1945年8月17日
西に傾いた陽が山の頂に触れそうな時刻で、砦には、初夏といってもまだまだうすら寒い樺太の夕風が流れはじめていた頃
八方山陣地の東側の偵察を任された梶野が、慌てた様子で駆け寄って来た。
「能戸少尉、ろ助が一個旅団位の歩兵の編成を始めました!」
「馬鹿野郎! 真っ先に報告するのは播戸少尉だろ!」
直利は梶野に、強くはないがビンタし腹に蹴りを一発入れた。
それを見ていた播戸は
「能戸少尉らしくないな、聞こえているから構わんよ。それより早速対策を練ろう」
直利は、播戸と地図を広げ、敵の侵攻ルートの検討を始めた。
「この時間で編成していると言う事は、夜襲する気だな」
「ろ助も本気で、ここを落としに来るようだな」
「俺達に時間を割いてくれるのは、時間稼ぎを任務としている俺達にとっては、好都合だ」
目を合わせた、播戸と直利は、悪戯小僧のような不気味な笑顔を浮かべていた。
------
陽が落ちてから、進軍を始めたソ連兵は、罠も抵抗もなく進んで行く事に、違和感を感じていたが、将校の考えは違っていた。
「日本軍お得意の夜襲を、我々がやると思っていないようだな、山に籠っている忌々しい猿を今夜根絶やしにしてやるわ!」
ドドッドッドッドド! ドドッドッドッドド! ドドッドッドッドド!
日本軍の塹壕近くの森に達すると、機銃掃射で前線の兵士がバタバタと倒れた。
「ふっふっふ、ここまで来てやっと気が付いたようだな。もう遅いわーはっはっは~」
「全軍突撃せよ! 一気に砦を落とすぞ! いけ~!」
将校の号令でソ連兵は一斉に突撃し、塹壕手前の罠に次々と爆死して行くが、突撃は止まる事はなかった。
------
「ろ助もやる気があるじゃないか!203高地の逆だな」
「そうですね。砦から機銃掃射されながらも、一歩一歩登ってますよ。」
そう軽口を叩いているのは、突撃するソ連兵の100m後ろで、小銃を構えている直利とその部下達だ。
直利達は、大木の下に穴を掘り、最後は入念に落葉で偽装し、ソ連兵が通り過ぎるのを5時間も待っていたのである。
「あの一番後ろで、号令だけ出してる奴が将校だろう」
直利達は、一番後ろで簡易塹壕を作り、その中で号令だけ発している将校へゆっくりと忍び寄り、躊躇なく塹壕へ飛び降りた。
ドスッ! ドスッ! ドスッ! ドスッ!
将校とその取り巻き達を銃刀で突き刺すと、彼らが持っていた機関銃を奪い、突撃するソ連兵を背中から撃ち始めた。
ドドッドッドッドド! ドドッドッドッドド! ドドッドッドッドド!
勇気を振り絞り、罠を掻い潜り、機関銃が掃射する塹壕へ突撃していたソ連兵も、突然の後ろからの攻撃には、各自撤収するしかなかった。




