リトライ
事態が動いたのは、それからすぐだった。
足音が近づいてきたかと思うと立ち止まり、乱暴に扉が開かれたのだ。
扉を開けた男は私を指差し、告げる。
「おい、お前、出ろ!」
ゲートに着いて移動するのなら、私一人を指名するのは不自然だ。
きっと、何か掴んだのだろう。
ごくりと唾を飲み込み立ち上がる。
部屋を出る前にこっそりとアルスを振り返り、視線を合わせる。
大丈夫、きっとうまくやれる。
コックピッドで待っていたのは、数時間前と同じピリついた空気。
ギラついたボスの眼差し。
それから、ペンタだ。
「よう、お嬢ちゃん。朗報だ!このペンタで外部へ通信できる」
自分たちで思いついてくれたなら手間が省けるというもの。余計な口出しをして彼らの機嫌を損ねるリスクを回避できたのだから、万々歳だ。
もちろん、あえて余計な事など言わない。
「まあ、本当ですの!?これでお父様に無事を知らせる事ができるんですのね!?」
「ああ。だがいいか?指示は俺が出す。お前は口を開くんじゃねえぞ!!」
ボスはそう言うと、部下に視線を送った。部下の一人が素早く私の後ろへ回りこむ。
「!?」
声をあげる間も無く布を口に押し込まれ、そのまま後頭部で縛り付けられてしまった。
口封じをするのなら、そんな忠告いらないんじゃなくて!?
講義したいのをぐっと堪える。
もっとも、これではしたくてもできませんけれど。
「ペンタ!コンタクト開始だ!!通信映像はこの娘のホログラムを映し出せ!!」
ボスの指示を合図にペンタが私の前に移動する。内蔵カメラに合わせて位置を調整すると、上部に相手側の映像を映し出す明かりを放った。
数秒の間のコール音の後に、眠そうな男性の声が響いた。
「はい。こちらACN放送局。カノープス第3サテライト」
放送局?
予想外の言葉に耳を疑う。
ボスはニヤリと笑みを浮かべると、ペンタに向かって言い放った。
「我々はクラウン造船社長の娘を預かっている。今すぐこのコンタクトの内容を放送する用意を整えろ」
「な、はっ、えっ!?」
当然ながら、相手の男性は狼狽えている。ペンタの頭上では、ACNの立体ロゴがくるくる回っていた。
コンタクトを取ってくる全員に、いちいち姿を晒して相手はできないのだろう。
今の話だって、いたずらだと疑われておかしくない。
「今ホログラムで送っているのが、人質の姿だ。すぐに確認するんだな。返答に10分以上かかるようなら、こちらから通信を切断する」
「・・・分かった。すぐに確認する!」
何をどこまで確認したのかは分からないが、戻ってきた男性は臨時放送を了承し、準備は驚くほど早く進められた。
カノープスはクラウン家の住まう惑星、アトモスフィアに最も近い恒星だ。そこに置かれたサテライトということは、私が誘拐されたニュースを既に取材していたのかも知れない。
コックピッドのスクリーンに、ACN臨時ニュースの画面が投影された。
キャスターの女性が一人、神妙な面持ちで鎮座している。
「ここで、臨時ニュースをお伝え致します。」
女性キャスターが原稿を読み上げる。
私の事を伝えているはずなのに、遠い世界の出来事のような感覚。
今いる宇宙船と画面の中のスタジオ。それから今の私の状況と時折流れる自分の映像とがあまりにも乖離しているのだ。
「只今、今回の誘拐事件の首謀者と通信が開いています。繋げられますか?」
ザザザっという音で、音声が繋がったのが分かった。画面も、スタジオから今いる宇宙船に切り替わる。そこに映し出された少女は、紛れもなく私自身だった。
それでも、画面越しに見る少女はまだ自分と重ならない。
「我々はアルフェッカ・クラウンを預かっている。返して欲しければ1時間以内に5億マネーが入った口座と認証チップを用意しろ」
すぐ側からはボスの低い声。通信音声からは機械を通して変声された声が、二重に聞こえる。
「それから、引き渡しに脱出用ボートを準備しろ。お前と、中継できるようにカメラマンの二人が乗り込むんだ。引き渡し場所は追って連絡する。用意ができたら、この通信回線に接続しろ。いいな!?」
勢いに圧されていたキャスターが、一拍置いて反応した。
「・・・それは、私とカメラマンの二人、と言う事ですか?」
「当たり前だ!!他に誰がいる!?つべこべ言わずに言う通りにするんだ!!この小娘がどうなってもいいのか!?」
ガチャリという音と、頰に冷たい感触。思わず身を縮める。
「ま、待ってください!!落ち着いて!!もちろん、最善は尽くします!!そのためにも、本人と会話をさせてください!本物の彼女が生きている確証がないと、我々もすぐには動けません!!」
「フン!だったら、次のコンタクトで考えてやろう。とにかく、1時間以内に準備するんだ。できなかったら、取引は無効だ!娘は二度と戻らないと思え!!」
「そんな!!少しだけでも・・・」
ここで、再び雑音が入って通信は途切れた。映像も、また元のスタジオだ。
懸命に呼びかける女性キャスターが映っている。
「もしもし!もしもし!!?」
耳元のイアホンを押さえて画面から視線をずらし、首を横に振っている。スタッフとアイコンタクトを取っているようだ。
自分が取引に巻き込まれても、気丈なキャスターは一呼吸置いてこう言った。
「通信は途切れてしまいました。一刻の猶予もありません。我々ACN放送局は、アルフェッカちゃん救出のために尽力したいと思います」
コンタクトは終わった。
何もかもが私の予想していたものとは違う形で。
一体、これからどうなるのだろう。
スクリーンには再び私の映像が流れ、事件の概要を伝えている。
私はすぐさまコックピッドを追い出された。
*****
「次のコンタクトまでまだ時間はあるんだ。整理して、最善の策を練ろう」
アルスの言葉は心強い。口を塞がれたまま戻された私を解放してくれたのも、もちろん彼だ。
「でも、まさか放送局にコンタクトするなんて・・・自ら通報している様なものじゃない!?」
「・・・誘拐されてからずい分時間が経ってるからな。お嬢の家族やクラウン造船へのコンタクトはもう対策されてると思ったんだろ。でもそんな短時間で、口座と脱出用ボートなんて準備できるもんか?」
「お父様が働きかければ、口座は用意できると思うわ。ボートは・・・きっと放送局のサテライトにもあるでしょうけど・・・」
準備できたとして?本当にあのキャスターが来るかしら?
あの放送の後ならきっと軍だって動くわ。
でも1時間の間で何かできる?
次々と疑問が湧き上がる。
それに。
「次のコンタクトの時には私が話す機会があるかもしれませんわ。その時、少しでも場所のヒントを送ることができれば・・・でも、一体どうやって・・・」
こうしている間にも、時間は経ってしまう。
焦れば焦るほど、頭が働かない。
私だけの話ではない。ここにいる、全員の命がかかっているというのに。
「おい、お嬢」
その声とともに、ずしっと肩に何かがぶつかった。
「きゃっ!何ですの!??」
勢いのまま、バランスを崩し倒れこむ。アルスがもたれかかってきたのだ。
倒れた体制のまま、彼は言った。
「お前だって子供なんだ。一人で背負い込むなよ」
喉の奥が熱くなる。
暗闇の中、引き起こそうと腕を取ったアルスから、慌てて顔を背けた。
だめ、だめ。今は。
お願いだから、私の顔を見ないで。