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とある風景  作者: とろろ昆布2
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日常のヒトコマから

前日の夜まで大気を潤わせていた降雨でぬかるんだグラウンドで意図的ではないのだろうが、ディフェンダーの足が彼の軸足をあり得ない方向に押し曲げた。嫌な音が彼の体の中を走り、経験のない痛みが襲ってきた。普段から酷使されていた膝が限界を越え、悲鳴を上げたのだ。

連日の試合に、成長期の児童には考えられ負荷トレーニング。更に、それが是とする指導者たちの誤解が悲劇を生んだのであろう。

激痛に身を捩り悲鳴をあげる彼に向かって、指導者と呼ばれることの大人達は冷酷であった。彼らにとって子供達は使い捨ての駒にしか過ぎないのであろうか、ストップウォッチを操作しながら命じた。

「早くしなさい、君がピッチの外に出ないと試合が進められないんだ。」

「それぐらいで大袈裟な、いつ迄腰をついているんだ。痛くない方でまず立ちなさい!」

黒い審判の服装に身を包んだ大人が、高圧的な態度で彼に迫った。

「いたい、いたいんだよ!」

顔を歪め、膝を抱きかかえ泣く子供に、見兼ねた彼の保護者が駆け寄り抱きかかえ黒服の支配者が暴政を繰り広げる無慈悲な領域から我が子を救おうとした。

するとホイッスル鋭く吹かれた。

保護者の行為が反則なんだそうだ。我が子の傷を見る事も咎められる異様な空間がそこにはあった。暴君曰く、ファールを犯したらば、直ちに試合場であるこの小学校からの立ち退けと言うのだ。

引率の教諭も保護者の行為に好意的では無く、怒りに身を震わせる保護者の顔を見る事もなく小さな声で言い放った。

「そう言う事なので、お早めにお願いします…。」

「言われなくても、出て行きますよ。先生!この子を病院に連れて行来ますから。」

「ああ、お父さん。彼を此処からお連れになるのはご自由ですが、最後まで彼が見学出来なのならば。早退扱いになりますがよろしいですね。」

教諭は更にめんどくさそうに、更に小さな声で話した。

「あゝ、構いませんよ。こんなに痛がっているんだ、そんな事に構ってられるか。」

「さあ病院へ行こう。」

「お、お父さん…。」

父親の腕の中泣き咽んでいた彼が、消え入りそうな声出哀願した。

「も、もう。痛くないから…。試合は見て行きたい。」

「何言ってるんだ、こんなに腫れているじゃないか。医療センターなら日曜日でもみてもらえるから早く行こう!」

「でも、休んだら…。レギュラーから外されちゃうよ。…。」

「休んだら、Bチームだって先生言ってるから…。」

涙をこぼしながら必死に痛みに耐えて行こうとする子供の姿勢に、父親はこんなチームに所属させた自分の行為を恥じ、息子の決断をやんわりと否定した。

「Bチームの何がいけないんだい。痛みを早くとったほうがいいと思うよ。」

「で、でも…。Bチームだとトレセンに選ばれなくなっちゃうんだよ…。」

「トレセンには完全に怪我を治してからの方が良いと思うよ。無理したらもっと悪くなってしまうぞ。休む事もトレーニングだと思うよ。」

そんなに長くはない親子の会話に、暴君のホイッスルが割って入った。

「早く出なさい!」

「あんたに言われなくたって出て行くよ、せいぜい子供ら相手に威張り散らしていれば良い!」

怪我をした子供を抱え、足早に去る保護者の姿が校舎の陰に消えることを確認すると、レフェリーと言う名の支配者は怪我をした子供の代わりに試合に臨む子の背番号を確認し、意気揚々と試合再開の合図を命じた。


満員電車の中、彼の苦痛は始まっていた。

昨夜遅く届いたクライアントからのメールが、これから出社したら起こるであろう騒動の発端であった。彼の処理したデータに不備があると言うのだ。しかしそれは言いがかりに近いもので、そもそも相手側の意向を汲んで修正した項目をミスといって来ているのだ。

「お客様第一、お客様のお言葉は金言です。」と、日頃から呪文のように繰り返す上司にとって、彼の犯した不始末は許されざる事例と言う事になるのだ。今はやりの言葉で言えば、「忖度」が足りなかったと言うことなのであろう。

「担当する身にもなってくれ!」と彼は、日頃口にはしなかったが、心の中で叫んでいた。クライアントだから何でも要求出来ると思い込んでいる取引先の相手を、呪わぬ日はなかった。

「さあ、如何するかね。」

IDをかざしてシステムルームに入室した途端、薄ら笑いを浮かべた上司が近ずいて来た。奴は早出をして、トラブった部下に表面上は優しげな言葉をかけつつ、仕事量を増やすと言う得意技を有している、今日の生贄は彼のようだ。

始業の時間が迫り、次々入室してくる同僚や後輩が彼に同情の視線を送るが黙って自らの仕事に向かって行った。

「先方の気まぐれさ加減は予測はしていたのですが、ここまで来てひっくり返されるとは、正直これ以上の取引は社にとってメリットはないと思うのですが…。」

こう言うことが彼の出来る精一杯の抵抗であったが、上司が攻撃的な台詞を吐こうと息を吸い始めた時、夜中唯一の救いである睡眠という大切な儀式を削ってまで作ったプランを提示した。

「しかし、一度契約した以上どんな障壁であろうと乗り越えるのが、我が社のmottoです。プランBと念のためにプランCを作ってまいりました。承認して頂けましたら直ぐに先方に発送しますが…。」

上司は反抗的な台詞で額に寄せた眉皺を、代替え案の存在に緊張を緩め彼の肩を叩きながら労った。

「さすがに仕事は早いな、見せてくれ。」


決裁が降りプランBをメールで送信すると、彼はようやく後輩が差し入れてくれたぬるくなった缶コーヒーを一口含んだ…。ほぼ完徹で出社した為「微糖」と書かれたコーヒーは、疲れた脳が欲する糖分には遠く及ばなかった。しかし、仕事はお騒がせな担当の案件だけではなく、次々と波のように押し寄せてくる。

「先輩、D社から契約の交渉にアポを要求して来ていますが。何時にしますか?」

「早い方が良いだろ、午後イチでいいかな。確認してみてくれ。」

「リョーカイです。14時くらいに来社してもらいます。」

後輩の何気ない気配りに感謝しつつ、モニターに映し出されている案件の処理に取り掛かる。

出過ぎた釘は打たれるし、引っ込んだ釘は役に立たないので切り捨てられる…。

現代を生き抜くと言う事は、4k、8kと際限無く綺麗になり続けるモニターの上で、微妙な平衡感覚を発揮して行かねばならない。例え、心のバランスを失ったとしても。


薄いカーテンで区切られた狭いベッドの上で彼は混乱していた。さして来たくもないところに押し込まれ身体中を調べられ、チューブやモニターで自由を束縛さえ、白衣に身を包んだ若造を説教される日々が続く。

「なんで決められた水分を飲まないですか?点滴外せないですよ。」

中年の看護師は、代謝性の疾患特有の土気色をした顔色の男に言った。決してきつい文言ではなかったが、責任はそちら側にあるのだから、これ以上手を焼かせないで欲しいと言う意図が十分把握できる物であった。

「水を飲めって言うが、胃袋切っちまってから思うようにいかねぇんだよ。吐いちまったら其れこそ外せねぇだろうが、点滴をさ。」

喘ぐ呼吸をしつつ、ギラつく視線で相手を睨みながら男は言い放つ。

「それに、クスリを飲む水だって有るんだから、そんなにガバガバ飲めねぇよ…。」

「分かりました、先生に相談して手立てを考えてもらいましょう。」

「あゝ、手早くやってくれ。点滴抜かなきゃ家にも帰れねぇってことは充分知ってるからさ。」

「じゃあ、この点滴は落としてまいますね。」

彼女は彼の体につながる透明の管についた器具を操作すると、モニターの数値を確認して隣の入院患者へと去って行った。

男は無表情に看護師の背中を見送ると深いため息をつき

身を横たえると、白い病室の天井を見つめ孤独な時間を消費して行った。

自身の行く先が生還なのか死なのか、考えることも放棄して。ただ、浅い呼吸をして、希望も絶望も感じる事なく。


生を受けた時ヒトは歓喜の産声をあげ多くの場合、祝福され愛情を注がれる対象になるが。その後は様々なストーリーが演じられ、そして幕を下ろしていく。

ある者は周囲に愛され福音を受けながら、またある者は孤独の中自己の存在自体に疑問を抱きながら。

そのどちらが正しいのかは、誰一人説くことのできない永遠の謎ではあるが…。




もっと細かなストーリーを積み重ねて、各々のストーリーを補完できればよかったのですが、イマイチ体調が優れず細やかな配慮ができませんでした。。。。。


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