1945年8月13日
遠い国境いの山々は、濃い薄い緑を盛り上げ、人肌のような温味を匂わせて、地平の果に、のびのびと横たわっている。
直利はしばらくそこに立って、人生最後の絶景と思いながら見惚れていた。風の音と、鳥の声しかない。息を吸い込めば、その音すら身体に取り込めそうだった。
半田を見下ろせる山頂で、直利達は撤退してくるであろう、他の小隊員を待っていたのである。
「もう誰も戻って来ないか」
「少尉殿、これ以上待っても無駄です。散っていった者達も、我々が先へ進む事を願っていると思います。」
「そうだな、残ったのは、俺と井出、大森、平川、木山、梶野の六人か」
「はい、しかし幸いにも六人は大きな怪我も無く、士気も高く保っております!」
「半田の岡田さんの戦いを見取ったら、八方山陣地へ向かおう」
半田集落周辺では、最後まで激しい抵抗を行っていたが、昼過ぎには戦闘は止まっていた。
直利達の奇襲と、半田守備隊の決死の抵抗で、たった100人程度の兵力で2000人以上の旅団を、2日間足留め出来た事は奇跡的であった。
半田を陥落させたソ連将校の記録には
半田は、無数の塹壕とそれを繋ぐ通路で要塞が築かれており、500名近い士気の高い兵士が塹壕に立て籠もり、時には地雷を抱え戦車へ自爆攻撃、夜になれば闇に紛れ野営地への夜襲を仕掛けてきた。
この先にある、八方山要塞の攻略には多大な被害が予想される事から、迂回して南下する作戦を提案する。
日本軍は、我々が想定していた以上の強さであり、短期間での樺太の制圧と、その後の北海道侵攻は難しい作戦となる。
と記されていた
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直利達は、半田から尾根伝いに移動し、深夜に八方山陣地へ到着した。
「能戸少尉と小隊5名、八方山陣地へただいま到着いたしました!」
直立不動の直利らに、現在陣地を指揮している播戸少尉は
「能戸少尉、俺とお前の中じゃないか、堅苦しい挨拶は不要だよ。半田から休む事無くここまで来たんだろうから、まずはゆっくり休め」
「はっその前に、戦況をお聞かせください。」
「話すからそこで休んだまま聞いてくれ」
播戸少尉は、八方山陣地と周辺の戦況を話し始めた。
八方山陣地は、食料は少ないが十分な弾薬があり、200名の兵士の士気も高い
今日の早朝には、八方山陣地へ攻めて来たソ連軍を撃退したとの事
しかし、ソ連軍は、八方山陣地攻略を諦め、迂回して古屯へ向かった為、大隊長は播戸少尉へここを任せ、古屯付近の軍道でソ連軍を迎撃中である。
古屯付近に構築した守備陣には、速射砲などもあり、ソ連の戦車も撃退できると考えているとの事であった。
「大隊長殿からはどんな命令を受けているんだ?」
「ここを死守し、例え自分達が突破されたとしても、八方山陣地は敵のトゲとなり、後続の行軍を一日でも遅らせるようにと!」
「流石大隊長だな、ろ号決戦の主旨を理解してる命令だ」
「そうだな、血気盛んな奴は、ただ突撃して死ねばいいと考えている奴もいるが、俺達の仕事は、本土からの援軍が来るまでの時間稼ぎだからな」




