1945年8月10日
暗い砦の中に、明るい光が平たい板のような形に射し込んできている。
直利の部隊は、一晩中警戒していたが、ソ連軍に動きはなく朝を迎えた。
「ろ助の野郎共は、何してるですかね?」
「大本営が言ってた外交交渉が、上手く行ってるかも知れんな」
「伝令兵、司令部から何か連絡はないのか?」
「申し訳ございません。何度か電話をしておりますがまったく繋がらない状態です」
「電話機が壊れているのか?」
「確認しましたが、こちらの電話機は故障しておりませんが、他にも繋がりませんので、途中の電話線か交換機の故障と思われます。」
「またか・・・しょうがない、我々は現場判断で動くしかないな、ろ助の動きもないから各自早まった行動は慎むようにな!攻撃は、相手の攻撃を見てから始めるようにする。我々は、息を潜め敵を待ち受けよう」
「「「承知いたしました。少尉! 」」」
直利は、明確な命令がない状態で、部下に偵察を指示する
「金山と阿波加で、国境を越えた丘まで行って偵察して来てくれ、途中で敵に遭遇したら何もせず戻ってこい」
「了解しました」
昼前に陣地を出発した偵察が、3時になると戻って来た
「能戸少尉!金山戻りました!」
「どうだった?」
「国境を越え、丘まで登り敵陣を偵察して来ましたが、今の所大部隊の集結は無く戦車も見えませんでした。」
「そうか、変わった所はあったか?」
「途中に、敵偵察兵の物と思われる、バイクのタイヤあとがありましたので、向こうも偵察はしているようです」
「宣戦布告して来たんだから偵察は当然だが、それにしても不気味な位動きが少ないな」
「上が宣戦布告しても、現場はビビッて何もしないじゃないですか~ハハッハッハハー」
「浮かれるな! 戦力は向こうの方が上だ!」
軽口を叩く部下を直利は叱咤する
「申し訳ございません・・・」
西に傾いた陽が裏山の頂に触れそうな時、地上には、夏といってもまだまだうすら寒い北国の夕風が流れはじめていた。
「少尉、不気味な位に動きがありませんね。」
「動くなら、完全に陽が落ちてからかも知れん」
結局、日が暮れてもソ連軍に動きはなかった
ドドドドドードドドドドードドドドドードドドドドー
地響きが地の底で大太鼓でも打つ不気味さで、少しずつ少しずつ大きくなり、まっしぐらに接近してくるようであった。
「少尉殿!これは」
「ろ助が動き出したようだな」
「しかしまだ何も見えません」
「監視を続けろ! あと司令部に連絡は取れんのか!」
「申し訳ございません。電話はまったく通じません」
「少尉殿、橋は爆破しておきましょうか?」
「いや、こちらから先に動き出す訳にわいかん」
戦闘の自重命令は、既に解除されていたのだが、直利の部隊へ伝わる事はなかった。
暫く国境方面を監視していると、小さな光が見え始めた
それは、車両のライトで、綺麗に二列に並んだ細長い光の川のようにこちらに流れてきた。
通信兵は、無駄と解っているが電話器のハンドルを、グルグルと回し始めるとすぐに叫んだ。
「もしもーし!もしもし!もしもーーし!」
「少尉殿、突撃しますか!」
「我々の任務は時間稼ぎだ! 突撃しても30分しか足止め出来んし、まだ、ろ助は撃って来てないから、こちらから攻撃する訳にはいかん!」
「それではどうするのですか?我々は囲まれて孤立してしまいます」
「逆に考えるんだ、我々の存在に気が付かず、進軍していったら、我々は敵の背後から奇襲出来るんだぞ」
直利の部隊は、息を潜め監視しながらソ連機甲部隊をやり過ごしていた
「これは正規の独立戦車旅団だな」
「機関銃しかない歩兵小隊30名で、どうやって旅団を攻撃するんですか! 一蹴されて終わりですよ」
「今の帝国陸軍小隊で、重機関銃2丁、軽機関銃3丁もある部隊はそうそう無いんだぞ。小銃一丁で、アメ公の戦車と戦った英霊達に笑われるぞ、やりようはいくらでもある」
「我々の命は、少尉殿にお預けします! 名誉ある死に場所を作って下さい!」
「俺達の使命は、本土からの援軍と避難民の為の時間稼ぎだ、死ぬ覚悟で生き残り、ろ助を一人でも多くぶち殺してやる。だから時が来るのを待て」
直利の率直な話ぶりは、まるで将軍のように立派であった。