第1章 第1話「4.08~4.09」
3.15は3月15日…315(さいご)と言ってもいいだろう。
僕はこの日、大切な人を失ってしまった。
小説の夢を目指していた僕。中学生のころから小説を読むことがあって自分でも小説家になろうと思って執筆をして出版社に応募をしたのだが、採用されずに。担当者から連絡があって、「このレベルだと小説家にはなれない」と言われつつも僕は諦めずに毎日執筆をした。現実は厳しいもの、何度も出版社に原稿を応募しても落ちてばっか。もうだめなのか、すこし諦めかけていた高校2年の4月のことだった。
◇
4月8日
桜の花びらが散る4月。高校2年になった僕は学校の玄関の前のクラス表を見る。青井空良という名は僕の名だ。
「2年1組…」僕は1組のクラスになった。出席番号は1番だから見つけやすかった。
「空良は1組かぁ」と後ろから声が聞こえてきた。彼は未来翔。彼とは小学生からの親友。
「翔は4組なんだね」
「そうなんだよなー、しかも遠いし」
「まあでも、いつも通りに」
「だな」
クラスを確認したうえで僕は新しいクラスの教室へ向かった。そこには去年同じクラスだった子が数人いた。「よっ!青井!今年もよろしくな!」と挨拶してくる子もいて少し安心した、とは言っても不安。グループごとに話す男子もいれば女子もいる。僕はそのグループに馴染むことができない。ただ誰かが話かけてくるであろう僕は自分の席で一冊の小説を読むことにした。
始業式を終え再び教室に戻り自分の席に着く。さっきまで読んでいた小説の続きを、手にした時、一人の女の子が声をかけてきた。
「さっきから何読んでいるの?」
「えっ…?」
彼女は僕が何の本を読んでいるのか興味津々で訊いてきた。
「本だよ!本!」と後ろで手を組み前かがみになって僕の顔を見る。髪は黒く長くロングヘアでとても可愛らしく顔が整った彼女。僕は少し戸惑い気味になったが声はすっと出た。
「小説…」
「何の小説なの?」
今僕が読んでいる小説はライトノベル、登場人物同士の会話が多いという小説、青春や恋愛好きな人でもおすすめできる小説でもある。一人の主人公が自分の席で本を読んでいる様子をヒロインが声をかけてくるシーン、まさに今読んでいるページが現実に一致しているようだ。
「ラノベ…」ライトノベルは略してラノベという。
「ラノベって?」
彼女はラノベのことを知らないのか、小説好きな人なら知っているはずだが彼女は小説の種類を一つも知らなかった。
「ライトノベルと言って登場人物同士の会話が多くて読みやすい本」
「へぇ~、じゃあ私もその本読めるってことだね!」
本を読むことが苦手な人でもラノベだったら漫画のように台詞だけで読むことができる。彼女は本を読むのが苦手なのか僕にそう言った。
「私、本読むのが苦手さ~、特に読めない漢字があって毎回読むときに困るんだよ~。でもラノベだと読めない漢字そこまでないでしょ?」
「まあ、そうだね」
「よし!読んでみよ!あっ」
そういえば名も知らない彼女がいきなり僕に声をかけてやったことすっかり忘れていたのか、自己紹介をしてくれた。
「私!高丘七海!よろしくね!」
「青井空良です、よろしく」と名を言った後、彼女は僕に手を出してきた。「握手!ね!」と言って僕は彼女の手を合わせ握手した。初めて異性に握手されるとは思わなかった。彼女の手は暖かくて綺麗な色をしていた。
「七海!ちょっと来てー!」と後ろから女子グループの一人の声が彼女を呼んでいた。
「じゃあ、青井くん」
僕に手を振って去った。青井くん…。異性から君付けで呼ばれるのも初めてだった。なんだろう、この気持ち…。そう思いながら小説の続きを読み始めた。
時刻は12時を回ったところだ、ホームルームを終え僕は教室を出て校門前で翔と待ち合わせをしていた。
「おっす!お待たせ」
「じゃあ、行こっか」
今日は寄り道でもしよう、カラオケかゲーセンどっちにしようかなって翔に聞いてみた。
「今日はカラオケ?ゲーセン?」
「どっちも行きたいけどさー、空良は?」
「僕はカラオケかな」
「よーし!じゃあカラオケで!」
僕らは駅前のカラオケボックスに行くことにした。平日の昼間とはいえ高校生で部屋がいっぱいだった。幸い入店した同時に空室ができたためそこに入った。
「一発目、俺歌っていい?」
「と言ってもう曲入れているし」
いつもそうだ、部屋に入った同時に翔はタブレット端末を持ち最初に歌う曲を選択する。もちろんのこと、曲はいつものあれだ。
『君が代』
翔が歌い終えると「やっぱ一発目は君が代だな」とマイクで言う。それから好きな曲をたくさん歌った。さっき飲んだジュースが空になった、僕らは少し休憩しドリンクバーに行った。コップにジュースを入れる、その時だった。
「あれ?青井くん?」
その声は今日学校で初めて一緒のクラスになって声をかけてきた彼女が来ていた。
「え…」
「青井くんじゃん!それと未来くん!久しぶり!」
「おう、久しぶりだな」
「もしかして二人でカラオケ?」
「ああ、そうだぜ、高丘も?」
「私も!友達とカラオケ!でも偶然知ってる子に出くわすなんて思ってなかったなぁ、あはは」
「高丘って空良と同じクラス?」
「そう!」
「そうか、一年間空良のことよろしくな」
「任せて!じゃあ青井くんまた明日ね!」
偶然、正直びっくりした。まさか彼女が駅前のカラオケボックスで出くわすなんて思ってなかった。意外な所を見せてしまったかもしれない。
部屋に戻りソファーに腰を下ろす、ジュースを一口飲んだところで翔が聞いてきた。
「高丘とは?」
「今日初めて高丘さんから話しかけてきた」
「へぇー」
「翔は?高丘さんとは」
「同じクラスだったぜ、すごい人気者でさ、知らんかった?結構話題になってるの」
「いや、知らない」
彼女はクラスで人気者であり友達が多いと、よく話題を振ってくれたりクラスを仕切ったりしてくれると翔は話した。
「楽しいぜ、今年のお前クラスは」
「そうなるといいな」
それだけあれば僕は充実した高校2年生を送れるだろう。
◇
4月9日
翌日、学校に行き教室に入ると友達と楽しく話している彼女がいた。そして僕が来たことに気づいたのか「おはよう!」と挨拶をしてきた。
「おはよう」
挨拶を返し自分の席に着くと彼女が駆け付けてきた。
「珍しいね青井くん」
「何が珍しいなの?」
「カラオケ、青井くんも行くんだって想像しなかったから」
そんなに珍しいなのか、僕はごく普通の高校生だ。周りから大人しくて真面目な人間に見えるから彼女もそう見えたのかもしれない。
「未来くんとは?」
「小学校からの友達」
「へー、結構付き合い長いんだね」
「うん、僕そんなに陰キャじゃないから」
「最初から陰キャとは思ってないから」
と言っても絶対そう思っているが彼女はそんな僕のこと陰キャとは思っている。チャイム音が鳴り先生が教室に入ってきた。
今日はオリエンテーションで学級委員長、副委員長に係決めがあった。
「誰か、学級委員長、副委員長やってくれる方」
先生がみんなに問うと誰かが大きな返事と手を挙げた。
「はい!私は副委員長で!」
その声は彼女だった。自信満々な声と手を先生に見せた。
「じゃあ副委員長は高丘さんね、委員長は―」
「青井くんがいいと思います!」
彼女が僕を推薦してきた、驚いて声が出てしまった。
「えっ…」
昨日知り合ったばかりの彼女がなぜ僕を学級委員長に推薦するのはなぜだろう。
「いいのですか?高丘さん、青井くんに推薦する理由とはー」
「ただ私が彼と一緒にやりたいからです!」
単純な理由だった、彼女はなぜ僕と学級委員をやりたいのか、ますます訳が分からない。そんな彼女の顔を見ると笑顔で「やろう」と聞こえた。正直断りたいだが僕はその彼女が行った言葉に応えてあげよう。
「僕でよければ…やります」
「よし!」とガッツポーズをする彼女。
「じゃあ二人は前に出て自己紹介と学級委員での意気込みを」と先生の言う通りに僕と彼女は黒板の前に立った。
みんなの前に立つと『緊張するなぁ』と心で呟く、意気込みってなんて言えばいいのかなと考えた。すると彼女から「青井くん」と小さな声で手招きをして「耳貸して」と僕は彼女の方へ耳を傾けた。
「難しく考えなくて思ったこと言ったらいいよ」
初めて彼女からのアドバイスだった。僕はその言葉の通りに思ったことを言った。
「えっと…前期学級委員長を務める青井空良です、みんなに頼れる委員長になれるよう頑張りますので半年間よろしくお願いします…」
言い終えるとクラスみんなから拍手でたたえられた。次は彼女の自己紹介と学級委員の意気込みだ。
「前期学級副委員長を務めさせていただく高丘七海です!先ほど青井くんが言ったみんなに頼れる副委員長、みんなを背負って行く、あと青井くんとみんなのサポートができるよう頑張ります!半年間よろしくお願いします!」
彼女が言い終えたらさっきより拍手の音が倍になった。一人か二人、「さすが高丘!」「高丘さん頑張って!」と言ったかけ声があった。
「ふっふん!さすが私!」
彼女は顎に手を当ててドヤ顔をした。
「じゃあ前期学級委員はこの二人でやって行くことでみんないいかな?」と先生が言うとみんなは拍手で応えてくれた。僕はこのクラスの学級委員長と認めてくれたことで良いだろう。ここからは僕と彼女が委員会に学級の係決めを進めることにした。
「えっと…」あまりにも緊張して言葉が出ない、どうやって仕切ればいいのか分からない。「書記やってくれる人」と小さな声で彼女が言った。僕はまた彼女が言った通りに「書記やってくれる人」と言った。
すると真っ先に手を挙げた人が僕の視界に入った。
「俺、書記やるっす」
彼の名は吉田健一 ちょっとチャラっとした男だがしっかりとして頭も良い男だ。
「おお!吉田っち!ナイス!」と彼女が言って書記が委員会や係決めを記入する用紙を一枚彼に渡しハイタッチをした。
「知ってるの?」
「うん、同じ中学だったから」
吉田と彼女は同じ中学からの付き合いだったみたいだ。当然のこと彼も彼女もお互い知っているようだ。
「はい、青井くん続けて」
「ああ、うん…えっと、学習委員やってくれる人」
僕は続けて言った、思った以上みんな素早く手を挙げてくれて係決めの争いなどなく終わった。チャイム音が鳴り僕は自分の席に着いて「はぁ」と息を漏らすと「お疲れ様」と彼女が声をかけてきた。
僕はふと思った。なぜ彼女はそんなに僕と学級委員になりたかったのか、彼女に聞いてみた。
「何で僕を学級委員に?」
「青井くんってリーダーシップできると思って推薦したの、あと君とこのクラスを盛り上げたくて」
「そう…なんだ」
「大丈夫、困ったら私に任せて」と僕の肩をポンと叩いて笑顔をした。その笑顔は『安心して』という意味の笑顔、彼女の言葉とその笑顔で僕は信じようと思った。
今日は午前中だけで学校が終わったがまだ僕には仕事が残っているようだ、それは学級日誌だ。日直がやる事で出席番号順に回っていくから最初の一番は僕であった。学級日誌を書いていると横から彼女が僕の書いている日誌を覗きながら言った。
「お、ちゃんと私のこと書いているね」
「あ、いや」
「いいよ、別に、本当のことだから書いていいんだよ」
僕はその通りに日誌を書いた。最後の行まで書き終えたところで「この後、暇?」と彼女訊いてきた。僕は「ちょっと待ってて」と言ってスマホを取り出し翔にLINEを送る『今日って部活?』とメッセージを送ったら秒で『部活!先帰っていいよ!』と返事が来た。
「うん、予定は無いけど一応寄りたい所に行きたいけど」
「ねえ、それ私もついて行ってもいい?」
「高丘さんがいいなら別に構わないけど」
「やった!じゃあ早く日誌を先生に出して行こうよ」
学級日誌を先生に提出し彼女と学校の門を出た。
「その青井くんが寄りたい場所って?ゲーセン?」
「ゲーセンではない」
「じゃあ…カラオケ?」
「カラオケでもない」
「えー?じゃあ何?」
今日はゲーセンではない、カラオケでもない、僕は今日寄りたい場所はいつものあの場所。「本屋…」
「へぇー本屋さんかぁ」
そう僕が寄る場所は学校から徒歩5分の駅前の高いビルに建つ総合文具書店。その本屋に着いた。
「何買うの?」
「僕の好きな小説家の新刊が今日発売日でその本を買うんだけど」
「あ、昨日青井くんが読んでいた本の新刊?」
「うん」
「へぇー」
小説コーナーに向かうとそこには今日発売の小説の新刊が置いてあった。その本を手に取ると、「恋愛小説?」彼女の声が聞こえたせいで本を落としそうになった。
「ほほう、青井くんは恋愛小説が好きなのかぁ」
「わ、悪い」
「悪くないって一つも思ってないよ?」
「…」
「じゃあ私はこの小説でも読もうかな」
彼女が手に取った小説は昨日僕が読み終わった恋愛小説だった。
「それ、昨日読み終えた本」そう言うと「はやっ!」と彼女は驚いた声で言った。
「これ面白い?」と彼女が訊くと「うん、面白いと思うよ」僕は正直な感想を言ったら「よし、私はこれで」と言ってレジに向かった。僕も手に持っていた新刊を買って店を出た。
「青井くんって家どこ?」
「北区」
「私、南区なんだ!」
僕は北区に住んでいて彼女はその反対側の南区、乗る電車は当然違う、僕と彼女はこの駅で別れて行こうとしたその時だった。
「あ、青井くん、LINE交換しない?」
「えっ」
「いいからいいから!」と僕はスマホを取り出し彼女とLINEを交換した。すると彼女からのメッセージが届いた、スタンプで『よろしく!』と文字が書かれていた犬のスタンプだった。僕はその返事を送ったら「何その返事のスタンプ」と笑いながら彼女が言った。僕が送ったスタンプは真面目な男子高校生の絵で『よろしくお願いします』と文字が書かれたスタンプを彼女に送った。
「青井くんらしいスタンプだね」
「翔が勧めてくれたお気に入りのスタンプって言うかなんて言うか」
「ふふっ、あ、電車来たみたいだから私帰るね」
「うん」
「じゃあまた明日!」
彼女は走って改札口を通り階段を上って行った。「はぁ」とため息をついて僕は彼女が電車に乗ったのを確認した後、改札口を通り電車に乗って帰宅した。
家に着き自分の部屋に入った、鞄を置きベッドに腰を下ろしスマホを見ると彼女からのLINEのメッセージが一件、そのメッセージの内容は『今日はありがとう!早速ながら君が昨日読み終えた小説を読んでいます。読み終わったら感想送るから待っててね、今日はありがとう!』彼女からのメッセージはそれだけだった。僕も彼女にメッセージを送る、内容は『こちらこそ今日はありがとう。また明日』と送ったら返事が送られてきた。『うん!また明日』彼女とのLINEのやり取りを終え僕はさっき買った小説を読む。1ページ読むと僕はその小説に夢中になってしまう、どんな内容であってさえ僕は読み続けいると時刻はもう23時を回っていた、読んでいた小説のページ数は300ページの100ページ。第一章を読み終えたところで僕は明日の用具の準備をしてお風呂に入った。
湯部ぬに身体を浸かり独り言を言う「あの後どうなるんだろう」先ほど読んでいた小説の続きの内容を思い考えていた、読めばいいのにとツッコミがあるがそれだと折角の楽しみが減ってしまうからあえて切りの良い所でしおりを挟んだ。そして今日彼女と過ごした時間を振り返った。
「何で高丘さんて僕に興味あるのかなぁ」
明日はどんな一日になるだろう考え僕はお風呂から上がり身体を拭いて、髪をドライヤーで乾かして、冷蔵庫の扉を開け牛乳を手に取りそれを飲んで僕は自分の部屋に戻ってベッドに寝ころんで眠りにつくことにした。
私は君のこともっと知りたいから。