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日浦きうり短編まとめ

困った時の神頼み

作者: 日浦きり

初投稿作品です。

手書きを含めて処女作ですので、文章としておかしい所があるかもしれませんが、

よろしければ最後までお読み下さいませ。


 きれいに掃除された小さな境内には早朝の冷たい空気がたっぷりと残っている。

 夜が明けかけた空は夏の明るさを取り戻しきれず、背の高い木々も少しでもこの静寂と清々しさを守ろうとしているかのように日の光を遮る。

 うっすらとかかった靄は、草木のまとった朝露が消えるのを惜しむかのようにそれらの間を漂泊していた。


 山間の過疎化が進んだ小さな町にあるこの神社は、有名でもなく参拝客もほとんどいないため寂れてしまいそうにも見えたが、代々ここを守ってきた宮司の人柄だろうか、地元の老人たちがこまめに手入れをしてくれるおかげで厳かな空気を感じるたたずまいを保っている。


 そして千八十段あるといわれる石段が、圧倒的な存在感をもってその雰囲気をさらに強調していた。

 朝靄で上の方のかすむ石段はごつごつとした石材が切り出されてからの年月を誇り、錆びをまとった手すりでさえ、その僅かなうねりと質感からずいぶんと古い手打ち鋼であると主張しているようにも見える。

 それらがすべて威厳を漂わせているようで、なにやら近づきがたい威圧感を漂わせていた。



「ええっと……これ、本当に登るんですか?」


 目の前に立ちはだかる千八十段あるらしい石段を見上げて、若い男は呆れたように問いかけた。

 夏の日の早朝、まだ朝もやが支配している神社の境内を男二人が訪れていれば、信心深いかどうかはともかく参拝目的だろう。

 しかし、少なくともそのうちの一人はご利益を含め何かの期待をもって訪れたのではないようだった。



「いや、登らないと参拝できないじゃないか。 なぜそんな当然のことを聞くのか理解に苦しむなぁ」

「こちらとしては、いつの間に参拝が当然のこと、になっているのか理解に苦しみたいのですが」



 若い男は自分を巻き込んで当然の顔をしている年上の連れに、苦情を申し立てた。

 確かに目の前の石段はさしたる目的もなく付き合いで登るにはいささか以上に長すぎる。

 若い男は、できることならば自分の奢りでもかまわないからどこか冷房の効いた喫茶店で、登るのと同じ時間モーニング定食を待った方がはるかに有効な時間の使い方だと思ったが、年上の男はそんな気持ちも知らず、さぁ頑張るぞ、と張り切っていた。



「ここの神社ってさ、そんなに有名じゃないけどすごい由緒があって、この石段も登ると煩悩を消してくれるらしいよ」

「だから千八十段なんですかね。 でもそれなら百八段でいいような」



 ご利益が十倍ありそうでいいじゃないか、と笑いながら年上の男が石段を登り始める。 若い男も仕方なし、とため息をつきながら後をついて登り始めた。



「しかし、朝早くにして良かったな……この石段、古いせいか一段一段が結構高いから昼間だと暑くてとてもじゃないが登る気がしないだろう」

「でも、朝もやのせいで先が霞んで見えないから、いつまで経っても終わらないような錯覚に陥ります」

「そういえば、もやが濃くなってきたな。 というかこれはもう霧か……先が見えないぞ」



 石段の上まで覆いかぶさるように伸びた木々が空の明るさを遮るのかあたりは先程より少し暗くなり、気温も下がったように感じる。 霧のせいで視界も十メートル先が見えないほど悪くなっていた。



「なにか気味が悪いというか……」

「うわ、神社でそういうこと言うかねぇ。 ばちが当たるよ?」

「さすがに神様もそこまで不寛容じゃないでしょう」

「あー、罰を与えるならこいつだけにしてください」

「先輩が裏切った……」



 日頃が運動不足なのか、石段の勾配のせいか、二人の息が無駄話をするだけで乱れていた。

 いつのまにか石段はしっとりと濡れ、所々に生えた苔が生き生きとした緑色を取り戻している。

 深く白い霧や柔らかく鮮やかな緑の苔。

 それらが周りの音を吸い込み、石段を踏みしめる音と小さな蟲達の囁きだけが残ると、まるで深い山の中にいるような錯覚に陥る。



「まぁ……ゆっくり登っても三十分はかからないだろうし、その頃には日が昇って霧も晴れるさ」

「登ったら、下りなきゃいけないんですが。 下りのほうがきついんですよね……」

「下りたらモーニングでも食べにいこうか」

「もちろん先輩の奢りで」



 年上の男はちゃっかりしてるなぁ、と愚痴をこぼすが、 一人では登る気がでず後輩を半ば無理矢理に連れてきた訳だし、まぁ仕方ないかと思い直す。



「じゃあ……組合事務所に顔を出しがてら、『パンドラ』でいいかな」

「こんな朝早くに事務所に何か用事ですか?」

「いや……メールがたまりすぎて、送信できないって苦情がきたらしい」

「きちんと削除しないからですよ。 というか、いまどきフリーメールでいいような」

「さすがに……外部に漏れるとまずいものもあるしね。 メールサーバーを……増強するとか出来ないのかね」

「さぁ……サーバーとかはチンプンカンプンです」

「まぁ、俺もそうだが」



 いかん、息が上がる、と年上の男が泣き言を言う。 若い男が先輩は運動不足ですよと言いながら、自分も大差がないことに気づき苦笑した。

 霧は晴れる様子もなく、石段と男達にまとわりついている。



「なんか……下も見えなくなっていますね」

「本当だ。 という事は真ん中ぐらいまで来たかな?」



 まわりの風景は霧のせいで変化もなく、時間感覚が狂ってくる。 五分登ったのか、十分登ったのか、はたまた数分しか経っていないのか。



「おしりの筋肉が痛いぞ」

「勾配がきついからですかね。 休憩しますか?」

「そうだなぁ、あと少しかもしれないしもう少し頑張ってみよう」



 予想に反して霧はどんどんと濃くなっていく。 上も下も、左右の木々も、深い深い霧に包まれ境界線が消え失せ、まるで自分が宙に浮いている様な錯覚に陥る。



「ええっと……これ、本当に登れるんですか?」

「なんかさっき、似たようなこと聞いたな」

「登るんですか、と登れるんですか、では絶望度がかなり違います」



若い男は立ち止まり周りを見渡す。



「なんというか、この世とあの世の境に迷い込んだような気がするんですが」

「うわぁ、君さ、この状況でそれはないよ。 その手が苦手なの知ってるはずだけど?」



 年上の男はやんわりと抗議の声をあげる。

 あぁ怖い怖い、と両腕を抱えて震える素振りでおどけてはいるが、実際問題として爽やかな早朝とはかけ離れてきた周りの雰囲気に確かにおかしい、と疑問が浮かぶ。


 この階段はこんなに長かっただろうか。

 こんなに急に霧が深くなったのは何故だろうか。

 先程から音らしい音がしなくなったのは、本当に霧のせいなのだろうか。



「先輩、黙り込まないで下さいよ。 こっちまで怖くなりますって」

「君に言われたくないなぁ。 先に怖がらせてきたのは誰だろうね」

「というか真面目な話、なんかやばくないですかこれ。 さっき時計を見たときからもう二十分たってるんですよ。 ほら、下が見えなくなったって話した時です」



 若い男は自分の腕時計をじっと見つめる。

 少な目に見積もっても、登り始めてから三十分は確実に経っているはずだが、休憩も挟まず登り続けたにもかかわらず霧の先に本殿の姿は見えない。


 年上の男も自分の時計を見る。

 だが、それまでまったく時間を気にしていなかったので、下の境内に着いた時にちらりと見たきりだった。

 いったいどれぐらい時間が経ったのか自信をもって言えるはずもなかった。



「まあ、登り続けるしかないよな。 霧のせいで時間感覚が狂っているのか……どちらにしても着かない、ってのはありえないのだし」

「そうですね。 モーニングにもう一品で手をうちます」

「ちゃっかりしてるなぁ」



 年上の男はまたしても愚痴を言ってしまうが、やむを得なしと頷く。

 千八十段がまさかここまで手強いと思っていなかったのもあるし、半ば強引に付き合わせた負い目もある。


「とにかく登ろう。 今更下りるのは無しだ」


 二人は再び登り始める。

 上を見つめても霧しか見えず、終わりが見えなくても下りるよりは登るほうが早いはずだと理性では判っていても、感情では真逆のことを望み始めていたのだが。



「これ、絶対おかしいですよ……」

「ああ、全く持っておかしい……」



 若い男は立ち止まり自分の腕時計をじっと睨む。 先程二十分経った、と話をしてから分針はさらに二十分ほど進んでいた。

 一時間近く登って着かないはずはない。 息は上がり、吐く息はわずかに白くなっている。 気温はさらに下がっているのだろうか。



「下りますか」



 もはやこれまで、と若い男は提案する。

 なんの根拠もないが、あと何時間登り続けても参拝できはしないだろう、そう思わせる何かが若い男の躰にまとわり付いていた。



「そうだねぇ……これはこれで、笑い話にはなるかもだけど、いささか非日常過ぎるよね。 変なものが出てこないうちに下りるとしよう」

「先輩……さっきの言葉、お返ししますよ。 神社でそんなこと言わないで下さい」



 年上の男はわずかに肩をすくめ、じゃあ下りようか、と踵を返す。 そして霧に溶け込み先の見えないくだりの石段を見てため息をついた。

 既に足腰には疲労が沈殿して水の中を歩いているような錯覚に陥る。


 それでも下りなければ、

 早く下りなければ、

 出来ることなら走って下りたい、

 駆け下りたい、

 

 心は体の疲労を無視して急かすのだが、年上の男の膝はすでに落ち着きを無くしている。


 ああ本当だ、くだりの方がきついなぁ。

 ああしまった、こんなとこ来るんじゃなかった。

 ああまずいな、彼を巻き込むんじゃなかった。


 色々な思いが頭の中でぐるぐる、ぐるぐると回り続ける。

 それでも立ち止まることなく、立ち止まることが許されないから、足を動かす。


 一歩、一歩。

 霧を掻き分け一歩。

 白い息を吐きながら一歩。

 息が上がる。

 ハァハァと声が出てしまう。


 そして、ついに年上の男の足が止まった。


 下り始めてからしばらくして痛み始めた彼の膝はこれ以上進むのは無理だとばかり悲鳴を上げている。

 なにより、はなから壮健とはいえない彼の体力は底を尽いてしまっていた。



「うん、だめですね……計算が合わない。 下り始めてから約一時間、正直こっちは限界なのに、境内に着かない」

「申し訳ない」



 年上の男は息を切らせながら若い男に謝る。

 巻き込んでしまってすまない。

 


「うわぁ、先輩なんかきもいです」

「ひどいなぁ」



 二人は笑った。 だがその声さえも、許すものかと霧は吸い込んでいく。


「行くも地獄、戻るも地獄、ってやつですか……」


 困ったものだ、と若い男は弱々しくおどける。

 しかし、年上の男はそれを聞き、はっと、垂れていた首部を上げた。



「ああ、そういうことか……」



 年上の男のつぶやきに若い男はなにごとと、首を傾げる。



「ここは一歩登るごとにひとつ、煩悩を消し去ってくれるんだよな」

「ええ、まぁ伝承的にはそうなっているんですよね、って先輩が登る前に言ってたじゃないですか」

「百八つの煩悩が消え去るすなわち到着……」


 年上の男はそう言いながら霧の中に見えない頂上を見上げる。



「じゃあ、悪魔の俺達の煩悩って幾つあるんだろうな?」



「酷い目に遭った……」

「マスター、モーニング、先輩の奢りで」

「もう、くたくただよ」

「マスター、ソーセージ付けて、先輩の奢りで」

「こいつ……」

「マスター、ジンさんのも先輩の奢りね」



 年上の男は、喫茶店のガラスのテーブルにでろんと突っ伏す。

 空調が効き涼しい室内は、三人の客の貸し切り状態になっていた。



「いやぁ、しかしジンさんがいてくれて本当に助かりましたよ」



 若い男が三人目の客に仰々しく頭を下げた。

 頭を下げられた男は、二人のいるテーブルにやってきて長身を窮屈そうにしながら座る。



「休みの日のあんな時間に事務所の電話が鳴るから、何事かと思ったよ」

「ダメ元で取り敢えず、と思ってかけてみたらジンさんいるし」

「誰かさんがメール溜め込むから、保存上限の設定を変更してた」

「つくづく先輩のせいですか」



 二人は年上の男を横目で見る。



「ジン君ありがたやありがたや。 神様仏様、ジン様」

「先輩、それ被ってますから」



 若い男が突っ込みを入れ、三人目の男は困った様に眉尻を下げる。



「いやでも、ジン君がいてくれて本当に助かったよ。 たぶん他の奴らじゃ、あの解答にはたどり着けない」


 そんなことはないでしょう、と謙遜する三人目の男に対し、年上の男はかぶりを振る。



「石段の柵を乗り越えて横に逸れろ、いやぁ盲点だったなぁ」



 もはやこれまで、と自力脱出を諦めた二人は組合事務所に救援の電話を入れた。

 そこへたまたまサーバーの設定作業をしに休日出勤していた三人目の男が電話を取り、二人に助言をしたというわけだった。

 


「しかし、人間より悪魔の方が煩悩が多いってなんか納得いかないよね」



 年上の男は先に出てきたオレンジジュースをストローで飲みながら人差し指をくるくると回して宛先のない苦情を言う。



「先輩、それはまぁ良しとして、下っても着かないって酷いと僕は思うんですよ。 なにそれ神様って引き算もできないのって」

「まったくだ、陰険過ぎる。 差別反対、マイノリティ迫害よくない」



空調の効いた室内でくつろいで体力が戻ってきたのか、二人は届かない相手に異議申し立てを始めた。

それを三人目の男はまぁまぁとなだめる側に回る。



「ジンさんだったら、千八十段で済むのですかね」

「どうだろう、一歩で済んだら笑うな」



うわ、なんか矛先がこっちに来た、と三人目の男は軽くのけ反った。



「堕ち神なんて煩悩まみれですよ。 皆さんと変わらないか、もっとひどい目に遭いそうです」



ああ、陰険そうだからねぇ、と主語をぼやかしているのやら不明な相槌を年上の男が打つ。


「はい、お待ちどう様」


 喫茶店『パンドラ』のマスターがモーニングセットを運んできた。


「まぁ、あれですね」


 マスターはカトラリーをテーブルにセットし、三人を見て微笑みながら言う。



「困った時の(ジン)頼み、でしたね」



 三人はマスターのおやじギャグに突っ伏した。


最後までお読み下さりありがとうございました。


何作か短編を経て、15万字程度のファンタジー物を予定しております。

では、これからもよろしくお願いいたします。

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