娘の行方
ダグの家は郊外の沼地に建っていた。柱や壁は所々痛んでおり、ペンキは剥げている。
「恥ずかしながら、ゴグに娘がいるなんて初めて知りました。」アランの言葉にネスは軽く首を振った。
「知らないのも無理はない。公然の秘密の様な話だが、働く兄弟たちの構成員にゴブリンギャングはいないというのが彼等の建前でもあるし、ギャングリーダーのコヅクとダグ・ゴグの娘タラとの恋愛は、ゴグにとって必ずしも歓迎されたものじゃなかった。私も人づてで知ったまでだよ。」
「そのタラが、ゴグの家にいるのでしょうか?リーダーと共に街中の何処かにいるのでは?」
「それを、これから確認する」ネスは玄関へと足を運んだ。
「あるいは手懸かりを探す。まずはそこからやろう。誰かいるか!」普段ネスの大声を聞くことは珍しい。太った体型や垂れ下がった頬から署内ではブルドッグと揶揄される男でもある。
「…誰もいないか。予想済みではあるがな。行くぞアラン」
誰もいないと言いつつも、ネスはスーツの中シャツの脇に入れた六連発拳銃を確認し、アランに至っては銃を抜いて、ゴグの家に入っていった。
中はカビとホコリの臭いが充満し、アランは思わず咳き込んだ。
「ゴグはこんな所に住んでたんですか?」
「ああ、まぁ、ここまで酷いとは思わなかったがな。」
ネスは写真立てを手に取るとゴグのとなりにいる少女を指差した。
「おそらく、この娘がタラだ。」
「成る程、ゴブリンらしく父親と似てない」
自分の血を忘れて、アランが小さく頷く。
ゴブリンは男は緑の肌以外に、ハゲ頭や黄色い目などの特徴が醜さを助長させているが、女の方は肌の緑色は薄く、平地エルフと似たような容貌の者が多い。
「ゴブリンギャングリーダーの恋人になったからには、父親の遺体を見に来る事はしない。」ネスは眉間に皺を寄せた。
「ただ、血の復讐のみ。それがギャングの掟だ。重要参考人としてこの写真を手懸かりに、人相書きを手配してもらうとしよう。事は急を要する。」
「警部、私はオーリンに会ってきます。」
「レッドマスタッシュの店主か。」
「はい。ギャングを止められないなら、マフィアの方を何とかしないと、もう手遅れかもしれませんが、言いくるめられる部分だけでも。」
「頼んだ。」短い了承と共に警察署に戻った二人は別々の目的地へ向かった。
だが、レッドマスタッシュに入ったアランを待っていたのはとんでもない光景だった。
少女が、手首と足首とを前に縛られて座っている。ウェーブがかった黒髪の少女が、薄緑色の肌を震えさせながら紅茶らしきものを飲んでいた。
それはダグの娘タラだった。
「来ると思ってたよ、アラン警部補」
オーリンが、猫なで声をかける。彼が優しい声をかける時は決まって危険な時だ。
「彼女を解放しろ、署で彼女を保護する。」
「嫌だね。」オーリンはゆっくりと話す。
「言ったろ。ゴブリンギャングは目の上のたんこぶだと。こいつらと何度やりあった?そして、あんたはどれだけ逮捕した。双方の、暴力と、犯罪を」
オーリンの他に店の奥に沢山の人の気配がしている。アランの尖った耳が、黄色い肌がひりつく程、そう感じさせている。
「これは保険だよ、アラン殿。俺達は、いや、うちのボスが、うちのシマに流れこんだ殺人鬼と断定して、下っぱや運転手に至るまで皆武装させている。そして、こいつらは俺達が一連の殺人をやったと思い込んでいるだろう。」
「次に起こるのは抗争だ、闘争だ。今までと違って、激しい撃ち合いになりどちらかが倒れるまで続く。そうなれば、被害の規模は一般の市民にも、街にも、引いてはうちと繋がりのあるドワーフとゴブリンの関係まで悪化するだろう。彼女は、うちの部下の手柄だ。彼女を置いておくことで、うちらに簡単には手を出させないようにするのさ。」
言葉の最後の方はゴブリンギャングの規模を小規模と称しつつ、腹のなかでは脅威に思っている文言だった。あるいは、彼のボスがその様な事を言っていたのか。
しかし、彼女をこのまま見逃しておけない。
アランは交渉に出た。
「ゴブリンギャングは我々が見張る。赤い髭には、手出しはさせない。彼女は署で保護する。」
「保護、ね。それは一旦おいておくとして、あんたは犯人をどんなやつだと思っているんだ?犯人は掴めたのか?」オーリンが、髭をなでた。
「まず、犯人は単独犯だ。初めのギャングが殺害されたときは銃声は複数回だが一人分の発砲によるものだったし、ダグ達が殺害されたとき、凶器は同じ特徴があり一つしか使われていないらしい。確かに、複数犯の可能性は除外出来ないが、犯人は単独犯か、いても少人数の可能性が高い。」
「もう一つ、ギャングもダグ達も『無防備に』殺されている。どういう理屈かはまだ分からないが、どちらも抵抗もせず黙って殺されるとは思えない。だが、現実にはそうなっている。」
「以上のことを合わせて、犯人に対して武装した所で、無駄に終わる可能性が高い。人質をとって、ギャングを防いでも犯人を防ぐことにはならない。」
「タラとコヅクには警察に重要参考人として事情聴取に応じるよう要請する。まずはタラだ。」
「ふん。ダグの件ならともかく、確かに手ぶらで殺されるギャングなんていないわな。」オーリンはどこか納得した様子だった。
「俺達は人探しをさせて貰う。この街にやって来た流れ者を中心に隈無く探して、俺達で片をつけずに、最後は警察につき出す。それでどうだ。」オーリンは腕を組んだ。
「…俺達警察より、あんたらの方が流れ者やその辺に詳しいなんて言うとはね」アランの呆れた声に、オーリンはフンッとため息一つついた。
「そして、やはりタラは渡せない。あんたらに渡したらコヅクとギャング団は容赦なく俺達を襲うだろうからな。」
「それは…」オーリンは反論しようとしたアランを制した。
「あんたは何とでもいうだろうが、俺達だけでは決められない。俺はボスに。あんたは署長に話を通す。こう考えろ。タラをうちが保護してるんだ。後は上の二人に決めさせる。俺達『市民』の協力が得られるかはボスと署長のみぞ知る、だ。」
「分かったら早く行け、アラン警部補。逃げようとしたからタラを縛ってるだけで、身の安全はこのオーリン・ゴッツが保証する。」
「…分かった。先ずは警部に報告させて貰う」
悔しいがタラの身分はオーリンに預け、アランは引き下がる事にした。マフィアはギャング以上に面子を気にする。自分の名前を出す以上身の安全は担保されている。
だが、警察には警察で面子というものもある。
「少しでも彼女を傷つけたら…」
「その時は俺の誇りにかけて、そいつには消えてもらう。もういいから店から出ていけ」




