……。)
と思ったが、どうやら違うようだ。店主は一連のやり取りを見たのか、頭を抱えていた。そんな様子を横目で見つつ、メニューを眺める。すると、とある名前のところで目が止まる。
(モンブランか……昔、1度だけ食べたことあるな……。あの時は、何も味わえなかったけど……。)
ティルは昔、母と旅していた時のことを思い出す。当時は、家族や村の人間が殺され、自分だけが生き残ったショックで、心身的に味わう余裕がなかった。それでもゼシリアは、少しでも元気になれるようにと用意してくれた。
「すみませーん」
「はい。ご注文がお決まりですか?」
「……は、はい。えと、このモンブランを1つ」
「かしこまりました」
マスターは注文を受けると、カウンターのへと戻り、準備を始める。
(店主は、まともなのね。)
注文を待つ間、ティルはハイドから受けとった手配書を眺める。手配書に描かれていたのは、顔の右半分が髪で隠されている、長髪でいかにも人を殺していそうな目をしている男だった。
(身長はおよそ170cmで、体重は75kgね……。なんでそんなことまで分かるんだろ。そうゆう魔法があんのかな? てことは力勝負だと負けそうだな。どうやって戦おうか? 相手は僕と同じでカウンターがメイン。しかも、自分が狙われてるって分かってるなら逃げを優先するのかも? やっぱ自分から攻めなくちゃダメか?)
ティルは手配書を眺めながらどう戦うかを考えていると、後ろから声がかかる。
「それ誰?」
「おわっ!?」
「どうした? で、誰なの? それ」
(この人、やけに距離感近いな。何考えてるか分かんないし。)
「うーん。この人は……悪い人?」
「へー。じゃあ、その人捕まえに行くんだ」
「そうなるかな」
「そんなに悩んでて勝てるの? 死んだりしない?」
「ま、まぁ。死ぬことはないと思う」
「ふーん。なら良かった」
(すごく無表情だけど、なんだかんだ言って心配してくれてるのかな?)
「最近お客減った。あなたがまた来てくれれば、私の給料増えるかも」
(あ、そゆことね……。)
そんなやり取りをしていると……。
「ルルハ。こっち来てくれ」
「はーい」
すると、目の前の女性、恐らくルルハ? はマスターの元へと歩いていく。注文したものが揃えられたのか、モンブランと、湯気がたつカップが乗せられた盆がカウンターに置かれている。
耳を澄ますと、『今度こそ落とさないように』とか『もっと愛想良くして』とか『食べるのもダメ』とか、不穏な言葉の羅列が聞こえる。が、多分気のせいだろう。いや、気のせいであって欲しい。
ルルハはマスターとの会話を終えると、盆を持ちながらこちらへと歩いてくる。しかし、本当に大丈夫なのだろうか。盆を持つ手は震え、上に乗っかるケーキをじっと見つめ、ヨダレを垂らしている。
カウンターからこの席までの距離、約5m程と短い距離だったが、見ているこちらがハラハラしてしまい、体感時間がいつもの5倍程長く感じられた。
「はい。お待ちどうさま」
「ありがとうございます。あれ? コーヒー頼みましたっけ?」
「ううん。ジノがおまけって」
(ジノ? あの店主のことかな?)
目の前に盆を置くと、ルルハはすぐ近くの席に座り、じっとこちらを見つめてくる。恐らく見つめているのは、自分ではなく、目の前にあるこのモンブランだろう。
「ど、どうしたんですか?」
「ん? 残すの待ってる」
(そらみたことか。にしても……)
「ちょっと気まづくて食べにくいんですが……」
「そ。じゃあ残し終わったら呼んで」
(残し終わったらって……)
ルルハはカウンターへと戻ると、横にある席に腰をかけ、ぼーっとしながら上を向いていた。
(やっと落ち着いて食べられるよ。にしても、なんだか懐かしいな……これ。)
ティルは、目の前のモンブランを見つめる。色々な思いを馳せながら、1口分の大きさに切り分け口に運ぶ。
(こんなに、美味しかったんだ……。)
母の優しさを改めて実感したのか、不思議と涙が流れだす。そんな様子を見たのか、マスターがこちらに歩いてきた。
「どうしました? お口に合いませんでしたか?」
「いえ、そういう訳では無いです。かなり美味しいです。これからもずっと食べていたい位には」
「そうですか。ありがとうございます。そこまで言ってくれる人がいると、本当にこの店を続けてよかったと思いますよ」
「これはマスターが?」
「ええ。もちろんです。材料の仕入れから仕込み、調理まで、全て私がやっていますよ」
(なるほど……ここでしか食べられない味ってことか。これから定期的に通うのもアリかな。)
「良かったら、これから通っても?」
「ええもちろん。楽しみにお待ちしてます」
ティルは、心の中でガッツポーズを決める。
「ではお邪魔しましたね。これで失礼します」
そう言うと、マスターはカウンターへと帰る。
(にしても、本当に美味しいなこれ。あっという間になくなっちゃったよ。)
あまりの美味しさに手が止まらなくなり、目の前にあった甘い山は、すぐに消えてしまった。全て食べ終えると、ティルはジノの元へと向かう。
「マスターご馳走様でした」
ティルはお礼とともに、代金をカウンターへと置く。
「そういえば、まだ名前を教えてませんでしたね。私、ジノと申します。よろしければ、あなたの名前を教えていただけませんか?お得意様になろうという人の名前を知らないのは、店主として失格になりますからね」
「全然いいですよ。僕、ティルって言います」
「ティルさんですね。ありがとうございます」
「じゃあ、時間があればまた来ます!」
「はい。お待ちしております。是非、今後とも【喫茶店・we stun】ご贔屓に」
ティルは、軽くお辞儀をして出入口へと向かう。すると、後ろからルルハの声が聞こえる。
「待って」
「ん? 何か?」
「次は残して、私の分。タナボタが私の生きがい」
(おいおい……。残せって……。)
「そんなはしたないことはダメですよ。ルルハ。すみません。うちの娘が」
(娘なのかい。でも言われてみれば何となく似てる気がするな。)
「残すのは勿体ないから、ルルハさんの分まで頼むよ。財布に余裕があれば」
「ルルハでいい。奢ってくれるならあなた友達。私もティルって呼ぶ」
(そらまた、随分な物言いで……。)
「それじゃまた来て。待ってる」
「それって早く奢れってこと?」
「もちろん」
「まあ、近いうちに来るよ。多分。それじゃ」
と、ティルは店を後にした。