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第72話 Drawing



そういえば、そんな兆候は昨日の放課後のインターネットカフェの時からあったと言えばあったんや。航のあの訳わからん滅茶苦茶ギターの謎が気になってウチがウ〜ンと頭悩ましてるところに、タイミング良く薫がサヴァン症候群が何やらと耳打ちしてきたのが全ての始まりやった。

聞き慣れへんヘンテコな用語に興味を持ったウチは、いてもたってもいられんくなって半ば強引に薫を連れ出して駅前にあったカフェに突入、そのまま二時間ほどパソコンの画面にかじりついてこれまでのサヴァン症候群の実例を調べて航との接点を探しまくったんや。

その間、薫は途中で飽きもせずウチと一緒にずっと個室に閉じこもって検索用のキーワードやその症例に関する人物名などをアドバイスしてくれていた。ウチも完全に夢中になっとったからな、ただただウンウンと頷いてマウスを右往左往動かしてクリックしまくる事しか頭に無かったんや。

一っ通り調べるだけ調べてフゥと一息つき背伸びをした後、ウチは今更自分が置かれている状況がハンパなくヤバく危険である事に気づいたんや。そりゃそうやで、いくら協力して調べもんしてた言うたって、もう夜も十時近くになっとる一つの狭い個室の中に若いカップルが二人きりで一緒におんねんぞ? ヤバすぎるやろコレは?

もしこの時、今日みたいに薫のスイッチが入って興奮して襲いかかってこられたら、ウチは逃げ場も無ければ抵抗する術すら無かったんやで。それに気づいてからはホンマビクビクやったわ。最後の一調べに薫がパソコンいじくっとる間もウチは物音立てんよう小さい体をさらに小さくして時間が過ぎんのを黙って待っとったんや。



『……じゃあ、そろそろ帰ろうか?』



この時は薫がウチの心境に気づかんかったのかどうかは良う知らんけど、何事も無く普通に店から外に出て駅まで歩いて向かう事になった。でもそっからがまた一大事! 外はもう真っ暗になっとるし、何せ店から駅までの間にどうしても目の前を通らなアカン関所が一軒存在してたんや!

何やて、関所って一体何やって? そんなん言わんでもわかるやろ!? 十八歳未満の男女お断りのあのキンキンピカピカのあの場所や! 一泊九千八百円で巨人軍から札幌飛ばされたあの野球選手でお馴染みのあのやらしい愛の巣窟のあの場所や!

もうアカンかったわあの時ウチは、何か良うわからんけど足はガタガタ震えるし、建物見んようしてもウザったいくらいネオンが目線に入りよるし、いっそ顔背けようと反対側向けばそこには薫の顔が目の前にあるんやもん! 完全に絶対絶命や、ウチ今日は家に帰れへんのとちゃうか、そんな事まで考えてある程度覚悟も決めてたんやけど……。



『こんばんは〜、こんな遅くまで娘さん連れ回してどうもすいませ〜ん! どうかこの薫ちゃんのおバカの顔に免じて許してチョンマゲ〜!?』


『あら、何よ翼、薫君と一緒だったの? 随分と帰りが遅いから心配して私、千夏ちゃんの家に電話しちゃったわよ』


『薫ターン、今度はみータンとも一緒にデートしよーねー、バイバーイ!』



……コイツ、顔色一つ変えずに普通に家までウチを送り届けやがった……。正直ホッとしたっちゅうかガッカリしたっちゅうか、それより何より桐原薫という男が一体全体何を考えて行動しとるのかウチにはさっぱり理解出来んくなってもうたわ! 普段あんだけエロい事ばかり言うとる狼男がこない草食系動物な訳が無い、コイツ絶対猫被っとる、怪しすぎ!

ホンマは薫もビビってウチと同様足プルプルさせてラブホ通り過ぎてた? いいや違う、コイツはそんな翔太みたいなヘタレやのうて意外と芯が通ってるとウチは思うねん。この前の伊豆の時もそうや、あんだけ嫌がってた漁船の掃除も結局やり通したし、荒波の中の船も乗ったし、それにウチが大雨の中で大ピンチの時に駆けつけてくれたんは薫だけやったもん!

そない根性入った男が女をホテル連れ込むなんぞ、痛む義足引きずってビルの屋上登ってウチを肩車するよりよっぽど楽勝やろ? だとしたら、やっぱりコイツ何か他の事企んどる。これは近い内に何かしらのアクションを起こしてくるに違いないわ。昨日よりももっと絶好のチャンスと見極めたその日に、ウチの隙を見て必ず何かエロい事を……!



「……って、それが昨日の今日か〜い!!」



やっぱりコイツ何考えてんのかウチにはさっぱりわからへん! 何でぇ!? 明らかに昨日の方がチャンス満載やったやないか!? 今日こんだけ強引な行動出来るなら何で昨日しなかったんや!? もう訳わからん! なぁ薫、ウチをどないするつもりや? ウチをどこに連れて行くつもりや? 乱暴なんは嫌や、お願いやからもっと優しくして……!



「……って待てやオイコラ、どういうつもりや、どこやねんなここは?」


「えっ〜、決まってるじゃ〜ん! ここが『ええとこ』なんだぜ!?」


「ハァ!? どう見てもこんなん『ええとこ』とちゃうやろ!? 一体何のつもりや、オマエは一体何を考えとんねんなコラボケェ!」



……って、怖さ半分期待半分でなすがまま連れてこられたここはどこじゃボケェ! 何やこの人通り無い裏路地にポツンと建っとるボロい雑居ビルは? その一階にある外見では何売ってんのか全然わからんメチャクチャ怪しい変な店舗、これが『ええとこ』かいな!? オイコラ薫、説明せい! ここは一体全体何屋やねん!?



「そんなの入り口の扉に書いてあるじゃ〜ん? ほらここ見て見て、『貴方の欲しい物が必ず見つかる夢のお店、なんでも屋』ってね」


「……あのなぁ、なんでも屋ってそない曖昧な怪しい名前の店……、そんでもってオマエはウチをここに連れて来て何をさせるつもりやねん!?」


「ズバリ、ショッピングの付き添いで〜す! 薫ちゃん、どうしてもこの店で購入しなきゃいけない大事な物があるんだよね、買う物は決まってるから別に自分一人で買い物に来ても良かったんだけど、せっかくだから翼と一緒にアドバイス貰いながら色々との品定めするもアリかな? って思ってね、いつかは翼にも関わりのある事になる可能性大だし」


「……ちょっと待て、聞き捨てならんぞ今の話、何やいつかはウチにも関わりのある事って? 質問はそれだけとちゃうわ、こんな入り口の自動ドアのガラスがマジックミラーになっとる如何にも怪しげなこの店が扱っとる商品って一体何系のもんやねんな!? しかもそういやオマエさっき、もっと自分の趣味とかをウチに知って貰いたいとか何とか言うとったな? 怪しい、考えれば考えるほど怪し過ぎるわこの展開! まさかこの店、何か変なヤバくていかがわしいグッズとか売っとる十八歳未満立入禁止のエロエロショップとちゃうやろな!? そうなんか、そうなんやろ!? アカンアカンアカン、そんなんアカン! ウチはオマエと違うてそない疚しいもんに全然興味無い……!」


「まぁまぁまぁまぁ、そない疚しいエロエロショップかどうかは入ってみればわかるがなぁ? いよいよ年貢の納め時でっせお嬢ちゃん、覚悟はええかぁ? 怖ない怖ない、おっちゃんに全部任せときや、ウッヒッヒッ……」


「せやからその笑福亭鶴光みたいなヤラしいおっさんの関西弁やめんか、どアホっ! ホンマにさぶいぼ立つくらい気持ち悪いねんその喋り方! ってかオマエまたそうやって強引に腕引っ張るなや肩抜けるやろが! 触るな近づくな大声出すぞ通報すんぞ男の人呼ぶぞコイツ変態や誰か助けてやぁ〜!!」



……あぁ、なんてこったいな、最悪や。まだ普通のカップルとして『ええとこ』連れて行かれるだけなら思春期特有の若気の至りとしてちょっとマセた青春の一ページになるやろうけど、まさかこないイケないお店にまで足を踏み入れる事にまでなるなんてさすがにウチも予想すらしとらんかったわ。

それともアレかな、この変態エロエロ男と付き合うだなんて決意をした時から、ウチは清純な幼げ美少女から破廉恥でいやらしいロリロリ変態娘に成り下がる事を覚悟しとかんといかんかったのかなぁ? オトン、オカン、ごめんなさい。ヨゴレていくウチを許して下さい。もう後戻り出来へんのや、ウチはもう薫の世界に色染められて身も心も悪い女に変わっていくんやぁ……。



「……って、何じゃこりゃこりゃ何じゃこりゃ〜!? 何やこの店、さらに訳わからん、こりゃ一体どういう事なんや!?」



薫に無理矢理引きずり込まれて外界と隔離された魅惑の世界に足を踏み入れると、そこには淫靡かつ卑猥なグッズが店中所狭しと……、無い! そんなもん一つも無い! 何やこれ? 店内は普通に明るくてウチらの他にも客がおるし、筆とか絵の具とか色鉛筆やらスケッチブックやら、見た感じただの文房具屋?

に、しては絵描き用のツールの品揃えがエラく充実しとるような気がする。何なんコレ、一体ここは何屋やねん!? そんでもって、この店で薫がウチにも品定めして欲しいらしい購入したいもんって一体何やねんな!? ウチ、ついに思考回路がショートして脳みそが沸騰してしまいそうやわ!



「う〜ん、まぁ文房具屋ってのも正しい名称だと思うけど、もっと適切な言い方をするなら画材屋ってとこかな? 翼の言う通り、ここは主に絵を描いている人達が様々なツールを求めて訪れてくるお店で、プロの画家が御用達の専門的な画材や、なかなか国内では出回らないレアな商品もあったりと品揃えの豊富さは折り紙付きでね、知ってる人は知っている隠れた名店なんだよ」



……画材屋、ねぇ。『なんでも屋』の名前の由来は欲しい画材がなんでも揃うって事かいな? 何や紛らわしいのぉ、そういう健全なお店なんやったらもっと何扱ってる店かわかるようなまともな店名つけんかい! 外からは中が見えないようにマジックミラー加工されとるし、ウチはてっきりやらしいもんでも売ってる店かと思てドキドキヒヤヒヤしてもうたやないか! 心配して損したわ、ホンマにボケがぁ!!



「店内のガラスを全部マジックミラーにしてるのは、さっきも言った通り結構有名なプロの画家も画材購入の為に店にお忍びで訪れたりするから、下手な騒ぎにならないようゆっくりと買い物をして貰いたい、っていう店主の気心によるものなんだよ、この店にプロの画家達が良く来る事はあちらこちらで周知されてるからね、良く店の外とかで待ち伏せをしてサインやアドバイスを無理に強請る芸術家のタマゴや学生なんかが多くて、昔は結構その手のトラブルが絶えなかったらしいんだ」


「はぁ〜、なるほどなぁ〜! 随分と粋な計らいする店主さんなんやなぁ、これぞホンマもんのプロの商売人って感じやで!」


「さてさて、これで今回この薫ちゃんの行動に関する怪しい疑問心は解消して戴けましたかな、お姫様?」


「せやな、これでウチもその説明でこのお店がどんなもんなんかは良う理解出来たわ、ただな、ウチにはまださっぱり理解出来へん事が一つあんねん、そんなプロも訪れる画材屋なんかにオマエが何を求めて買い物なんぞしに来たんか、って事や」


「鉛筆ですよ鉛筆、いつも愛用してる絵筆の新しい物を買いに来たんでございますよ」


「鉛筆? 鉛筆やと!? その新しい鉛筆をウチに品定めさせるやとぉ!? オマエやっぱり変なやらしい事考えてウチをここに連れてきたんやなぁ!? 何やオマエ、その鉛筆使うてウチの体に何するつもりや!? 鉛筆なんぞオマエアカンぞ、そんなんでチクチクされたら想像するだけで体中がむずがゆくて気持ち悪うてホンマにもう……、変態! どスケベ! 悪趣味! キモい! 半径5メートル以内に近づくな! オマエ絶対オトンに言いつけたるからな、覚悟しとけやこのエロ男爵めがぁ!!」


「ワォ! 何てヒドい誤解と偏見なんでしょう、 ♪ 不実ですぅ 微笑んだ私にぃ〜 不思議顔ぉ〜 ♪ (By工藤静香) この理性と道徳心の塊とも言える桐原薫ちゃんが、そんな不健全でいかがわしい妄想なんてする訳がありませんことよ? 失礼しちゃうわね、これだから最近の若い子は礼儀知らずで汚れてるのよ、あぁもうはしたない、いけませんわ、いけませんですわこんな乱れた世の中の性社会なんて!」


「普段から女の胸と尻しか目に入らんで、しかも頭の中がオールスケベの変態男に誤解も偏見もあるかっちゅうねん! しかも何やそのオネエ言葉? ただでさえこの地球上で呼吸して生きてるだけでも全国指名手配級のセクハラ対象やってのに、そない虫酸が走るような喋り方されたらさらにキモさ倍増やがな! 頼むからオマエ死んでくれ、特大元気玉食らって細胞一つ残らず蒸発して消え去ってしまえや、このどスケベ変態発情魔人がっ!!」


「とか何とか言っちゃって、本当は翼もすっかりこんな変態チックな薫ちゃんワールドの虜になっちゃったんじゃございませんか〜? もう薫のアレやソレやコレが無いと生きていけな〜い、み・た・い・なっ? ほらほら、この鉛筆なんてどうかな、コレで翼のまだ未発達なあ〜んなとこやこ〜んなとこをツンツ〜ン!」


「う゛あ゛ぁ〜、キモい〜!! オマエこれ完全にセクハラやぞ、その言葉も動作も目つきも思考もニヤニヤしとるキモい面も全てが全てセクハラや! ホンマにオマエの頭の中はそんなアホな事しか考えてへんのかい!? もう最悪や、ウチはやっぱりオマエなんかと付き合えへん! 交際破棄や、却下や! 今日でもう一生のお別れや! 二度と顔見せるな、ほなサイナラ!!」


「えっ〜!? オーマイガー、そんなぁ貫一さん、お願いよ、アキチを、アキチをどうか捨てないで! アキチを一人にしないでおくんなまし〜! 後生じゃ、このワシの後生の頼みじゃ〜!!」


「誰が貫一やねん、このブサイクお宮! ってかさっきからオマエ一体全体何キャラやねんな!? 触るなや、腕掴むなや、足にしがみつくなや! 見苦しいわこのどアホ!! 他の客が何事かと見とるやろ、恥ずかしいからさっさと離せやゴラァ!!」



もう嫌や、もう限界や! 案の定やったわ、やっぱりコイツがウチと恋愛交際したいなんて言い出した理由はそんなエロい事をしたい相手が欲しかっただけやったんやな!? 何やアホくさ、薫にとってウチはその程度の存在やったんか!? 頼めば何でも簡単にやらせてくれる、都合の良い軽々しい女やって思われてたんか!? おちょくるのもええ加減にせいや、ウチの事何やと思てんねん、このバカ野郎っ!!

結局コイツ、ウチやのうて千夏でも小夜でも綾でも女やったら誰でも良かったんや。ただ偶然ウチが一番近くにいただけ、一番話がしやすくてひっかけやすいと思たからあんな事言い出しただけなんや! ウチがオトンの事で不安いっぱいで心細くなっとるところを狙うて、偽りの優しさと真心を見せてつけ込んできただけやったんや!

あんまりや、ヒドすぎるわこんなん! 初めて出逢った時からコイツがどうしょもないアホでスケベで中身空っぽのダメ人間って事は重々承知しとったけど、それでもあの時、土砂降りの中を痛む義足引きずってウチの元まで駆けつけてきてくれた勇敢な姿を見て、その想いがホンマもんだと感じ取ったウチも少しずつ薫に惹かれてきとったのに、もう最悪やっ!!



「薫なんか大嫌いや! もうウチ帰るっ!!」


「ヘィ、ガール! ジャストモーメントプリーズ!?」


「……うわっ!」



頭にきたウチは店の扉の取っ手に手をかけ外へ出ようとした。せやけど、意外と扉が重くてウチの力と体重じゃなかなか開かんくてちょっとモタモタ。そないな事してる間に後ろから追いかけてきた薫に簡単に腕を掴まれると、さっきまでのふざけた様子とはまるで違う強い力でウチは無理矢理強引に後ろへと引っ張られてもうた。

とっさの事で反応出来ずあわや後頭部から落ちそうになったウチの体はどっち側にクルッと一回転したんか良くわからんまま斜めになって、薫の腕に受け止められてタンゴの決めポーズみたいな形になってもうた。倒れそうな女性を男性が腰に手を回して支えるあのポーズな。しかも空いた片手でウチの手を握り締めるオマケつきや。



「……本当、翼は素直じゃないなぁ? 今、家に帰っても誰もいないからあんな場所で一人ポツンと丸くなってたクセに、この後一体どこに行くつもりなんだい? 普段は勝ち気で意地っ張りだけど、その本性は人一倍寂しがり屋で甘えん坊さん、そんな翼の居場所はここだけ、俺の腕の中しか無いっていうのにさ」


「……なっ、何のつもりやねんなこの真似は!? オマエこれセクハラどころか完全に婦女暴行やぞ、犯罪やぞ! 今すぐ離せや、でないと大声出すぞ、警察呼ぶそコラッ!?」


「ええ、構いませんよ、全然構いません、それで少しでも翼の気が晴れるなら、俺は変態呼ばわりされようと逮捕されようと全然構わないね」


「……オマエッ……! 離せやコラッ! ホンマにええ加減にせぇよ、ウチの事何やと思とんねん……!?」



ウチが必死になって要求を訴えようと再び上を見上げた時、オトンのような優しく済んだ眼差しと目があった。ウチがオトン以外の男性に心惹かれてしもうた、あの伊豆の最終日に見せた薫の姿がそこにおった。学校でも、放課後でも、普段は誰にも見せない、ウチしか知らん薫の本気の表情。本気の眼差し。



「……あっ、アカン……!」


「可愛らしいなぁ翼は、自分を棚に上げといて必死になって俺にばかりスケベだの不健全だの文句言っちゃってさ、本当は翼だって昨日から変に俺を意識して過剰な反応してるクセに、俺がそれに全然気づいていないとでも思ったかい? 今日だってそうさ、ここに来るまでの間、妙にガチガチに身構えて落ち着きなくソワソワしちゃってさ、今までの翼だったら逆に俺を振り回すくらい元気いっぱいのはずなのに、何かいたいけなか弱い乙女ちゃんみたいになっちゃってるぜ? そんなに意識しちゃってくれてるんだ、俺の事?」


「……見るな、その目でウチを見るな! そのクソ真面目な表情やめろや、似合わへんねん! ホンマにやめろや!」


「嫌だ嫌だと言っておきながら、本当はこのまま俺と深い関係になっちゃう事にドキドキしながら期待してたんじゃないのかい? 今だって翼、足も体もブルブル震えて顔はおろか耳まで真っ赤じゃないか? 俺だってバカな役回りばかりやってる訳じゃないよ、やる時はやるさ! だって本気だもん、俺の翼に対する熱いこの想いはね」


「……オマエ、卑怯やぞそんなん、そない切羽詰まった時だけ全開マジモードになりよってからに……」



読者の皆様に申し上げます。実はウチ、アカンのです。この薫のマジモード、コレされるとウチ借りてきた猫みたいになってしまうんでありんす。それまで積もり積もった文句も何一つ言えんくなってしまうんでありんす。何か良くわからんけど、体からスッポリ力が抜けてしまうんですわ……。

いやだってな、いつもの薫の口元ヘラヘラのアホな表情やったら何か無性に腹立たしくなるだけで済むんやけど、いざこうしてマジ顔されると元々白人系ハーフ特有の整った顔立ちがさらに引き立ってもうてな、悔しいんどメチャメチャ男前やねんコイツ!

ウチの好みの男性像ってのはご存知の通りオトンみたいな超美形なイケメン男やから、実のところ薫は肌が白く髪サラサラの美男子系で笑ってまうほどウチのどストライクなタイプやったんよ! 結構長く一緒におったのに何でつい最近まで意識せえへんかったんやろか? これが灯台下暗しって言うんかなぁ? ってかホンマにウチ、今の状況ホンマにアカンねん!



「……翼、マジで可愛いよ……」


「……オ、オイ、ちょっと待てやオマエ、アカンぞ、こんなんアカンぞ! 真顔で可愛いとか言うな! いつまでウチの体をこない不自由な状態にさせとくつもりやねん!? 手ぇ離せ! 起き上がらせろや! 普通に立たせろや! コラッ、人の話聞いとんのかオマエは!?」


「……ねぇ、このままキスしていい?」


「……ア、アホアホ、アホかアホアホアホかオマエは!? いきなり何言い出しとんねんどアホっ! してええ訳あるかいな、ウチらまだ付き合いだして一週間も経っとらんし、第一店内には他に客がおってみんなしてこっち見とるし、こないなところでキスなんぞされたらウチ、恥ずかしくて頭の血沸騰して気絶してまうやないかぁ! アカンアカンアカン、そんなん絶対アカン!!」


「……大丈夫だよ、恥ずかしくなんてないさ、みんなしてるんだから、これくらい……」


「うぐあぁ〜! 顔が、顔が近い〜!! ホンマ堪忍や薫!! ホンマ、ホンマにウチ力が抜けるぅ〜!!」



ウチもうダメや、こうなってしまうと主導権は完全に薫の一方的展開やもん! しかもコイツの目な、エロとスケベしか存在せん汚い心とは対照的に、少しブラウンがかった透き通った目ぇしててメッチャ綺麗やねん! 反抗しようにも魔法かけられたみたいに意識吸い込まれてもうて力が全然入らへんのや!

どないしょどないしょ〜! ウチこんなところで人が見てんのにキスなんぞされたら、気絶どころか汚い話やけどオシッコ漏らしてまうがなぁ! ってアレ? ウチいきなり何アホな事言い出しとるんやろ? 何や何や何や、もう訳わからん! だってオトンとする家族の間のキスとちゃうもん、ホンマの恋愛上のファーストキスやもん! ホンマにアカン、アカンってば〜!!



「……翼、目を瞑って……」


「……嫌ぁ、嫌やぁ薫、優しく、優しくして……」


「……プッ」


「……?」


「プハハハハッ! ほらやっぱり! 翼だってこういう事すっげぇ期待してるんじゃん! そんなウットリ目を瞑っちゃったりしてさ、それなのに本当ヒドいよなぁ、俺ばっか変態扱いしてさ〜!」



……えっ、ええっ? 何コレ、どういう事や? 薫のヤツ、急にニヤニヤしてウチの体を起こして元に戻して……、あ、あれ? あの、キ、キスは? せえへんの? 何で? どうして? あれ、何コレ? 何やねん、どういう事?



「だって、こういったおマセな事は俺が新作さんよりカッコいい男に成長するまでお預け、って言いだしたのは翼だろ? 俺も調子こいて変な事して新作さんや美香さんにバレたらお説教どころじゃ済まねぇもん、こう見えてもこの薫ちゃん、約束はちゃんと最後まできっちり守る律儀な人間なんですぜ? だから、こんなに人がいるお店の中でチュ〜しちゃうだなんて大暴挙、する訳ないじゃ〜ん!?」


「……オマ、オマオマ、オマエよくも〜!! 試したなぁ、下手な芝居打って嘯いてウチがどんな反応するか試したなぁ!? 卑怯やぞ薫! ウチの弱みを握ってこんな恥ずかしい真似までさせよってからに、やっぱりオマエとはもう絶交や!! 女の気持ちを試す男なんぞ外道極まりないわ、死ねっ! オマエなんぞ死んでしまえっ! このバカッ〜!!」


「いやいや、これで薫ちゃん確信しちゃったもんね、やっぱり俺と翼は絶交じゃなくて『絶好』さ! ちゃんと翼も俺の事を正式な彼氏として認めてくれているんだね、俺の事を好きでいてくれてるんだね! その愛情、しっかりとこの胸に伝わってきたぜダーリン! 意地っ張りないつもの翼も好きだけど、そうやって素になって照れまくっちゃう翼も大好きだぜ! 翼可愛いよ翼、超愛してるせベイビー!!」


「やめてやめてやめて、頼むからホンマにもうやめてぇ〜! こんなところで可愛いとか大好きとか連呼するなや〜! 恥ずかしいやろ、照れるやろ、体中が熱く火照って溶けてしまうやろ〜!! もうやめて、ホンマにもう許してや〜!?」



……間違いなくウチら、店内の他の客からアホなガキ同士のバカップルって思われとるやろな。はいそうです、ウチら正真正銘バカップルです。もう那奈や翔太の事をからかったり出来る権利なんぞこれっぽっちもございません。メチャメチャ困っとるクセしてウチ、メチャメチャ喜んでたりしてはります。

だって楽しいんやもん。オトンと遊んだりしてドキドキすんのとは一味違うて、何かメッチャ青春真っ只中って感じがたまらんく嬉しいんやもん! ウチどうやら完全に薫に惚れてもうてるみたいやわ。やっぱり恋愛ってサイコーやん! ウチ、地球に生まれて良かった〜!!

多分アレやで、小夜はお子ちゃま過ぎてこんな感情はまだ芽生えてへんやろうし、千夏に至ってはまともな相手すらもおらんてもう半分恋愛思考腐っとるんとちゃうか? 可哀想になぁ、ホンマご愁傷様でございますって感じや。オマエら恋せよ乙女や、命短しやでぇ? ウヒャヒャヒャ!



「このぉ〜、可愛いぞぉ〜、翼!」


「も〜う、やめてや薫〜、そない可愛い可愛い言われたら、ウチ羽根生えてどっか飛んでってまうぞ〜?」


「そうだったんだね、やっぱり翼は俺のエンジェルだったんだね? 大丈夫さ、君がどこに飛んでいっても必ず俺が捕まえてやるぜハニー!」


「いや〜ん、そんなん言われたらウチ困る〜! 早よ捕まえてや薫、どこでもフワフワ行ってまう悪い子なウチを離さんといてや〜!?」



……いやいや、非常にお見苦しい場面を長々と大変失礼致しました。この自分らの醜い有り様を利用してウチが何を言いたいかっていうとな、恋愛って言う神様がウチら人類に与えてくれた最高の『脳内麻薬』ってのは、嬉しくて楽しくて有頂天でスーパーハイテンションになってしまう向上効果がある反面、羽目を外し過ぎて暴走しまくり余計な事まで口走ってしまう悪い部分も併せ持ってたりするねんな。

しかもな、その暴走した恋愛対象の相手が調子乗りすぎて自分に対して一番癪に障る事をされたりすると、今までその効果で過剰熱くなっていた感情は途端に急速冷却されて強烈なストレスを感じ、同じ事を赤の他人にされるより何十倍も何百倍も頭にくるようになるみたいやねん。胴上げされて下に叩きつけられるイメージ、せやからダメージも倍増やで。つまり恋愛感情とは両刃の剣、これから皆様にお見せする場面はそんな一例です。



「俺、やっぱり翼を選んで大正解だったよ! 千夏ちゃんや小夜ちゃんも目じゃねぇぜ! 今日のこの滅茶苦茶可愛い翼の姿、もっともっとたくさんの人に知って貰って自慢したいぜぇ!」


「アカンアカ〜ン! そないみんなに知られたらこれまで積み重ねてきたウチの面子が丸つぶれになってまう〜! さっきからウチ、薫の言われるがままで何も抵抗出来へん〜、こうなったら今日からもうデレデレタイプの甘えん坊さんにキャラ変更して薫の事を骨抜きにしたろうないなぁ〜?」


「ワォ! それイイネイイネ、イ〜ネッ! デレデレタイプ最高っスよ! ツンツンしない翼、超カワユス! ギガントカワユスッ!!」


「……何やと?」


「カワユスなぁ、そんなデレデレ翼をギュッとして一日中プニプニしたいっスなぁ、マジでそんな事になったらもう薫ちゃんリミッター崩壊で気分はすっかりトゥルットゥ〜!」


「………………」


「……ってアレ? 何その急に苦虫噛み潰したような嫌悪感タップリの興醒め顔? どうしたのさ翼、もっと薫ちゃんにそのカワユスな激萌えスマイル見せてプリーズ! トゥルットゥ〜!」


「……オマエ今、何つった?」


「……えっ? いやあの、カワユスって、ギガントカワユスって言いましたけど、ほら、ねっ、あのほら、知ってるでしょこの言葉? それが何か?」


「……何が『カワユス』やねんなコラ」


「痛っ!? ちょ、ちょっと痛いってば、何でいきなり足のスネ蹴っ飛ばしてくるの!? 何なの何なの、何がどうして薫ちゃん全然理解が出来っ、痛っ!!」


「何やねんカワユスやらギガントやら、全然理解出来へんのはこっちの方や、ナメとんのかオマエはゴラァ!」


「痛い痛い痛い! 痛いって痛いってば! 何で!? 翼怖ぇよ!? そんな思い切り蹴っ飛ばさなくてもいいじゃん!? 俺、何かした!? 何か悪い事言った!? さっきまで翼だって超ノリノリでデレデレ、って痛っ!!」


「さっきまでみたいに普通に可愛いだの大好きだの言うてりゃええものを、何やねんいきなりトゥルットゥ〜! ってオイコラ! そないウチにシバかれたいんかオマエは? その義足二度と修理出来へんようになるまでボコボコに蹴り飛ばしたろかコラボケカスクズタコこのどアホ」


「痛い痛い痛い痛いマジヤバいってその蹴り方は非常に危険がデンジャラスで義足どころか薫ちゃん両足複雑骨折しちゃうから本当マジで勘弁して下さいシバかれたくないです許して下さい何が悪かったのか良くわかんないけどこの通りですお願いします」


「何が悪かったのか自分の心に聞いてみろや、このキモオタ豚野郎がぁ!!」


「いったぁぁぁぁぁぁぁぁい!!」



……遺憾や、非常に遺憾やわ。嫌いやねんウチ、アイツ嫌いやねん! ムチャクチャ気分悪っ! 何がギガントカワユスやねん、しょうもないヘンチクリンな言葉真似して使いよってからに、ちっとも嬉しくもないしオモロくもないわ!

何やろな、『百年の恋も冷める』っちゅうんはこんな感じかいな? さっきまであんだけ火照ってたからその分反動がハンパないわ。裏切られたって感じ、軽く殺意すら覚えたでホンマに。何考えてねん薫も、あんなオタク系アイドルの一体どこがええねんな!?


今回の薫の行動、こういうのな、『墓穴を掘る』って言うねん。読者の皆さんも気ぃつけた方がええで、特に男子。何かオモロい事言うて女子の気を惹こうとするんはええけどな、必死過ぎて空回りの挙げ句に選択肢間違うて逆に相手の怒り買うなんて事、男と女の会話のやり取りの中ではようある話やで。みんな、薫みたいなアホな男になったらアカンぞ? 恋は焦らず急がずや、ウチもこれ教訓にして十分気ぃつけんとアカンな。



「そういや薫、確かオマエこの店で買い物せんとアカンもんがあるんやったよな? ほならいつまでもモタモタしてへんで買うもん早よ買ってこいや! もうお遊びは終わりやぞ、ええか、五分以内で全部済ませてこい! でないとホンマにオマエの両足、低空ドロップキック食らわせた後ドラゴンスクリューかけて〆に足四の字固めで粉々に粉砕したるから覚悟せえや、おんどりゃあワレェ!!」


「あなた一体全体どこのグレート・ムタですか? わかりました即行で買ってきますから毒霧吐かないで下さいフラッシンクエルボー落とさないで下さいシャイニングウィザード顔面に叩き込まないで下さい頼みますからお願いしますトホホ……」


「ったく、ホンマ腹立つわ、何が『ギガントカワユス〜』やねん、アホちゃうかホンマに」


「……失敗したぁ、調子乗りすぎたぁ、せっかく超良いムードだったのにまさか『アレ』が翼爆弾の起爆装置になるなんて、薫ちゃん一生の不覚っスなぁ……」



はい、いつもと元通り。会話の主導権奪回。やっぱりウチが運転席でハンドル握っとった方がウチらが乗るこのラブラブトレインの運行は上手くいくみたいやな。薫なんかに何もかんも任せっきりにしとったら暴走してどこで脱線するかわかったもんやないでホンマに。

誰かデレデレキャラなんぞになるかいな、ウチはこれからもツンツン毒々コテコテキャラを貫き通すで! ほれ、どんくさい変態車掌、さっさと買い物済ませろや! 何やったっけ欲しいもん、鉛筆やったっけか? ケッ、何が鉛筆やねん、そんなもん別にどこで買ったって一緒……。


……えっ? 何この棚に並んどる鉛筆、 デッサン用? こっちは何や、木炭鉛筆? 何コレ、ここにある鉛筆全部、普通の文房具屋で売っとる鉛筆とちゃうぞ? デッサン? スケッチ? 嘘ぉ、コイツが? 薫が? エロ目的以外でこんな専門的な鉛筆を? 何で? どういう事? 何でや? 何でこんなもんが必要やねんな!?



「……ちょっと待てやオイ、って事は何かい薫オマエ、まさか隠れて趣味で絵とか描いてたりするんかいな!?」


「絵ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」


「そりゃウチが言うネタやボケカスコラタコッ!! オマエが先にそれ言うたらウチがこの後言うセリフが何も無くなってまうやろが、この欲張り坊主がぁ!!」


「いやいやついつい、歳取るとアレやらコレやらとアレコレ煩悩が湧き出てきましてなぁ、人間とはいつまで経ってもなかなか無欲の境地には辿り着けないもんですわ、はい」


「そりゃオマエの日々の精進が足らんからじゃ未熟者が! ところでちゃんと質問に答えんかい、オマエホンマに絵とか描いてるん?」


「絵ぇ、まぁ」


「誰がいちいちドンブリネタ重ねてこい言うたんや、このどアホ! ええ加減にせんかい、もう絵えちゅうねん! なんちゃって」


「なにそれこわい」


「えっ」


「絵っ」


「ホンマ埒が明かんがな! もう絵えわもう!」


「絵っ、なにそれこわい」


「えっ」


「絵っ」


「もうしつこいんじゃ、このボケェ!!」



あ〜もう、いちいち疲れるわホンマに。よくよく思い返してみたらウチら、この店来てからあまりに無駄な会話ばかりで肝心の話が全然進んどらんのとちゃうか? この調子やとまた本編後回しで次回に続くって事になってまうがな。作者の悪い癖や、文章力乏しいなぁホンマに。

アカンでアカンで、このお話は今回でちゃんと終わらせなアカンのやで? しかも話の肝はこれからなんやからな。せやから、ここからは余計な話抜きでどんどん進行していくやさかいに、第二部スタートや! 読者の皆さんもここから頭切り替えて読んでや、よろしゅう!



「に、してもやで? 薫と絵画って何か全然両極端な世界に住むもの同士って気がしてな、ウチにはにわかオマエの話が信じられへんねん、第一いつから絵なんか描いとんねん? 何がきっかけやったんや? それに絵と言うても色々と様々な分野があるやろ、一体オマエはいつもどんな絵を描いとんねんな?」


「質問順にお答え致します、俺が絵を描き始めたのは物心ついた五歳くらいの頃だったかな? んで、きっかけは祖父ちゃんに勧められたからってのと、他にやる事が無かったからってとこかな? 当時はまだ義足に慣れてなくてあまり外で遊べなかったしね、分野は主にスケッチ画を描いてまっせ、鉛筆と紙さえあればすぐに描ける手軽さが好きで、暇さえあれば描きたいものをいつも自由に描いてるよ、人物画とか、風景画とか、興味そそられたものをノートとかにチャッチャッチャッとね」


「う〜ん、五歳くらいの頃というと、ウチはまだ日本やのうてオトンやオカンと一緒にイタリアに住んどった時やなぁ、薫も小さい頃は海外育ちやろ、その頃にはもう日本にいたんかいな?」


「いや、俺が日本に来たのは大体翼と同じ時期だから、まだ祖父ちゃんと一緒に海外にいたよ、幼い頃から感受性のある人間に育って貰いたいっていう祖父ちゃんの教育方針でね、自分の目で見て感動を覚えたものはしっかり心に刻みなさい、って誕生日に鉛筆一式とスケッチブックをプレゼントしてくれたんだ、景色の良い場所に住んでたからね、あっという間にスケッチブックの中が絵でいっぱいになったよ」


「何や、頭も中身も軽々しい残念な孫に比べてエラくしっかりとした人物って感じなんやな、薫のお祖父さんって? 感受性か、そんな孫想いの温かい愛情とは裏腹に、実際は余計な部分ばかりの感受性だけアホみたいに成長してしもたんやなぁ、お祖父さん報われへんわ、可哀想に」


「そうそうそう、感受性高める為にアッチコッチにアンテナ立てて電波受信してたら、入ってくる情報がパツキンチャンネーのナイスボディやエッチな姿ばかりでやたら性的情報だけ感受性ビンビンになっちゃったのです、本日もスケベアンテナ感度良好、薫ちゃんったら本当にイケない子」


「描写体探しとる目線がそのまま姉ちゃんチェックするスケベ目線になってしもたんかい、嫌やなぁスケベアンテナって、一体何が受信されんねんな? 正に人間ペイチャンネルってところやな、エロと芸術は紙一重とは良う言ったもんやでホンマに」


「まぁ、エッチスケッチワンタッチって言うくらいですから」


「やかましいわボケッ! ネタが古い! オッサンか!?」


「いやいやまぁまぁそんなこんなありまして今や薫ちゃんも健康な一男子として成長し、人物画は人物画でも裸婦画に非常に興味がありまくっております、現在常時専属モデルさん募集中です、そこのボディスタイルに何の凹凸も無い貧相なお嬢さん、是非ともこの私の手で若き日の美しい裸体を永遠にキャンパスに残してみませんか? 翼の身体はビックリするほど平面だから描写するのが物凄く簡単そうだしね」


「鉛筆の品定めにウチに関係あるっちゅうんはそういう意味やったんか〜、ってかペラペラのベニヤ板で悪かったなゴラァ! そんなもん即座にお断りや! そないまで裸婦画描きたいんやったらオマエん家の喫茶店でマスターやっとるユリアに頼めや! あんだけスタイルボッキュンボンやったらウチなんかより相当描き甲斐あるやろが!?」


「実際に以前頼んでみたら胸ぐら掴まれて鼻血出るまで数発往復ビンタされました、あの人怒らせるとマジで怖ぇのよ、怒ってるはずなのに全然感情外に出さねぇの、無表情で沈黙したまま冷酷なマシーンみたいにバシバシバシバシ、たまに口元薄ら笑い浮かべながら血祭り上げですよ、旧共産圏出身の女性は心身逞し過ぎてマジでパねぇっス」


「当然の報いやアホ、確かユリアはポーランド出身やったよな? ただでさえ今現在女として一番花盛りの年頃やってのに、それを犠牲にして祖国からわざわざ地球の反対側の遠い島国移り住んで頭の中お花畑のアホの子の後見人やらされてやで、挙げ句そのクソガキから裸婦画描きたいんでおっぱい見せて下さい、なんぞ言われたらそりゃ軽く虐待行為もしたくなるやろ? ぶつ切りにされてシチューにならんかっただけでも良かったと思えや、第一オマエのシチューなんぞ汚れた心から滲み出た灰汁がキツすぎて食えたもんやないやろうけどな」


「ポーランド料理のグヤーシュ美味いよね〜、ユリアもたまにだけど作ってくれたりするよ、料理は絶品、家事も完璧、美しい容姿、スタイル抜群、あとは男なら誰彼食っちゃう魅惑のド淫乱痴女だったら何の文句も無い最高のメイドさんなんだけどね〜?」


「いつからユリアはオマエの性欲後見人メイドになったんやコラボケッ! 色々と身の回りの面倒見てくれてる事に普段からもっと感謝せえよ、でないといつかホンマにユリアに殺されるか空から天罰が下るでオマエ?」


「いやでも、もし俺がユリアの裸婦画描いたらそれはもうハンパなくエロい作品になるだろうなぁ、薫ちゃんのスケッチは基本完全無修正ですから美術の教科書に掲載したら間違いなく全国PTAからお怒りの言葉の雨霰っスよ、下手すりゃテニスボール並みの雹まで降ってくるかも、ウヒョー!」


「それより前にな、オマエには全国の健全男子学生を悶々させられるほどの描写力があるんか? っちゅう話やけどな、三歳児が描くヌード画見て悶々出来る強者は重度の二次元オタクぐらいなもんやで? なぁ薫、ぶっちゃけオマエの絵心の実力ってのはどんなもんやねん? 学校の美術の授業でもオマエの絵は一度も見た事ないし、とりあえず人前に出せるだけの才能ぐらいはあるんやろうな、天才画伯さん?」


「えぇ、もちろん、何てったって薫ちゃん、ピカソ級ですから! もう人の顔があんな事になって鼻がこんな方向いて目の位置がドッチラケになってまるで目隠しした福笑い状態」


「謝れ、オマエ今すぐピカソに謝れ! あの左右非対称はピカソが描いたから芸術なんであって、オマエみたいな素人が描いたらただの落書きじゃボケェ!」


「何かもうね、俺が幼い頃に無意識で描いた街並みのスケッチなんてステッキ持った紳士の首が90度曲がってたり喫茶店でお茶を飲む貴婦人の顔が半分無かったりと、ちょっと観覧するには精神崩壊注意的なスーパーゲルニカ状態になってたりしますからね、薫ちゃんったら一体どんな幼少期を過ごしてきたんでしょう? 確かまだあのスケッチブック家に残ってたっけかな、良かったら翼も今度、奇妙奇天烈天外異次元薫ちゃんワールド体験してみる?」


「オマエは今すぐ絵描きなんぞ止めて病院に行って脳を移植してこいや!」



あれだけウチに品定め手伝ってとか散々言うときながら、結局薫が選んだ鉛筆は前に使っていた物と同じ品だった。何やアホくさ、『翼には俺の秘密を知って欲しいんだ』なんて言い出しよるから一体何事かと思えばそないしょうもない一般的な個人趣味かいな。軽いなぁ、軽すぎるわ。何の緊迫感もあらへんがな。

薫が誰にも話してへん秘密っていうからや、ウチはてっきりオトンと薫の謎の親密な関係の真相とか、この前病室で遭遇した那奈ん家の虎太郎オトンとの意味不明な会話のやり取りの内容とかが解明出来るんとちゃうかな、ってそっち側の期待もしとったんやけどなぁ。

何やかなぁ、完全に肩透かしやったわ。この話の真相、いつかは薫やオトンの口からウチに話してくれる時は果たして来るんやろかなぁ? ウチからしつこく問い質すのも何か気が引けるし、オカンからもあまり首突っ込むなと釘打たれとるしなぁ。意外と男の方が女より秘密にしとる事が多かったりすんねんな。ホンマやらしい生き物やで、男って。



「おやおや、これはこれは若き天才学生画伯の桐原薫様、いらっしゃいませお待ちしておりました、本日も当店を冷やかし半分で御来店して戴き誠にありがとうございますじゃ」


「イヤだなぁおジジ、相変わらず憎まれ口がチクチクとキツいっスよ」


「カッカッカッ、わざわざ余計な憎まれ口を言うのがこのおジジの生き甲斐なもんでな、これも懲りずにここで買い物をしてくださるお客様を想うがあまりの愛情表現なんじゃよ」


「つまりそれは、客はつべこべ言ってねぇでさっさと金置いてさっさと好きなもん持ってさっさと消え失せろ、っていう根っからの商売人魂の表れなんですね、わかります」


「うむ、そういう事じゃ、わかったらさっさと金置いてさっさと好きなもん持ってさっさと消え失せろ、お客様」


「本当に失礼な店ですねここは、お客さんのリピーター数が多い理由が何となくわかる気がします、多分いつか口減らずなおジジに一発何かやり返してやろうっていう飽くなき復讐心によるものなんでしょうね」


「最高級の褒め言葉どうもありがとう、当店は皆々様のたゆまぬ愛情により細々とコッソリ経営させて戴いておりますじゃ、それがわかったらさっさと品代払ってさっきと帰れ」


「……本当、イラッとくるほど口が達者だよなぁ、御歳八十歳とはとても思えない頭と舌の回転率だね、おジジは」



いちいち一言多いお喋りクソ野郎な薫と対等に渡りあっとる、会計カウンター越しの椅子にどっしり構える白髪小太りの穏和な顔した眼鏡の爺さん。どうやらこの人がこの『なんでも屋』の店主さんなんかな。

へぇ八十歳かい、そりゃたまげた。確かに見た目は足腰弱ってそうで年相応やけど、出てくる言葉はかなり生き生きとした小気味のええもんやな。何か痴呆症知らずのパワフル爺さんって感じで、ウチも結構興味そそられるオモロそうなタイプやな。



「おやおや? そちらの付き添いのお嬢さんが前々から話してたモデル候補さんかい? こりゃまた小柄でまるでお人形さんみたいな可愛らしいお嬢さんじゃな、上手い事釣り上げよったな、この色男め」


「オ、オイ薫! オマエ他の人にまでウチのやらしい絵を描きたいだなんてアチコチ言いふらしてたんか!? 恥ずかしいなぁ、ええ加減せえよオマエ! ウチの知らんところで勝手な事ばかり言いよってからにホンマ……!」


「違う! 違う違うって! さっきの裸婦画ってのは冗談でさ、いつかちゃんと翼にモデルになって貰って一枚絵を描きたいな、って前から本気で思ってたんだよ! 世界で一番美しくて大好きなものを描いてみたい、って欲求は絵画に関わる者誰もが一度は思う事じゃん? 変な疚しい気持ち無しで本気でそう思ってるんだよ、マジでマジで」


「そない調子のええ事言うてな、ホンマは他の女にも同じようなセリフ言うてあっちこっちで声かけまくっとるんやろオマエ? 怪しいなぁ、オマエのデッサンのモデル務めた女、ウチで何人目や? 正直言うてみろやコラッ!」


「そうそう、言われてみりゃあ色男、このお嬢さんの前にこの店に連れてきた女の子は一体どうしたんじゃ? もう早くもポイ捨てしちまったんか? それとも最初からこっちが本命であっちはお遊びじゃったんかいな?」


「オイコラ薫! 今のおジジの話聞き捨てならんぞ、どういう事や説明せい!」


「いきなり何とんでもない大嘘ついてんスかこのおジジは!? 俺、一度もここに翼以外の女の子なんか連れてきた事無いじゃん!? 勘弁して下さいよマジで、これでもし薫ちゃん、つばピーにフラれちゃったりしたらどうしてくれんのぉ!? ほら見てコレ、額や手のひらに変な汗かいてきちゃったじゃん! せっかくラブラブアツアツ地球温暖化の仲になれたのに余計な事して一気にツンドラ氷河期状態にするのやめてぇ〜!?」


「カッカッカッ、いやいやスマンの、歳を取るとこう、若くて仲の良い二人組を見るとついつい嫉妬して悪さをしたくなってしまうもんでな、安心なさいお嬢さん、今のはただのジジイの戯言じゃ、どうか聞き流してやっておくれよ」


「……う〜ん、今のおジジの話は嘘としてもやで、コイツの性格からしてホンマにそないな話ありそうやから正直心底安心出来んわ、こりゃたまにウチも一人でここに来ておジジに浮気調査して貰った方がええかもしれへんかもなぁ?」


「ほらぁ! ただでさえ普段から変態扱いされてるってのに今回でついに俺、次は完全に犯罪予備軍扱いに格上げだよ! ヒドいよあんまりだよこれ絶対にハメられてるよ、国策捜査だよ! やってない、それでもボクはやってない! 謝罪! ちゃんと前に来て謝罪! でないと私は絶対に許さない!!」


「オマエはどこぞの大物政治家秘書かあるいは誤審冤罪元囚人やねんな!? オマエなんぞ満員電車乗るっちゅう行為だけで十分痴漢確定や、何もせんでもすでにその存在そのものが公然わいせつ罪現行犯やっちゅうねん! 全裸にならんでも夜中の公園とかで大声出しとったら即座に逮捕されるで、永遠に自宅謹慎して二度とシャバの空気に触れるなボケェ!」


「シンゴー、シンゴー! 地デジの準備、お早めに」


「もうええっちゅうねん! もうそんなんどうでもええからさっさと買い物済ませろや! またウチらの雑談だけで話の進行が停滞してしまうやろが、この無駄文字使わせストーリーストッパー!!」


「ですよね〜? やっぱりそうですよね〜? じゃあすいませんおジジ、今日は一箱二千円の鉛筆セットを二箱下さいませませ」


「いやいや、これだけ良いものを目の前で見せて貰って普通に金を戴くなどこのおジジの面目が立たん、今のお前さん達の小気味良い粋な夫婦漫才に免じてな、今日はこの鉛筆一箱普段は二千万円のところを半額の一千万円に値引きしてやろうぞ?」


「恩に着ま〜す、じゃあ五千万円札でお釣り下さいな?」


「ほれ、イチ、ニ、サン、これで三千万円のお返しじゃ、毎度あり」


「何が三千万円やねんな、普通に野口英世三枚やないかい、しょ〜もなっ! こりゃまた負けじとコテコテなキャラ全開やなぁ、このおジジも」



あ〜あ、やっと買い物終了したわ。何かこの店に来てから本来の目的を果たすまでエラく時間かかったような気がするわ。やっぱりアレやな、ウチと薫の二人だけで話進行していくと、必ずどっかで会話が脱線してさっきみたいなしょうもないやり取り漫才になってしまうねんなぁ……。



「……おかしいなぁ、薫ちゃんってば鉛筆買いに来ただけなのに、何でこんなに疲れてんだろう? 何かもう喉がカラカラで頭もカラカラ財布もカラカラ、カラカラカラッ〜ト!」


「あんだけ休みなく延々喋っとったら嫌でもしんどくて喉も渇くわボケッ! ウチなんかツッコミ過ぎで声枯れたわ、ホンマ薫の相方務めるんは前後半90分フルタイムに延長戦込みでピッチを全力疾走したみたいに疲れるわ……」



薫のボケに対してウチがいちいちツッコミなんぞ入れたりするのが一番アカンのは自分でも良うわかってんねんけどな、綾との時と同様、ええ反応が返ってくるとウチも嬉しくなってついついその気になってまうんよ。ウチが薫に惹かれたもう一つの理由はそこにあるのかもしれへんな。

この前ちょこっと話した通り、やっぱりウチの理想の会話っちゅうんは魂同士の共鳴なもんでな、相手からええ音鳴ってきたりするとウチも自然にええ音返したくなってしまうねん。しゃあないねん、これ仕様やねん、そういう構造になっとんねん、ウチの体って。



「そもそも薫がいちいち会話の節々にいらん小ネタを挟んでくるのがアカンねん、それしょっぴくだけでウチらの一会話の言葉数はかなり削減出来るはずやで? どうせいつも二言目には下ネタぐらいしか出てけへんやさかいにオマエは」


「あらやだ失礼しちゃう、わたくしそんなに下ネタ連発した記憶なんてありませんことよ? 薫ちゃんいつかは翼をモデルに絵を描きたいとは言ったけど、毎晩夜な夜な翼で『カイてる』なんて言った覚えは一言も」


「オマエホンマぶっ殺すぞゴラァ!!」


「いやぁ〜ん、つばピーったら超怖ぁ〜い! 何か超アンビリーバボーなんですけどぉ〜?」


「オマエは千夏かっ!?」



……って、考えてみるとアレやな、もしかしてウチらって那奈みたいな冷静な暴走ストッパーがいてくれたりするから何とか収拾ついてたりするんかなぁ? 確かにアイツおらんとウチらどころか小夜に千夏に暴走しまくるいつものメンバーをまとめんのって絶対無理やもんなぁ。

アイツはアイツで毎日苦労ねや、大変な役割務めてんねや、側にいて貰わな困る存在やったんやな。それなのに悪い事したわウチ、ホンマ明日ちゃんと謝ろう。ウチらが毎日安心して羽目外せんのはオマエのお陰やで。これからもよろしゅう、おおきになぁ。





「……ハクシュン! あれヤダ、もしかして風邪ひいたかな……?」


「あれー? 那奈どうしたのー? 風邪ひいちゃったのー?」



「……うーん、重責疲れかなぁ? でも、どっちかって言うと風邪より胃がちょっとキリキリして調子悪くてそっちの方がしんどいかなぁ……」


「ねーねー翔ちゃーん、あたしさっぱりわかんないけど那奈が『風切り伊賀忍法きりきり舞い』が調子悪くてしんどいって言ってるよー? いつから那奈は忍者になったのー?」


「さっぱりわかんねぇのはこっちの方だよ! 一体どこをどう聞いてたらそんな訳わかんねぇ解釈になるんだよ、お前は?」


「えー? あたし今、何かおかしな事言ったかなー?」


「……あーもう本当にヤダ、本当に胃が痛くなる……」





さてさて、もう買い物は済んだけどまだまだオカンの仕事が終わる頃には時間があるし、今から家帰ってもどうせ岬と一緒にしょうもない夕方のアニメ番組見せられるだけやろうしな、せっかくやから暇潰しに店内にある珍しい品々を薫に説明して貰いながら色々と手に取って見てみようかなぁ?

絵心ゼロのウチが画材屋なんぞマイナーな場所に来る機会はそうそう滅多にあらへんやろうし、別に絵を始めてみたい訳でもないけどな、ちょっとした興味本位での探索みたいなもんや。デート代わりや、自分の得意分野の場所でデートするなんて男からしたら最高に嬉しいやろうしな。どや、ウチって結構気が利く可愛い女やろ?



「しかしアレやな、こういう店の客はベレー帽被ったいかにも画家みたいなオッサンばかりがたくさんおると思ってたら、以外にウチらと同い年くらいの若い女の子なんかもおんねんな、何でぇ?」


「アレですよアレ、あの子達って大体マンガ家の卵とか同人誌描いてる子達なんだよね、この店はスクリーントーンとかも扱ってたりするからさ」


「あぁなるほどな、確かに何となく見た感じ、あの子らから『腐』の匂いが漂ってくる気がしなくもないわ、あんなすました顔してスッゴいボーイズラブとか描いちゃうんかな、最近の日本のオタク文化は常軌奇してるでホンマに」


「……実はさぁ、随分前にこの店で知り合った真性腐女子の現役美大生の『ランさん』って人に、俺のこの変態ヘタレキャラがエラく気に入られちゃったみたいでさ、彼女が描いてるシリーズもんの同人誌でいつもオジサマ方にイタズラされる主人公のモデルにされちゃってるみたいなんだよね、マジで……」


「……うわぁ、言われてみりゃ確かにオマエ、アッチ側の人間のイメージも無きにしも非ずやな……」


「しかもさ、この前会った時に至っては『今度はバンカラ番長ゴリラ柔道部長と直腸破裂するまでオッスオッスオラオラする回描いてやるから、奥歯ガタガタ震わせながら四つん這いになって楽しみに待っていやがれですぅー!』って言われて、薫ちゃんかなり精神的ダメージ受けてたりするんですけどぉ……」


「……柔道ゴリラってオイオイ、とても他人事には思えへん話やなコレ? 気ぃつけろやオマエ、これで将来婚約目前に『I was gey』なんてカミングアウトされたらウチ、その場でクビ吊って道連れに呪い殺したるぞホンマに?」



何やかなぁ、世の中にはまだまだその素性が解明されてへん未確認生物が仰山おったりすんねんな、怖いわぁ〜。そない恐ろしい腐女子と仲良くしとる連中って一体どんな人間なんやろか? いっぺん面拝んでみたいもんやで、怖いもん見たさでな。





「……クシュン! Oh, shit! ヤダァ、アタシまで風邪? これって翼の呪いなのかしらぁ? いやぁ〜ん、怖ぁ〜い!」


「あれー? 今度は千夏が忍法きりきり舞いの番なのー? いいないいなー、みんなして忍者になれていいなー! あたしも那奈や千夏と一緒に風邪ひいてくしゃみして忍法使いたいよー!」


「アンタとナントカは絶対風邪ひかないから大丈夫、私は本当に羨ましいよ、アンタのそのストレス知らずの頭の中が」


「ワーイワーイ! あたし那奈に褒められちゃったー! イエーイやったねピースピース! 航クンもピースピース! イエーイ!!」


「…………ィェーィ」


「……ハァ、もう胃潰瘍になりそう……」





う〜ん、油断出来ん。何気に薫、様々な分野で結構人気あるみたいやな。ルックスだけやったらええ男やもんな、それも当然か。オッスオッスなアッチの世界は無いとしてもやで、ただでさえ本人、女やったら来るもの拒まずの何でも雑食家っぽいからウチちょっと心配やわぁ。

こりゃホンマにこの店でのコイツの行動をおジジにチェックして貰う必要性アリやな。それともなきゃ薫がここに足運ぶ際に後を尾行したろか。いや待てや、ウチ彼女なんやから毎回一緒に来たらええだけか? いやいやわからんぞ、ウチに内緒で一人でコッソリ来たりする可能性もあるで? 何や彼氏が出来るってメチャクチャ忙しいもんなんやなぁ、あ〜忙しい忙しい、怪しい怪しい……。



「……ん?」



その時や、探偵みたいに顎に手を当てあれこれ薫の浮気防止方法を考慮しとるウチの目線に突然しゃしゃり込んできた、立派な額に入れられ店内の壁に飾られた大きな一枚の美しい風景水彩画。その絵の上手さに目を奪われたってのもあるんやけど、ウチは完全にその水彩画の前で体が固まって一歩も動けなくなってしもうた。



「……あっ……!」


「へっ? 何さ急に、どうしたの翼?」


「……この絵、この絵、ウチ、この絵……!」


「この絵? あぁ、この絵ね、実は俺の昔からの知り合いでこの店に良く来るプロの画家さんがこの店に譲渡した水彩画作品でね、残念ながらコレは売り物じゃないんだよね、お店のインテリアとしておジジが飾ってるもんなんだよ、売ってくれって言い出してくるお客さんも結構良くいるらしいけどさ」


「……この絵、そうや、間違いない、この絵……!」


「すげぇ上手いだろ? だってこの画家さんマジで海外でも個展とか開いてる一流プロだもん、『高木耕秋』って画家さんなんだけど、俺にも良くデッサンのレッスンつけたりしてくれた事もあるんだぜ! どうよダーリン、こう見えても薫ちゃんだって一流プロから一目置かれるくらいの才能ぐらい持ってたりするんだぜぇ!」


「……これや、やっと思い出した、そうやこれ、絶対そうや!」


「でも、この絵がそんなに気になっちゃうだなんて翼も随分とお目が高いねぇ? いやぁ良い仕事してますねぇ、かなりの美術センスですよお客様、もしお買い上げと申されるのでしたらざっとゼロの数が五桁六桁……、っていうか、さっきから全然俺の話耳に入ってないっスよね? 何よ何なの何なのよ、マジで一体どうしたんだよ、翼?」


「……見た事ある、ウチこの絵、見た事ある! いいや正式には絵とちゃう、この絵に描かれとるこの景色! ウチこの景色、小さい頃にオトンと一緒に見た事ある!!」


「……えっ?」



そうや、そうやそうやそうや! この景色、この風景、この角度この目線この色彩! 綺麗で真っ白な建物がたくさん建ち並ぶ緩やかな丘の上のレンガ道から覗く、底まで真っ青に透き通ってそうなメチャクチャ綺麗な海一面! これウチが日本に来る前に見た数少ない海外での記憶、ウチとオトンが共通して持っとる思い出の景色や!



「……地中海や……」


「……地中、海?」


「せや! 絶対間違いない、この絵に描かれとる景色は間違いなく地中海や! ウチがイタリアいた時にオトンと手を繋いで一緒に見た青と白の記憶、思い出したわ、これ絶対に地中海やわ!!」


「……イタリア? えっ……? ねぇ翼、これって本当にイタリアで見た景色? 本当に?」


「えっ、何で? 何で薫がそない疑問に思うねん?」


「……いや、ちょっと、何となく、ね……」


「絶対間違いないわ、これは絶対イタリアの地中海や! ウチがオトンと一緒に見た、あの景色と同じもんや!!」


「……ほぉ、お嬢さん御名答じゃな、確かにこの風景画で描かれてる海は地中海じゃよ」


「あっ、おジジ! せやろ、これ地中海やろ!? やっぱりそうやったんや、小さい頃の記憶が曖昧で今までいまいちはっきり思い出せんかったんやけど、やっぱりあの景色は地中海やったんや! そうやこれや、ウチやっと思い出す事が出来たでぇ!!」



ウチには夢があんねん。それは前からずっと言うとるサッカー日本代表で大活躍するってのとは別に、いつかもう一度、もう一度あの思い出の場所でオトンと一緒に手を繋いであの景色が見たいねん! オトンが元気なうちに、生きていてくれているうちに、もう一度イタリアに行ってあの地中海の景色が見たいねん!!



「……ウチかてな、いつかは大好きなオトンとお別れせなアカン時が来る事ぐらいはもう覚悟出来てんねん、しゃあないもん、人は誰でもいつかは必ずお別れの時が来るもん、どんなに足掻いても、嫌がっても、絶対に誰もが避けて通る事出来へん当然の運命やから……」


「……翼……」


「でもな、ウチはどうしてもオトンとの最後の思い出として、最初の思い出でもあるこの地中海の景色を一緒に見たいんや! せやからウチは、どうしてもヨーロッパで開催される国際大会のサッカー日本代表になりたかった、なでしこでもユースでも何でもええから、出来るだけ早く代表招集されるレベルの選手になりとうて今の今まで必死になって練習してきたんよ……」



そして代表に選出された暁には、オトンを大会の現地まで招待してあげんねん! そしたら、ウチはオトンに自分の晴れ姿を見せてあげられると同時に、あの地中海の景色を一緒に見る機会も作れるやんか? 行きでも帰りでもええ、現地まで行ければそない時間いつだって作れるはずや!

奇しくもウチが今回代表招集された大会の目指す先には、女子フランスU-20ワールドカップと女子ドイツワールドカップがある! さすがに男子A代表のワールドカップは無謀な夢かもしれんけど、女子やったらウチはどんなゴツくてデカい外国の選手と当たったって全然負ける気せえへん! だってウチは翼やもん、天才の名を惜しいままにした日本最高のファンタジスタ・松本新作の娘、松本翼なんやもん!!



「……それにな、覚悟決めたとか言うときながらホンマ見苦しいかもしれんけどな、ウチの活躍する姿を見てくれたら、あの美しい地中海の景色を見てくれたら、オトンももう少しだけ頑張ってくれて、もう少しだけ一緒におれる時間が長引いてくれるんとちゃうかな、って子供みたいな事を夢見とったりしてな……」


「………………」


「アホやろウチ? 何の医学的根拠も無い奇跡みたいな夢物語に必死になってな、ここまでくるとウチのファザコン加減もホンマ病気やな、ホンマこないな事じゃアカンと自分でもわかってんねんけどなぁ……」


「……そんな事はないよ、新作さんだってそれだけ翼に想って貰えたら、きっとこれまでみたいにまた元気になって退院出来るよ、そして、翼がワールドカップの舞台で大活躍する姿を楽しみにして待ってくれるはずだよ? うん、そうだよ、絶対にそうだ」


「お嬢ちゃんや、その純粋な願いはお父さんだけではなく、必ず天の神様にまで届いておるよ、地中海、また一緒に行けると良いな、頑張れよ」


「……薫、おジジ、ホンマありがとう、ホンマおおきにな……」



忘れかかっとった大切な記憶、失いかけてた希望と自信、ウチこの店に来たお陰で何か全部取り戻せた気がするわ。一時的は何されるかわからんてメチャクチャ不安やったけど、一緒についてきてホンマに良かったわ。薫、おおきにな。またちょっとだけ好きになったで、薫の事!



「しかしアレやで薫、もしまだ自分の目であの地中海の美しさを見た事が無いんやったらな、死ぬ前に一度は絶対見た方がええで? 人生観変わるでホンマに、これ絶対ウチのオススメやで!」


「………………」


「……薫?」


「……地中海、か……」


「……どないしたん? 何かさっきから様子おかしいで? まぁオマエの挙動がおかしいんは今に始まった事とちゃうけどな?」


「……うん、まぁ、何でもないよ、いつもの挙動不審っスよ、うん……」


「……ん? ケータイ鳴っとる、おっ、オカンからや!」



どうやらオカン、一仕事終えて一度家帰った後、岬連れてこっちの病院の方に向かってきとるみたいやねん。オトンも目を覚まして体調安定しとるって病院からの連絡もあったそうやわ。良かった、とりあえず一安心や。ほならウチも合流してみんなと一緒にオトンに会いに行くで!

何てったって今日はオトンが一番欲しがってた最高のプレゼントを用意する事が出来たもんな! ウチが代表招集されたって知ったらオトン、一体どんな顔して驚くやろか? あんまり心臓にショック与えん方がええのかな? でも言いたい、絶対言いたい! そんでオトンにいっぱい頭なでなでされて褒めて貰うんや! エヘ、エヘヘ、エヘヘヘヘ〜!



「もしもし美香さ〜ん? 薫ちゃんです〜! えぇ、是非とも一緒に面会行かさせて戴きます〜! 翼の事はこの薫ちゃんが責任持ってお連れ致しますのでご心配無く〜!」


「ってオイコラ待てやオマエ何勝手にウチがデレデレしとる間にケータイ取り上げてオカンと訳わからん約束結んどんねんなゴラァ!! 誰がオマエまで一緒に来て良いなんて許可出したんや、買い物済んだんやからさっさと家帰って部屋に籠もってお絵描きカキカキしてろやボケェ!」


「みータン元気〜? 薫お義兄さんだよ〜! えっ、お義兄さんはヤダ? 薫ちゃんはみータンのオモチャなの? いやはやこれまた困っちゃったな薫ちゃん、すっかりみータンまで俺の虜になっちゃったみたいでどうしましょうコレ?」


「オマエ岬にまで手ぇ出したらホンマにタダじゃ済まさんぞゴラァ! そない一緒についてきたいんやったらな、ウチの大好きな地中海の特産品何か一つ答えてみぃや、正解したら考えてやってもええぞ?」


「ズバリ、鰹!」


「……ブハッ! オマエやめろや! せっかくカツオ忘れとったのに思い出させるなやぁ〜! また変な笑いぶり返してくるやろ、まだ腹筋痛いねん! 頼むからもうこれ以上ウチを笑わせるなや、このどアホッ!」


「カツオ! ご期待下さい! ぃやっぷぁりぃフグタくん、カツオのすべらない話ご期待下さいなんだぬぁぁあ!!」


「ギャハハハハッ! それカツオちゃう、マグロやろがボケェ! そんでもって何でそこで毎度毎度アナゴさんが出てくんねん!? ってかもうそれアナゴさん全然関係ない、普通に中の人の物真似しとるだけやないか、どアホッ! ホンマ堪忍やで薫、腹痛い、腹痛い、腹筋吊ってまうがなギャハハハハッ!!」



あ〜あ、何か今日は笑たり怒ったりヘコんだりドキドキしたりとハンパなく忙しい日やわなぁ? ホンマ退屈せんわ。こんな楽しいアホなオモチャ、いや彼氏、岬や他の女に取られてたまるかっちゅうねん!

先にウチに惚れたんはオマエやからな、ウチやのうてオマエがアカンのやで? 覚悟せぇよ、これからもガッツリ首輪かけてギューギューに束縛したるやさかいにな、ええな、ウチの可愛いペットの薫ちゃん?



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