第71話 羊、吠える
「じいさああああぁぁぁぁんんんん!!!!」
「いやっ! 何よ薫、いきなり大声出して急に!?」
「ハッ、ここは誰? 私はどこ? 何時何分何十秒? 地球が何回グルグル回った時?」
「……何だよ薫、目覚めた途端いきなりコレかよ、さっきまで白目剥いて失神していたクセに」
「……つーか何なのよ、今の『じいちゃーん!』ってのは?」
「おぉそうだ、翔太の旦那に那奈お嬢、俺の聞いてくれ! 俺さっきまで綺麗なお花畑の中にいて周りを見渡してたら、川が流れている向こう岸で俺の祖父さんが笑いながらこっちに手招きしてたんだよ! アレが噂に名高い三途の川ってヤツなのかな? やべぇ、薫ちゃんもしかして臨死体験しちゃった? もし、向こう岸に渡ってたら俺今頃どうなってたのかな? 今考えると怖ぇ、マジ怖ぇ〜! また自分の体に戻ってこれて良かった〜! 生きてるって素晴らしい〜!!」
「……あっ、そう……、私的にはそのまま向こう岸に渡ってくれちゃってた方が一番良かっんだけどね……」
「何かと思えば寝言にしちゃ声がデカすぎるんだよお前は、本当いちいち迷惑なヤツだなぁ」
「アレ? でも俺の祖父さんって確か海外でまだ健在のはずだったよな? んじゃもしかして俺が立っていた方が死後の世界!? ワォ、薫ちゃんついにご臨終!? ここは天国!? それとも地獄!? 俺ってばこれまで数多のレディーに優しい嘘ばっかりついてたから閻魔様が嫉妬して舌抜かれちゃうぜベイビー! 痛いのはイヤ、でも気持ち良いのは大好き! 嗚呼神様、これまで犯した全ての過ちを心より悔い改めますから、どうか可愛くてエッチでおっぱいボインボインな女神様がたくさんいらっしゃる天国の桃源郷へと、この薫ちゃんに情けをかけて導いておくんなましまし〜!?」
「……いざ喋り出したらこの戯言の数々、本当マジでウザいだけどこの男、いっそ完全に息の根止まるまで締め落とされちゃえば良いのに……」
「……前回、早々に失神させられて全然出番無かったからなぁ、コイツ……、でもよ薫、もうそんだけ喋れば十分気が済んだだろ?」
「まあね〜! と、いう事でボクチンにもプリンちょ〜だい!」
「……ウゼぇ、確かに那奈の言う通り寝起きでこれはマジでウゼぇわ、何か俺にも珍しく力ずくで実力行使に走った一茶の気持ちがすげぇわかるような気がするよ……」
「……プリンならどうせ一個余った事だし、私達もお腹いっぱいだからもう勝手に食べれば?」
「それじゃお言葉に甘えて、戴きマンモス〜! パパパオ〜ン!」
「……もう私ヤダ、限界、あとは翔太が相手してあげて……」
「……ハァ、しょうがねぇなぁ……、はいはいどうぞ、勝手に食えよ! どうせソレ、俺の分のプリンじゃねぇしな」
「……ん? だとすると、本来このプリンを食べる予定だったメンバーは一体誰だったのかな? それに何かさっきよりメンバーが若干一名ほど人が少なくなったように感じるのは薫ちゃんの気のせい? それと何か教室内の空気がちょっとピリピリしてて特に那奈お嬢がちょっと元気無いように見えるのも、やっぱり薫ちゃんの気のせいなのかな〜?」
「……えっ? いや、まあ、それは、ちょっとな、ちょっと……、なぁ、那奈?」
「………………」
「う〜ん、あやすぃ、何かあやすぃなぁ〜、ご両人?」
◇
「……えっ、面会謝絶? 何で?」
いつもの帰り道とは反対方向の電車に乗って入院中のオトンに会いに病院まで来たウチは、ナースステーションの面会用帳簿に名前を書き込み終わらん内に予想外の言葉を看護婦さんからかけられた。面会謝絶てどういう事? ウチ、家族やで? 娘やで? それなのに、何でウチがここで門前払いされなアカンねん? 何でや、何でやねんな?
「ごめんなさいね、謝絶ってほどでもないんだけど、松本さん、昨日の夜中にちょっと危険な心拍数に陥って朝方までずっと集中治療室に入っていたの」
「えっ! そないな話、ウチ何も知らん! 朝、登校する時かてオカン何も話してくれへんかったで? その話、ホンマにホンマなんか?」
「うん、奥様には松本さんの様態が変化した時にすぐにご連絡させて戴いたわ、病院の方にも午前四時頃に一度お見えになられたし、この後夕方お仕事が終わられたら急いでまたこちらに寄るってお話を伺っているわ」
……そんな夜中にオカン、病院まで一人で出かけてたんや。その時ウチは完全に爆睡しとっからなぁ、そんなん全然気づかなかったわ。でも、そない大変な事があったんなら何でオカンは朝、ウチが起きた時にこの事を教えてくれんかったんや? ウチかて学校なんか休んでオカンと一緒にオトンの看病したかったのに……。
「多分、お母さんはあなたや妹さんが余計な心配をしないように気をつかって内緒にしてたんじゃないかしら? あなた達が驚いてパニックにならないように、最善を尽くした結果そういう事にしたんだと思うわ? それに、二人には学校を休んでほしくないって気持ちもあったと思うし、こんな事を言ったら失礼かもしれないけど、お母さんはお父さんの看病をするのに出来るだけ手を空けたくてあなた達を学校に登校させようと思ったのかもしれないしね」
まぁ確かに看護婦さんの言う通り、ウチと岬が病室内でウロチョロしててもオカンや病院の先生達の邪魔になるだけやろうけどな。でも、もしこれでオトンにまさかの事があったとしたら、ウチと岬はその瞬間に立ち会えなくなるところやったんやで?
そんなん嫌や、何も知らんで学校行っとる間にオトンとサヨナラになるなんて絶対嫌や! せめてこんな一大事ぐらいはちゃんとウチにも教えてほしい。でないとホンマにそうなった時、ウチは内緒にしてたオカンや病院の人達を恨んでしまう事になってまうがな……。
「でもね、今回はもう大丈夫よ、集中治療室で治療を始めてから容体はすぐに安定したし、午前中にはいつもの病室に戻って今はもうグッスリ眠っているわ、でも、夜中の間ずっと息苦しいのに耐えていたのもあって、お父さん少し疲れていると思うの、だから、今はちょっとの間だけ家族の方にも面会を控えてもらって安静にして貰いたいのが病院側からのお願いなの、ごめんなさいね」
「……そういう事なら、はい、わかりました……」
「夕方頃にはお父さんも目を覚ますと思うから、もし良かったらその時また面会に来てあげて下さいね、あっそうそう、せっかくお母さんもその頃こちらにいらっしゃる予定だから、連絡を取って家族みんなで来るのも良いんじゃないかしら? お父さんきっと喜ぶと思うわ、もしかしたら、お母さんもお仕事が落ち着いたらあなた達に連絡してくるかもしれないしね」
「………………」
ここ最近、オトンの体調があまり良くない。前にも何度か心臓の状態が良うなくて入院治療を受ける事があったけど、その度担当の医者が驚くほどの生命力で回復し、入院一週間後には病室で看護婦にセクハラ行為、一ヶ月後には何も無かったみたいにピンピンになって退院してた。
でも、今回はこれまでのもんとはちょっと雰囲気が違う。前回までの入院と比べると圧倒的に容体悪化の回数が多いんや。その要因のほとんどが不整脈による心臓発作。心肺停止まではいかんくても、血液を全身に送るポンプ動作の不良で体内の血中酸素度数が減少して突然倒れたりする事がたまにある。
今のところその度治療を受ければちゃんと回復するみたいやけど、正直その話を聞く度ウチの方の心臓が止まりそうになって息苦しくなってまう。今回の件かてそうや、ナースステーションで看護婦さんから話を聞いた時、何も知らんかったウチはその場で一瞬立ち眩み起こしそうになったんやからな。
『……俺は、もうじき死ぬ……』
前回、病室に面会に来た薫と那奈んとこの虎太郎オトンの前で言ったオトンらしくない弱気な発言。あれはホンマにオトンの本音やったんやろか、オトンは自分の命がもう短いと悟ってしまっとるんやろか? ウチのこの説明し難い胸騒ぎは何や? もしかして、今回の入院を最後にウチはオトンと一緒に外を歩く事が出来なくなるんやろか?
それに、苦しくてそんな弱音吐きたいんやったら何でウチやオカン家族に対してやなくて、いくら兄弟同然とはいえ何の血の繋がりもない虎太郎オトンや僅かの期間の面識しかない薫にだけ他に知られたくないようにボソッと言ったんや? まさか、ウチら家族に余計な心配かけんよう、最後の最後まで黙って静かに一人で旅立とうとしてるんちゃうやろな?
そんなん嫌や、許さへん、絶対嫌や! オトンが死ぬなんてそんな事無い、そんな事あってたまるかいな! オトンにはもっともっと長生きして貰うてウチの花嫁姿、いいや岬の花嫁姿まで見て貰わんと困んねん! ウチと岬がどんだけオトンよりカッコええ男捕まえたか判定して貰わんと、ウチ安心して結婚なんか出来へん! 他の男のもんになるなんて出来へんもん!
花嫁姿だけとちゃう、オトンに見せたいもんはもう一つ、類い希な才能に恵まれながらも心臓の病気で夢を諦めざるを得なかったオトンの代わりに、ウチがサッカー日本代表に選ばれサムライブルーのユニフォームを身に纏い、チームをワールドカップの決勝の舞台で活躍するウチの姿をオトンに見てもらう事や! これは花嫁云々よりも前に果たさなアカン、オトンの一番の約束なんや!
その時までオトンにはまだまだ生きてて貰わんと困るんや! ウチは必死で頑張っとるやもん、そんな途方も無い夢物語も、現実に感じれるほど近いところまでやってきたんやもん! なでしこJapanでしかも年齢制限があるとはいえ、ついにウチはあの日本代表のメンバーに選出されたんやから、ついにオトンにその晴れ姿を見せる事が出来るんやから!
ワールドカップで優勝する事がウチの約束なら、それを見届けるまでどんなにボロボロになっても生き続ける事がオトンの約束や! だから、死んで貰たらアカンねん! ウチが頑張れる力の源として、目標として、オトンにはウチの側にいてくれないと困んねん! オトンはウチの全てやもん、生きる希望なんやもん!
オトンさえいてくれれば、ウチはどんな逆境にかて立ち向かっていけるで! そして必ず、良い結果をオトンに報告する事が出来んはずや! 今までずっとそれだけで頑張ってこれたんや、今回の代表招集かて、オトンがウチに託してくれた情熱とウチのオトンに対する熱い想いで勝ち取った宝物の一つなんやでぇ!!
「……それをアイツら、あんな連れん態度で適当に受け流しよってからに……」
病院で門前払いされたウチは、最寄り駅の入り口付近の柱に寄りかかってしゃがみ込み、途切れる事なく行き来する人の流れをボーっとしながら眺めてた。他に行く場所が無くなってもうたんや。家に帰るのは学校でみんなとたくさんサッカーの話して日が暮れた後って予定しとったから、今帰るのは何かもったいのうてどうも気が進まんくてなぁ……。
オカン、まだ仕事忙しいんかな? それもしゃーないわな、何たって教育審査会のお偉いさんやもんな。でも、そういえばオカン、今日は病院からの連絡で夜中に起こされて、その後すぐにオトンの元へと駆けつけて看病して、今度は返す刀で家に戻ってウチと岬の朝の支度をして、それから自分の仕事場へと出勤……、全然寝てへんやん! ホンマにタフな人やなぁ。でもさすがに心配やわ、今日はゆっくり休んでな、オカン。
岬は今頃何しとるやろか? もう小学校の授業は終わっとるはずやから、家にランドセル置いて遊びに行っとるところかな。アイツもここ最近はほとんど家におらんくなったからなぁ。近所の友達と一緒に遊んだり、ちょっと遠出して瑠璃の家まで行ったりと大忙しや。本人の話やと数人の男子連れてデートまがいな事までしとるんやと。ガキの分際で生意気な話やで、将来どんな女になるんか今から正直恐ろしいわ、ホンマに。
つまり、今ウチがこのまま真っ直ぐ家に帰ったとしても、多分そこは空っぽ、誰一人もおらん。少し前までは岬がおる関係でオカンも昼頃にはずっと家におって、ウチとしてはそれがウザくていつも二人とはケンカしとったのに、いざ誰もいなくなってまうとこれが意外と寂しかったりするもんなんや。せやから帰りたくないねん、ウチがここに一人たむろってるのはそういう理由があるからやねん。
ウチの携帯にユースクラブから代表招集の連絡が来たんは昨日の夜十時頃。岬はもう寝とったしオカンはウチも寝てしもうた後に帰ってきたから、まだウチ以外の家族はウチが日本代表に選ばれた事をまだ知らへん可能性が高いねん。せやから、ホンマやったら今すぐにでもオカンや岬にこの件を報告して、家族みんなで喜びを分かち合いたいんやけど、それも今はまだ無理や。だからせめてオトンにだけでもこのビッグニュースを伝えたかったんやけどなぁ……。
「……ウチ、何か一人ぼっちや……」
……何でウチ、あんなヒドい事してしもうたんやろか。ちょっと自分の話を聞いてくれんかったぐらいで、自分の思い通りにならんかったぐらいで、自分に注目してくれんかったぐらいで、何もあんなにカッとなって机にあるジュースやデザート全部ぶちまけなくっても他に方法あったはずやろ? もう高校生なんやから、もっと大人なスマートな対応出来たはずやろ?
あんなにマジでキレた那奈の顔、何か久し振りに見たわ。まさかひっぱたかれるとまでは予想しとらんかった。頭を小突くくらいならいつもの事やけど、あんなに思い切り平手打ちされるなんてなぁ。あまりに予想外でさすがのウチもビビって何も仕返しできんかったわ。
今考えてみると、やっぱりウチちょっと失礼やったかもしれへん。那奈達への態度はいつもの事……、う〜ん、多少やりすぎた感もあるけどな、ロギ達バンドのメンバーはまだ出会って間もないのにあんな形で練習の邪魔をしてしもうて、正直無関係やもんなあの三人、とんでもない迷惑かけてしもたかもしれへん。ロギ、ナカジマ、ザビ、ごめんな。ウチが悪かったわ、ホンマにごめんな。
あと、綾にも随分迷惑かけてしもうたかもしれへん。アイツかて代表に選ばれてウチと同様天にも登るほど嬉しかったはずなのに、その晴れの発表の場をウチの身勝手な行動で全部ダメにしてしもうたんやからな。せっかく裏に回ってサポート役に徹してくれていたのに、ウチはそんな事お構いなしで一人芝居ばっかりやってしもた。これじゃウチの方がパートナー失格や。綾、ごめんな。
こうやって少し落ち着いて素直になってみると、やっぱり千夏や小夜に対してもちょっと失礼過ぎたわな。もし、あの場面でウチと千夏が逆の立場になってあんな失礼な態度取られたら、間違いなくウチは千夏がしたようにキツく突っぱねていたと思うし、親から貰ったお金で買うてきた物で何かトラブルが起こったとしたら、その全責任として自分のオカンに怒られてまうのは小夜やもんな。そう考えてみるとやっぱりウチのした事は悪いな、最低やわ。ごめんな、二人とも……。
「……頬、まだヒリヒリするわ、痛っ……」
……しかし、しかしやで、あの時の那奈の言葉の数々、あれは無いわ。バカだのアホだの言われるくらいやったらウチも良う那奈に対して言っとるからおあいこ様や。でもな、自分に興味が無いからって日本代表やサッカーそのものを軽蔑するような言い方して、最後にはウチとオトンの命懸けの約束の事にまでしゃしゃり出てくるってのはちょっとやりすぎやろが?
あの時、ウチは苦しくて悲しくてホンマに泣きそうになったんやぞ? あれはいくら何でも鬼やぞ、ヒドすぎる! 確かにウチはうるさくてウザかったかもしれへん、失礼な態度取ってカチンときたかもしれへん、だからって普通あそこまで言うか!? 親しき中にも礼儀ありって、オマエにも当てはまる話やないかい!
いつか、アイツとはこうなると思っとった。いつか絶対絶交する事になるって。だって合わへんもん、ウチと那奈の性格。全然正反対なんやもん。ウチは真面目くさってええ子演じるのが苦手やし、逆にアイツは羽目外してふざけたり大騒ぎすんのが苦手。合う訳あらへんねん。最初から無理やったんや。ただ、オトン達の繋がりがあったから一緒におっただけや。ウチと那奈との間には、昔も今も友情なんてもんは存在しなかったんや。
「……ええねん、これでええねん、これでお互い清々したやないか……」
……でも何やろ、このどてっ腹にデッカい穴が空いたようなスッカスカの空虚感。そういやウチと那奈、小夜の付き合いもかれこれもう十年近くになるんやなぁ。長いなぁ、何か毎日のようにアホな言い争いしとったのが思い浮かぶわ。那奈が仕切って、小夜が大ポカかまして、それをウチがゲラゲラ笑とる……。何やかんや言うてもええトリオやったなぁ。千夏はウチと那奈のどっちにつくんやろ? 下手すんとウチ、ホンマに一人ぼっちになってまうのかなぁ……。
「ねぇねぇ、この後どこ行く?」
「私この前、スッゴく可愛いお店見つけたんだ! そこ行かない?」
「じゃあその後さ、みんなでマック寄ろうよ!」
「それいい感じー! それで決定、だったら早く行こ行こー!
一人ポッツーンとしゃがみ込んどるウチの目の前を、同級生ぐらいの他校の女子の四人組が黄色い声でキャッキャッ言いながらこっちに見向きをせんで通り過ぎってった。ヘッ、何がマックやねん。普通『マック』やのうて『マクド』やろ? 人をよそ目にヘラヘラヘラヘラ楽しそうにしよってからに、何やねんアイツら、ホンマムカつくわ……。
「……マクドか、何かウチも小腹空いたなぁ……」
せやけどなぁ、さすがのウチにも一人マクドが出来るほど悟り開いた仙人みたいな強い精神力は無いわ。他の連中の視線が恥ずかしいやら虚しいやらで多分店内にいるのに一分すら保たへんで。こないな事やったら教室飛び出す前にプリンの一つでもパクってくれば良かったなぁ。あーあ、やっぱりウチに一人ぼっちは絶対無理や。誰でもええ、誰か側におってや。寂しいよぉ、オトン……。
「♪ さよーならー 叱られる事も すくーなくー なっていくけれどー ♪」
「……人がぎょうさん行き交いしおる駅のド真ん中で…………」
「♪ いつーでーもー そばにいるからー 笑顔でかえーるからー ♪」
「……よくもまぁ恥を忍ばずこないデカい声を出して……」
「夢にときめけぇぇぇぇ!!!! 明日にきらめけぇぇぇぇ!!!!」
「オマエには常識や道徳心ってもんが無いんかゴラァ!! 何やねんオマエは、一体何モンのつもりや!?」
「川藤幸一です! 自分を信じろ! 仲間を信じろぉ〜!!」
「アホかぁ!! こない茶髪でヘラヘラした川藤がどこにおんねん!! オマエがアホみたいなデカい声出していきなり歌い出すからホレ、周り見てみぃ!? 駅構内のお客様全員からまるでどこか頭のネジがイカれた子を見てるみたいな冷たい目線の集中放火や!! 絶対ウチまで残念な子やと思われとるで!? オイコラ、この状況一体どないして収集つけてくれるつもりやねんな!?」
「人の夢をバカにするなああああぁぁぁぁ!! ♪ どれーだけー 寂しくとも ぼくーらはー 歩き続けるぅ〜……、カハッ、ゲホッゲホッ、ヒーヒー、カッーペッ、ゲホッ、ゲホゲホッ……」
「……声掠れて噎せてもうてるやん、タンまで吐きよってカッコ悪っ、どこのお爺ちゃんやねんなオマエは……」
「あぁ〜ヨシコさん、いつも迷惑かけるねゲホッゲホッ……、ところでワシのメガネ知らんかねメガネメガネ」
「メガネやったらお約束でアタマにあるやろが、アタマアタマ」
「おぉそうかいそうかい、ならアタマはどこかねアタマアタマ」
「自分のアタマ探してどないすんねん! ってか、何でオマエとこんな場所で即席メガネ漫才やらなアカンねや!? ここはなんば花月かそれともルミネtheよしもとかいな!? もうええっちゅうねん、このどアホ!!」
「お後がよろしいようで、どうもありがとうございました〜!」
「よろし無いわボケェ!!」
ちょっと待ってや運命の神様! いや、笑いの神様? 確かにウチは一人になって寂しい、誰か側にいて欲しいとは言ったがな、何でよりによってこないクドくてウザくて喧しい男をここによこせって頼んだんや!? 一番最悪の人選やでコレ、何か早速ウチの顔見て気味悪くニヤニヤしとるし、相変わらず周りの人達からは変な目で見られとるし、まだ一人でおった方が幾分マシやったわ、アホンダラ〜!
「オイコラ薫! オマエさっきまで学校の音楽室でノビとったクセして、何でいつの間にここにおんねん!? ってか、オマエどうやってウチがここにおるってわかったんや!?」
「そりゃあ愛しのマイダーリンつばピーがみんなにイジメられて寂しく一人で小さく震えていると聞いたら薫ちゃんいてもたってもいられなくなってすぐにでも一緒にいてあげたく側にいてあげたくて抱き締めてあげたくて泣き顔にチッスしてあげたくて学校出てからずっと良からぬ妄想を脳内でムクムク膨らましてハァハァしながら後からひっそりとバレないようにぴったりストーカーしてきちゃいました」
「うわぁ〜、何かもう全身にじんましんが出て痒くなるくらいキモいっ〜!! 息継ぎ無しでそない無駄に長くてさぶイボ立ちそうな話せんでもな、『心配やから後を追ってきた』の一文だけで全部説明つくやろが!? 何でオマエはそない毎度毎度ウチが嫌がるようなアホな事言うて場をシラけさせよんねんな!? ホンマにウチはオマエのそういうところだけがどうしてもいちいち腹立だたしい……!」
「じゃあそういう事で、翼は今から俺にギュ〜ッて抱き締めらせて愛のチッスを顔中いっぱいにチューチューされるのと、俺と一緒にマックに行ってシェイクをチューチューするのとどっちが良〜い?」
「何がじゃあそういう事やか何やか全然わからんけど100%マックに決まっとるやろが、このボケェ! それに何度も言うけどマックやのうてマクドや『マクド』! 『マクドナルド』の略なんに『マック』ってパソコンでもありゃせんのにどう考えてもおかしいやろ? おかしい言うたらオマエがさっきから言うてる事も十分おかしい事だらけでだからあのそのな……」
「それじゃあ、今から大至急マックに向かってカモンレッツラゴー! ♪ ただ泣いてわらーって 過ごす日々にー 隣にたーって いれる事でぇえぇぇえぇ〜 ♪」
「せやから民衆のド真ん中でデカい声出して歌うなっちゅうねん! しかもウチはまだどっちがええか答えただけでな、何もオマエと一緒にマクドに行きたいだなんて一言も言うてへんぞコラッ! オイ薫、手ぇ離せ! 誰が手ぇ握ってええなんて許可したんや! 話聞いとんのかオイ! 離せっちゅうねん、コラァ〜!!」
何やねんなこのスーパーハイテンションで訳わからんちんグダグダ展開は? ウチがせっかく普段人様には見せへんおセンチモードになっとったのに、そんな雰囲気見事に木っ端微塵やないかい! うわぁ、道ですれ違う人達の目線がめっちゃイタい! 絶対ウチと薫、親の目盗んで外出しとるオマセなお子様カップルやと思われとる。ちゃいますねんちゃいますねん、ウチらそんな幼稚園児とちゃいますねん! そない保護者の目で見んといてや、お願ぁ〜い!?
◇
「……で、これで少しは御満足して戴けましたでごさいましょうか、お姫様?」
「……ん、まぁ、シェイク一本飲んだからそれなりに小腹は満たされたわ、とりあえず余は満足じゃ」
「それはそれは、その御言葉、私にとっては非常に有り難き光栄にてございます」
「ただな、一つだけどうしても納得出来へん事があんねん」
「と、言われますと?」
「オマエ何で四人掛けのテーブル席なのにわざわざウチの真隣の席にぴったり座っとんねん? 向こう側の席空いとんやらそっち座って対面になればええやろ? 話す時にいちいち横振り向くのしんどいし何かこの暑苦しい密着感も気持ち悪いし、一体何考えてんねんな?」
「いいじゃんいいじゃん! 向かい合って話すよりこうして仲良くぴったり並んでイチャイチャすんのもいいじゃ〜ん? 何せ俺とつばピーは世間が羨む超アツアツハッピーなラブラブステディなんだぜハニー?」
「……ハァ、失敗やわ、ホンマ大失敗やったわ、ウチのあの時の選択……」
そうやねんな、昨日の放課後に航の不思議な記憶能力の真相を調べに二人でインターネットカフェに行った時にも思たけど、ウチと薫、この前の伊豆探索の帰りから形だけは正式に恋人同士になってしもたんやなぁ。
ホンマ今になって良〜く考えると不思議でしゃあないわ、何でウチはコイツの気味の悪い求愛行為なんかに反応してしもたんやろか? 完全に魔が差したとしか思えへん。コレは何かの罠か隠蔽や、ハメられたわ、ウチ。
「……あ〜もうホンマに、今日のウチはとことん踏んだり蹴ったりやわ! 昨日までは夢にまで見た代表招集の話が来て身も心も完全に有頂天になって最高の気分やったのに、一転して那奈にはひっぱたかれるわ小夜と千夏には相手にされんわ、挙げ句には綾にまで裏切られてオトンにも会えんで、最後には心配して来てくれた人間がよりによってオマエやろ? 最悪通り過ぎでもうすっかり生き地獄やで! 生きてる心地がちっともせえへんわ、不愉快極まりないっちゅうねん、ホンマにも〜う!」
「まぁまぁまぁまぁ、人生とは常にギブアンドテイクでございますよお姫様? 昨日それだけのグッドラックがあったから、その分先々にバッドラックが待ち受けてるのは仕方の無い事、自然の摂理でございますよ」
「ウチが代表に選ばれたんは運だけとちゃうもん、実力で勝ち取ったもんなんやで! それが何でここまでヒドい仕打ち受けなアカンねんな? ホンマ世の中不公平やわ! しっかしおっかしいなぁ、朝家出る前に見たテレビの星占いやと、ウチの運勢は全体でもランキング上位でそない悪くないはずやったんやけどなぁ?」
「へぇ〜、ちなみに翼は何座だったっけ?」
「水瓶座や、一月二十五日の大雪の日に産まれたんやで」
「ほぉ、早生まれっスか、だから人より体の成長が遅いって訳ですな」
「うっさい放っとけ! 三月下旬ギリギリ生まれの頭の成長が遅れとる小夜に比べりゃ幾分もウチの方がマシや!」
薫が側に来てくれて一人ぼっちの寂しさから解放されたんはええんやけど、この変なテーブルの座り方もあって何かしっくりせんと言うかこそばゆいと言うか妙な空気でどうも落ち着かんなぁ。ウチが店内の他の客の目線を気にしてキョロキョロしとると、薫はそんな事も気にせんとカバンから携帯取り出して何やらボタンをポチポチ。何や、もし他の女にメールなんぞ打ってたりしたら承知せんぞコラッ!
「あれ〜? いやいやいや、薫ちゃんがいつも利用してる星占いサイトだと、残念ながら水瓶座は週末の運勢が一番最低ですがなまんがな〜?」
「えっ、ホンマに? まぁ、占い師によってそれぞれ結果が違うんはわかるけど、それにしても十二星座中ドベの最下位かいな? 極端な話やなぁ、そない水瓶運気悪いんか?」
「うわぁ〜、もう最悪ですよコレ? 可哀想、見てられない、鬼です、悪魔です、地獄絵巻です、ヒドい、あんまりだ、夢も希望もありゃしない、死んだ方がマシだ」
「……オマエあのな、本人前にしてその言い種は無いやろ……、まぁええわ、その占い何て書いてあんねん、教えてや?」
「七日間でビックリ! わずか三錠飲むだけで体重が二十キロも減少」
「誰がサイト上に掲載されとるいかにも怪しい広告読めって言うたんや! 違うやろ、占いの内容や内容! メインの文章読まんてどないすんねん、このどアホっ!」
「おぉ、そうでしたそうでした、翼が二十キロも痩せたら皮と骨だけになっちゃうところでしたなぁ? え〜とね、今週末の水瓶座の全体的運勢は、『今まで努力してきた事が実を結び、一番欲しかったものを手にする事が出来るでしょう』、だって」
「何や、悪いと思ってたら逆にスゴくええ感じやないかい? しかも偶然にもウチの現在の状況とピタリ当たっとるわ、それで何で最下位やねん? 全然理解出来へんで」
「え〜と続きね、『しかし、その喜びにより舞い上がって調子にノリ過ぎると、その代償としてとても大切なものを失ってしまうかも可能性があるかもしれません』、だって」
「……うぐっ……!」
「え〜とそれとね、『それは粗末な扱いをすると後々取り返しのつかないほどの痛手となってあなたを苦しめるでしょう、手に入れたものと失ってしまうもの、どちらがあなたにとって本当に大切なものなのか良く考えて落ち着いて行動しましょう』、だって」
「……が、がはっ……、当たっとる、恐ろしいほど当たっとる、一体何やねんなその占い、何でそこまでウチの事をお見通しなんや……?」
「こりゃかなり深刻な状態ですなぁ、コレちょっと笑えないっスよ? さて、どうすんのさ、翼?」
……ウチにとって大切なもの、そりゃ確かにオトンとの約束であるサッカーや日本代表の話はスゴく大切な事や。でも、ウチがここまで頑張ってこれたんは自分の力やオトンの励まし、一緒に苦しい練習を耐えてきた綾の存在だけやったやろか?
違うよな、舞台こそ別やけど目に見えないライバルとして、仲間として、励まし合う友達として存在してくれてたみんなのお陰でもあるもんな。こんなウチに当たり前のように側にいてくれたかけがえない親友、これはどんな事があっても失ったりしたらアカンのやな……。
「……でも、今更謝ってアイツら、ホンマに許してくれたりするんかなぁ……?」
「そ〜んな水瓶座のあなたに運気回復のラッキーパーソン!」
「えっ! 何や何や? 何したら運気アップすんねん? なぁ、もったいぶらんと教えてや、ウチ何でもするで、教えてや〜!?」
「ズバリ、あなたの運気回復アイテムは『彼氏』! あなたの素敵で優しくてカッコいい彼氏にはいっぱいベタベタ甘えて可愛くやらしくサービスしちゃいましょ〜う!」
「……ハァ?」
「もうベタベタイチャイチャスリスリするどころか、見てる周りの人達が逆に恥ずかしくなるほどラブラブハグハグチュッチュッモゾモソして、そのまま二人で一気に大人の階段ワンツースリー! って駆け上がって、何度も何度も快楽と言う名の楽園へとフライハ〜イ! ってそれからムフフ」
「オイ薫、その携帯ちょっとウチによこせ」
「いやいやいやマズいですこの携帯はちと他人に見られるとかなりヤバいものが結構保存されておりまして下手すると通報されてタイホされちゃう恐れもありましてつまりはそのあのこれは非常に危険がデンジャラス」
「ギャーギャー言わんとよこせっ言うとんねん! 問答無用、不審物回収強制実行や!」
「あぁっ、お代官様お戯れ〜! フッガッグッグッ!」
薫の口にウチの小さい手で掴めるだけのポテトをギュウギュウに詰め込んで強引に携帯取り上げて画面見ると、思った通りや、そないアホなラッキーパーソンどころかさっきまでの大切なもの云々の話も全部コイツのデタラメやん!
何やコレ、ホンマの水瓶座の運勢欄は『嘘や詐欺紛いな話に注意』て、これウチが朝テレビで見た占いが言ってた事と全く一緒やないかい! まんまと騙されたわ、薫! よくもやりよってくれたなゴラァ!!
「オマエ、ウチに対してこれだけの大暴挙しよるとはなかなかええ根性しとるやないかオイ、今からオマエの胃袋にポテトどころかビッグマックにフィレオフィッシュにクオーターパウンダーをマックフルーリーでごちゃ混ぜにしたもんをたらふく詰め込んで『I'm lovin' it』にしたるから覚悟しとけやアホボケタコナスおんどりゃてめぇゴラァあぁん!?」
「でもさホレホレ、この占いも運気アップのところは翼にもちゃんと当てはまってると思うぜ? ホレホレ見てみそ見てみそ?」
「そないな事言うて気ぃ紛らわせてウチのパラッパッパッパー! から逃れられると思たら大間違いやぞコラ、今日という今日はもう容赦せえへん、オマエなんかハンバーガーとポテトとドリンクSにプリキュアのおもちゃつけてハッピーセットでらんらんるーにしてやるやさかいに……、って、んっ?」
薫はウチが投げつけた携帯を再び手に取り液晶をこちらに向けると、怒髪衝天中のウチを宥めるように占い画面に書かれてあるある一文に指を差してニヤリとほくそ笑みよった。そこに書かれておったんはホンマの水瓶座の運勢アップのラッキーパーソン、そして、その内容とは……。
『水瓶座のラッキーパーソン・昔からの幼なじみ』
「………………」
「あっ、そうそう忘れてた、え〜と……、あったあった、はいコレ、翼の分ね」
痛いところを徹底的に突つかれまくってグゥの字も出えへんようになってしもたウチに対して、薫は最後のトドメとばかりに自分のカバンの中から一つ、中に黄色いゼラチン状の物体が入ったプラスチックの容器を取り出しテーブルの上にちょこんと置いた。それは本来ウチが食べる予定だった分の、那奈と小夜が買うてきてくれた百円のプリンやった。
「……あの後さ、那奈お嬢も少し言葉を選ぶのを間違えたって気づいたらしくてさ、彼女にしては珍しくすげー落ち込んで後悔してたみたいだよ、自分の分の飲み物とかに全く手もつけないでさ、ずっと下向いて考え込んでね……」
「………………」
「そんなお嬢の姿が伝わったのかな、側にいた翔太の旦那も黙り込んじゃって、小夜ちゃんや千夏ちゃんも何か申し訳なさそうな表情してたよ、みんな、いくら何でもちょっとやりすぎたかもしれない、って心の中で反省してたんじゃないのかな」
「……別に、悪いんはアイツらとちゃう、やりすぎたんはウチの方やから……」
「うん、俺もそう思う、さすがに普段冗談ばかり言ってる俺も『平民』扱いは正直言ってドン引きしたよ、こりゃちょっとばかし暴走モード過ぎやしませんか〜? ってね」
「……薫にまでドン引きされてまうとは、相当ヒドかったんやな、ウチ……」
「だからさ、薫ちゃんも負けじと暴走モードになってギスギスした雰囲気を中和させようとフル充電100%で大放出状態になったは良いんだけど、まぁ見事に大放出する相手を間違えた間違えた、何の抵抗も出来ないままあっという間に一茶親分に秒殺されてしまいました、トホホ」
「当たり前や、あんな類人猿相手にユーモアのコミュニケーションなんぞ取れる訳無いやろ?」
「だね〜、自分では良かれと思って場を盛り上げようと大騒ぎしてるつもりでも、他人からすると癪に触ったりヒンシュク買っちゃったりする事が多々あるんですよね〜、いや〜、だから笑いって難しい」
「……せやな、ウチかて別にみんなを怒らせようと思うてあんな態度取った訳や無かったんやけど……、今回はアカンかったなぁ……」
「でもまぁ、そんなユーモアに対して目くじら立ててマジ切れしちゃうのもあまりに大人気なくてナンセンス、だからこの薫ちゃん、つばピーの代わりに那奈お嬢にガツンと一言かましてやりましたぜ!? 『おめー、つまんねー堅物女っ! お尻ペンペンっ!』ってね!」
「おおっ! 薫オマエ、勇気あるなぁ〜!? で、どないやったん? あの偏屈の塊みたいな那奈のヤツ、それ聞いてどないな反応しよったんや?」
「即座にガツンとお尻を廻し蹴りされました」
「……せやろな、無茶しやがって、身の程知らずもええとこ過ぎるわこのアホ」
「あの人絶対おかしいですよ、仮にも空手道という一般ピープルとは違う別世界に身を置いておきながら、どうしてズブの素人相手に本気の廻し蹴りを普通にお見舞いしてくれたりしますか? これでマジ薫ちゃんの尾てい骨折れたりしたらどう責任取って戴けるんでございますか? 誠に遺憾です、これはもう明らかに日本国憲法第十一条を無視した人権侵害と無差別的虐待と思います、こちらと致しましては早急に『渡瀬那奈による被害賠償請求団体』を設立して徹底抗戦したいと思っている次第でごさいます」
「オイオイちょっと待て待て、オマエあのな、そうやって個人的な恨み辛みを裁判紛いな言葉並べてウチに向かって陰口叩いてもしゃあないやろが、ウチは弁護士でもなきゃ検察でも裁判官でもあらへんのやぞ?」
「是非とも我々被害者の心境を一番ご理解して下さってらっしゃると思われる松本翼様にはこの団体の代表になって戴き、平等なる法の場によりこの世に蔓延る諸悪の根源に対し正義の鉄槌を振りかざして戴きたいと思う次第にごさいます、まずは同じく渡瀬那奈により被害を被った者達から署名を集め民事裁判に」
「コラコラコラッ! オマエはウチと那奈の友情を仲裁して取り持ちたいんか、それとも完全に修復不可能にしたいんかどっちやねん!? 何かウチより薫の方がアイツに対して色々と怨念抱えてんとちゃうか? すました顔して考えとる事おっそろしいなぁ、どんだけ性格腹黒いねんなオマエは?」
「だって本当に痛いって文句言ったって全然手加減してくれないし、仮にやり返したとしても絶対その何百倍返しでボコボコにされるのが目に見えてるし、ならば獰猛で凶暴な肉食獣に対し為す術が無い我々か弱き羊達は一体全体どうやって身を守れば良いって言うんですかぁ!? このまま黙って毎日お尻蹴られまくって打ち身青あざ切れ痔脱腸起こして病院送りにされて泣き寝入りしろって言うんですかああああぁぁぁぁ!?」
「人がチョコシェイク飲んどる時に切れ痔とか脱腸言うなぁ!! オマエが那奈に蹴らるんはほとんどがオマエの自業自得やろが、このボケェ!!」
「ならばチョコシェイクのついでにこちらのプリンもどうぞ平らげて下さいませませ? ここに来るまでの間ずっと薫ちゃんのカバンの中でぬくぬく発酵してちょうど良い感じに醸し出されております〜!」
「何やコレ!? 良う見たらこのプリン、白い部分とカラメルソースがグチャグチャに混ざり合ってマーブル状になっとるやないかい! そういや薫オマエ、さっき歩いている時思いっ切りカバン振りまくっとったやろ!? 何してくれんねんオマエは!? 誰かプリンまでシェイクしろって言うたんや、このボケェ!!」
「あっ、そうだ! あのさ、もしかしてプリンシェイクってこれから巷で流行しそうな新スイーツになりそうな気がしねぇ? いっそ缶に入れて飲む前に十回くらい振ってね! って感じで売るのはどうかなぁ? 炭酸ゼリーってのもアリだよね、振って振って飲んでシュワワ〜って絶対ブームになるぜコレ!?」
「はいはいせやな、そんでもってCMに朝青龍でも起用してファン太郎とでも命名しよか」
「ワォ、ナイスアイデア! つばピー冴えてるね、電通社員のビックリ仰天の顔が目に浮かぶぜコンチクショウめっ!」
「まずはオマエの虫湧いた脳みそを百回くらいシェイクしてこいや、このボケナスがぁ!!」
……でもアレやな、何かこう、ふと思い返してみると、もしかしたら薫は気づかん内に色々とウチらの間での争い事を未然に防いでいてくれてた気がすんねん。
いつものメンバー、特にウチと那奈が小さな小競り合いからホンマの大ゲンカになりそうになると、そこには必ず薫が間に入って怒ってるのがアホらしくなるほどしょうもない冗談抜かして代わりに殴られたり蹴られたりしてくれてたような、そんな記憶があるんよ。
今回のウチと那奈のケンカも、薫が気を失っていなければいつもみたいに間にしゃしゃり出てきてくだらん事言うて、ウチらと場の空気を宥めてくれてたんとちゃうかな。何だかんだ言うてウチらは薫のお陰でいつも楽しく学校生活が送れてるのかもしれへん。
そう考えると、何か薫には頭が上がらへんな。コイツ、いつもはしょうもないアホ演じとるけど、ホンマは一番周りに気ぃ使うて荒波立たぬよう冷静にウチらの舵をコントロールしてくれてんのかも。もしかしたら、ウチが薫に惹かれたのもそういう一面に薄々気づいていたからなんかなぁ……?
「ってかオマエはいつまでウチの真隣にべったり居座っとんねん!? ウザイねん、暑いねん、やかましいねん!! 寄るな、触るな、顔近づけるな!! さっさと向かい側の席移れや、このどアホっ!!」
「や〜だやだやだ、薫ちゃん常につばピーのうなじの匂いクンカクンカしてないと呼吸困難起こして窒息しちゃう、例え密封された室内に一酸化炭素が蔓延してもつばピーの匂いがあれば薫ちゃん四百メートル全力で駆け抜ける事が出来るもん!」
「オマエはどこまで果てしなくアホやねん!? 自分で自分の言うてる事聞いてて良う平常心でいられるなぁ、並みの人間やったら今頃絶望して首吊っとるぞ普通!?」
でも、それとこれとは話が別や! さっきまでは普通にカバン一つぐらい隙間空けて隣に座っとったのに、知らん間にジリジリ間詰めて気づけばピッタリ真横に体寄せてきよっとるやないか! いくら何でも馴れ馴れし過ぎんねん、これはもうセクハラやぞ!? 勘違いもええとこやでコイツは!
ウチもウチやで、よりによって店の端にあった四人掛けの一番奥の席に座ってしもて、そこに問答無用で薫が隣にグイグイ詰め寄って陣取りよったから、さっきからウチは壁と薫に挟まれて逃げ場無く身動き取れへん状況やねん! デカい声出してギャーギャー騒ぎよるから他の客からも変な目で見られとるし、もう恥ずかしくてしゃあないわ、も〜う!
「ホンマもうマジでキツいから席移ってや、ホンマにホンマ、もう堪忍して」
「う〜ん、翼は相変わらず素直じゃないなぁ、さっきまで一人ぼっちであんなに寂しそうにしてたクセに、こ〜のツンデレさん、ツンツン!」
「ちょ……! ゴラァ薫! 何いきなり人のほっぺた指でツンツンしとんねん!? 誰が触ってええなんて許可出したんや、オマエ最近明らかに調子乗っとるやろ!? ええか、確かにウチはこの前オマエと交際するのを認めたけどな、こういう彼氏紛いな事をするにはまずオトンよりもカッコええ男になってから……!」
「あれ? おやおやおや? やっぱりそうか、これはもしかしたらもしかする〜?」
「何や何や、今度は何やねん!? 鼻息かかるくらいめっちゃ顔近づけて人の顔ジロジロ見よってからに、意味わからんわ、何がやっぱりやねんなコラ!?」
「……翼、今日すっぴんだよね? 今日っていうか、昨日も一昨日も今週入ってからずっと」
「……えっ? は、はいっ?」
「やっぱりそうだよね? 先週までは千夏ちゃんに負けないくらいメイクに力入れてたと記憶してるんだけど、いきなり急にどうしちゃったのかな〜?」
「……いや、あのな、それはアレや、そのな……」
「もしかして、俺がこの前『すっぴんが可愛い』って言ったから?」
「……がっ! ち、ち、違っ、違うわ! アホかボケェ!! これはちゃうねん、これはそのあの、ア、アレやアレ、気分転換や気分転換! 夏も近づいてそろそろ暑くなってきた事やし、ちょいとばかしメイクも気分も軽めにして解放感を出してやな……!」
「……うわぁ、必死になって言い訳する姿もまた良い! 翼、すげぇ可愛いよ、何か俺ドキドキしてきちゃったぜ……」
「……やめろや、オマエ目がマジ過ぎる、ホンマ殴るぞ?」
「いいよ殴っても? 那奈お嬢ならともかく、翼に殴られるなら本望さ」
「……あのなオマエ、ええ加減に……」
「……翼、マジで可愛い……」
「……あわわわわ、ホンマにやめて、ホンマ堪忍してや薫!?」
何何何何何、何やねんないきなり急に!? 何なんやコイツ、さっきまでの人権やら朝青龍やらの話から何で急にこない展開に早変わりしよんねん!? 何するつもりや、一体ウチに何するつもりなんやコイツは!? ……まさか、こないな所で、こないたくさん人がおるところで、まさか、……キス? 嘘やろ? そんな、嘘やろぉ〜!?
アカンねん、ウチアカンねん! 心の準備なんぞ何も出来てへんし、第一、実のところこないな真似オトンにすらされた経験ウチには無いんやぞ!? もう訳わからん! 自分で何考えてるか何言ってるのかも全然わからへんがな! こっち見んな! 顔近づけんな! キャラに無い真面目な表情で似合わんセリフ囁くな! アカンアカンアカン、ホンマに堪忍してや〜!!
「……薫、人見とるから、ホンマアカン……」
「……ん? あらら本当だ、何かみんなしてこっち見てる、いや〜んエッチ〜! ちょっとだけよ〜? アンタも好きね〜? カトちゃんペッ! なんちゃって」
そりゃさっきからあんだけデカい声出して喋ってりゃ、いくら店の隅にいたって嫌でも周囲から大注目されるに決まってるやろが、この鈍感スケベ男が!! もう嫌やコイツ、どこまで冗談か本気かさっぱりわからへんし、それより何よりこの男には羞恥心ってもんは存在せえへんのかい!? やっぱりコイツ変態や、生まれながらの筋金入りの大変態や!!
「じゃあ、ここじゃ何ですから今から移動して二人だけのラブラブデートの続きをするとしますかね? 誰にも邪魔されない場所でゆっくりと、ね」
「……な、何やねんソレ? 邪魔されへん場所って、どこやねん?」
「……決まっとるやないか、『ええとこ』や、え・え・と・こ」
「……ちょ! ちょちょちょちょ、ちょっと待てぇ!! 何や『ええとこ』て!?」
「『ええとこ』言うたら一つしかあらへんがな、ホンマは良う知っとんねんやろ、お嬢ちゃんも?」
「オマエおまおまオマエホンマにアカンぞオマエ、ってか何でオマエ急に怪しいオッサンみたいな関西弁になっとんねん!? 何考えてんねや薫、ウチらまだ高校生やぞ!? 高校生の分際で『ええとこ』て、それはいくら何でもアカン、あきまへん、あきまへんがなぁ〜!!」
「さぁさぁ話が決まればいざ鎌倉、ならぬいざ『ええとこ』! 翼にはもっともっと俺のあ〜んなところやこ〜んなところをいっぱいいっぱい知って貰いたいのさ!」
「アカンアカンアカン待て待て待て、そない強引に腕引っ張ってウチを拉致すなっ! ウチはまだ『ええとこ』行きたいだなんて言うてへんぞ!? それに、オマエのウチに知って欲しいもんて何やねん!?」
「すんごいの俺の秘密、んもぉうすんごいだから、薫ちゃんすんごいの、もう我慢の限界です、翼にスゴいスゴいって言わせたくて薫ちゃんドントストップミー状態に突入しま〜す!!」
「ダメダメダメアカンアカンアカン、嫌や嫌や嫌や〜! オトンに言いつけんぞオマエ、愛娘に乱暴したって言いつけたるぞコラ〜!!」
「……そんなに、嫌? 恥ずかしい?」
「……ん、あの、まぁ嫌って言うかその、いきなりこんなんはちょっと……、だってウチ、そんなん困ってまう、恥ずかしい……」
「そんな困っちゃって恥ずかしがってる翼がまたすっげ〜可愛いからたまんねぇ〜ぜ! 今日という今日は薫ちゃん、問答無用で男の勝手貫き通しま〜す!」
「そない殺生なぁ〜!! 助けてぇ〜! この人誘拐犯ですぅ〜! 警察に通報して〜! 誰か男の人ヘルプミ〜!?」
嫌やぁ、こない強引なやり方でそんなん嫌やぁ〜! こういうんはもっとムードとか順番とか色々段階踏んでから経験するもんやろぉ〜!? まさか薫がここまでスケベで無茶な男やなんて全然予想しとらんかったし、ウチらまだ付き合って一週間も経ってへんし、やっぱりこんなん健全な高校生男女がする事ちゃう! アカンったらアカンねん!
これじゃウチ、オトンとオカンに顔向け出来んくなってまうし、それに学校で那奈達と明日どんな面して会ったらええのや!? ホンマに洒落ならん、ウチの貞操大ピ〜ンチ! これ次回どないなんねん、内容過激過ぎて観覧禁止になったらどうんねんな作者!? ヨゴレキャラになりとうない、卒業まではキレイな体でいたい! 誰かウチを助けてや、お願い〜!!