第81話 逃亡者
「ついに、ついに待ちに待ったこの日が来たでぇ! 来たるべき二週間後の女子サッカー日本代表戦に備えて、ウチは明日からチーム合同練習が行われる現地の合宿先へといざ出発進行や!」
「へぇ~」
「全国民を狂乱させる新たなスーパーヒロイン誕生の瞬間、全人類を震撼させる強く美しきファンタジスタの武勇伝! 次期サッカー女子日本代表不動の司令塔・松本翼伝説の第一章、それが明日ついに、ついについに幕を開けんねん! 夢と希望に満ち溢れたまだ見ぬ黄金の海原へと繰り出すウチの大冒険劇は、今まさにここから、全てここから始まんのや!」
「ふぅ~ん」
「聞こえるでぇ聞こえるでぇ、ウチの登場を待ち望んでいた全国民の期待の声が! ウチを称えるスタンドの蒼きサポーター達の歓喜の声が! 栄光を掴めと、頂点を掴めと、ウチのこの神の右足が華麗なる勝利を掴めと蠢き叫ぶぅぅぅぅ!!」
「そうなんだぁ、それはそれは大変ねぇ、どうかせいぜい頑張ってきてねぇ~」
「……ってか千夏、オマエちっともウチの話聞いてへんやろ?」
何か全っ然興味無いけどそうらしいんだって。そういえばそんな話してたっけ以前。六月に入ってこれからどんどん蒸し暑くなってくるっていうのに、そんな中をわざわざ汗まみれになって練習しなきゃいけないだなんて翼も大変よねぇ~? 何か一人で熱くなっちゃってもうお疲れ様って感じ、せいぜい熱くなり過ぎて熱中症にならない様にお気をつけあそばせってとこかしら。
まぁねぇ、彼女も必死みたいだから相手をしてあげたいのはやまやまでもあるんだけど、残念ながら今はアタシもとってもVery busyなのよねぇ。六月といえば衣替え、やっと重苦しい冬服のブレザーから解放されて、これからは今まで以上に腕や脚や胸元とか肌が露出しやすくなる、男の子達の目線が気になる薄着のSeason到来でしょ?
今のうちにインターネットや芸能人のブログで流行りのNewコスメをチェックしてスキンケアをしとかないと、この先のHotなSummer timeで他の女の子達に一歩リード出来ないもん。夏の恋のBattleはもう始まってるのよ。絶対に負けられない戦いがそこにはあるの。だから構ってあげられないのよ、ゴメンね? あぁ~忙しい、忙しいったらありゃしないわ、全くもう。
「何か一人で空回りして虚しいピエロみたいやないかウチ、オイコラ千夏! ちゃんと真面目にウチの話を聞かんかい!」
「聞いてる聞いてるぅ~、聞いてるってば、超聞いてるぅ~」
「嘘つけこのどアホ! 何が『聞いてる聞いてるぅ~』や! 聞いてる言うてオマエの視線はさっきからケータイの画面に釘付けになっとるやないかい! 人と話する時は相手の目ぇ見て話せって親や教師から習わんかったんか、このボケッ!」
「そうよねぇ、ホント梅雨って嫌な季節よねぇ~? 何かスッゴいジメジメしてて、ロンドンと違って雨がCrazyにザーザー降るし、じっとしてると体中にカビが生えちゃいそうでホント不快よねぇ~?」
「……やっぱり話聞いてへんがな、飄々と人様トコトンおちょくりやがって、オマエはホンマに……」
しかしこの国って何でこうもバカみたいに雨が降るのかしらねぇ? 天気予報見てても梅雨前線がどうとか停滞気圧がどうとか、あと台風とかもウザい。わざわざ日本に向かって飛んでくる理由がわかんない。週間予報で全国丸一週間雨マークとか付いてるとホント気分が悪くなるわ。そんな時は決まってロンドンが恋しくなっちゃう。だってあそこの雨はここと違って、とてもステキでRomanticなんだもん。
「日本の四季の移り変わりってみんな素敵でBeautifulだけど、どうしてもこの季節だけは全っ然好きになれないわね、カワイイブーツ履いてもすぐグチョグチョになって中が蒸れるし、ファンデもすぐ湿気や汗で簡単に崩れやすくなるし、オシャレするには最悪の季節よね、ホントもうイヤになっちゃう」
「……あのなぁ千夏、余計な事かもしれんけど一言言わせて貰ってええか? オマエのそのファッション至上主義は今に始まった事じゃないやろうけどな、オマエかて一応は陸上選手としてオリンピック目指しとる御大層なご身分なんやろ? せやったらこうしてウチが先に国際舞台デビューの悲願を果たしてやで、少しは焦ったり悔しがったり『なにくそっ!』って奮起したりせえへんのかいな? あまりに人生計画がお気楽ご気楽過ぎるとちゃいまっか、オシャレに忙しい千夏お嬢はん?」
「Why? どうしてぇ? だってアタシはFootball playerなんか全然目指してないし、それにアタシはFootballなんて全然興味ないし、そもそもやってるスポーツが違うのに先越したとか自慢されても全然筋違いな話で『ハァ?』って感じだしぃ~」
「イヤせやからサッカーに興味有る無しの問題やのうてな、つまり」
「それに第一、Footbalっていうのは本場のGreat Britainでは紳士が嗜むスポーツなのよ? Ladyが淫らに足を振り上げるなんてみっともないわ、本来は淑女がするスポーツなんかじゃないの、邪道も良いとこだわ」
「イヤイヤせやからサッカー批判や風習はええとして同じスポーツアスリートとして何かしら触発されるもんがないんかって聞いとん」
「それともなぁに? 翼はそんなにアタシに自慢がしたいのぉ? 『キイッー!』って地団駄踏んで悔しがって欲しいのぉ~?」
「イヤイヤイヤせやからあのなぁ……」
「……いやぁ~ん! くぅ~やぁ~しぃ~い~! 超悔しいっ! 翼ったらもぉう妬けちゃうわ、スッゴいジェラシー感じちゃ~う! アタシより先に世界へ羽ばたいていっちゃうなんて、翼ってスッゴいのねぇ~! そのスコティッシュテリアみたいに短くてカワイイ神の右足、アタシも欲ぉ~しぃ~い~っ! ……え~と、コレでいい? どう翼、思う存分に満足して貰えたかしらぁ?」
「……もうええ、オマエをまともに相手したウチが間違っとった、もうウンザリや……」
ウフフ、わかれば良いのよわかれば。そうよ翼、アナタは完全に相手を間違えてるわ。それどころか自分とアタシの立場の違いを全然わかってなさ過ぎね。教えてあげるわ、可哀想な井の中の蛙さんに、アナタとアタシの目指すレベルの高さの決定的な差ってヤツをね。
Footballと陸上競技じゃ選手個人に問われる能力やセンスがまるで違うのよ。確かにFootballも各個の力が問われるスポーツだとは思うけど、団体競技っていうのはチームワークが全ての勝敗を左右する大切なキーポイント。それに対して陸上競技は個人の能力が全て、誰にも負けない強靭な力を身につけないと勝てないの。まぁ、リレー競技なんかは別としてだけどね。
相手より脚が遅ければ勝てない。相手より高く跳べなきゃ勝てない。ミスをしたって誰も助けてなんてくれないし、周りのライバル達は容赦なく心理的に揺さぶりをかけてくる。フィジカルだけじゃなく孤独に打ち勝つメンタルが備わってないとあっという間に置き去りにされるシビアな世界、アナタの大好きなワーワーキャーキャー仲良しこよしスポーツとは全然訳が違うのよ。
それに第一、この日本国内でfootballやってる同世代の女の子ってどれくらいいるのかしら? ここ数年、日本でも結構Footballがブームみたいだからそこそこぐらいはいるのかもしれないけど、それでも陸上と比べたら微々たるもの、全く話にならない程度なんじゃないの?
Footballと陸上じゃ競争率だって全然違うわ。確かにFootballも世界中で競技人口の多い方のスポーツかもしれないけど、陸上のそれとは雲泥の差、天地の差よ。そんな激戦区の中で簡単に一つの国の代表選手になんてなれない、なれる訳が無いわ。更にその中でも頂点を極め栄光を掴める者はほんの僅かだけ、全人口六億人の中から神の一握りに選ばれた人間だけよ。
ねぇ、アナタにわかるかしら翼? それが『代表二十三人の中に選ばれれば別に控えでも良い立場』であるアナタと、『たった一人でだった一人しか立てない世界の頂点に挑む立場』であるアタシとの絶対的なレベルの違いって事を。えっ、これでもまだわからない? ならもっとわかりやすく簡潔に説明してあげるわ。
つまり、そんな至高の極みを目指す別次元の存在であるアタシに、アナタごとき玉蹴りピエロが偉そうに楯突くなんて勘違いも良いところ、身の程知らず、恐れ多い、百年早い、一昨日来やがれ、雑魚が騒ぐなこの犬野郎、豚は糞でも食ってさっさと寝てろFuck off!! って事なのよ。
陸上競技とは人生を生きていく事と一緒。そんなHardな競争社会で生き残っていくには、日々の飽くなき鍛錬と努力と忍耐が必要ね。でもそれにだって限界があるわ。だってアタシ達は人間だもん。毎日毎日走って跳んで、練習ばっかりしてたら退屈で退屈で頭がどうにかなっちゃいそう。
体力だって保たないわ。もしそれで大きな怪我でもしたらそれこそ一大事よ。継続に一番大切なのは根強い意思と栄養補給、そして何と言ってもリラクゼーションね。心にも栄養が必要不可能なの。どんな事をやり遂げるにもやっぱり、やってて楽しくないと続けていけないものっ!
「だからアタシは練習以外の時は思いっ切り遊んで思いっ切りオシャレして思いっ切り恋愛して、ママと神様から与えて貰った美貌を武器にこのWonderful lifeを心ゆくまでEnjoyするのっ! 誰もアタシを止められないわ、誰一人アタシに勝つ事なんて出来ないのよっ! アハハ、アハハハハハハハッ!!」
「……何かもうぎょうさんツッコんでやりたいところ満載やけど、最後はエラく強引にご都合主義な話になってへんかオマエ? 確かにウチとオマエは立場どころか頭の構造も色々違うみたいやな、ってか一緒にして欲しくないわ、どうぞ勝手にどこにでも迷走爆進してくれや、誰もオマエを好き好んで止めたりせえへんで……」
うん、よろしい! わかれば良いのよわ・か・れ・ばっ! っていうか、那奈と小夜はまだ解放されないのかしらぁ? アタシ達のクラスなんてもう十分前ぐらいにチャイムと同時にホームルームも終わって、他の生徒もみんな帰っちゃって教室にはアタシと翼しかいなくなっちゃったっていうのに、あそこの担任って無駄に話が長いみたいなのよね。迷惑だわ、こっちまで帰りが遅くなっちゃうじゃない!
「お待たせー! 翼、千夏、遅くなってごめんねー! あたし達のクラス、やっと全部授業終わったよー!」
「もぉ~う、二人とも遅ぉ~い!」
「コラ小夜! オマエんとこのクラスは相変わらず終わんのが遅すぎるんじゃ! 誰もおらなくなった教室でオマエら待っとるこっちの身にもなれやこのボケッ!」
「えー? 何であたしが怒られるのー? 遅くなったのは先生の話が長くなったからであたしのせいじゃないよー!?」
「うっさい黙れ言い訳なんぞは要らんのや! オマエのせいやろうが誰のせいやろうがそんなもん関係あらへん! ウチは今な、この燃えたぎる明日への情熱と何とも言えんやり場の無いストレスに苛立って、様々な感情が入り混じった何かよう訳わからん変な怒りに苛立って、何かもうイライラするってかムカムカするってかカリカリするってかオマエの顔見たら途端に腹が煮えくり返ってイライラしてきたんじゃゴラァ!」
「ねーねー、何で『イライラする』って二回言ったのー?」
「えぇい黙れ黙れ黙れ! 大事な事やから二回言うたんや!」
「でも『イラ』なら七回言ったよねー? 『苛立って苛立ってイライライライラ』って! あっ、でも最初に『要らん』って言ったから八回かなー? イランイラダッテイラダッテイライライライライラー、ってあれー? 今あたし『イラ』って何回言ったっけー?」
「っうっぐあぁ腹立ついちいちグダグダじゃかぁしいんじゃオマエはぁ!! ホンマにイライラしてくるわ、そないなもんどうでもええから黙ってウチの話を聞けぇ!! ええかぁ、ウチは明日からついに合宿突入や! わかるか? この意味がオマエにわかるかぁ!? 世界の歴史が変わんねん! この松本翼様の神の右足で、日本サッカーの新たなる一ページが歴史に刻まれんねん! わかるか、わかるかぁ!? オマエのパッパカパーのボケ頭にこのウチの偉大さがわかるかぁ!?」
「ううん、ぜーんぜんわっかんなーい」
「……ギギギギッ……! 千夏に続きこないアホの子にまでこの屈辱……! ほならわかるまで延々と言い聞かせてやるわこのどアホめぇ!! 帰りが遅うなった罰として、オマエは今からウチの嫌みと愚痴と自慢話とサッカーうんちくフルコース二十四時間耐久独演会の刑に処したるから、その耳の穴かっぽじって一言漏らさず脳裏に焼き付けろおおおおぉぉぉぉ!!!!」
「うわーん! 今日の翼、何かおかしいよー!? テンション変だし目つき血走ってるし何かスゴい怖いよー! イヤだよー、うるさいよー! 那奈、千夏、助けてー!」
……変ね、確かに変だわ。ううん、アタシが変だと思ったのは翼のこの壊れたテンションじゃなくて、この二人のいつものおちゃらけ漫才をジッ~と眺めているだけの彼女のテンション……。
「……な~なっ! ねぇ、那奈ってばぁ?」
「……えっ?」
「どうしたのよぉ? さっきから元気無くボーッとしちゃってさ」
「……い、いや、あの、別に、うん……」
……う~ん、やっぱり変ね。いつもだったらすぐ二人の間を割って翼に『五分黙れ』とか言って怒ったりするのに、なぜか今日は一言も喋らず黙り込んだままそこに立っているだけ。明らかにテンションが低い、様子がおかしいの。今日どころじゃないわ、何かこの前学校を休んだ時からずっとおかしい。ちょっと風邪ひいて体調崩したって言ってたけど、ホントにそんな程度の理由だったのかしら……?
「もしかして、まだ風邪治ってないのぉ? 熱っぽいのぉ? もし具合悪いんだったら保健室行くぅ?」
「……う、ううん、大丈夫、何ともない、何でもないから……」
「でもねぇ……、ん? ウフフ、じゃあアレかしら? もしかして翔太君とケンカした? ダメよぉ仲良くしなきゃ、せっかくお互いSteadyな仲になれたんだからさぁ」
「違うって! 何でもない、本当に何でもないって!」
「……あら、そぉ……」
……なぁ~んか機嫌まで悪いわねぇ。目も虚ろ。じゃあアレかしら、人には言えないアノ辛い日が来ちゃったのかしら? まぁ、女の子にはそういう日が来るのは仕方の無い話なんだけど、今まで那奈がこういった表情をあからさまに見せる事ってあまり無かったから妙に気になっちゃうのよね。
そんな簡単に風邪なんかひいて学校休むタイプじゃないし、色々悩み事あっても落ち込んじゃう様な弱い子でもないし、勿論、毎月のアノ苦しさに負けて寝込んじゃう様な痛がりでもないし。人間なんだから生きてて色々辛い事もあるんだろうけど、これまで様々な出来事に先頭立って頑張ってた姿を間近で見てきたから、アタシ尚更変に不安になっちゃうのよね……。
「ええか小夜! イタリアのセリエAはそりゃあもう最高やでぇ! 昔ウチがイタリアにいた頃はようオトンがスタジアム連れて行ってくれてなぁ、ミラノにあるサンシーロ・スタジアムはACミランサポーターからはそう呼ばれとるけど同じホームのインテルサポーターからジュゼッペ・メアッツァって呼ばれとんねんでどうやホレホレめっさオモロい話やろぉいつかはウチもあそこでプレーを」
「ヤダヤダもうヤダー! さんしーろとかじゅぜなんとかとか言われてもあたし全然わかんないし話もちっとも面白くなーい!」
「スペインのリーガエスパニョーラも最高や! リーガ言うたらそりゃやっぱりバルサとレアルやクラシコやでクラシコ、クラシコ言うたらそりゃメッシにシャビにイニエスタにカカにクリロナにイグアインに出てくる選手は右も左もみんなスーパースターばっかりやファンタジスタ天国や年俸何億円オーバーだらけやスペイン経済火の車やってのにこの二つのクラブは一体どんだけ金持ってんねや闘牛も裸足で逃げ出すでサグラダファミリアも驚いて月まで飛んでくっちゅうねんこれホンマに」
「うるさいうるさいうるさーい! バジリコとか飯とか栗モナコとかどうでもいいよー! ねー那奈、翼があたしに抱きついて全然離してくれなーい!」
あぁ~あ、ついに始まっちゃったわね、翼の大量無差別弾幕爆撃が。一体いつ息継ぎリロードしてるのかしら、このストッパーの壊れた爆音暴走マシンガンは? スゴい肺活量、ちょっと羨ましいわ。でもうるさい、マジうるさい。いい加減この不快電波を何とかしないと周辺の機材に支障が出ちゃうわね。ケータイ圏外になっちゃった。はぁーい那奈ちゃん出番よぉ、そろそろこの超小型違法周波数アンテナをいつもの様に景気良くへし折ってやって下さぁ~い!
「お願い那奈、助けてー!」
「………………」
「……那奈? ねー那奈、那奈ってば! お願いだから助けてよー!」
「……えっ? あっ、うん、そうだね……、ねぇ翼、小夜も嫌がってるしもうやめてあげなよ……」
「アホかっ! やめるかボケッ! 小夜だけちゃうぞオマエもや那奈! どいつもこいつも束になってウチとオトンの誇りであるサッカーをケチョンケチョンに貶してくれよってからに、オマエのそのノータリンな頭にも徹底的にこのスポーツの知識と素晴らしさってもんをザックザク植え付けて、スカパーやWOWOWに加入して毎日試合中継見いへんと発狂するぐらいのサッカー星人に改造したるやさかい、覚悟せいやゴラァ!」
「………………」
「オトンは言うとったで、サッカー好きに悪いヤツはおらへん、サッカー好きは争い事なんてせえへんってな! サッカーを学ぶ事はこの世界の情勢を学ぶ事と一緒や、サッカーを好きになる事はこの星全ての人間を好きになる事と一緒や! サッカーの輪こそ平和の輪、この世の全人類がサッカー好きになれば戦争なんて全部無くなるんや! それがウチが目指す理想の世界、それこそがオトンが夢見る理想の未来像なんやぁ!」
「……新作さん……」
「……ん? オ、オイ、何やその顔? ウチ今何か変な事オマエに言うたか? 急にウチから目ぇ逸らしてそないショボくれた顔すんなや! 唐突にベッコリへこみよって気味悪い、いつものオマエとちゃうぞ、何やどないしたんや?」
……あれぇ? いつもならここで那奈の容赦ない制裁パンチや断罪チョップ、一刀両断『悪・即・斬』ブラジリアンハイキックが次々と振りかざされて翼真っ二つ、事情を知らない第三者が見たらどう見ても『デカい女子高生が幼稚園児を虐待している』にしか見えない児童相談所真っ青の大惨劇が展開されるはずなのに……。
「……ハハァンそうかいなそうかいな、オマエあれやな、明日からウチがいなくなるんがめっさ寂しいんやな? 何や何やそうかいな、心配やなぁ、たかだか二週間程度の不在いうてもその間のオマエの様子が知れなくなるんはちょいと心残りやわ、オマエらホンマにウチがおらなくなって大丈夫かいな? 寂しいからって夜泣きしたらアカンで? 切ないからって後をついて来たらアカンのやで? まぁ、ついて来たくてもオマエら程度の技量じゃとてもウチみたいに一国の代表に招集されるなんぞ夢のまた夢みたいな話やけどなぁ、ウッヒッヒッ!」
「………………」
「……せやから何やねん!? 何でさっきからずっと俯いて黙りっぱなしなんやオマエは!? オモロかったらゲラゲラ笑えや、つまらんかったらいつもみたいにツッコメや! 痒っ、あぁ痒っ! 体中にじんましんが出るてくわ! 何や、しんどいんか? 腹でも痛いんか? 病気か? 死ぬんか? 余命僅かなんとちゃうか? 今からでも遅うないから病院行った方がええんとちゃいまっか、死相の出とる那奈お嬢はん?」
「……ごめん……」
「……ハァ!? イヤイヤイヤイヤ、何でぇ!? いや、あの、えっ、えぇっ!? 何でや、何でぇ!? わからん、もう訳がわからん! 何で、何でオマエが謝るん!? ウチは別に何も怒ってへんし謝れなんて言うてへんし……!」
……ダメね、何か妙なムードになってきちゃった。これ以上二人を絡ませると良くない、スゴく嫌な予感がするわ。那奈はこんな調子だし、翼もそんな彼女にスゴくイライラしてる感じ。このまま放っといたら間違いなくRed zoneに突入、マジでケンカになっちゃいそうなシチュエーション。マズいわね、何とかしてこのギスギスしたを空気を紛らわせないと、とってもマズくて危険がDangerousだわ。
よぉ~し、ならばっ! 今日のところは調子の悪い那奈に代わって、アタシがみんなのペースメーカーになってあげないとね! こんな空気になっちゃったのも少しはアタシに責任があるのかもしれないし。えっ? 翼がイライラしてるのは全部アタシのせいですって? What? Why? I don't know! 何の話? アタシそんなの全っ然わっかんなぁ~い!
「ハイハイそこまでぇ~! 翼、それだけ喋ればもう充分気が済んだでしょ? だったらそろそろ那奈と小夜を解放してあげたらどうかしらぁ? 二人とも担任の長ったらしいお話聞かされて参ってるんだからさ、ねっ?」
「うっさい千夏オマエは黙っとけ! オマエがウチの話を聞かんかった身代わりとして、コイツらにはまだまだ喋り足りん話がぎょうさんあんねん! ええかコラ小夜、本題はこっからや! 次はプレミアリーグ各チームの勢力と歴史についてやな……!」
「Premier? あら、随分と懐かしい響きじゃない? そういえば昔ロンドンに居た頃、パパが一度だけHighburyまでFootballの観戦に連れて行ってくれた事があったわ、あの年のあそこのホームのチームってスッゴい強かったのよねぇ~! Thierry Henryって言うFrenchの選手がもぉう速くて上手くてカッコ良くって超ビックリしちゃったのを覚えてるわ! 今はHighburyから別のホームグラウンドに移ったって聞いてちょっと残念だけど」
「……ハ、ハイバリー? って事はつまりアーセナル!? オ、オイ待てコラ、オマエまさかその目で、生で、間近で、全盛期のティエリ・アンリのプレー見たんか!?」
「プレー中だけじゃないわ、他にも色んな選手をスタジアム以外で見た事があるわよぉ? Steven GerrardにFrank LampardにRio FerdinandにAlan Shearerに……、あっ、そうそう! DavidとVictoriaが子供達と家族揃って仲良く手を繋いで歩いているのも見たわ! アタシがママと一緒にいた時、偶然Victoriaがママのお店へshoppingしに来てね、二人にハグされてついでにサインまで貰っちゃったのぉ~! その後、二人を追いかけていくパパラッチの数がもぉうスゴくってスゴくって超ビックリしちゃったのも覚えてるぅ~!」
「……ジェラード!? ランパード!? リオ・ファーディナントにアラン・シアラー!? ってかちょっと待てぇ! デデデ、デイヴィッド!? デイヴィッドとヴィクトリアやとぉ!? まさか、オマエまさかまさかまさか、ホンマにベッカム夫妻と生で会うてサイン貰たんかぁ!? ホンマにオマエ、ベッカム様の直筆サイン持っとんのかぁ!?」
「そんなに驚く事? 普通でしょ? だってアタシはBabyの頃からずっとロンドンに住んでた訳だし、それに何せアタシは世界有数のファッションデザイナー・三島千春と世界ロードレースチャンピオン・三島勇次朗の娘なんだもん、スーパーセレブ同士がこうして引かれ合うのは必然の運命じゃない? ホントはアタシ、あの時Victoriaのサインだけ欲しかっただけなんだどぉ、何か良くわかんないけどDavidまでニコニコ笑ってサインしてくれたのよね、頼んでもいないのに何でかしらぁ? きっとアタシのあまりのカワイさに魅力されちゃったのね、だったら仕方ないわよね、別に悪い気はしなかったし、Good looking guysにチヤホヤされちゃうのはこんな美貌に生まれてきてしまったアタシの罪過ぎる宿命なんだものぉ~!」
「……オ、オ、オマッ、オマエという女はホンマに……! ウチかてイタリア居た時はスタンドの人ゴミからチラッとデルピエロ見れただけやっちゅうのに……! ウチにとってベッカム様は神様やぞ、ウチが理想像とするスーパーレジェンドやぞぉ! あんな神的センタリング上げたい、あんな神的フリーキック蹴りたい思うて毎日右足痛くなるまでボール蹴って練習しとんのに、それをオマエ、よくも……!」
「あとさぁ、随分とEasyにプレミアプレミアなんて言ってくれるけどさぁ、正式な名称は『Barclays FA PREMIER-SHIP』って言うのよ? だってScotlandのFootballリーグも『プレミアリーグ』って言うんだから、ただプレミアだけじゃどっちの事かはっきりと区別がつかないじゃない? EnglandとかScotlandとか名称の頭にチョンとつければ良いってもんじゃないの、それに第一『Soccer』って何よ? 『Football』でしょ『Football』! 日本のファンはもうちょっとEnglishについても熱心に勉強すべきよね、いい事? 『ぷれみや』じゃないの『Premier』、『いげりす』じゃないの『Great Britain』、『United Kingdom』なのよ、Understand? オワカリデスカー、東方島国のチョンマゲサムライのミナサーン?」
「………………」
「で、翼はアタシに一体どんな『ぷぅれぇぇぇみぃあ』の『るぇぇぇじぇんど』を教えてくれるのかしらぁ? スッゴい楽しみだわ、ねぇねぇ早く教えてよぉ、黄金の国ジパング代表のサッカー博士さぁん?」
「……わざとらしい舌巻き発音しよってからに、オマエかてどっから見ても完全に日本人やろが……、もうええ、降参や、オマエの前でうっかりプレミア云々ほざいてしもうたウチの大失態やわ……」
はぁ~い論破完了、一丁上がり~! んもぉうチョロいわね、ちょっと未熟な知識をボロったところをつついてやればすぐこれだもん。ホントFootball junkeyって頭の中が単純明解でパープリンだから相手するのが簡単で楽だわ。偉そうにうんちく垂れてカッコつけてる日本の男の子達なんか特に。
ちょっとサッカー出来るくらいでユニフォーム着て外出歩いてるのとか見てるとスッゴいダサいわ。しかも何で他の国のチームのユニ? 何で日本人がブラジル代表の黄色いユニ着てるの? バカなの? 死ぬの? ヘディングのし過ぎで脳神経に支障が出てるんじゃないかしら? 何事もヤリすぎは体に毒って事よね、若い男の子なんかはと・く・にっ!
えっ? 何のヤリすぎかって? バカじゃないの!? 死ぬの!? っていうか死ねっ! アタシにそんな事言わせるなんて四半世紀早いわ! これだから日本の男はキモいダサいクサいブサいYellow monkeyって言われるのよ! エロ中年オヤジみたいにニヤニヤしてないで自重してなさい、このSUKEBE HENTAI Fuckin' jap!!
「さぁ~てと翼、もう気が済んだかしら? よぉ~し、じゃあもうそろそろ帰ろうよぉ? アタシも待ってる間ずっと翼の相手してて疲れちゃった、那奈も小夜も久し振りにみんなで一緒に早く帰ろぉ~!」
「うん! 帰ろー帰ろー! あたしも飯とか栗もなことか聞いててお腹すいちゃったー! ねー那奈、早く帰ろー!」
「……ごめん、私、先に一人で帰る……」
「……ハァ? オイ、ちょっと待てって、何でぇ? 何でやねんな那奈!?」
「えー!? 何で何でー!? 何で一人で帰っちゃうのー!? ヤダヤダ置いてかないでよー! ねー、ねーってば那奈ー!」
……Why? What's happened? もうホント訳がわかんない。那奈ったら、机の上に置いていたカバンを手に取るやアタシ達を避ける様にさっさと教室を出ていっちゃった。いつも心配で肌身離さない小夜の事まで置き去りにしていっちゃうだなんて……。やっぱりアタシ達、何か彼女の気に障る事でもしたのかしら?
「……もう何やねんなアイツは、確かにウチもちとやりすぎたかもしれんけどもや、そない邪険に扱わへんでもええやないか……」
「別に翼が嫌であんな態度をしたんじゃないと思うけどなぁ、きっと那奈にも色々と事情があるのよ、色々と」
「……ふぅ……、あぁもうつまらん! 最悪の出発式になってしもたな今日は、せめて『頑張ってこい』の一言ぐらい欲しかったわ、虚しいなぁ、ホンマ友達甲斐の無いヤツらやな、あの二人は」
「そんな事言っちゃダメよ、そんな憎まれ口叩くからみんな素直に見送ってくれなくなるの! エールが欲しいならアタシが何度だってかけてあげるわ、翼、Hang in there!!」
……でも、やっぱりちょっと那奈が心配ね。あの様子だとかなりの重病よ、早急なカウンセリングが必要だわ。今度アタシのママから那奈のママに相談して貰おうかしら? 那奈のママ、まだ日本に居るみたいだし。おかげでアタシのママは飲み会の幹事や帰りの車の運転手とか毎晩グルグル振り回されちゃってるけど。ホント心配だわ、大した事じゃなければ良いんだけど。明日にはきっと彼女にも笑顔が戻ってくれる事を願わずにいられないわね……。
「……でもきっと、那奈ならきっと大丈夫よ! そんな事より早く帰ろっ! 今日はソフィーが他の用事で部活お休み、だからアタシも練習ズル休みしちゃおうっと! 帰りにたくさん寄り道をして思いっ切り羽根を伸ばしたいわ、My best friendの翼ちゃん、もちろんアタシに最後まで付き合ってくれるわよねぇ~?」
「何も奢らんぞ? むしろオマエがウチに何か奢れや、代表招集祝いって事でな」
「OK! 今日ぐらいアタシもガンガン太っ腹でいっちゃうわ! ガストで何でも飲み放題、コーラもジュースもコーヒーもロイヤルミルクティーも何杯飲んだって全然Don't worryよ!」
「たったドリンクバー一人分だけかい! せめてケーキか何かセットで付けろや、どんだけ意地汚い銭ゲバ女やこのどケチセレブめ!」
「だったら美味しいお肉をいっぱい食べさせてあげるわ! 並でも大盛でも特盛でも卵にサラダ付けて何でも好きなもの食べて良いわよっ! アタシ隣でお茶だけ飲んでるから」
「吉野家かいな! しかもオマエお茶だけって、味噌汁でええから何か食え! ウチ一人で食っとったら何か恵まれへんひもじい子供が援助されとるみたいやないかぁ! オマエ、ホンマどんだけ守銭奴な泥恵比寿……!」
「……ヒッ!?」
「……ひっ? オイ何や、どないしたん千夏? オマエまで急にビクッとかしよってからに……」
「……な、何か、背後に妙な殺気を……」
……アタシと翼がキャッキャッウフフしてたその時、まるで何かの呪いの魔術をかけられたみたいな、まるで藁人形に五寸釘を打ち込まれたみたいな、まるで邪悪な念力で心臓を鷲掴みにされたみたいなおぞましい悪寒をアタシの背後に感じたの……。
何か鋭い視線が背中にグサグサ突き刺さってきて、全身がガタガタ震えてまともに立っていられない。命の危険すら感じるくらいの恐怖。何とか勇気を振り絞って恐る恐る後ろを振り向こうかと思った時、目の前にいる翼の顔色まで見る見るうちに青ざめていくのがわかったわ……。
「……やめとけ千夏、見たらアカン、振り向かん方がええ……」
「……何がいるの? ねぇ翼、アナタからは見えてるんでしょう? アタシの後ろに何がいるのぉ!? まさか貞子!? 富江!? ジェイソン!? フレディ!? それともダミアン!? ねぇ何がいるのよ、一体何なのよぉ!?」
「……そない生易しいもんやない、化け物や、教室の外から半身出してこっちを睨み付けとる怨霊がおる、あれは嫉妬と憎悪の塊や、見たらアカン、触ったらアカン、危険過ぎるで……」
「……ひっ、ひぃぃっ!!」
「……でも、アイツの目的はオマエの命やない、ウチや、ウチの命や、ウチ一人が奴の犠牲になれば他の誰にも害は及ばへん……」
「……そんな、翼一人だけが犠牲になるなんて……、ダメよ、そんなのダメッ! 大切な親友を見殺しにするなんてそんな非情な真似、アタシには出来ないわっ!」
「ええねや、ええねやっ! アレはウチがこしらえてしもうた化け物なんや、全てウチに責任があんねや! ここはウチに任せとけ、オマエまで巻き込まれる事あらへん、あらへんのや……!」
「……翼ぁ……」
「ほな、これでサイナラやな千夏、どうかオマエだけは無事に愛する家族の元へ帰ってくれや……!」
……翼はそれだけ言うと、何かを覚悟した様に溜め息を一つ吐いてアタシの横を通り過ぎていったわ。ごめんなさい翼、アナタを生贄にして逃げるアタシをどうか許して。例え何があろうとアナタは永遠にアタシの大切なBest friendよ。でも怖いの、怖いのよ! アタシはまだこの恐ろしい怨霊に呪い殺されたくなんてないのよぉ~!!
「……おーい綾、そないなとこ突っ立んとらんと早よ帰ろう、勿論二人きりでな、今日は久し振りにオマエの帰り道の方向に付き合ったるで」
「えっー! 本当にー!? でもそれって翼にとって遠回りになっちゃわない? 家に帰る時間が遅くなっちゃわない? それに今、一緒に帰るって約束してた千夏ちゃんに悪い事になっちゃわなぁーい?」
「……どうせ千夏と一緒に帰っても色々寄り道とかして遅くなるんや、ウチはもう日が変わる前に家に帰れりゃそれでええがな……」
「アハ、アハハ、アハハハハ! そうだよねそうだよねー! どうせそんな自己中で他人の価値観を理解出来ない偏見女なんかより、翼の全てをしっかり理解してる私と一緒に帰った方が楽しくて話も盛り上がるよねー! アハハハハそうだよそうだよ! だって私達はずっと同じチームでコンビ組んできた親友同士だもんね、そしてついに明日から同じ代表選手として合宿に参加する相棒同士なんだもんねー! やっと私達二人の夢が叶う時が来たよ翼、でも驚く程の事でもないよね、当然の結果だよね、だって今までずっと一緒に励まし合って頑張ってきたもんねー! 明日から私達はこの国の代表になるんだよ、背中に日の丸を背負うんだよ、蒼き魂を抱き世界を迎え撃つサムライジャパンになるんだよー! それって凄い事だよね、どんな大金にも代えられない、とても名誉な事だよねー!」
「……オ、オイ綾、ちょっと落ち着こうや、ウチらは『サムライ』やのうて『なでしこジャパン』、ってか顔が近い、目ぇ血走っとるがな、怖いわ、こっち見んな、鼻息が当たるがな」
「……それを、私と翼を繋いでくれた運命の赤い糸でもある誇り高いサッカーを、ただの仲良しスポーツだの所詮は玉蹴りピエロだの……! 突然ヒョコヒョコ日本に来て金髪外人気取ってるクソッたれ売国野郎が偉そうにほざくセリフなんかじゃないよねー! しかもイギリスに住んでてサッカーが嫌いだなんてそんなヤツ頭に砲丸ぶつけて死んじゃえばいいのにねー! でも仕方ないよね、所詮は県内の大会くらいで優勝して有頂天になってる愚かな陸上おバカさんなんだもん、その程度のミジンコ頭じゃ私達やサッカーの偉大さを理解出来る訳がないよねー! もちろん私はわかるよ! だって私は翼の全てを理解してるもん! 翼の話ならもーう何だって聞いちゃう! あんな高慢ちき女や空手バカ一代やおつむの足りないクルクルパー子達に話すなんて勿体無いよ! 私なら二十四時間耐久なんて全然平気、むしろご褒美、大好物! 今日は私とじっくりたっぷりお話しようね! えっ? そんなに話が盛り上がっちゃったら帰りが遅くなって明日寝坊しないか心配? 大丈夫だよ大丈夫だよ、そんなに心配ならいっそそのまま私の家に泊まっていっちゃえば良いんだからさー! ぜーんぜん問題無いよ、無問題! 正しく発音すると、『モォウマァイタァイ』、なんちゃって! アハ、アハハ、アハハハハ!」
「……あー……、あのー、あのなぁ綾、ウチは一言もそないな事は言うてへんし、しかもそない勝手に話をズカズカ進められてもな……」
「そうだよねそうだよね、セリエAもリーガもプレミアもブンデスもリーグアンもエールディヴィジもチャンピオンズリーグもJリーグもみーんなみんなサイコーだよねウフフフフッ! うんうんわかるよスッゴいわかるよ、だって私は翼の人格・思考・習慣・事情・身長・体重・スリーサイズ全てを知ってる、この世界で唯一無二で絶対絶好な最高のパートナーなんだもんねー! ウフフ、アハハハ、グゥヒャヒャヒャヒャヒャアアァァァァ!!」
「……うわぁ……」
「……ハァ、ハァハァ……、ねぇ翼、今日はずっと二人っきりだよ、ずっと二人っきりで夜が明けるまでサッカー論議しようね、昔みたいに一緒のお布団で寝ようねウヘヘ、またこの前みたいに一緒にお風呂入ろうねウヘヘヘヘ、私が翼のあんなとこやこんなとこや体の隅の隅まで全部綺麗にしてあげるねウヘヘヘヘヘヘ! ねぇねぇそうと決まったら早く帰ろうよハァハァ、あんなインチキセレブビッチ女なんか放っておいて、早く『ワ・タ・シ・ト・イ・ッ・シ・ョ・ニ』帰ろうよー!! アヒャヒャヒャ、アヒャヒャヒャヒャヒャヒャッー!!!!」
「……ううっ、ウチは何でこないアブナい女を相棒にしてしもうたんやろか……? 千夏、後生の頼みや、せめて骨だけは拾っておいてくれや……」
……これが日本に古くから伝わる鬼女に子供を捧げる生贄の儀式なのね。あぁ可哀想に、なんて可哀想なんでしょう。あの分だと今宵の月はさぞ狂気を帯びた血の色に染まるんでしょうね。想像するだけで幼女の断末魔が聞こえてくるようだわ。何か悪い夢見そう。今日は耳栓とアイマスクして寝る事にしよっと。あと、睡眠前のリラックスタイムにハーブティーとアロマも忘れずにね。
しっかし女の執念って怖いわね。あれだけ無茶苦茶ボロカスにイヤミ言われても、腹が立つどころかむしろ鳥肌が立って恐怖すら感じたもん。これ以上こっちに矛先が向かない様に無意識装って背景に溶け込むのが精一杯。ヘビに睨まれたカエルの気持ちが良くわかったわ。どうせ舌を伸ばすならカメレオンになりたい気分だったけど。
しかもこれは今日に始まった事じゃないわ。授業中でも休み時間でも、いつも翼と一緒にいると背後からあの子の視線がグサグサ突き刺さってくるの。『私の翼に近寄るなぁ!!』って無言のメッセージと共に。同じクラスで席も真後ろだから尚更よ。前から回ってくるテスト用紙渡すにも怖くて迂闊に振り向けない。目を合わせたら石にされそう、ホントに彼女の髪が無数のヘビに見える時があるもの。
そのせいか最近はあの薫ちゃんですらこの教室に姿を現さなくなっちゃった。何か彼、霊感が人一倍強いみたいで教室中に怨念に満ちた悪霊達がたくさん蠢いてるのがわかるんだって。まぁ、薫ちゃん自体がスケベな淫魔だからそれはそれで悪魔払いとしてとても役には立っているんだけどね。毒には毒を、危険外来種には天敵生物を、みたいな感じで。
アタシ、明らかに彼女から敵対視されてるみたい。あれはただのヤキモチってレベルじゃないわね。って事はやっぱり、あの子ってレ……、いや百合っ子ちゃん系なのかしら? しかも重度のヤンデレちゃんっぽい。えっ? じゃあアタシ、いつか彼女に屋上呼ばれて鋸で首チョンパ!? いやぁ~ん怖ぁい! 中に誰もいないわよっ!? 吉田綾、恐ろしい子……!
「……って言うかぁ……、結局アタシ、一人置いてきぼりになっちゃったじゃない……」
んもぉ~う、何でぇ!? 何よ那奈も小夜も翼もみんなして、どういう事よぉ!? どうしてこうなるのぉ~!? さっきも話したけど今日はソフィーがお休みで部活サボるには絶好のチャンス、せっかくのSaturday night feverだっていうのに、アタシ一人で寂しくブラブラしてろって言うのぉ!? こんな日に限って薫ちゃんもお休みだし、翔太君も航ちゃんも全然捕まんない!
航ちゃんは軽音楽部の活動があるからしょうがないとしても、翔太君なんてバイクの練習とか明日にだって出来るじゃない! 那奈だってあんな調子で心配なのに彼氏として失格よ、そんなにお師匠様である那奈のパパが怖いの!? ……話によると相当怖いらしいわね、アタシのパパも昔からずっとイジめられてたみたいだし……。でも、そんな弱気じゃパパみたいなスーパーライダーになんてなれないわ、ホント腰抜け男よねっ!
薫ちゃんも薫ちゃんよ! 今日は自分の彼女の大切なAnniversaryだっていうのに、どうしてあのエロバカ堕天使アブノーマル男は毎週土曜日だけ決まって学校を休むのよ!? 出席日数足りてるの? 進級出来るの? 一年目からいきなり留学確実って、だったらいっそ学校来るな、『おめーの席ねぇから!』って感じだわ! 何なのよこのダメダメづくしのMy men達は、みんな部活とかで忙しいならともかく、メンバーほとんどが帰宅部の暇人なんだから一人ぐらいアタシに付き合いなさいよぉ~!!
「……あれぇ? でも確か小夜って軽音楽部のマネージャーに……、帰っちゃったみたいだけど、あれれぇ?」
……まぁそんな事どうでも良いわ。それよりどうするのよこの後、アタシ一人で街中彷徨いてたってつまんないし虚しいだけじゃない! 何なのこの放置プレイ、屈辱よ、あまりに屈辱的だわ! やっと久し振りに出番が回ってきたと思ったらこの様!? これ、イジメ? イジメよね!? アタシ、作者にとっていらない子!? 扱い難い!? 所詮アタシはギャグ回専用かヨゴレ役程度の扱いなの!?
冗談じゃないわ、アタシが悪いんじゃない! アンタの小学生レベルの文章力とキャラ設定があまりにお粗末だから、こんなにも美しく魅力的なPretty girlを大活躍させる事が出来ないのよっ! このアタシも四人の主人公の一人だって、あらすじにもしっかり書いてあるじゃない! 那奈達の話ばかりサクサク先に進めてないで、もっとアタシのエピソードも本腰入れて書きなさいよ、このキャラ頼り表現力ゼロのダメダメ作家!!
「あぁんもぉう最悪! 仲間外れなんかイヤよ、このままじゃ帰れない、ぐっすり眠れない! これじゃ違う意味で悪夢にうなされちゃうわ、って言うか今現在がすでに悪夢! この悪夢の回廊から抜け出す方法を見つけないと、何とかしなきゃ、何とかしなきゃ……!」
……あっ、そうだ。ウフフフフ、ひらめいちゃったひらめいちゃった。この絶望的な状況を一発で打破出来る、最高のアイデアをアタシひらめいちゃったぁ~! やっぱりアタシって天才ね、格が違うのよ。えっ? どんなアイデアか知りたい? 教えて欲しいのぉ? じゃあ最後までアタシに付き合ってくれたアナタだけコッソリ教えてあげるわ。誰にも喋っちゃダメよ、みんなの大好きな千夏ちゃんとの約束よっ!
「……それはね……、ヒ・ミ・ツ! ウフッ♪」
ねぇちょっと待ってよそんなに怒らないでよページ戻さないでよサイトのTOPに戻らないでよ謝るからお願いだからこれ以上アタシを一人にしないでJust moment,please!! じゃあヒント、ヒント出しちゃう! ヒントはズバリ『逆転の発想』よ。わかんない? やっぱりバカねぇアンタって。ううんウソウソジョークよジョーク! だからお願い、パソコンやケータイの電源切らずに最後までアタシの話を聞いてよプリィ~ズ!!
「……そうじゃない、アタシにはまだ『アレ』がいるじゃない、翼や小夜、そして那奈なんかよりも楽しくて扱い易い、最高のMarionetteが!」
見てなさい、アタシを蔑ろにしてこんな寂しい目に合わせた裏切り者どもめ。アナタ達だけじゃないのよ、アタシにはとってもステキな遊び相手が他にもいるの。アタシは決して一人なんかじゃないんだからっ! こうなったら溜まりに溜まったストレスは全部『アレ』で発散してやるわ、欠片一つすら残らないくらい綺麗サッパリ愉快痛快にねっ! ウフフ、アハハハハハッ!!