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夏休みが始まらない  作者: 人形 静香
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第三章ーⅡ

日に日に寒くなってまいりましたが、こちらは夏のお話し。


 なんて暑い夜なのだろう。自転車を漕いでいる間は、風が当たって心地いいが、信号で止まってしまうと、急に暑い。用水路の水の潺で得られる涼しさを超える。交通量の多い道路を越えた先に、僕がアルバイトに行っているファミリーレストランがある。駐車場には自転車が多い。近くに美大があるので、そこの学生がよくやってくるからだ。バイト先にも美大生が何人かいる。

 重い扉を押し開けると、ベルが鳴った。

 「いらっしゃいませ、何名さ―――あっ。こんばんは。」この人もその美大生の一人だ。名前は知らない。自己紹介をされたこともあったが、興味がないので忘れた。

 「どうも、こんばんは。お疲れ様です。」

 午前一時がラストオーダーなので、8時にはまだファミリー層がいる。平日なので、客足は少ない。スタッフルームに向かう入口の近くには、ドリンクバーがあるが、今はだれもいない。

 「こんばんは。あれ、店長は?」スタッフルームを開けても、そこには村上さんしかいなかった。

 「ああ、帰ったよ。新メニューの一覧表そこに印刷してあるから。」帰りやがったのか、あの無責任野郎。でもいいか、喋りたくないし。

 「ああ、ありがとうございます。今日何時からですか?」村上さんは、私学の大学に入っている。

 「えーっと、8時半からだよ。今日は、お客さん少ないからね。田沼さんが一人でフロアやってくれていてねぇ。それにしてもあついねぇ、最近は。キッチンのオーブンの横なんて、灼熱地獄だね、あれは。でも、そんな暑さなんて気にならないほど夏はいいよねぇ。楽しいことが多いし。」あの人の名前は、田沼さんというんだ。たぶんまた忘れる。

 「村上さんは、今年の夏どっか行くんですか。」僕がそう尋ねると、頭をぼさぼさ掻いて言った。

 「僕は、ほら、今年就活だからねぇ、それどころじゃないんよ。」

 「ああ、そうですか。」

 「君は、どこか行くの?来年受験でしょ、今年しか遊べないしね。」

 「友達と海に行きます。」

 「そりゃいいね、楽しんでね。」そう言ってタバコを吸いに灰皿をもって、外に出てしまった。

 新メニューの一覧表をもって、僕も出ていくとキッチンには何人か人がいたが、話したこともないような人だったので、そのまま無視して帰路に着いた。


 「あれ、○○じゃねーの。」

 駐車場の自転車を出していると、後ろからバカそうな声で、僕の名前を呼ぶ声がした。振り返ると、バカがいた。

 「やっぱしそーじゃん。何やってんのぉ」

 振り返ったところにいたバカは、同じ中学に通っていた落ちこぼれだった。小学生の時は、みんなほとんどが平等だった。でも、体力、学力、家柄などによってヒエラルキーができる。努力しない奴は、落ちこぼれになって、努力した奴は挫折する。こいつは、前者だ。

 「ああ、バイト。」バカの隣には腐った林檎みたいなバカ面引っ提げた女がいた。さっきから漂う異臭はたぶんこいつが根源だろう。

 「まじで、うけるわー。ここでバイトしてるとっか」ゲラゲラ笑っている。何が面白いのか、皆目見当つかない。

 「それ、お前の彼女かよ。」

 あ、って顔をこちらに向けて、笑い声が止んだ。

 「ああ、なんだら。お前、」底抜けの阿呆だな。こいつらは。

 男が3人、女が2人。ダサい服をまとって、浮浪者みたいな穴の開いたズボンをはいている。女は何処にでもいるような量産型のザ〇。間合いは2メートル弱。一歩踏み出せば当たる距離だ。

 「おい、お前なんか文句あんのかよぉ」相手はもう喧嘩する気満々だ。今のヤンキーは、バカだから暇にかまけて誰とでも喧嘩を吹っ掛ける。だが、本当に勝てるとおもっている相手にだけだけど。

 「文句はねぇやなぁ、ただ、その女が垂れ流してるクセェ匂いはどうにかなんねぇのかよ。クセェな。顔が腐りかけてんじゃねぇのか?」

 女は顔を真っ赤に紅潮させた。

 「なんだらてめぇよぉ――――」

 振りかぶって殴ろうとしてきた。そんなに振りかぶるなんて無駄な動きが多すぎる。それに脇が甘い、開き過ぎだ。腰が引けているし。喧嘩慣れしてないんだなと思った。かわいそうだが、そいつの振りかぶった拳を避けるために、内郭から顎に左を入れた。あたりは悪かったが、顎には当たったのでそいつは仰向けに倒れてしまった。当たりが弱いために意識はあるみたいだが、当てたところが下顎なので、足がすくんで立ち上がってこられないようだ。

「あぶねぇなバカ。当たったら自転車倒れちゃうだろうがよ。」

 異臭女が駆け寄っていった。めんどうくさいので早く帰ろうと思って、自転車に跨った。腹が減ったし帰ろう。

 「おい、異臭女。家帰って風呂入れよ。」

 「うるせぇ―――ううえぇあお―――」

 「おい―――待てよ、おい。なにやってくれてんだよぉ――」バカだ、またバカが現れた。もう一人の男は、殴ったあいつを担いでいる。もう一人の女は、ぼーっと突っ立っている。

 「なんだよ―――」 

 お前と、言いかけた時にそいつのポケットから取り出された折り畳みナイフ、一般的に言うとバタフライナイフに目を向けた。あの、ヤンキーとかがカシャカシャやっているやつだ。ドラマとかで、見たことがある。これっておもちゃじゃないよな。だったらいいのに。そいつはずんずんとナイフを右手に掴んで近寄ってきた。手と唇が震えている。手加減を知らないバカが。っく―――。だから喧嘩は嫌いなんだ。

 自転車に跨っていたので、動きが取れなかった僕は思考回路を回転させる余裕はなく、そいつが右手に持っている光物に動揺していた。

 しかし、そのナイフが僕の皮膚に届くまでに、そいつは視界から消えた。

 「ジャンピングニーパッド・・・」

 ナイフはアスファルトの上をカラカラと滑っていって、バカは地面に倒れこんだ。

 「よぉ―――中条じゃねぇーか。」

 僕の危機を間一髪で助けてくれたのは、中条玲一だった。筋骨隆々というわけでもないのに、中学時代から強かった中条は、少林寺拳法で全国大会に出たこともある奴だ。スポーツ推薦で、市外の高校に入学した。頭も悪くないので、勉強は僕以上ではないができる。見事な膝蹴りを見せた中条は言った。

 「お前、また喧嘩しているのか。生兵法は大怪我の基っていうだろ。」

 「いや違う。こいつらがやってきたから。」

 「お前が、なんか言ったのだろう。」

 「見てたのか、お前。」

 「いや、そんな気がしただけだがその様子だったら、あながち間違ってないみたいだな。」

 「でも、助かったよ。」

 バカたちは、何も言わずどこかへ、消えてしまった。今気が付いたのだが、ファミレスの出入り口から、何人かの視線を感じる。

 「帰るか。」

 倒れてしまった自転車を起こし、散らばった新メニュー一覧表を拾って前の籠に入れた。中条も手伝ってくれた。

 「お前はここで何やってたんだ。」僕が中条に聞いた。

 「ランニングだよ。」

 「そうか。」

 「勇作に海の事聞いたか」

 「今それを聞くのか? ああ、明日お前の家に集まるって聞いたよ。さっきメールが届いてな。」

 少し沈黙が続いた。空は薄い雲で覆い尽くされて、ぼんやりと月の影が映し出されている。風はあまり吹いていないので、雲は静止している。車のライトが、視界の隅を何回も照らして、遠くで信号の明かりが瞬いている。どこからか話し声が聞こえて、笑い声も重なってきた。何を話しているのかはこの距離からはわからない。自転車のチェーンがずっと高い金属音をたてている。発電式のライトは、タイヤの回転数が少ないので点いたり消えたりしている。ハンドルを掴んでいる手からは汗がじわっと出てきている。

 「今日は空が汚いなぁ」

 「ああ、そうだな。星は見えないな。朝、雨降ったからな。」

 「喧嘩はいやだな。」

 「あ、そうだな。」

 「ナイフはないよなぁ」

 「あ、バカだな。」

 「なんか、むかつくな」

 「そうか?」

 「そうだよ」

 僕は、人からいじめられたことも、人をいじめたこともない。だから、虐める奴も虐められる奴も嫌いだ。喧嘩は嫌いだ。できればやりたくない。でも僕は世渡りも得意じゃないし、人付き合いも苦手で、媚びる奴が嫌いだし、媚びるのも嫌いだ。だから、たまに人ともめることがある。でも、いつも後悔する。今日もそうだ。僕は、あいつらと何も変わらないバカだ。自分で分かっている。本当に。

 中学の時に、いつもおどおどして虐められていた奴を助けたことがあった。それは、助けるということを口実にして、虐めていた野球部のキャプテンを殴りたかっただけなのかもしれない。でも、助けたところで僕はヒーローにはなれなかった。脱臼したキャプテンの腕を見て学年主任は、「どう責任をとるんだ。」なんて言ってきた。先にも言ったが世渡りが苦手だ。大人に褒められるような奴はろくなもんじゃねぇ。反抗心のない奴は成長しない。結局僕は、喜劇の脇役だ。

「じゃあ、また明日な。」

「じゃあ、また明日。」

 僕がそう応えると、中条は角を曲がり、自分の家に向かって街灯に照らされた細い路地を駆けて行った。

 


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