第一話
僕が少女から聞いた話を纏めるとこうだ。
ここは「イルシティフィリア」という世界。
僕はこの世界に飛ばされた通称「来客」という存在であり、約1000年前から「来客」は確認されている。
「来客」は例外なく全員が日本出身の人間であり、僕で1377人目であること。
少女たちが住んでいるこの地は「フジワラ」という名の町。
「来客」とその子孫の町であり、町の名前の由来はこの町の創設者からとられた。
なんでも、「来客」はその殆ど全員がこの近くに出現するため、自然とこの場所に町が出来たらしい。
時折、窓から外を眺めてみると、なるほどこの町の人たちは「イルシティフィリア」の中世的な世界に馴染んでおり、生活スタイルも一部は日本の影響が混ざっているとはいえ、見事にヨーロッパの物語風を成している。
昨日、僕を助けに来たのは、この町の自警団と滞在していた一部の冒険者と傭兵であり、オークを追い払ってくれ、さらに僕のほかにももう一人、あの騒いでオークに見つかっていた奴も助けられたようだった。
そして最近は、人が来ても何故かオークを挑発したり、その他の魔物に突っ込んでいったりする輩が増えていること。
ここには僕が知っているような歴史上の有名人も何人かやってきているということなどを聞いた。
「え!?十一代目宮本武蔵!!」
「やっぱりコウスケもムサシの名前を聞くとびっくりするんだね。」
「うん。僕の世界ではめちゃくちゃ有名人だよ」
「来客はいつも同じ反応するね。あんなほら吹きのどこが凄いんだか…」
大量にあったスープを飲み終えて、ベーコンエッグに手を掛ける。
さっきまで飲んでいたスープはいくら飲んでも飽きないとても絶妙な味付けで、毎日でも飲んでいたいものだった。
「あ、おかわりあるからね。質問もバシバシしていいよ!」
ならばと、僕は起きた時から質問したかったある事柄を口に出そうとし、
「元の世界に戻る方法以外でね」
心を読まれたかのように、半強制的に問いを取り上げられた。
「じゃあ、元の世界に帰る方法は無いんだね?」
「あったとしても、私たちにはわからない。別に意地悪とかじゃないよ?」
おおかた予想できていた事態とはいえ、やはり改めて言われると気分がへこんでしまう。
少女は僕の顔を見て、うんうんと頷く。おそらく、今の僕の顔も予想通りであり、今までの来客たちも同じ顔をしていたのだろう。
自分ではそんなテンプレート通りの反応をしているようには思えないのだが。
「だからこそ、元の世界に戻る方法を自分で探しに行く人が絶えないんだよね~」
「どういうこと?」
「ある人は魔王を倒す、ある人は魔法を極める、ある人は特殊な何らかの儀式をする、そうやって色んな方法が試されているのよ」
本当にRPGの世界まんま…
魔王、魔法、儀式。
それらの言葉は、現実離れしたこの世界の理不尽さを否応なく見せつける。
それと同時に僕は心の中に沸々と途方もないイライラが湧き上がるのを感じた。
「でも、魔王も魔法も儀式も未だに何も解決されていないの」
「じゃあどうすればいいんだ…!」
イライラを隠すことなく、語気を強めてしまう。
僕には向こうの生活がある。最近、仲を回復しつつある両親がいる。
将来のためにしなくてはならない勉強があり、かけがえのない友達がいる。
それを、こんな外れくじを引いただけで捨ててしまえるものか。諦めてしまえるものか。
「解決されてないのなら、それを目指すべきよ!実際にこの村に来た来客から、何人もの冒険者が輩出されてるの!」
そうだ。可能性があるのならば、それにかけてみるべきだ!
魔王に魔法に儀式でもオーパーツでもなんでもやってやる!
という風には簡単に思えない。
理由は昨日のオークの集団だ。
確かな知能に、統率力、馬鹿力。
命があるのが今でも不思議なぐらいだ。
そして、元の世界に帰るために魔王を倒す、魔法を極めるとしたら、あれ以上に危険な敵に出くわすだろう。
思い返して、背中の傷がジクリと痛む。
「ちょっと、一人にさせてくれないか?」
「いいよー。下にいるから用があるなら呼んでね!」
そう言って、少女は僕の食べかけのベーコンエッグを盆に載せたままスキップしながら下りて行った。
「あ、ちょ、僕の…ま、いっか」
これからどうしようか。
このままこの村に骨を埋めるか、死の危険を冒して元の世界へ戻る手がかりを探しに行くか。
考えておかないと。
どうやら寝てしまっていたらしい。
窓から射す光はとっくに橙色となって、ベッドを照らしていた。
そういえば、僕と一緒に助け出されたもう一人の来客はどうするのだろうか。
あいつにだって元の世界があるはずだ。
きっと、昨日の出来事に恐れをなして帰りたがっているに違いない。
動いても背中の傷は大して痛まないし、勝手に動いてもあの子ならそこまで怒らないだろう。
そう思い、一応傷を庇いながら下りることにする。
「コウスケさ、きちんと傷の具合見た?こう…パックリいってたんだよ?」
下りた僕は鏡の前に立たされて、朝ごはんを持ってきてくれた少女に説教を受けていた。
確かにこれはひどい。
自分でも何故こんなに早く動けるようになったのかが不思議なほどだった。
「でも、僕の他に助けられたって人がどんな人か確かめたかったから」
それと、そいつが帰りたいかどうか、やる気はあるのか。
正直言って、昨日のアレを見て人柄は察しがついていた。
「んん…じゃあ、呼んでくるから待っててね…座ったままだよ!」
言われなくても背中の傷を見てから、あまり動かないほうがいいことはよく理解できた。
いきなり、ぱっくり開いてしまったらそれこそ収拾がつかない。
やがて椅子に座っていると、少女は一人の女の子を連れてきた。
年齢は多分中学生ぐらい。身長はそこの少女と同じくらいで大して高くも低くもない。
眼鏡をかけており、ぼさぼさの黒髪は陰鬱な雰囲気を醸し出している。
「はい!コウスケさん!こちらリョウコさん!リョウコさん!こちらコウスケさん!」
そう言いながら、少女は僕ら二人を交互に指さす。
「そういえば、君の名前は?」
まだ、ここで寝かせてもらっている礼や朝食の礼もしていないのに気づき、少女の名前を聞く。
朝はこの世界の話で頭がいっぱいになっていて、こういうことを質問する余裕が無かった。
「あ、キミコだよ。それよりさ!リョウコさんに話があったから呼んだんじゃないの?」
おっしゃる通りです。
一瞬ほったらかしにしてしまったリョウコさんを見る。
もじもじとし、この場にいることにやっと耐えているといった風な様子だ。
これが昨日の?
クラスの隅っこにいそうなこの少女があんな豪胆な真似を?
「君さ、あの豚男に気付かなかったわけ?それとも事前にここの知識でもあったの?」
すると、僕の語気が少しばかり荒かったのか目の前の少女は俯く。
「え、え、ラノベ…」
やっと、蚊の鳴くような声でひり出した。
なるほど。この子はオタクなんだな。
そして、中学生特有の「アレ」の気があると。
リョウコの気持ちは理解できる。僕もオタクではないけれど、中学生の頃は独特な万能感を以て自分は特別な人間だとか思っていた。
いや、現代の日本人にとってはリョウコの反応が共感できるものなのかもしれない。
ライトノベルが全盛期を迎える今だからこそ、この世界に飛ばされてしまったら自分にチートがあるのか真っ先に確認するのが普通なのかもしれない。
そうやって、自問自答をしていると、
「あの、私知ったんですよ。この世界にはチ、チートも、それから主人公に特別な展開もないって」
うん。普通はそうだよ。
主人公補正なんてものはないよ。
「だ、だから私こんな場所から戻りたいんですけど…でも…」
そう言ったきり、口をパクパクとさせたままなので、
「でも、私にはなにもできない…自分で何かやろうって気は無いんだね?」
僕の口から続きを言う。
僕は呼び出した本来の目的のことを聞く。やる気はあるのか?ないのか?と。
リョウコは口元をヘラヘラさせながら目を伏せる。
「え、だって、私まだ中学生ですよ?何ができるって言うんですか?」
「俺だってまだ高校生だよ」
なんだかこの子の態度を見ていると、女子中学生に求めることでは無いとしても、ああいう風にはなりたくないと思った。
だから、結果的に冒険に行くことを決意できた。
「正気ですか!?頭狂っているんじゃないですか!?バカなの?アホなの?死ぬの?」
突然、さっきまでの根暗な態度が変わった。
いきなり、罵倒し始めるのはどういう意味なのだろうか?
そしてその言葉は昨日の君に伝えたい。
とはいえ、僕もこれが賢明な判断とは思ってはいない。
危険で、それでいて恐ろしいと思う。
賢明なのはリョウコの方、この町に残ってここに骨を埋めることだと思う。
「でも、僕は怯えていたくないから」
それよりも、昨日のオークのような魔物らに一生怯えながら暮らしていくことの方が僕には耐えられない。
「もちろん、命が惜しいから逃げるときは逃げるよ。逃げて、逃げて、でも元の世界に帰るために頑張りたいと思う。君に強制はしないよ」
「…それでも、私には無理」
リョウコは泣きそうな顔でそう呟いた。
当たり前だ。僕も自分が根暗な女子中学生だったら多分無理だ。
「はいはい!暗い話はここまで!そろそろ母さんが帰ってくるから夕食の準備が始まるよ!リョウコさんも食べよう?今日は母さんが一番得意なシチューだから食べていってよ!」
唐突に、暗くなった雰囲気をぶち壊すようにキミコが声を上げる。
リョウコには酷なことを質問してしまったと思う。
あの質問は、向こうの世界を捨てるか、命を捨てるかといったレベルの話だ。
デリカシーに欠けているというのはまさにこのことを言うのだろう。
「ごめんね、リョウコさん!キミコちゃんもこう言っているし、どうかな?」
場の空気を読んで、引き留める流れに持っていく。
空気を読むことが出来たのは、ひとえにキミコの痛いぐらいの視線が僕を刺し貫いていたおかげだ。
「いえ、私も言いすぎました。お言葉に甘えて夕食はここでお世話になります」
こうして、キミコの母特製のシチューを頬張りながら色々な話をした。
元の世界でのリョウコの話。
そして、僕の話も。
「じゃあ私が送っていくから!」
「いや、俺が行く。まだ聞きたいことが少しあるから」
「背中は?無理でしょ?」
そう言われて、ひょこひょこと歩いて見せる。
実際には少しピリピリと痺れる感じの痛みが続いている。
「少しぐらいなら平気だよ」
そう言っても、キミコは怪訝そうな目で俺を見る。
「キミコ!あんまり困らせないの!」
「はーい。じゃあコウスケ!気をつけてね!」
キミコママのナイスなアシストでなんとか誤魔化すことに成功する。
そして、リョウコを連れ夜の町へ出た。
もし背中がぱっくりしてしまおうとも、もう少し話していたかった。
それはエゴが生み出す上から目線の同情なのか、或いは同じ境遇が形づくる同調なのか、なんだか変な気分だ。
とにかく話したりなかったことを沢山話した。
家族、学校、友達。
「コウスケさんはいいですね。私は別に友達とかそんな…」
「ここに飛ばされたのもそう悪くないことかもしれないよ?今までの君を知らない人ばかりだから、第二の人生を歩んで、友達もいっぱい作れるかもしれない」
「はは…中学生にして第二の人生って…」
口は笑っているが、苦笑って感じでどうにも元気そうに見えない。
僕もこの子の立場だったらこう思うのだろうか。
期待させといて、馬鹿みたいに理不尽な世界。
僕はそんな世界にこの子と同じぐらい絶望するのだろうか。
「それに、やっぱり友達なんて無理です。こんな見知らぬ場所で…」
「そんなことないよ。だって、もうキミコも僕も友達だっていていい関係だよ」
慰めたつもりではないし、事実を言っただけだ。
家で一緒にシチューを食べるぐらいの仲。それを友達といわずして何と言う。
そして、何故か彼女はグズグズ泣き出した。
「泣かないでよ。そんなに僕と友達になるのが嫌?」
「嫌じゃないですう…むしろ、いえ、ありがとうございます」
転んだ子供のような涙の量で、鼻を啜りながら彼女は礼を言う。
友達というのは礼で成り立つものではないが、
「どういたしまして」
なんだかこういうのも悪くないと思った。
調子に乗って睡眠時間と命を削って書いてしまった。
ペースは徐々に下り坂…