終戦の日 1945年8月15日
アブラゼミがやかましく鳴き、全てのものがうだってしまいそうな真夏の午後、通信兵が大声を上げた
「戦争は終わった! 終わったぞーー!」
兵士達は、通信兵を囲み、隣りあったもの同士、てんでなさんざめきが起きる。
期待と緊張感が、低い唸りのようなざわめきとなって砦全体をおしつつんでいた。
これには、一晩中森の中を走り回り、ソ連兵を手玉に取っていた播戸も、休んでいる訳には行かず
「落ち着け、正確な情報を伝えろ!」
「はい、少尉殿」
「日本は、連合国のポツダム宣言を受諾し、戦争は終結したと無線が入りました。日本は連合国に降伏したと、天皇陛下から直接のお言葉が、本土で流れたようです」
「命令は何か出ているのか?」
「いえ命令では無く、一方的に各チャンネルに流されている無線であります。」
「即時停戦命令が出た訳ではないのだな!」
「その通りでございます。」
「それなら俺達は、敵が攻撃を止めない限り今まで通りだ!」
通信兵の言葉を聞いた直利は、自分の視界が狭くなるのが分かった。
期待なのか不安なのか怒りなのか・・・動揺で鼓動が早鐘を打ちはじめる。
息が上がり、えもいわれぬ不安で胸が締め付けられる。
頭を振った。どうする、どうする、と頭の中に囁き声が充満する。
思考が、氾濫した水で押し流される。
渦を巻き、思い浮かべた言葉や感情を、洗濯でもするかのようにごちゃまぜにする。
直利は暫くその、焦燥感の洪水に身を任せた。
激流が頭を掻き回す。もちろんほんのわずかな時間に過ぎず、たとえば、まばたきを数回するほどの間だったが、その奔流が止んだ途端、気持ちが切り替わった。
頭の中の濁りが消え、思考や逡巡もなく、体が動く。先ほどとは打って変わり、視界が広くなり、自分に言い聞かせるように播戸に確認した。
「播戸少尉! 下では戦闘が続いている! 俺達は、これからどうするんだ? まだ戦うのか?」
「命令は何も出ていない。まだ戦いは続いている。だが慎重にはならざるおえないし、動揺している者も多い・・・今日は大人しくしようと思う。」
「俺も動揺したよ・・・しかし、気持ちは切り替えたよ。お前の命令があればいつでも戦いに行くよ」
播戸は、八方山陣地内兵士に今まで通りと宣言したが、兵士達は動揺を隠す事は出来ず、士気も低下しており、ゲリラ戦は中止せざるおえなかった。
眼下では、軍道上の師走陣地守備隊が、ソ連軍の激しい攻撃に晒されており、ソ連側に停戦の意思は感じられず、むしろ前進する力が増しているようであった。