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希望

 浅い眠りから覚めても、まだそこは真っ暗だった。

 硬い床の上に、薄い毛布に包まれて横になったのは二度目のコンタクトのすぐ後だ。

 

 周りの人質たちの寝息が聞こえる。

 アルスもまだ眠っているだろうか。

 彼がいるはずの方に目を凝らす。


「どうした?眠れないのか?・・・まあ、硬くて冷たい床に寝ろなんて、お嬢には無茶な話か」


 夜目が効くアルスは私の視線に気づき、周りを起こさないように小声で話す。

 ふわっ、と柔らかいものが私を包み込むのを感じた。

 アルスが自分の毛布を掛けてくれたのだと察する。


「こんなんでも、ないよりはマシだろ」


「いりませんわよ。これじゃあなたが寒いでしょう!?」


 ガバッと起き上がり、毛布を返そうとすると手を捕まれ止められた。


「俺はお嬢がコンタクトに連れて行かれてる間もここで休んでたんだから、いいんだよ」


 声の方に疑いの眼差しを向ける。

 私の視線に気づいたということは、アルスだってロクに眠れていないのは明白なのに。


「じゃあ、こうしましょう!」


 私はそう言って捕まれている腕と逆の手で毛布を広げ、アルスと自分に掛けなおした。


「お、おい!」


 驚いた声を上げるアルス。


「しっ!みんな寝ているんですから、静かに。さあ、寒いんですからもっとこっちに寄って。しっかり休まないと、いざという時動けませんわよ」


「っ!!・・・」


 戸惑いながらも諦めたように大人しくなるアルス。

 人肌の暖かさと安心感で、徐々に意識が薄らいでいった。


 *****


「おい、お嬢!誰か近づいてくるぞ」


 アルスの声で目を覚ます。

 

「ん・・・ふあぁ・・・おはよう、アルス。来るって一体誰が?」


 あくびを手で押さえ緊張感の無い返事をする。

 寝起きって、普通こんなものですわよね?


「ただの見回りか、それともお嬢が必要になったのか、だろ」

 

 アルスの真剣な口調に弛んでいた緊張が戻る。


 近づく複数の足音。

 部屋の前まで来るとピタリと止まった。

 同時に扉が開く。


 人質たちの視線もそちらに集まる。

 

 通路からの光が眩しくて目を瞬いていいると、ボスがズカズカと入ってきた。

 私と目が会うと、その大きな口を開いた。


「よう、お嬢ちゃん。お待ちかねの時間だぜ」


 寒気のするようなニヤニヤした表情。

 前回のコンタクトで取引の内容は同意されている。

 とうとう引き渡しをされるということなら、もうアルスと会える可能性が低くなる。



 これからの作戦・・・と言うにはお粗末な希望的ストーリーは、昨晩アルスと協議済みだ。


 私のやるべきことはこの船の位置と航路を把握すること。

 そうすれば、無事保護されたとしても、どこかに置き去りにされたとしても、自力で脱出したとしてもどうにか助けを呼ぶことができる。


 私は一度、アルスの手をぎゅっと握ってからスッと立ち上がった。


「やっと、ここから出られるんですのね?」


 ボスは答えずにニヤニヤと笑っているだけだ。

 周りの人質たちの視線が集中する中、扉に向かう。


「私たちはどうなるの!?一人だけ逃してもらうつもりなの!?助けてくれるって言ったじゃない!」


 堪り兼ねたように、人質の少女が叫ぶ。

 その声を皮切りに、幼い少年少女たちが口々に非難の声を上げる。

 耳を塞ぎたくなるのを我慢して、足を進める。

 こうなる事は予想していたけれど、実際に向けられた冷たい視線と罵声に身体の体温が奪われていく。


「おい!聞いてんのかよ!!」


 私と同じ年くらいの少年が腕をつかもうと前に出てきた。


「!!・・・あ・・・」


 伸ばした腕をボスに捕まれ、少年は恐怖に顔を歪ませた。


「残念だったなぁ。お前も金さえ用意できれば帰してやるのに。世の中は残酷で不公平だよなぁ!?・・・ククッ!ハハハハハ!!」


 少年を放ってボスは引き連れた部下に指示を飛ばす。


「おい、こいつらは任せたぞ。食事が終わったらしっかり縛っておけ!お前はこっちだ!!」


 私の腕を取って通路を進む。

 行き先はコックピッドではないようだ。


 何度か通路を曲がり、たどり着いたのはゴウンゴウンと機械音の響く扉の前。


 ボスが目の前に立つと扉が音を立てて開いた。

 部屋の中央には5メートルほどの直径の円形の空間。

 その周りに3隻の脱出用ボードが収まっている。

 そのうちの1隻はメンテナンス中のようで、他のボートが壁に水平に収納されているのに対して、床に水平に置かれた形になっている。

 

 メンテナンスに取り組んでいた誘拐犯の手下はボスを見つけるとこちらに駆け寄ってきた。


「ボス!いつでも動かせます!!」


 ボスの後ろにいた私を見つけて慌てて下げていたマスクを付け直す。

 声から察するに私のケガの手当をしてくれた彼だ。

 あの時もマスクをしていたから恐らく、ですけれど。

 

「よし、それならすぐに出発だ」


 私は辺りに航路図や手がかりになるものは無いかと前に出た。


「じゃあな、お嬢ちゃん」


 しまった!と思った時にはもう遅い。

 誘拐された時と同じように後ろから薬品を嗅がされ、目の前が暗転する。


 *****


「っ・・・」

 

 ズキンと痛んだ頭を押さえようとして、手足の自由がきかないのに気づく。


 横たわった体制のままでも窓から目に入る深い闇と無数の星。

 既に広大な宇宙に飛び出していた。


 ああ、失敗したんですわね。

 力が入らず、呆然とひたすらに続く同じ景色を瞳に写す。


「気がついたか」


「!!?だ、誰!?」


 突然声をかけられ、飛び上がる。

 まだ怠い身体を起こすと、小さなボートの操縦席に、メンテナンスをしていた誘拐犯が乗っていたのだ。


「どうして、あなたが!?」


 私としては当然の質問をしたつもりなのだが、彼は首を傾げた。


「どうしてって、操縦者がいなきゃ誰がこの船を運転するんだ??」


「操縦者・・・私てっきり自動操縦で連れて行かれるものだとばかり・・・」


「はあ!?自分がなんのために連れてこられたのか分かってねえみたいだな!そんな事したら、認証チップが手に入らねえだろうが」


「あなたまさか、私を送り届けて、それと引き換えにチップを受け取ろうとしてるんですの!?」


「???・・・なんでそんな当たり前のこと・・・まだ薬で頭が働いて無いんじゃねえか!?」


 噛み合わない会話。

 彼は諦めてそのまま正面に向き直ってしまった。

 その反応は嘘をついているようには見えない。


 なるほど。

 まだ、まだチャンスはあるかも知れない。


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