婚約破棄を振り返るだけのお話
初投稿です。
拙い文章ですが読んでいただけると嬉しいです。
「ねえねえおかあさま、こんやくはきって何?」
六歳になる娘のリリィが、突然そんなことを聞いてきました。
「約束を一方的に破る、とても酷いことよ」
とりあえず答えてはみましたが、どこでそんなことを覚えたのでしょう。隣では夫のデュークも何とも言えない表情をしています。
最近婚約破棄を題材にした舞台や物語が流行っているそうですが、それでしょうか?
「それってどんな感じなの?」
「そうねぇ…」
「おしえて~!」
「わかったわ。それでは昔本当にあったことを話しましょう」
*
「リディア・ガーネット!今日で貴様との婚約は破棄する!」
ここは、貴族が通う王立学園の卒業パーティーの会場。にぎやかなパーティーをぶち壊す一方的な宣言に、それまで和やかだった会場が静まり返りました。
視線の先、声の主であるエリオット・ウォーレス様は、私の婚約者です。しかし今は、婚約者である私ではなく、他の令嬢をエスコートしています。
それにしても、大切な卒業パーティーでこんなことを言い出すとは…。あの方の頭は空っぽなのでしょうか。
「貴様はここのマリアン・ベネット子爵令嬢と仲良くするふりをして、裏で酷いいじめを行っていたそうだな!」
エリオット様は更に私を追い詰めようとしたのか、根も葉もないことを言い始めました。
いじめもなにも、そこにいるマリアンは私の親友なのですが。
「何のことでしょう?具体的な内容を教えていただけますか?」
「しらばっくれるな!おまえは愛しいマリアンに水をかけたり、持ち物を壊したり、挙句の果てに窓から突き落とそうとしていただろう!マリアンは泣いていたぞ!」
「そんなことは一切しておりません。それに、私が行ったという証拠はあるのですか?」
案の定エリオット様は口ごもってしまう。まぁ、マリアンが言っていたからだ!などと言い出さなかっただけ、知識はあったということでしょう。それでもこの場で婚約破棄を言い渡す時点で彼はバカに違いありません。
しかし、自分でも気がつかないうちに傷つけてしまったのかも、と思って聞いてみましたが、時間の無駄でしたね。
それに、私は侯爵令嬢でマリアンは子爵令嬢。もちろんそんなことはしませんが、万が一今言われたようなことがあったとしても、それほど大きな罪にはならないでしょう。
「とにかく、俺はお前との婚約を破棄して、今日新たにここのマリアンと婚約を結ぶ!」
「ごめんなさい、リディア。わたし、エリオット様を愛してしまったの。ダメだとわかってはいたけれど、それでも…っ」
「マリアン…。おいリディア!もうわかっただろう、俺たちは愛し合っているんだ!だから、貴様との婚約は破棄だ!わかったか!」
今まで一言も発しなかったマリアンがようやく話し始め、大袈裟な言葉と共に涙を流す。
その言葉に感動したかのようにマリアンを抱きしめるエリオット様。
そして私は、二人の仲を引き裂く悪役令嬢といったところでしょうか。
下手な劇のような展開に思わずため息をつきます。残念ながら、彼らには周りの呆れた視線は届いていないようです。
こんな人と婚約していたなんて。いくら家のためとはいえ、自分が馬鹿らしく思えてきました。
エリオット様に対しては、元々恋愛感情どころか家族としての情すらありませんでしたし、婚約していた五年間、この人が起こした問題を解決するために走り回ったり課題を手伝わされたりと散々な目にあってきました。
私にだって、幸せになる権利はあるはずです。
「おい、リディア!聞いているのか!」
「はい、婚約破棄ですよね。わかりました」
エリオット様は満足そうに大きく頷くと、隣のマリアンを優しく見つめ、マリアンも微笑み返して…。
「それでは、私は失礼します。ご婚約、おめでとうございます」
親友だと思っていた人に裏切られた悲しさを隠すように、社交辞令のお祝いを言い、深く礼をします。
そのまま私は一度も振り返ることなく、会場を後にしました。
*
「…ということがあったのよ」
「ふーん」
自分から聞いたにも関わらず興味なさげなリリィの様子を見て、思わず私もデュークも苦笑いしました。
確かに私の婚約破棄は、物語で見るようなものよりもあっけない話かもしれませんね。
あの婚約破棄の後、しばらく街で自由に暮らしていた時にデュークと出会ったのです。
私が傷物だと知っても、変わらず婚約を申し込んでくれたのはとても嬉しかったし、『絶対に恋愛結婚がしたい』と言い張った私のわがままにも付き合ってくれました。
そして、デュークの伯爵家に嫁ぎ七年が経ちました。リリィもすくすく成長し、今はとても幸せです。
「そういえばリディア。あいつらって結局どうなったんだっけ」
「さあ。私は知りませんわ」
デュークからの質問にそう答えましたが、本当は噓です。
そこまで重い処分にはなりませんでしたが、さすがにこんな話をリリィに聞かせる訳にはいきません。
そう囁いて微笑むと、私は隣で楽しそうに遊ぶリリィのもとへ向かうのでした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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