episode1: やってきた男
chapter1: 始まりの始まり。
「すいませーん」
叫んでみるが、誰も出てこない。
「すいませーん」
もう一度叫んでみた。それでも誰も出てこない。
大きな旅館の割には、立地条件も悪く、玄関のたてつけも悪い。玄関をくぐって中に入って中を見回したけど、あまりたいしたものは無かった。
玄関の帳場を覗き込むと、帳簿が置かれてあった。その帳簿を手にとって、ぱらぱらとページをめくった。もう半年近く客の流れが止まっている。その半年前も一人泊まっていただけで、それ以前も、客の入り状況はまばらでだった。
「誰だ?」
帳簿を見回していると、中から飴(棒つきの飴)を咥えた、見た感じ20代前半の男の人が出てきた。
おそらく、この旅館の従業員だろう。
「あの、すいません。突然お邪魔してしまって。・・・俺は、おじさん・・・耕輔さんの甥っ子で、神奈雄大って言います。おじさんは・・・?」
「あぁ耕輔さんの・・・。ちょっと待ってなよ。」
と言い、従業員の人は中へと入っていってしまった。
僕は、呆然とその場に立ち尽くしていた。
何分が過ぎたころか、中からさっきの男の人と、同じくらいの年齢の女の人が3、4人出てきた。
「な、似てるだろ?」
さっきの従業員の人は、俺を指差し、他の従業員の人に同意を求めた。
「あぁ似てる似てる。」
「髪型ぐしゃぐしゃにしてタバコを咥えさせたら完璧だね。」
中から出てきた従業員の人は、珍しいものでも見るかのような目で、俺を見回した。
「あの〜おじさんはぁ〜・・・?」
俺は、最初に出てきた男の人にむかって、呟いた。
男の人は、なんだっけというような顔をしてから、思い出したかのように手をポンと叩いた。
「あぁ、耕輔さんね。耕輔さんなら、今は旅に出てここには居ないよ。」
男の人は、笑いながら言った。
しばらくの間、俺は呆然とその場に立ち尽くした。
目の前の人たちが、何か言っているのは、耳に入ってきているが、何を言っているのかは解らなかった。
のどが酷く渇いた感じがして、つばを上手く飲み込めなかった。
思考は完璧に停止していた。
「えぇ〜〜〜!?」
何分か置いて、やっと思考が取り戻された瞬間、思わず叫んでしまった。
従業員の人たちは、驚いた様子で俺を見た。
「あぁでも、耕輔さんから手紙を預かってるよ。」
従業員の人が、茶色い封筒を僕に差し出してきた。
その封筒を受け取って、びりびり、と封を切る。緊張で手が震えて上手く開けれない。
やっとのことで封を切ると、中には一枚の手紙が入っていた。
“拝啓、雄大へ。”
なんだこのお決まりの始まり方は・・・。
“この手紙を読んでいるということは、お前がこの旅館に来たということだろう。いろいろ大変なことだろうとは思うが、俺は今旅に出ていてその場に居ることができない状況だ。だがそこに居る、乙姫や涼奈、浅倉たち、そして明恋と千尋が力になってくれることだろう。そいつらと過ごすのは大変だろうが、その分楽しい毎日が待っていることだろう。ということでお前はその旅館に住み込みで働け。乙姫、涼奈にはちゃんと話を通してるので、大丈夫だろう。そういうことで、よろしく頼んだ。”
またしばらくの間、思考が停止した。
思考が戻ったとき、手紙の続きに気づいて読んでみた。
“PS、帰るまでの間の給料なんだが、無しということで。”
と、書いてあった・・・。
走り書きで書かれていて、急いでたという様子が読み取れる。
・・・多分断ったらおじさんのことだから、酷いことされるんだろうな、と思いながら手紙を封筒の中に戻す。
「・・・わかりました、これからよろしくお願いします。」
そうして俺の旅館生活が始まった。
このときまでは、俺も普通に暮らせると思っていた・・・。
あの事件が起こるまでは。
to be continued




