見えないもの、見えるもの
・・・自分にしか、見えないものって、あるじゃん?
例えば、自分の弱い視力で見た、にじむ風景。
視力なんて共有できるもんじゃないからさ、どれくらいにじんで見えるのかなんて…他人には分からないわけで。
ぼやけて見えるとか、くっきり見えるとか…わりとかなり、曖昧な表現だと思うんだよね。
・・・自分しか、見ようとしないものって、あるじゃん?
例えば、誰にも見向きもされない、公園の壁に張り付いている小さなカタツムリ。
公園の壁なんて、みんな流し見するからさ、小さな生き物なんか…誰も気がつかない事がほとんどで。
好奇心を持ってじっくり観察しないと…知ることができない世界があるっていうか。
・・・自分の目だから、見えてしまうものって、あるじゃん?
例えば、青い空を見上げた時にゆらゆらと浮かんでいる、飛蚊症の織り成す模様。
目玉の中なんて、目医者ぐらいしか覗き込まないからさ、浮遊物が浮かんでいるとか…知らないやつらも多いんじゃない?
眼球が衰え始めて初めて…己の世界を見る目が濁っていることに気付くみたいな。
・・・自分以外の人も、見えてるはずのものって、あるじゃん?
例えば、太陽を見た時に網膜が焼けて、オレンジ色の影が伸びた視界。
あっという間に消える太陽の光の跡、みんな見てるはずだけどさ、人によって違う感じに見えてるんじゃないかって…俺は思っていたり。
なんか太陽光のパワーって人によって感じ方が違うような…貧弱な細胞を持ってるとダメージがでかそうなイメージなんだけどな。
・・・自分ですら、はっきりと見えていないものって、あるじゃん?
例えば、頭の中で描いた、今から自分が作ろうとしているオブジェの完成像。
完成像なんて、ぼんやりしたもんでさ、はっきりとした完成像なんか…浮かんじゃいない。
頭ン中ではイメージできてるんだけど…ビジュアルとしてはっきり目の当たりにすることはできないんだよなあ。
・・・自分の中に存在する、見なくてもいいものって、あるじゃん?
例えば、小説を読んだり書いたりして、自分のイメージで作り上げた登場人物の姿。
イメージ像なんて、他人に伝えたところで100%は理解してもらえないしさ、なかなか納得できるレベルで言い表す事は難しい。
頭ン中では確かにイメージが固まってるんだけど…そもそも特定の姿を与えるってことにナンセンスを感じるっていうか。
・・・自分には見えてしまう、見えたら厄介なものって、あるじゃん?
例えば、すれ違った通行人に重なる、薄い人影。
薄い人影なんて、見えない人のほうが多いのにさ、わざわざ不信感を抱かせることもない…って口を噤むんだけど。
見られた方がはりきっちゃうんだよな…逃げ出してくれればいいけど乗り込んでくる奴もいるからなあ。
・・・自分では見たくなかった、見てしまった現実って、あるじゃん?
例えば、そこらかしこに繋がっている、運命の赤い糸。
ロマンチストだなんて、夢見がちな事言う奴がいるけどさ、実際は…世知辛いなんてもんじゃない。
こんがらがってる奴に引き千切られてる奴にブツリと切れてる奴にたるんでる奴に…キレイに繋がってるのなんか、一度も見たことがない。
・・・自分だけが見ているらしい、見たくないものってのも、あるんだよ。
例えば、世界に漂っている、時の流れ。
時間なんて、あっという間に過ぎていくっていうけどさ、それは…ただの言い訳でしか、ないんだな。
時間が足りないせいにして、自分の力を出し惜しみしている奴が…わりといたりするんだな。
・・・自分にしか見えていないものを、人に教えることって、難しいじゃん?
なかなか分かってもらえないことなんて、言うもんじゃないってわかってはいるんだけどさ、ついつい…口に出してしまうのさ。
誰とも縁の繋がらない理解不能なあぶれものなんて、結局ぼっちでいるしかできなくてさ、わりと…寂しかったり、するんだからな!
愚痴くらい言っておかないと…全部ぶっ壊しちゃおうかなって気持ちがさ、出てきちゃうんだよね…。
この物語を読んでくれたって事はさ、縁が出来たって…事じゃん?
全部わかってくれなんて言わないからさ、ちょっとだけ、俺の話を聞いてみないかい?
大丈夫、知りたくない事は、口が避けても言わないからさ!
大丈夫!知りたい事だけ、気の済むまで教えてあげるからさ!
残された時間、逃げ出した過去、隠したい事実に、隠せてない本性、背負ってるものにこれから背負わないといけないもの、罪の重さに徳の無さ…。
大丈夫!俺は君の過去は気にしないから!
大丈夫!俺は君の未来は気にしないから!
とりあえず、俺といっしょに、今この瞬間をシェアしない?
この…赤い糸たどって、会いに行っても…いいかなあ?
一度くらいはさ、きれいに繋がってるところ、見たいんだよね!
この星が終わる前に、一度くらいは…あれ。
……ああ、今回も…こんな感じ?
残念だ、本当に…残念だ……。
俺は撓んでしまった赤い糸を手繰り寄せ、ブツリと切れた端っこをグルグルと巻き込んで…遠くにポイと、投げ捨てた。
畜生、なんで俺ばっかりこんな目に……。
ああ、もうこんな星見捨てちゃおうかな…(。>д<)
そこらかしこに漂う時間をブチブチ千切りながら、俺は大きなため息をついた。