第11話 〜私は歌う。君と、この魔法の溢れる世界で〜
シースの倒れる姿を目撃し、ティルは怒りに身を任せ、ローブの男に突っ込んでいく。
(こいつッ!!!運び屋!!!)
ティルの剣を運び屋は受け止め、鍔迫り合いの形になる。
「なんであんたがここにいる!!」
「別に。言う必要は無い」
「オマエ運ぶだけじゃないのかよ!!何で命まで奪うんだよ!!」
「別に」
「なんだよ別にって!」
運び屋は一瞬何かを考え、ティルに向けて話す。
「ただ、邪魔だったから」
その一言で、ティルの頭に更に血が上る。
「オマエ……邪魔って……」
ティルは、怒りで荒れる呼吸を、無理やり押え叫ぶ。
「ざっけんじゃねぇよーーー!」
そう叫ぶと、競り合う剣を離し剣を垂直に弾かせ、運び屋の顔面に蹴りを入れる。その後、跳ね上がった剣をキャッチし、そのまま流れるように運び屋を切りつける。
運び屋はその攻撃を受け止め、ティルの攻撃を軽々と躱し続ける。ティルは運び屋を追い、距離を詰めようとする。が、後ろ向きに突風が吹き、入口付近へと戻される。
(なんだよこの風!ふざけんな!)
「アンタ……馬鹿じゃない……の……」
どうやら、ハルナの魔法だったらしい。ティルはハルナが生きてることを知り、ほんの少しだけ安堵した。
「ハルナ、生きて……」
「勝手に……殺さないでよ……」
どうやら、間一髪のところでソフィアに治療してもらったようだ。
「それに……ほら……」
ハルナの指さす方を見ると、ソフィアがシースの治療を始めていた。よくみると、シースの胸部が上下している。どうやら、一命は取り留めたみたいだ。
「アンタ……ソフィアちゃん……泣かす気?」
「…………」
「あたしらの中で……1番強いんだから……もうちょっと周りみなさいよ……」
ティルはハルナの言葉にハッと、気付かされる。1度深呼吸をして、心を落ち着かせる。その後、広間を見渡し周りの状況を把握する。運び屋の後ろには、禍々しく輝く紫色のクリスタルがある。また、他の受験者だろうか、何人かチラホラと広間の外側に転がっていた。どうやら息はあるようで、誰一人として死んでいないようだ。恐らく、そのように手加減をして戦っていたのだろう。
これらの考察と先程の戦闘、そしてあの余裕そうな表情。あの男は、全く本気を出していなかったのでは?と言う考えに至る。
「どう……?少しは……落ち着いた……?」
ハルナは、息を切らしながら喋る。
「うん。ごめん。ありがと」
「ハァ……ハァ……。たく……アンタ……すぐそうやって………、 周りが……見えなくなるの……治した方が……いいわよ…………」
そして、ハルナはゆっくりと目を瞑り、眠りにつく。ソフィアの方を見ると、シースから手を離していた。どうやら、シースの治療が終わったようだ。
「多分、君たちで最後みたいだね」
「……最後?他の人達は?まだここに来てない人だっているはずだよ」
そう、シース達と一緒にいたはずの3人組の男達。ガルド達の姿は、この部屋にはなかった。
「知らない。もう、帰ったんじゃない?」
どうやら嘘は付いてなさそうだ。この異常事態、流石のギルドも気付かない訳が無い。恐らくシース達と途中ではぐれ、ガルド達は救出されたのだろう。そんな薄い希望が頭の片隅に浮かぶ。
(まあ、なんにせよ……)
この目の前にいる男を倒さなければ、帰る手段はなさそうだ。と、剣を構える。
すると、
ボロッ…………
ティルの持つ剣は刃こぼれをしていた。恐らく、次の運び屋の攻撃を受けていたら折られていただろう。
(……これは、ハルナに感謝しなきゃだね。)
と軽く感謝をし、予備の剣を取り出す。ティルはソフィアと目を合せると、相槌を打つ。その後ソフィアは杖を構え、支援魔法をかける。そのままティルは運び屋に攻撃をする。すると、ティルの攻撃を受け止めた運び屋の口が開く。
「やっぱり君たちだったか」
「は?なんの事?」
ティルは運び屋に聞き返す。
「君たち、あの人にあってきたんでしょ?」
恐らく、人とは言えないがあの謎のモンスターのことだろうか。
「人?変な化け物になら会ってきたけど?」
と言うと、気のせいだろうか運び屋は少し悲しげな顔をしていた。
「まあ、いいよ。ほぼ確定だしね」
「なんのことか、よく分からないよッ!!!」
と運び屋の剣を払い、腹に蹴りを入れる。だが、それを回避しながら運び屋は言う。
「別に今知る必要は無いよ。時が来れば嫌でもわかる」
「何がさっ!」
と言い、ティルは運び屋を切りつける。しかしその後、運び屋は何も言わず、ただただティルの攻撃を捌き続けた。
戦闘が始まり、恐らく十数分経った位だろうか……。あの大蛇でさえ、何とか戦うことが出来たのに、この運び屋。最初と全く変わらず、余裕の表情のままティルの攻撃を捌き続ける。
(くそっ、なんだよこいつ……)
そんなことを考えていると、目の前に一筋の剣先がうっすら映る。余りの出来事に、ティルは距離を取りソフィアの元へと一旦戻る。すると、ほっぺたから顎の先にかけて、何かが流れ落ちる感覚があった。軽くほっぺを拭うと、手に赤い液体がついてるのを確認した。
(嘘……血……?)
ティルは、運び屋の剣捌き、タイミングに、思わず恐怖よりもその凄さに興奮を隠せない。
(これ、やばすぎでしょ……)
「大丈夫?」
「うん。何とか」
そうソフィアに返事をし、運び屋の方を向く。ティルは服の上から魔石をつかみ、ある1つの可能性を考える。
(もしも、あの時のような……。大蛇と戦った時の感覚があれば……。)
そう考えていると、運び屋は2人との距離を詰めていた。
(まずいッ!!)
運び屋はソフィアを攻撃しようと、剣を縦に振る。ソフィアへの攻撃を防ぐため、ティルは咄嗟に庇いに行く。
「ごめん!」
「へ?」
考える時間が無かったため、そのままソフィアに体当たりし、軽く吹っ飛ばしてしまう。ソフィアは直ぐに立ち上がり、イタタ……と言いつつも、援護を開始する。
吹っ飛ばしたソフィアには悪いが、こうなってしまったらティルの領域、十八番である。ティルは剣をいなし、運び屋の体勢を崩すことに成功する。その後間髪入れずに、己の出せる最大の速度で連撃を叩き込む。
最初こそ運び屋に防がれていたが、攻撃を重ねる毎、徐々にティルの剣撃が入るようになる。
(このまま押し通す!!)
と思ったのも束の間。運び屋にギリギリのところで、ティルの決定打になるであろう攻撃は回避され、腹にカウンターを喰らう。
グハッ……
ティルは派手に吹っ飛ばされも、何とか受身を取り立ち上がる。そして、運び屋に向け剣を構える。
(次こそ決める!!)
そう思った次の瞬間、異変が訪れる。
ドッ……クン……。
心臓が1度だけ、大きく深く脈を打つ。と同時に呼吸が乱れ、激しい耳鳴りと共に全身に力が入らなくなる……。
(ナニ…………これ…………。)
目の前にいたはずの運び屋は消えており、代わりに自分の背中の方から、1本の剣が体を貫いていた。
とてもじゃないが、立っていられる状態では無い。そのまま為す術なく、前方へと倒れ込む。床に着いている体の表面で、ねっとりしたものを感じる。薄れゆく意識の中で、自分の周りに赤い液体が広がるのが見えた。
(こ……れ……、僕の……血……?すごいな…………。この量…………。)
「なんだ、見当違いか」
と、運び屋はティルに近づく。それを見て、ソフィアは叫ぶ……。
「いやぁぁぁぁぁぁーーーーー!!!!」
「これは……」
(グッ……なにこれ……空気が重い……。)
ソフィアが叫ぶと同時に、広間にドス黒い、不穏な空気が立ち込める。
「な……なんで……。ち……違う……。 わた……し……こんな……つもり……じゃ……。ちが……違うの…………。や、やめて……い……嫌…………」
ソフィアはこの光景に見覚えがあるのか、顔を青ざめさせながら小刻みに体を震わせていた。
そのあまりにも重たい空気に、運び屋の後ろにあったクリスタルは崩壊し砕け散る。
そのクリスタルは、魔法をジャミングするものだったらしい。クリスタルが割れると、広間の周りに倒れていた他の受験者達、そしてシースとハルナは、試験が始まった時と同じ光に包まれ消えてしまった。だが、何故かティルとソフィア、運び屋の3人は、この広間に取り残される。
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ここは……?
ティルは、真っ白く何も無い空間に、たった1人放り出されていた。体もふわふわ浮いているし、訳が分からない状態である。
すると、何も無いところから1人の女性が現れる。
「やほやほー。久しぶりだね」
声は聞こえる。だが顔は見えない。そんな謎の女性から、陽気な挨拶が飛んでくる。
「あなた誰?ここは?今こんなことしてる場合じゃないんですけど……。てか、久しぶりって?」
(多分この人とあったことない……?よな……?)
「まあまあ落ち着きなって。大丈夫。ここは君の心の中だよ。外で流れてる時間とは違うから何も問題は無い」
(心?外の時間?)
本当に訳が分からない。とりあえず、現在のこの状況を理解しようと、名前だけでも聞くことにした。
「あなた、名前は?」
「名前?名前……名前か〜。う〜ん。大分難しい質問するね……。グラスト……?ステラ?それともティル?」
「ティル……、て僕?」
「そう、君君。僕は君なんだ。でも厳密に言うと、君ではないよ」
(何ソレ?本当ナンナノ?これ?……)
体をぷかぷかさせながら、考える。
「ははは、いきなりだと難しいよね〜。とりあえず、 僕のことはステラって呼んでよ。まあ、ここから出たら忘れちゃうんだけどね〜」
「は、はぁ」
「まあいいや、本題に入ろう。はい、手を出して」
ティルは言われるまま、ステラの前に手を差し出す。すると、ステラは手の甲に唇を軽く押し付ける。同時にティルの心臓付近が光り出した。
ティルは思わぬ出来事に、手の甲をしばらく見つめていた。
「ハッハッハ〜。ティル君、ウブだね〜」
「……」
「なんだなんだ?元気出せよ♪せっかくお姉さんが励ましてるんだぜ!」
「……で、これなんなんです?」
ティルは光る胸部を指さす。
「おぉ、無視してくるとは流石だね……。それはね、特典みたいな物だよ。今後、君の成長とともにそれも強くなる」
「……強く?それってどんな?」
「どんなねぇ……。それは君次第さ。私にも分からない」
(僕次第……)
「ま、可能性は無限大さ。せいぜい頑張りなよ♪」
そう女性が言うと、この空間に来る前のドス黒い嫌な空気を感じる。
(なんだろう……、これ凄く怖い……。)
「大丈夫。すぐ慣れる」
「へ?」
「いやいや、いったろ?ここ、君の心。考えてることダダ漏れ」
ティルは、そこでは無いと言わんばかりに、顔を歪める。
「大丈夫。行けばわかる。それも特典の一つだよ」
そして、ティルの体が上へと運ばれていく……。
「ティルくんティルくん!」
ティルは何とか上昇に耐え、ステラの言葉を聞けるよう踏ん張る。
「あの娘とちゃんと、…………よ!」
(肝心なところが聞こえないよ。)
ステラはニヤニヤと笑いながら、手を振っていた。
(なかなかきついことになると思うけど、頑張れよ!星の英雄!!)
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そして、再び広間へと意識が戻る。
(あれ?何してたんだっけ?というか、体がだるい……血、流しすぎたかな……?)
ティルは体の調子を確かめるため、拳を握り、開く。
(痛い………。痛すぎて……熱くて……辛い………。けど……だけど……、体は……うん。動く……。剣も……持てる。足も…動く……。)
フラフラしながらもゆっくりと立ち上がり、グッと剣を握りしめ運び屋を睨みつける。
(まだ!戦える!!!)
そして、運び屋とソフィアの元へ掛ける。
一方運び屋は、目の前にいる女が危険因子だと判断し、ソフィアを亡き者にしようとしていた。
「やっぱり君だったのか。となると彼もやはり……」
「…………」
「いいかい?これが歌だ。君のような子が持っていい代物じゃない。それとも、このまま彼を見殺しにするのかい?」
「わた……しが……殺……す?」
「申し訳ないけど、ここで死んでもらうよ。今の君は危険すぎる」
「…………」
ソフィアは己の手で、1人の命を奪ってしまった。また、私のせいで……。そんな考えで頭がいっぱいになり、何も言えずに俯いていた。
「さようなら」
と言って、剣を振り下ろす。
ソフィアは、何故か諦め目をつむり、その時を待つ。
(私なんて……生きてちゃ……ダメなのかな……。)
すると頭上で、金属同士がぶつかる音が聞こえた。
「何……勝手に諦めてるの?」
顔を見あげると、ティルが自分を守ってくれていた。見るとらティルの体から炎が溢れ出し、広場はその炎で充満されている。
運び屋はティルのその姿を確認すると、一旦距離を置き体制を整える。
「どう……して……」
ソフィアは、ティルが生きてるのが信じられないのか、動揺しながら聞いた。
「夢を、見たんだ」
「……夢?」
「どんな夢かは覚えてないけど……、これだけは分かる」
そして、ソフィアを見る。
「僕は、君の歌を最後まで聞かなくちゃいけない。いや、聞きたいんだ。君の歌を。君のその、世界を救う唄声を」
笑顔でそう答えると、そっとソフィアを座らせ運び屋の元へと向かって突っ込む。
ソフィアは、その場で軽く涙を流しながら、ティルと運び屋の戦闘を見守る。
(私の……歌……)
すると、部屋にたちこめていた怪しい空気は、徐々に変化していき、不思議な暖かい光へと変わっていく。
「これは……」
「なぁに、よそ見してッッ…………」
ティルは運び屋の隙をつくも、運び屋からのカウンターを喰らい、そのままソフィアの方へと蹴飛ばされる。
(いや、おかしいだろ!なんであの体勢からこんな攻撃出せんのさ!!)
「だっ、大丈夫?」
「もちろん!」
そして、運び屋を見ると、何やら考え事をしているようだった。
(戦闘中考え事とか、余裕すぎかよ。)
「どうする?まだ続ける?このままだと、さっきの二の前だよ?」
ティルは迷いなく言い返す。
「なら、僕の命を賭けてでも、ソフィアだけはここから逃がす。あいにく、死ぬ覚悟なら出来てる」
その返答に運び屋は、ソフィアの方をそれでもいいの?と言わんばかりの表情で見つめる。ソフィアは目を逸らし、複雑な表情をしたまま、ティルの治療を進める。
そして治療が終わると、ティルが運び屋の元へ行こうとする。そんなティルを見てソフィアは、ティルの腕を掴む。
「お願い……死なないで……」
「……もちろん!」
こうして運び屋との戦いが再び始まる。ティルは深く息を吸い、運び屋に剣先を向ける。
「いいよ、来な」
「お言葉に甘えてッッ!!」
そうして、運び屋とティルは剣を交える。
「どうしたの?君の力はそんなもの?」
「うっさい!!」
ティルは運び屋の攻撃を利用し、距離をとる。
(くそっ!やっぱり、これじゃあ勝てない!どうすれば!)
すると、不思議な声が聞こえてくる。綺麗な声だが、全てを恨むような、そんな声が。
(歌に身を任せればいいんだよ……)
どこからだろうか、謎の女性の声が聞こえてくる。
(……誰?)
しかしそれ以降、声が聞こえることはなかった。
(歌……か……)
ティルは目を瞑り、周りに耳を傾ける。
「どうしたの?目なんか閉じて……」
「…………」
(これが……歌……)
ティルは周りの光に意識を向けると、微かだが何かを感じることが出来た。誰かの意志のようなものも。そして、目を開けると…………
(これだ……。見える……動きが……。)
「これは…」
(左手……腹……また左手……右手……そして首……。)
運び屋の攻撃を捌き始め、少しの間だが運び屋を圧倒することが出来た。
「そうか、やっぱりか……」
運び屋は少しだけ不満そうな顔をする。
そしてついに……。
(ここ……。)
運び屋の剣撃に対し、針の穴を通すような一撃を放つ。
(…………)
「これはなかなか……」
その一撃は、運び屋の肩を貫いていた。
運び屋は一旦距離をとると目を見開き、ティルに対し何か希望を抱いているような、そんな目を向けていた。
(違う…………。)
(何も違わない……。これは君の力……。)
「……違う!!これは僕じゃない!!」
ティルはそう叫ぶと、持っている剣で自分の手のひらを切りつける。
(そう……残念……。)
ティルは深く深呼吸をし、息を整える。
「念の為聞くけど、君は誰?」
ティルは運び屋の目をまっすぐ見て、答える。
「…………僕は、ティル!!!」
「君は……何を望む?」
(またそれかよ……、だけど……)
ティルは己の望みを話す。
「僕は望む!!理由を!!!」
「そうか……いいんだね……」
そう言い、ティルをソフィアの元へ吹き飛ばす。
すると、運び屋は魔法の準備を始める。ここからが運び屋の本気だろう。そう感じたティルは、胸から魔石を取り出す。そして最後の力を振り絞り、魔石から炎を全力で引き出す。
「いいかい?これが最後だ。ここから先、後戻りは出来ない。それでもいい?」
「何言ってるのかわからない!けど!1度終わったこの人生!どんな事になろうと!受け入れる!」
「その結果が、悲しい結末になるとしても?」
ティルは運び屋を見つめ、無言で首を縦に振る。運び屋は、フッと軽く笑う。
「なら、最後まで足掻いて見せろ!!」
運び屋はそう言うと、左手に溜めた魔力をティルたちに向け放つ。ドス黒い、闇のような魔法を。同時にティルは、魔石の魔力を全て出し切り、炎を目の前に集中させる。
「ウォーーー!!!!!!」
初めこそ闇を受け止めていた壁だが、時間が経つにつれ徐々に炎が弱くなっていく……。更には……、
(なにこれ……魔石が……)
ティルは炎が弱くなるにつれ、魔石の色が透明になっていくのに気づく。
(まずいね……こりゃ……)
そして、ソフィアにある提案をする。
「ソフィア!!」
「……何?」
ソフィアは、ティルの言うことが何となく分かった。
「これ、多分持たない。このままだと2人とも死ぬっ!!」
ソフィアは、目を瞑り首を横に振る。
「一瞬だけ、何とか時間を作る!!だから……その隙に逃げて!!!」
ソフィアは、1度呼吸をして、ティルに言う。
「ダメ……」
「でも、そしたら、ふた……」
「ダメ!そんなの嫌ッッ!」
ソフィアの勢いに、流石のティルも黙ってしまう。
「もし、生きる理由がないって言うのなら……。私のために死ぬって言うのなら…………」
ティルの背中をパシーンッと思っきり叩く。ソフィアの目はまっすぐ前を見つめている。そして、目の前の魔法に、ティルの見ている方向と同じ向きを向き、片手を掲げながら叫ぶ。
「私が!!あなたの生きる理由になる!!だから!!私のために死ぬんじゃなくて!!私のために生きて!!」
(よくもまあ、そんな恥ずかしいことを……)
ティルはソフィアの発言と、その勢い、覚悟を感じた。そして、フッと軽く笑い、考えを切り替る。
「わかった……」
「何!聞こえない!!」
「分かった!!じゃあ行くよ!!力を貸して!!」
「当たり前!!!」
ウォォォオオオオオオオオオ!!!
ハァァァアアアアアアアアア!!!
ソフィアが手をかざすと、周りに溢れる光が壁へと集まって行き、炎の魔法はさらに大きく、熱く、猛々しく燃え盛り、闇の魔法を押し始める。そして……。
パリンーーーーー。
白く輝く炎の壁が消えると同時に闇の魔法も消える。そして、その場からティルの姿も消える。
(なるほどね……。これなら……。)
運び屋は何を思ったのか、フッと笑うと全てを差し出すかのように両手を広げる。すると、運び屋の目の前にティルの姿が現れると共に、運び屋は壁の方へと吹き飛ばされる。
「ほら……こいよ……」
バタンッ……ティルはそう言い残し、その場に倒れ込む。それと呼応するかのようにソフィアもほぼ同じタイミングで気絶する。
「お見事……」
運び屋はティルのすぐ側に腰を下ろし、他に誰1人いない静寂の中、目の前に倒れる勇敢な少年と少女に賞賛を送る。
「なるほどね……これが。これなら、あるいは……」
そして、しばらく何かを考えると、懐から何かを取り出しそれをソフィアに飲ませる。その後、喉元に何か魔法を唱える。
「その歌、君にはちょっと早すぎる。申し訳無いけど、しばらくの間封印させてもらうよ」
すると、広間の入口の方に1人の男が現れる。
「なぁにしてんの?その子たち、うちの大事な大事な卵達なんだけども?」
「大丈夫。これはこの人達のため。特に害はないよ」
「ほ〜ん。確かに嫌な感じはしない。それは信じるよ。で?あともう1人いたはずだが?」
「知らない。彼はもう、この遺跡には居ない。目的を達成したと言ってどこかに消えた」
「まあ、隅々まで探索したしな。それも信じる。あんたはどうすんの?まだ俺と戦うの?出来れば帰ってくれると仕事が減って助かるんだがなー」
「なら遠慮なく……」
そう言うと、胸から光る瓶を取り出し、どこかともなく消えてしまった。
「やっぱり俺の魔法だよな……。あれ」
入口にいた男、マグナイルは辺りを見渡す。周りの壁の焼け焦げた状態、そして1つの大きな血溜まりに、この部屋で何か異常な何かが起きたことを予想する。
「ん?この男……あの時ぶつかった……。フッ、よく生きてたもんだ。こりゃぁ団長に良い土産話ができたな」
マグナイルは、両者共に受験者だということを確認し、転送の魔法を唱える。こうして、思わぬハプニングに見舞われた、史上最悪の冒険者試験は幕を閉じた。
第10話 「私は歌う。君と、この魔法の溢れる世界で」 〜完〜