1.少女は新しい世界を検討する。
私は本が好きです。
例えば魔法と幻想にあふれたファンタジーの世界、一度は夢を見る騎士と姫の物語。
例えば知識と論理によって生み出されるミステリー、謎を解き全てがつながるあの感覚。
例えば青春と友情によって生まれる学園系、現実に近くそれでも非日常に心が揺るがされる。
そんな想像の作品ばかりではない、エッセイや新説、学術本なんかもそれなりに読みます。
私にとって本とは経験できない世界を見せてくれる媒体であり、知らないことを教えてくれる魔法のようなものですから。
身体が揺れる。地震のようなものではなくもっと直接的だ。
「智歳?おーい」
私はゆっくりと顔を上げました。見上げた先には幼馴染の見慣れた顔がありました。
「ん……んっ理織おはよう。」
「うん、おはよう。もう放課後だよ?また本の虫になってたの?」
言われて周りをみれば、あたりはほのかに赤く染まり、教室には私と理織だけとなっていました。
んーと背伸びをして、カバンに荷物を詰めながら質問に答えます。
「本の虫かはともかく、確かに昨夜は勢いにまかせて2冊ほど読んでたけど?」
「好きだよね、今度のは何を読んだの?」
「一冊目はタイトルで買った”憧れ憶い儚きは夢”もう一冊は推し作家の新作”全力眼球飛ばしは身体に悪い”だよ。」
一冊目はドキュメンタリー系でもう一冊はハードボイルド系殺人鬼のお話でしたね。
あの作者にして珍しくまともな書き方でしたし、誰かから勧められて書いたのでしょうか?
「そのタイトル落差どうにかならないの?2冊目のタイトル意味わかんないし」
「あの作者が珍しくシェアワールド系に手を出してね、中々タイトルから想像できないようなハードボイルド系なお話で面白かったよ?」
私の敬愛している作家の一人だ。独特な世界観と奇抜なやり方で新規を取り込むのは難しいが、それでも固定ファンはついているのだ。
「まあいいや……そうそう、智歳さ、あるゲームを一緒にする気ない?」
「制作会社と製作陣とシナリオ概要次第。というかオンゲ?オフゲ?」
「いつもの三つだね、今回もオンゲだよ。」
私は基本的には本を読むことに全力です。正直それ以外の衣食は最低限でいいかなとさえ思っています。
そんな私に対して理織は時々こうやってゲームを勧めてくるのです。
「えっと、制作会社は薬品とか医療系に力を注いでる“エレメンタリーシヴァ”。ゲームとしては、今回が初参加。でも製作陣は色んなところから手伝ってもらってるみたいで、FORシリーズの新家零さんとかが参加してるみたい。あ、智歳が好きな作家の茜除籍先生も一部参加してるとか情報上がってるね。」
「医療系の会社がゲームとか珍しいね……え、茜除籍先生参加してるの!?確かにブログでゲーマーだなんだって言ってるけど……」
「ほら、VRは脳波による電気信号を受け取って変換してってやるじゃん?その辺に目をつけたんじゃないかな。えっとあとは……あ、こっちも智歳好きなんじゃないかな?KNHシリーズのディレクターが今回の総合ディレクターなんだって」
KNHシリーズとはVRが普及した中で長年家庭用ゲーム機として、売上を出していた長編RPGです。私はあの世界観は好きだけど、グラフィックがあんまり好みじゃなくて途中でやめた経験があるんですよね。
「でも結構大物?色んな人が参加してるみたいだけど、やっぱり問題はシナリオ概要だよ。今回はどんなの?中世風はもう飽きたよ……」
「この間までやってたもんね【古代の錬金術士】さん」
「はいはい、そうだよ【一騎当万】さん?それでどうなのさ」
促す私に理織は携帯端末を渡した。どうやら今回一緒に誘っているゲームのホームページらしい。
「えっと……忘れられた命題、叶えられなかった願望、好まれるのは自由か束縛か。すべては己が手で進むべし。“phylogenetic tree”……系統樹か、オシャレな名前付けるね」
「βテストの時もだけど、そこそこ自由度は高めかな、あとAIがやばい。」
「システム面は後で聞くよ……面白そうだけど、また中世ぽいなぁ」
「ザ・ファンタジーっていう感じもあるけど、大体の街並みは近現代と中世の間ぐらいかな?」
「確かに中世の街並みって今のビル群に比べたらすごくハイセンスだけどさ、どれもこれも同じようなのやめてほしいよね……」
「それは仕方ないよ、定石っていうのもあるんだし、それでどうする?」
さてさて、どうしようかな。実際今月は読みたい本は一通り読み終わっている。その上来月から夏休みです。じっくりと世界に没入するにはちょうどいいだろう。しかし、夏休みといえば本を長時間読めるわけで……。実に悩ましいことです。
「うーん……そもそもオンゲだけど、これパッケージスタートでしょ?予約しないとダメなんじゃないの?」
「あ、そこは平気β特典で3人までなら先行でソフトが買えるから、そもそも誘ってるこっちとしては、準備を怠るわけはないんですよね!」
理織は多少強引で猪突猛進だが、用意はするタイプなので、心配自体はあんまりしていなかった。
むしろ気になるとしたら……
「じゃあ最後に。今回の世界に図書館はあった?」
この質問を待っていたと言わんばかりに、理織はにこっと笑い
私は、“phylogenetic tree”の世界へと足を踏み入れることにしたのでした。