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スカウト

 「……この世界に来て、もう五十年か」


 私はお風呂に浸かりながらそんな事を呟く。


 元の世界では、『俺』はただの会社員だった。

 海外出張が決まり、結婚をしている訳でもなければ家族もいない俺は、日本に残すものなど何もなく、一人で海外勤務に勤しむ筈だった。


 飛行機が飛び立ち、三十分位だろうか?

 突然、大きな振動が機内に伝わってきた。


 結果的に、飛行機は墜落した。

 そして気付けば、『私』は暖かいベッドで眠っていた。


 エルフに転生したのだ。


 「最初はビックリしたなぁ。言葉を理解するのもかなり時間がかかったし……」


 言葉を完全に理解するのに八年掛かった。

 多分私の頭が悪いせいだろう。

 正直、記憶力にはあまり自信が無い。


 「日本語は多分……もう喋れないな。固有名詞とかは何となく覚えてるけど、役に立たないな」


 日本には家族が居ない。

 恋人も居ない。

 残してきた物も、何もない。


 ……海外出張の時、荷物を纏めたら、思ってた以上に持っていく物が少なかった。

 暫くは日本に戻ってくることが出来ないと理解していたが、どうしても持っていきたいと思える様な、思い出の品と呼べるものが何一つなかったのだ。


 「なんてつまらない人間なんだって、自己嫌悪になりかけたっけな。懐かしいなぁ」


 こんな事でしか懐かしめない辺り、自分は本当につまらない人間なんだろう。


 だから、転生したと気付いた時、今度こそ、思い出と呼べるようなものを手に入れてみせようって、張り切ったんだよね。

 子供の時は時間いっぱいやりたい事をやった。


 エルフは四十年で成人だ。

 四十年間、やれることは沢山あった。


 「……その結果が今か。どこの世界も、上手く行かないものだなぁ」


 比較的若いエルフには、私の取り組みは受け入れられていたし、実際に効果が出たときは沢山感謝された。

 しかし、里の老害共は思考を放棄していた。

 お陰で私はこの有り様だ。


 「ま、両親やモーゼスに託すものは託したし、きっと私よりも上手くやってるでしょ」


 お風呂に浸かっていると、いろいろな事を考えてしまう。

 これまでの事、これからの事、凄くどうでもいい事や、忘れていた事。

 胸が苦しくなる時もあれば、思わずニヤニヤしてしまう事もある。

 そんな時間が、私は大好きなのだ。


 「あっ、植物の手入れしなきゃいけないんだった」


 すっかり忘れていた。

 まぁ思い出したからセーフだ。


 身体を拭いで魔法で髪を乾かしながら服を着る。


 「魔法って便利だなぁ。こんなに長い髪でも手入れが楽ちんだ」


 身体が温まっているうちに冷えた自作のお茶を一杯飲む。

 いずれ牛乳を手に入れたいな。

 無くても、似たようなものがあるだろう。


 お茶は魔法で冷やしている。


 因みに、お風呂は温泉である。

 私が使える魔法に、温泉を探せるものがあるのだ。

 本来の用途は違うけど、どう使おうと私の勝手だよね。


 「ふぅ、お待たせ~お水だよ~」


 木で作られた手作りのじょうろで植物たちに水を与える。


 「~♪……?誰か、近づいてきてる?」


 花壇の手入れ中、遠くの方から何かが近づいてきているのを感じた。


 「人?エルフ?それとも獣人?」


 いずれにしても、ここに住み始めてから来訪者は初めてだ。

 厄介な事に、来訪者は複数いる様だ。


 「隠れるか、出迎えるか……場合によっては戦闘になるかなぁ」


 人間の場合は戦闘になる事が多いと思う。

 実は、まだ人間にはあったことは無い。

 だが、両親が言うには、エルフは人間たちの間で高く取引されているらしい。


 エルフの場合は、相手によっては戦闘になるだろう。

 確率は低いと思うが。


 獣人の場合……多分このパターンが一番安全である。

 エルフと獣人は昔から仲がいいと両親から教わった。

 まぁどの種族にもいい奴と悪い奴が居ると思うから、警戒するに越したことは無いだろう。


 「一旦家から離れよっかな。使い魔だけ置いて行こう」


 私には、元の世界のカラスのような見た目をした鳥の使い魔が居る。

 大きさは、通常時はカラスと変わらない。

 が、私がお願いすれば乗せてもらえるぐらい大きくなることもできる。

 もちろん乗せてもらったまま飛べる。


 それくらいの大きさになると、嘴から尾羽の先端の長さが準中型バスくらいになるからかなり威圧感がある。

 実を言うと、どういった生態なのかよくわからない。

 生まれたばかりの鳥が怪我をしていたので、使い魔の契約をして治療した所、かなりの大きさに育ってしまった。

 朝起きたら化け物みないな大きさになっていてかなり焦った。


 「アー君いい?お家の中で大人しくしててね?もしも誰かがこの部屋に入ってきたら、大きな鳴き声を上げてね?わかった?」

 「…………」


 アー君、この使い魔の名前である。

 正式にはアートルムと言う。


 アー君はじっとこちらを見ている。

 アー君は頭がいいから、いつも言った事はちゃんと指示通りにしてくれる。

 こちらを見るだけで無反応なので、分かりにくいが、何となく分かるようになった。


 「さて、隠れますか」


 家を出て少し離れた場所の木の上に上り気配を消す。


 少しすると、気配が明確になってきた。


 「(やっぱり真っすぐここに来た。偶然か、それとも……)」


 数は三人。

 いずれも人間の様だ。


 「(はぁ、引越ししないとなぁ)」


 このままやり過ごしても、また来るかもしれない。

 面倒だけど、引っ越すしかないかな。


 すると……


 「グギャァァアアアアアアアア!!!!!!!!」


 怪獣の鳴き声のようなものが森に響いた。


 「入ってきたッ!!」


 アー君がいるのは私の寝室だ。

 家にはいくつかの部屋があり、寝室は一番奥にある。

 つまり奴らは堂々と私の家を探索しているのだ。


 「殺しちゃおう」


 生きて帰られて家がここにあったことが何処かに伝わると面倒だ。


 「ピィィイイ!!!!」


 私は家に素早く近づきながら指笛を鳴らした。


 すると、家の窓からアー君が飛んできた。

 指笛はいつも呼び出しの合図にしているのだ。


 「アー君は家の上で見張ってて。誰か出てきたら捕まえて」

 「…………」


 特に返事もなく、アー君は家の上へ飛んで行った。


 それを確認し、私は自分の寝室の開き戸に飛び込む。

 そしてそのまま抜刀。


 「(やっぱり人間三人。まとまっているのはラッキーかな)」


 男一人に女二人。

 こうして目の前に来て分かったけど、この三人かなり強い。


 「うわっ!何なんだよ!」

 「ね、ねぇ、なんか敵意むき出しじゃない?」

 「分かっては居ましたが、この方、とてつもなく強いですよ」


 何か言っている。

 最後の『分かっていた』ってどういう意味だろう?


 私は一番近くにいた男に世界樹の剣で斬りかかった。


 「うおっ!?お、重い!!」


 床がミシミシと音を立てている。

 直ぐになおせるから今は気にしないことにする。


 「『巻き付け』」


 私は魔法を使った。

 太いツルの植物が床を突き抜けて現れ、三人に巻き付こうとする。


 「『守護しゅごやいば』!」


 ローブを着た女が魔法を使った。

 三人に巻き付こうとした植物たちは謎の斬撃で切り裂かれてしまった。

 あれは聖属性かな?


 「『ソニック・エンチャント』!」


 もう一人の杖を持った女が男に何か魔法を使った。

 風属性の付与魔法っぽい。


 「お返しだ!ハァッ!!」

 「ッ!!」


 先ほどよりも速くなっている。

 剣を見ると、刃に風の魔力を纏っているのが分かる。

 これのせいか。


 「『ウィンドカッター』!」

 「我らに主の守りを、『光の守護盾セイクリッド・シールド』」

 「ハァッ!!」

 「くッ!!」


 男の方はドンドン攻撃してくるし、杖持ちの方は男に合わせて攻撃してくるから攻撃に出れないし、あの両手合わせて祈ってばかりの女は味方にドンドン付与魔法貼っていってるし……もういや。


 もう私の家はボロボロだ!!


 よし、あれを使おう。


 私はとある球を一つ床に叩きつける。


 「煙!?」

 「煙幕か!!」

 「ゲホッゲホッ!!これ、喉がしびれます!」

 「クソッ、一旦出るぞ!!」


 そうだ出ていけ。

 まぁ、私も出るんだけどね。


 入ってきた開き戸から脱出する。

 先ほど投げたのは殺虫用の煙幕だ。

 目に沁みたり喉が痛くなったりするだけで、殆ど害はない。

 100%自然由来で安心だよ、匂いもヤバいけど。


 「きゃあーーー!!」

 「な、なんだこの鳥!!」


 フフ、馬鹿め。

 こちらが一人だと思うなよ人間ども。


 「好き勝手やってくれちゃって……今度はこっちの番だよ」


 外に出ればこっちのものだ。

 ここは森の中。

 私にとっては武器庫その物なのだから。


 私は家を飛び越えて反対側にいる三人組に攻撃を仕掛ける。


 「あっ!」


 アー君と戦闘になっているのが宙から見ることが出来た。

 しかし、私をある事に気付いた。


 「危ない!!」


 私は直ぐに着地し、とあるものに飛んで行っていた流れ弾を咄嗟に受ける。


 「ぐぅッ……いっつー」


 魔法で防いだが、貫通して飛んできた。

 手で自分を庇ったせいで、酷いやけどが残ってしまった。


 全く、こんな森の中で火は使わないで欲しい物だ。


 「あ、アー君」


 アー君が怪我をした私を庇うように、何人組を私の間に立つ。


 「…………」


 アー君が無言でこちらを見つめている。

 多分、大丈夫か尋ねているのだろう。


 「ちょっと火傷したけど、たいした事ないよ。ありがとう」

 「…………」


 それに、『この花』も守れて良かった。

 これ花は大事な物だから。


 「アー君、下がっていいよ。ここからは……ちょっと本気を出すから」

 「…………」


 アー君は私の後ろに行った。

 そして、花のすぐそばに座り込む。


 「フフ、ありがとう」

 「…………」


 花は任せろ、多分そういう事だと思う。


 「……『森よ、我が声に耳を傾けよ。我こそは……守護者なり』」


 大地、風、様々な自然の魔力が、私の身体に集まっていく。

 エルフのみが操ることが出来ると言われる植物魔法、その中でも、守護者と呼ばれる数少ないエルフの戦士のみが使える上級植物魔法、『森の守護者』。

 魔力、身体能力共に一定時間上昇させる魔法であり、植物魔法の効果もかなり上がる。


 「『プラント・ウィップ』」


 地面から大木の様な太さの植物の蔓が飛び出し、三人組を襲う。


 「なんじゃこりゃあ……」

 「ちょっと!さっきと魔力の量がくらべものにならないじゃない!どうすんのよ!」

 「まさか、守護者に目覚めているとは思いませんでした。話には聞いたことがありますが、ここまでとは……」


 いろいろ言いつつ、迎撃しようとしている様だ。


 「『ファイアー・クレイモア』!」

 「吸い取れ、『マジック・ドレイン』」


 今放たれた炎の魔法は上級魔法かな?

 まぁ周囲の植物達に魔力を吸われて蔓に当たった時には火の粉ぐらいになってたけど。


 「こんなの反則でしょ!!」

 「『ブレイブ・シールド』!!」

 「同じだよ、『マジック・ドレイン』」


 男が使ったよくわからない魔法の魔力を吸い取った。

 しかし、


 「え?消えない?というよりも、吸い取るのに抵抗がある?」

 「あぶねぇ……かなり魔力持っていかれちゃったよ。……えっと、ごめん!家に勝手に入ったことは謝るから、話を聞いてくれないか!」

 「私たちは、貴女に会いに来たんです」

 「……私に人間の知り合いは居ない」


 そう、だから私に会いに来るというのはあり得ない。


 「私は聖教会の聖女のセシリアといいます。ここへは主の導きによりやってきました」

 「俺は勇者をやってるユーリだ。君を仲間にスカウトしに来た!!」

 「アリーナ、ただの魔法使いよ」


 ……スカウト?

 なんで?


 「え……やだ」

 「「「え?」」」

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