偵察
感覚を頼りに少年の元に這い寄る。
「アル・スハイル大丈夫!?意識があったら返事をして!!」
「バカ!あんまり大きな声出すな!・・・クッソ!あいつ、思い切り殴りやがって」
前半はギリギリ聞こえるくらいの小声で、後半は聞き取れない程小さく文句を言いながら横たわったまま身じろいでいる。
やっぱり、痛くて起き上がる事もできないのだろうか。不安で声をかける。
「怪我したんですの?まさか骨が折れたり・・・ねえ、私何人に見えまして!?」
縛られているせいで指が出せない代わりに身体を揺らした。あら、動かさずに聞くのが正しかったかしら?
「だから、騒ぐな!骨なんて折れてねえしお前は今までもこれからも一人だろ!落ち着いて耳かせ」
むくりと起き上がる気配に少しだけ安心して声の方に耳を傾けた。自然と声のボリュームも落ちる。
「なんですの、一体?」
「俺は今からあの、って言っても見えないか・・・まあいい。通気口を辿って船内を探ってくる」
「えっ!?縛られているのに一体どうやって!??」
「俺の縄はもう解いた。言っただろ。そういう訓練を受けてるって」
「だ、だったら私も連れて行きなさい!ここで大人しく捕まっているなんてイヤよ」
「何言ってるんだ。足手まといになるだけだろ!?それより、お嬢にはここに残って万が一に備えてほしい。一度縄を解いて簡単に解けるようにするから、危なくなったらみんなを連れて逃げるんだ。」
そう言うと、アル・スハイルは私の後ろに周り縄を解き始めた。
足手まとい。その言葉があまりにも不甲斐ない自分に当てはまり過ぎて何も言えなくなってしまった。
今だけではない。両親の期待通りになれない自分。友達にも疎ましがられる自分。家のお陰で大きな事を言いながら一人では何もできない自分。
「おい・・・俺が何でお嬢の縄だけ解いていくか分かるか?」
「・・・え?」
「知恵もある。度胸もある。口も達者だ。あいつらとの交渉なら俺なんかよりずっと上手くやるだろ?できると思うから任せるんだ」
「・・・・・・」
「それとも、俺が一人で逃げようとしてるんじゃないかって心配でついて来ようとしたのか?」
「そ、そういう・・・わけじゃないですけど・・・」
「だったら、お互いできる事をしよう。それとも、大人しくここであいつらが解放するのを待つか?」
私は力なく首を降った。ノーの合図だ。
「待たされるのは嫌いなの。信じるわ。あなたの事。それから、あなたが信じた私の事も」
「よし、もし俺が戻らなくてもチャンスがあれば逃げろよ?自分一人くらいはどうにかできるからな」
「あら、お互いさまでしょ?あなたも、チャンスがあったら逃げてよね。アル・・・だと私とかぶりますわね。アルスでどうかしら?」
ふっ、と少し彼が笑った気配がした。
「ああ、やっぱり強気な方がらしいな。お嬢」
「まさか、その呼び方定着させる気じゃないでしょうね?」
アルスは私の問いかけには答えず作業を続けている。
「よし。腕をひねれば縄が解けるようにした。これでいつでも縄を外せる。じゃあ、俺は行くから。くれぐれも気をつけろよ」
「ええ、あなたも」
ガラリを外している最中に部屋のドアが開けられはしないかと気を張ったが、実際はガタガタっと音がしたくらいでいつの間にかアルスの気配は消えてしまった。周りの人質たちにも気づかれないほど素早く。
アルスがいなくなると、人質たちのすすり泣く声だけが響いて心細くなる。
この方たちの運命も、私にかかっているんだわ。そう自分を奮い立たせた。
どのくらい時間が経っただろうか。人質たちも疲れ切ったようでもう泣き声一つ聞こえなくなっていた。
私はというと、今まで得た情報と今の状況を分析していた。
まずはこの宇宙船について。先ほど明かりが点いた時に見えたこの部屋は、5メートル四方の大きさで配管やケーブルがむき出しになっていた。もともと倉庫として設計されていた部屋なのだろう。どのような規模や用途の宇宙船にでも必ずと言っていい程存在する。
宇宙船の種類はそこまで多くはない。
クラウン造船でも主軸となっている戦艦。
少なくとも今乗っている船はこれではないのは分かる。こんな手際の悪い人さらいに戦艦を入手する経路も経費も無いでしょうから。
それから企業が持つ客船や貨物船。
これもこの手の犯罪に使われる事は無くも無いが、その場合は乗員乗客全てをターゲットにするか、もしくは極めて少人数を秘密裏に輸送するかだ。何より、今回は人質がそれぞれ別々に攫われているから航路の決まっているこの線は無い。
次にプライベート用の小型宇宙船。
一般家庭にはまだまだ普及していないが、ごく一部の富裕層であったり、各惑星の要人や主要機関は所有している。もちろん、クラウン家も。
レンタルや貸切なら、一般家庭の方も一度は乗った事があるものではないかしら?
最後にボート。
ボートとは宇宙船の中でもワープ機能が無いものの総称だ。ワープ機能が無いだけで小型宇宙船と同じ仕様のものから、緊急脱出用に積むものまで幅広い。
恐らくこの船はボートでしょうけれど、万一この状態でワープなんてされたりしら・・・。
小型船のワープは、ワープ体制を取って全員が着席している事を前提としている。例えば惑星警察や連合軍が追ってきて、慌ててワープしたりしたら、ここにいる人質は全員壁に叩きつけられてしまう。
私はフルフルと頭を振った。やめましょう。不吉な事を考えるのは。
次に犯行グループについて。
人さらいグループのうち実際見たのはボスと見回りに来た1名。最初に襲われた時は2・3人の人影を見た。それからこの船を動かすオペレーターがいるはず。襲撃する時にも見張り役は残していると考えると少なくとも6名は仲間がいる。
先ほどアルスとも同意したが、やり方はまるで素人だ。
終戦から2年と経っていない今も、宇宙情勢は不安定で反FA軍を中心としたテロや反乱が続き、人さらいや誘拐事件も頻発している。
私たち一家の住む惑星アトモスフィアは治安の良い惑星に分類されているが、それでもこんな被害に合う程に。
一般的な誘拐の目的は大きく二つ。
一つ目は戦力や働き手としてだ。
その大半は、AI ・・・・・・いわゆる人工知能を極端に嫌う反FA軍によるものと聞いた事がある。今回のような行き当たりばったりの計画を訓練された彼らが行うとは思えない。
二つ目は金銭目的。
戦争を行う度に広がる貧富の格差のため、身代金目的や前述の働き手や戦力として売る事で金銭を得ようとする人たちが少なからずいる。
金銭目的の場合、犯行グループはプロとアマの二種類に分けられる。プロの場合は誘拐の相手を絞り込む事が多い。身代金を目的として富裕層を狙うか、もしくは戦闘力や技術力などに長けているか希少価値があって高値の付く種族か。
今回はターゲットの下調べもしていない。これはアマと考えてほぼ間違いないでしょうね。
それに、風貌もどこかの星のチンピラにしか見えませんでしたもの。
アルスが偵察に向かって30分ほど経った。私がここに連れてこられてから考えると3時間くらいだろうか。気絶していた時間も考えるともう少し長いかもしれない。周りの人質たちの体力も限界に近い。
そろそろ何かアクションがあってもいい頃ですけれど。一体この船でどこまで行くつもりなのかしら。
静かになった事もあって、近づいてくる足音にはすぐ気がついた。すぐ側まで来ると見張りと何か話している声も聞こえた。さすがに、内容までは分からない。
ウィーン。
機械音と共に光が差し込む。
マスクとサングラスをした男が部屋を見回す。顔が隠れているせいで断定はできないが、背格好からすると最初に部屋に見回りに来た人物と同一人物だろう。
私と目が合うと・・・実際にはサングラスをしていてこちらからはそう感じただけですれど・・・声を掛けた。
「おい、お前、出ろ!」
そう言うと同時に腕を引かれた。
痛っ。あんまり乱暴に扱わないで頂きたいですわね。
思わず声を上げそうになるのを堪えた。ここであまり時間を掛けさせるのは良くない。アルスがいない事に気づかれたら一大事だ。
ところが。
「おい、あのガキはどうした?」
心臓が跳ねる。
コスミクションシリーズ第一弾
「俺は宇宙人に誘拐されました」
も宜しくお願いします。
・・・・・・誘拐されてばっかりだな!