episode10:貴博という男
chapter3:失われた秘法
「・・・遅いすね。」
俺は、貴博さんがまったく現れないので、裕樹さんに言った。
時計に目をやると、約束の時間まであと1分だった。
「先に入っていてもいいんだがな・・・。」
なにやら神妙な顔つきで裕樹さんが言う。
その瞬間、俺は背後に人の気配を感じた。
振り向くと、そこには一人の男が立っていた。その男は、真夏だというのに、ロングコートを身につけ、山高帽を被っていた。顔つきは端整でありながらも、どこか恐ろしい雰囲気を漂わせ、なにやら不穏な空気を醸し出していた。視線を落とすと、左手の薬指には、どこかで見た覚えのある形の指輪をはめていた。
涼奈さんは、その男の顔を見ると駆け足で男に近づき、抱きついた。
「貴博〜。」
・・・この人が貴博さんか。
不気味な雰囲気を放つ男は、現われた時とは打って変わったように、優しい顔つきをしている。
「会いたかった・・・。」
涼奈さんがいつもは出さないような、甘えるような声を発する。
貴博さんは、涼奈さんの頭をなでて、腕から下ろして一言囁いた。
その瞬間涼奈さんの顔面が火が出るように赤くなった。
そう、それはまるで顔面から煙が出ているかのように・・・。
「こいつが耕輔の・・・。」
貴博さんが言って俺の顔を見る。
その瞬間、言いようのないような不気味な感覚に襲われる。
その視線に見つめられただけで、背筋が凍るようだった。
「さぁ行きましょう。」
裕樹さんもいつもとは違った言葉使いだ。たぶんそれほどこの、貴博さんがすごい人なんだろう。
俺は、皆が中に入っていくのを最後尾で見ていた。
中に入ると、綺麗に整備されたフローリングに、10mほどの高さがある天井には、ピカピカと光り輝くシャンデリアが吊るされていた。
「エレベーターに乗るぞ。」
目の前にあるエレベーターを指差して貴博さんが言う。
皆はそれに付き従い、エレベーターに向かって歩く。
俺は最後尾を歩く。
「お前が耕輔の甥の雄大か。似てるな。残雪と初めて会ったときもびっくりだったが・・・。」
貴博さんは、俺の顔をまじまじと覗き込んでくる。
“チン”
エレベーターが来たらしい。
エレベーター内では誰も何も言わず、沈黙が流れていた。
「・・・ラグナは俺の親友だ。」
口を開いたのは貴博さんだった。
ラグナとは、ラグナロクの社長の名前だ。
一瞬にして、エレベーター内に緊張が走った。
貴博さんはゆっくりと口を開いて語りだした・・・。
to be continued




