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第9話 Bird Cage



休院日のはずの遠藤医院、なぜか診察室から物音が聞こえてくる。私達は耳を澄ませてその音を聞いていた。



「……あら、あなた? 一体どうなさったんですか?」



美代子さんの声が聞こえた。誰かと喋っているみたいだ。私と小夜は顔を一瞬見合わせてもう一度耳を澄ませた。



「……ほぇ? 何だろう?」


「……他に誰かいるのかな?」


「……お父さん、かなぁ……?」



麻美子も気になるのか、居間の入り口から頭を出して隣の部屋を覗いていた。そしたら、隣りの診察室から美代子さんと男性の会話がはっきりと聞こえてきた。



「……急診ですか?」


「……あぁ、山田の婆さん、昨日から熱が下がらないらしい、もしかしたら肺炎をこじらしたかもしれんな……」


「……そうですか、じゃあさっきの電話は山田さんの娘さんから?」


「あぁ、他に頼れる所が無いみたいだな」


「……わかりました、でも、貴方も無理なさらないで下さいね?」


「あぁ、わかっているよ、それじゃあ、行ってくる」



隣りの部屋から白衣を纏った男の人が出てきて、私達がいる居間の前の廊下を横切った。どうやら麻美が言ってたお医者さんのお父さんの様だ。

居間にいる私達を見て、忙しそうなのにわざわざ笑顔で挨拶をしてくれた。



「やぁ、皆さんいらっしゃい」


「……あっ、お邪魔してます」


「こんにちはー!」



麻美子は忙しなく出発の準備をしている父親を心配そうに見つめていた。



「……お父さん、お仕事なの?」


「あぁ、ちょっと急ぎの診察が入ってね、せっかくお友達が遊びに来てくれてるのにすまない」


「いえ、私達はお気になさらずに……」


「お父さん、いってらっしゃーい!」


「バカ! 小夜、いい加減にしなさい!」



今年に入って何発目だろう、他の家族が見ている中で、私は小夜の頭をいつもの様にひっぱたいた。



「ハハハ、元気でいいね、それじゃ、行ってきます」


「行ってらっしゃい、お父さん」


「ちょっと玄関まで送ってきますから、皆さん気にせずに楽しんでって下さいね」



そう言うと美代子さんは遠慮先生を見送りに玄関へと向かった。



「……麻美子のお父さん、忙しそうだね」


「……困ってる患者さんを見ると、じっとしてられないみたいで……」



いつ急病人が出るかわからない。休院日があるとはいえほとんど年中無休みたいなものだろう。

お医者さんと聞くとお金持ちというイメージがあるが、本当の名医とはお金も時間も省みずに病人の為に汗を流して走り回る人の事を言うのだろう。



「麻美ちゃん、麻婆豆腐美味しいよー!」


「ホント!? 良かったー!」


「……遠慮しろって言ってんのに……」



そんな事は全くお構い無しで食べ物を漁りまくるこの小怪獣は何とかならないのかねぇ、全く……。


この後、麻美子は私達に立派なお医者さんであるお父さんの話をしてくれた。

麻美子のお父さんは昔は大きな病院に勤めていて難しい手術もこなすスーパードクターだった。

しかし、患者さんの医療の方針で病院のお偉いさんともめてしまい、病院を辞める事になってしまったらしい。

い。

その後、もっと多くの苦しい患者さんを救ってあげる為にこの診療所を開いたそうだ。



「……私の本当のお父さんも、今のお父さんが病気を診てくれたんです……」


「……ふーん」


「……そこの病院にお母さんも看護婦さんとして勤めていて、お父さんの病気を治してくれるんじゃないかと先生を頼って入院させたらしくて……」



美代子さんは何とか前の旦那さんの命を助けたかったのだろう。だから同じ病院にいたスーパードクターに希望を託した……。



「……でも結局、助けてあげる事が出来なくて、今のお父さん、凄く悔しかったって……」



自分を頼って命を預けられるってどんなに重圧があるだろうか。ましてや自分が良く知っている仕事仲間の大切な人の命を……。



「……お父さんが亡くなった後に先生は病院を辞めて診療所を開いて、そこに昔お世話になったから、ってお母さんがここに勤めるようになって……」


「なるほどね、そしてその後二人は再婚したって訳ね」


「……きっと、私達の事を考えて、二人とも再婚してくれたんじゃないかなって……」



何か悲しいけど少し心が暖まる話。本当に、人の人生はどういう縁があるかわからないものだ。



「……優しいね」


「は、はい!今のお父さん、とても優しくしてくれて……」


「……いや、そうじゃ無くて、麻美子も」


「……えっ?」


「アンタがピアノの事を両親に言い出せなかったのも、何かわかる気がするよ、お父さんとお母さんの邪魔になりたくなかったんでしょ?」


「……はい……」


「もういいよ、麻美子、あんまり話すと死んだお父さん思い出しちゃって辛いでしょ?」


「……グスッ、ごめんなさい……」



鼻をすすって涙を堪える麻美子の背中を私は優しくさすってあげた。


しかし、こんなに暖かい空気を全く読まずにお菓子をガツガツ食いまくってる娘が一人。



「ねーねーねー、麻美ちゃん! このオレンジジュース飲んでいいー?」


「……う、うん、どうぞ……」


「じゃあ、いただきまーす!」


「……小夜、アンタねぇ……」」



遠慮も無くジュースの栓を空けようとする小夜を一喝しようとしたその時、突然小夜が立ち上がって大声を出した。



「あっー!」


「何!? 何よ!?」


「……トイレ行きたい……」


「……あちゃー……」



私は呆れて手で顔を押さえた。もうダメだこりゃ、この娘に涙話や人情話は全く無縁の様だ。



「……小夜ちゃん、トイレは廊下を出て突き当たり真っ直ぐだから……」


「はーい! お借りしまーす!」



ダダダッと小夜は小走りで居間から出て行った。こんな訪問客は遠藤家にとって初めての事だろう。



「……麻美子、私が代わりに謝るよ、本当にごめんね……」


「……いえ、大丈夫です、もう私も小夜ちゃんには慣れましたから……」



私達が溜め息をついてガックリしていると、先生を見送りに行っていた美代子さんが居間に帰ってきた。



「……ごめんなさいねぇ、せっかく皆さんに来てもらったのにドタバタしちゃって、って、あら? 小夜ちゃんはどこに行っちゃったのかしら?」


「……すいません、本当にすいません……」


「……那奈ちゃん、何で謝ってるの? 麻美子、何かあったの?」


「……ううん、何でもない……」



私達の苦悩に全く気付いていないだろう小夜は、トイレで用事を済ませて心も体もスッキリしていた。



「あー、スッキリした! 戻ってさっきのオレンジジュース飲もうっと!」



ギギギッ



「……ほぇ? 何の音?」



何かが軋む物音がした。どうやら上から音が聞こえてきたみたいだ。



「……そういえば、さっき二階に人が……」



どうしてもさっき見えた人影が気になってしまう。一度こんな風に好奇心に火が点くと止まる事が出来ないのが小夜の悪い性格。

そのままトイレの横にある階段を登って、音が聞こえてきた二階へと上がって行ってしまった。



「……誰かいますかー?」



小夜は呼び掛けてみたが何も返事は無い。麻美子の家の二階には三つ部屋があり、内二つは扉が閉まっていたが、一つだけ開けっぱなしになっている部屋があった。



「……お邪魔しまーす……」



入り口に垂れ下がっている白いレースをくぐって部屋の中に入ると、ベッドの上に座って窓の外を見ている小さい女の子がいた。



「あっ……!」


「……!?」



小夜の声に気付いた女の子は、驚いて足元に掛けていた布団を被って隠れてしまった。



「……ご、ごめんね!脅かすつもりじゃなかったんだけど……」


「………………」



頭を下げて謝る小夜を、女の子は布団を被ったまま黙り込んでジッーと見ていた。



「……あ、あたしね、真中小夜! 麻美ちゃんのお友達なんだ!」


「………………」


「……誰だろう? 麻美ちゃんに妹さんっていたっけかなぁ?」



小夜が考えてる間も、女の子はジッーと見つめたまま何も喋ろうとはしなかった。



「……怖がられてるのかなぁ?」



小夜は部屋の中を見渡すと、床にウサギのぬいぐるみが落ちているのを見つけた。



「……よーし、じゃあこれで……」



小夜はぬいぐるみを掴み取り、怖がらせない様にゆっくりと女の子に近づいていった。



「こんにちはー!」



小夜はぬいぐるみを手で操り、ウサギのキャラクターになりきって女の子の気を引こうとした。



「ボク、ウサちゃんだよ! 君のお名前は何て言うの? 良かったら僕に教えて!?」


「………………」



しかし、それでも女の子からの返事は無かった。



「……あれ? もしかしてこのウサちゃんって女の子だったのかな……?」



小夜が二階に上がっていたその頃、下では買い物に行っていた航が家に帰ってきた。



「…………ただいま」


「あっ、航君、お帰りなさい、ごめんなさいね、お買い物なんか頼んじゃってね」


「…………いえ、別に」


「航君、お帰りなさい」


「…………ただいま」



美代子さんや麻美子の言葉にも、航はいつもの様な素っ気ない返事をした。



「航君ももし良かったらみんなと一緒にお菓子食べていったらどう?」


「…………いや、いいです」


「……じゃあ、またご飯の時に呼ぶから、その時は二階から降りて来てね?」


「…………はい」



美代子さんの気遣いを突っぱねる様にして、航は居間を出て二階に上がって行こうとした。



「……そういえば、小夜ちゃん遅いわねぇ、トイレに行ったんでしょ、麻美子?」


「……あっ、そういえばそうだね、どこか別の所に行っちゃったのかな?」



何か嫌な予感がする。変な問題を起こさなければいいのだが……。



「何やってんのかな、あの娘は? 他の部屋とか二階にとかに勝手に入り込んで無ければいいけどねぇ、全く……」


「…………!」



私達の話を聞いた航は、何かに気付いた様に廊下を走って階段を一気に駆け上がっていった。



「……ちょっと、航君!?」


「えっ? 何よ、何なのよ航!?」



その頃二階の部屋では、小夜がウサギのぬいぐるみをベッドの上でダンスをさせていた。



「うさタンダンス、ぴょんぴょんぴょん♪ 一緒に踊ろっ、ぴょんぴょんぴょん♪」


「………………」



相変わらず女の子は笑顔も見せず一言も喋ってくれないが、次第に小夜が操るウサギが気になってきた様でゆっくりと小夜の方に顔を近づけていった。



「ぴょんぴょんぴょんぴょん♪ ぴょんぴょんぴょん!」



小夜はウサギを跳ねさせて、最後はウサギの後ろから自分の顔をスッと出して女の子にニコッと笑顔を見せた。



「………………」


「……えっ?」



すると、女の子は無言のままゆっくりと手を伸ばし、ぬいぐるみを通り越し、女の子の手は小夜の顔を触ろうとした。そして、あともう少しで手が小夜の頬に触れそうになったその時、小夜の後ろから人の声が聞こえた。



「…………何をやってるんだ?」


「……えっ?」



部屋の入り口に航が立っていた。その顔はいつものポーカーフェイスからは想像の出来ない様な怒りの形相だった。



「……あの、航クン、あたし……」


「ここで何をやってるんだ!!」



初めて聞いた航の怒鳴り声。その大声を聞いた小夜は驚いて完全に怯んでしまった。

航の尋常でない怒鳴り声を聞いた私と麻美子は航を追って急いで二階に駆け上がった。



「小夜! アンタ勝手にどこに行ってるのよ!」


「……那奈、あの、あたし……」



小夜はどうしていいのかわからなくなってしまっている様だった。航は困惑する小夜を押しのけて女の子をベッドから抱き抱えた。



「……わ、航君、落ち着いてよ? 小夜ちゃんもわざと部屋に入った訳じゃ……」


「…………出てってくれ」


「……えっ?」


「今すぐ全員この部屋から出てってくれ!!」



麻美子の弁解も聞く耳も持たない。航の怒りは全く収まりそうにない様子だ。



「……小夜、こっち! 下に降りるよ!」



私は茫然としている小夜を強引に部屋から引きずり出した。麻美子は何とか航の怒りを沈めようとしたが、結局航に部屋を追い出されてしまった。



「……わ、航君、話を聞いて……!」



バタン!!!!



大きな音を立てて部屋のドアが閉まった。私達は階段の途中で顔を見合わせて一つ溜め息をついた。



「……小夜、アンタ一体二階で何をしてたの?」


「………………」


「……小夜?」



その後は、とてもみんなで喋っていられる様な雰囲気では無かった。これ以上騒ぎを大きくしたくなかったので私と小夜は家に帰る事にした。



「……二人ともごめんなさいね、麻美子にしてくれたお礼をしたかったのに、ろくなお出迎えも出来なかったどころか嫌な思いまでさせちゃって……」


「……いえ、こちらこそ勝手に二階に上がったりしてすみませんでした……」


「………………」



美代子さんと話をしている間も、小夜は黙ったまま茫然としていた。



「……小夜、お礼は?」


「………………」



落ち込んでいる小夜が心配になったみたいで、麻美子はずっと小夜の背中をさすってあげていた。



「……お母さん、私、二人を駅までお見送りしてくるね……」


「……うん、麻美子、そうしてあげて……」



私達は靴を履き、家の外に出てもう一度美代子さんにお礼を言った。しかし、小夜は口を結んだままだった。



「……那奈ちゃん、小夜ちゃん、もし良かったらまたお家に来て下さいね……」


「はい、それじゃ、お邪魔しました」


「……………」



駅までの帰り道でも、小夜は黙ったままでうつむいて歩いていた。私はあの時何が起こったのかわからなくて、思い切って麻美子に質問した。



「……ねぇ、麻美子、さっきの女の子……」


「……瑠璃ちゃんです……」


「……るり?」


「……航君の、妹さんなんです……」



麻美子は重い口を開いて航の昔話を聞かせてくれた。その話の内容はとても辛いものだった。


航の実の母親は、航が生まれてすぐに病気で亡くなってしまった。しばらくは残った父親と二人だけで暮らしていたが、父親に新しい女性が現れて再婚し、その後にに瑠璃が生まれた。



「……新しいお母さんもすごく優しい人だったそうです、本当の母親みたいだったって航君が言ってました……」



改めて幸せな家庭を作ろうとした矢先、父親の勤めていた会社が倒産して、責任連帯者だった父親自身も多額の借金を負う事になってしまった。

それでも何とか借金を返そうと母親も仕事に出て一生懸命働いた。その間は航とまだ喋る事も歩く事も出来ない幼い瑠璃の二人だけで家の留守番をしていた。



「……でも、思う通りに借金が返せなくて、疲れたお父さんが段々お酒を良く飲む様になって……」



ついに父親はアルコール依存症になってしまい、仕事をしなくなってしまったどころか一人で一生懸命働いている奥さんや、止めに入った航にまで暴力を振るう様になった。



「……で、その後、どうなったの?」


「………………」


「……麻美子?」



「……ある日、お母さんはお父さんの事が本当に怖くなって、航君や瑠璃ちゃんを守ろうとして二人の前で包丁を……」


「……!!」


「……で、でも、お父さんに抵抗されて、倒れた反動で包丁がお母さんのお腹に刺さって……」



航達の母親は、その事故で命を落としてしまった。不慮の事故だったとはいえ、人を殺めてしまった父親は裁判で実刑を受け、現在も刑務所に服役中しているそうだ。



「……それから、航君と瑠璃ちゃんは親戚の家とかにたらい回しにされて、犯罪者の子供なんて要らないって……」



麻美子の声は震えていた。聞いている私も胸が痛くなってきた。



「……その後、幼児施設とかを転々としてた時に診察に訪れた私のお父さんと出会って、何とか保護者になってあげたいって二人を引き取って……」


「………………」



もう言葉が出なかった。こんな悲劇が本当にあるなんて、しかもこんな身近に……。



「……瑠璃ちゃん、その時のショックでもう五才になるのにまだ喋る事も歩く事も出来なくて、ずっと二階のベッドから外の景色を見てるだけで……」



五才、翼の妹の岬より一個上だったのか。岬はあんなに元気良く喋って走り回っているのに……。



「……航君も心を閉ざしてしまって、周りの人達から瑠璃ちゃんを遠ざける様になって……」



航があんな性格になってしまったのは当然なのかも知れない。父親から暴力を受け、目の前で母親が死んで、親戚も助けてくれずに自分一人の力で妹を守らなければならなかったのだから。



「……私達、一生懸命航君達の家族になろうと頑張ってるんだけど、なかなか2人にその気持ちが伝わらなくて……」



麻美子はついに泣き出してしまった。私は随分と辛い話をさせてしまったみたいだ。



「……麻美子、話してくれてありがとう、話してて苦しかったよね……」


「……ごめんなさい、もっと早くみんなに話すべきだったんだけど、航君が言わないのに私が先に話すなんて事とても出来なくて……」



私は泣いている麻美子の肩を慰める様にポンポンと叩いた。私もショックでそんな程度ぐらいしかしてあげられなかった。


その話の間も、小夜はずっと黙ったままだった。駅に着いても、うつむいたままで一言も喋ろうとはしなかった。



「麻美子、わざわざ見送ってくれてありがとう、もう寒いから家に帰って」


「……うん、それじゃあここで……」



麻美子は心配そうに小夜を見つめていた。しかし、小夜は下を向いて麻美子の顔を見る事はなかった。



「……小夜ちゃん、本当にごめんね。こんなつもりじゃなかったんだけど……」


「………………」


「……小夜……」



私達が話しかけても、小夜の反応は無い。



「……それじゃ、麻美子、また明日学校でね」


「……はい、また明日……」


「………………」



電車の中でも、小夜は黙ったままだった。行きの電車の中で見せた元気の良さは影を潜め、静かに椅子に座ってうつむいていた。



「………………」


「……小夜、わかってるよね? アンタが勝手に二階に上がって妹さんと話をしたから航は怒ったんだよ?」


「……してないもん……」


「えっ? 何?」


「……お話、してないもん……」


「それはまぁ、あの子は喋れないらしいけど、私が言いたいのはね……」


「……かわいそうだよ……」


「……小夜? 話聞いてる?」



小夜は突然顔を上げて大声で話し始めた。その顔はすでに半ベソをかいて目に涙を浮かべていた。



「あんなの可哀想だよ! お外へも出れないで、お喋りも出来ないなんて!」


「小夜、それはね……」


「お母さんもお父さんもいなくて、お友達もいなくて、そんなの寂しい! 寂しすぎるよ!」


「小夜! 落ち着きなさい! 他のお客さんもいるんだから!」


「あの子と航クン、可哀想だよ! こんなの可哀想すぎるよ!」


「小夜!」



パシッ!!!!



小夜を落ち着かせようと体が勝手に反応して、私は小夜の頬を思い切り叩いてしまった。



「………………」


「……あっ、小夜、ごめん……」


「うわぁーーーーん!!」



小夜が大声で泣きじゃくる姿を久しぶりに見た。よほど航達の話がショックだったのだろう。私も言葉に表せない、苦しくやるせない気持ちを胸に抱えていた。


秋も深くなってきたこの時期、電車から外へ出た時の空気が体にも心にも物凄く冷たく感じた。



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