1945年8月19日
陽が昇る前に直利は、八方山陣地に生き残っている全員に、最後の作戦を伝えた。
深夜に、負傷していない28人で北斜面を一気に下り、ソ連兵を一人でも多く倒す。
ソ連軍には、全員での玉砕と思わせる為に、大袈裟な声を挙げ、死ぬまで銃を撃ち尽くせと
負傷者4人は、八方山陣地内に隠れ、敵を十分に引き付けてから残った機関銃で、一人でも多くのソ連兵を殺して欲しいと
「皆すまんな、誰一人として生きて本土へは戻れない」
「少尉殿、何をおっしゃっているのですか!我々は本望であります!」
「南方では敵と戦う事無く、飢餓やマラリアなどで散って行った兵士も多いと聞いております。我々は、敵と戦いそれで散るのであれば何も思い残す事はありません。」
「半田から少尉と一緒に戦って来た話は、靖国での自慢話になります。胸を張って先輩英霊の元へ行けます!」
覚悟を決めた一同は、陣内に残る者が隠れる穴を、攻撃するのに適した場所を議論しながら掘り始めていた
穴を掘りながら、直利の脳裏に満子が浮かぶ
(満子すまん。お前との約束は守れなかった)
幸いにも、まだ電話が通じている八方山陣地の通信兵が、血相を変えて直利の所へ走って来た。
「どうした?何か連絡があったのか?」
「少尉殿、大本営から命令です!」
「話せ」
「樺太でソ連軍と戦っている、第5方面軍に即時停戦命令が出されました!ソ連側の指示にしたがい武装解除せよ!」
「間違い無いんだな!」
「はい! 間違いございません」
全員死ぬ覚悟が出来ていた、陣地内は微妙な空気になった。
「少尉殿! どういたしますか!我々は一人でも多くのソ連兵を道連れに、玉砕する覚悟は出来ております!」
「さっきまで皆を煽っておいて、申し訳ないが大本営の命令には従う。」
「降伏しても殺されるだけではありませんか?」
「昼過ぎから野砲も止まっている。ソ連側にも停戦命令は届いているようだ。降伏の後どうなるか解らんが命令には従う」
「しかし・・・」
「白旗を上げろ! 俺がソ連側の出方を確認してくる」
八方山陣地には白旗が掲げられ、直利は丸腰でひとり陣地から出て森へ下っていった。
ソ連側からは、銃を構える護衛役と士官と通訳と思われる兵士が、森から出て来た。
「大日本帝国陸軍 能戸少尉であります。大本営から停戦の命令を受諾いたしましたので、ソ連側の対応を確認しに参りました」
「ソビエト陸軍 レオンチー・チェレミソフ少佐である。戦争は終わったのだ、我が軍へも停戦命令が出ている。捕虜として国際条約に沿った扱いを保証するので、即時武装解除を求める」
直利とチェレミソフ少佐は、がっちりと握手した。
「武装解除を行う意思はあるが、まだ心の整理が出来ていない者がいる。半日程度猶予を貰えないか?」
「半日は待てない。3時間猶予を与えるから兵士を説得してくれ」
直利は静かに頷いた。
「食料は足りているか?」
「食料はもう尽きている」
その言葉を聞いたチェレミソフ少佐は、大声で後方に控えている部隊に何やら指示すると、物資が詰まっている籠を持って来た
「パンと砂糖と水が入っている。腹を満たし兵士が落ち着いたら、武装解除して全員下山してくれ」
再度握手を交わし、お互い背中を向け元の場所に戻った。
八方山陣地へ戻ると、全員直立不動で直利の言葉を待っていた。
「ソ連からの差し入れだ、空腹を満たし落ち着いたら武装解除して下山するぞ、ろ助を信用している訳でないがこれ以上戦う意味はない」
こうして直利ら八方山陣地の戦いは終了した。




