1945年8月9日
早朝 第88師団に大本営から入電
(ソ連が対日宣戦布告をしてきた戦闘準備を行え、但し外交交渉中の為、積極的戦闘行動は慎むよう)
入電を聞いた通信兵は、身体中の水分という水分がじりじりと干上がっていく感覚があった。焦りと絶望感が肌の下をじんわりと広がってくる。
「ろ、ろ、ろ助が来るぞ!」
通信兵の入電を聞いた将校は、興奮はしているようだったが、取り乱している様子はなく、直ぐに指示を出した。
「緊急サイレンを鳴らせ! 兵員の緊急招集だ!」
ウーウーウー! ウーウーウー! ウーウーウー!
早朝のけたたましいサイレンの音で起きた、直利が外へ出ると
「ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流! ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流!」
「ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流! ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流!」
「ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流! ソ連が対日宣戦布告! 兵隊は至急部隊へ合流!」
伝令兵が、大声を出しながら街中を、駆け抜けている。
なんどもあらっていろがはげ、ガーゼのようにやわらかくなったゆかたのねまき姿の満子が直利へ声を掛ける
「あなた・・・」
「満子大丈夫だ、この日の為に訓練して来たんだ。ろ助の進軍は俺達が遅らせる! お前はお義父さん達と一緒に真岡へ向かい、稚内まで戻るんだ。」
「嫌です。私はここで貴方を待ちます。」
「馬鹿な事は言うな、俺達に勝ち目はないんだ! 俺達は、ただ時間稼ぎをし進軍を一秒でも長く遅らせる事なんだ。俺も無茶はしない。稚内で待っていてくれ」
「解りました。貴方が帰るまでずっと待ちます。玉砕などせず必ず生きて戻って来て下さい。」
「解った玉砕はしないよ」
直利は満子を見届ける事無く、軍服へ着替え部隊へと向かった。
直利が部隊へ着くと、半数以上の兵士が、既に合流しており、丁度合せ鏡をしたように同じような間隔で兵隊が並んでいた。
「ほぼ揃ったようだな。大本営の指令を伝達する。ソ連が対日宣戦布告をしてきた、各部隊は【ろ号決戦】に従い行動する事、但し外交交渉中の為、積極的戦闘行動は慎むようにとの指令だ」
「能戸少尉であります。質問よろしいでしょうか?」
「構わん」
「積極的戦闘行動は慎むとは、具体的にどのような事でしょうか?」
「正直、わしも解らんが、先に何か仕掛けるのは止めておけ、向こうが撃って来るようなら遠慮なく応戦しろ」
「承知いたしました。」
「それでは各自【ろ号決戦】に従い急いで配置へ付いてくれ、ろ助はもう進軍を始めてるはずだ」
直利は【ろ号決戦】に従い、敷香町北部の山中にある陣地へと向かった
この陣地は、国境の最前線にあり、ソ連軍が南下するための唯一の軍道を、見下ろせる絶好の位置にあり、真冬でも常に数名が常駐し、軍令部との電話回線もあった。
「能戸少尉、上敷香橋の爆破の準備は出来ております。」
「大本営から、こちらから仕掛けるなと指令が出ているから、橋の爆破はまだしなくていい」
「それ以外の橋の爆薬の準備はどうしましょうか?」
「準備だけは全部の橋にしておけ」
「承知いたしました。」
陣地へ到着後5時間が経過し、夕方になろうとしていた。
「ろ助の動きは今の所無いようだな」
「宣戦布告して何もしないとは何を考えてるんですかね?」
「普通は、こちらの準備が整う前に、電光石火で侵攻するのがセオリーなんですけどね」
「日が暮れてから動き出すかも知れんから注意は怠るな」
部下とのやり取りの間も、直利の頭から満子の事は離れる事はなかった
(満子達はどこまで南下出来ているかな・・・)