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第67話 Mirror



「……航が、バンド?」



あの第二音楽室でのロギ、ナカシマ、ザビエル三人組トリオとの衝撃の出逢いから一日、無事病院から退院して登校してきた翔太は、キツネが豆鉄砲食らった様な丸い目をして私達の話を聞いていた。やはりと言うか、予想通りにわか信じがたい様子。



「……まぁ、そんな反応になるのも当然よね、実際にその場にいた私達だってまだ頭の中が整理出来てないんだから」


「しかもな、聞いて驚けや翔太? アイツ、航のヤツ、ウチらに内緒でとんでもない意外な才能隠し持っとんたんやで! これには流石のウチもビックリ仰天パッパカパーや!」


「普段はあ〜んなボッーっとした顔してるクセに、いざとなったら結構ヤルのよね航ちゃんって! アタシ、先物買いであのバンドのファン第一号になったの、翔太君もアタシと一緒にこれからファンクラブ作らなぁ〜い?」


「男は多くを語らず黙って事を成す、正に航先生にピッタリの言葉だね! これこそが脳有る鷹は爪を隠す、加藤鷹は爪を切る、深爪は武器です! って事なんだぜ翔太の旦那! 薫ちゃんもそんな違いのわかる大人の男になりたいぜベイビー!」


「加藤鷹全然関係ないやろが! オマエはもう少し黙っとけやこのどアホ!」



ただでさえ見当もつかない突然の急展開に、更に追い討ちをかける様にチビ子とビッチとエロ変態が矢継ぎ早に好き勝手喋ってくれるお陰で、翔太は脳内の整理がつかなくなったのか軽くめまいを起こしてフラフラと立ち眩んでいた。あるいはまだ体内の血液が不足していて貧血でも起こしたのだろうか。



「……那奈、今日って四月一日だっけ? 俺、もしかして一年近く寝てた?」


「……エイプリルフールどころか、ゴールデンウィークも先週終わりましたが、何か?」


「……だよなぁ……、ハッ! まさか俺はまだ昏睡状態のままで、今見ているこの光景はもしかして夢なのか!?」


「……気絶する前の疚しい記憶を完全に消去してやろうと、帰宅後にあんだけ何発もひっぱたいてやったのに、まだ夢の中にいるとか抜かす訳、アンタは?」


「……あれ? そういやそうだ、俺は何で病院に入院する羽目になったんだ? 確か親父さんに居酒屋に連れていかれて、家に帰ってきたら宅配便の荷物が届いてて、風呂場の親父さんに持っていったらいきなり目の前に何かスゴいおっきな白い柔らかそうな……」


「……まだ完全にフォーマット出来てないみたいだね、いっその事、思い切って脳内HDDごとバラバラに破壊しちゃった方が良かったかな?」


「……あれー? もう何が何だか全然何も覚えてないやー? ここは誰? 私はどこ? 見ざる言わざる聞かざる、俺はあの時なーんにも見てませーん!」



うん、それで良し。アレは父さん以外に誰もいないと思い込んでいた私自身の不覚でもあったけど、あんな恥ずかしい記憶は翔太の脳内どころか私の脳内からも消し去りたいくらいだ。もう本当に忘れたい。今思い出しても顔が赤くなりそうだ。

あー、何か気まずいなぁ。まだタオルで隠していたから最悪の事態は免れたから良いものの、これは女の子としてはかなりのショック。普通はそうだよね? 丸見せ全開だったクセにちっとも気にしてないお姉が異常なんだよね? やっぱりあの人、露出狂なのかなぁ?



「……しかしさぁ、航がフォークギターを弾いているのは俺も知ってるけど、基本フォークとバンドで弾くエレキとは演奏の仕方が全く別物な訳じゃん? それに、航自身があんなにおっとりでスローペースな性格だってのに、ロックバンドとか全然まるっきり想像出来ないんスけど……」


「でしょ? だから私達もひっくり返っちゃうほど驚いた訳よ」


「まさか、あの航がギター弾きながら頭をガンガンシェイクさせてノリノリに飛び跳ねたりするのか? ソロの見せ場でギターを背中に回して弾いたりとか、仰向けに寝ころんだままギター弾いたりとか、あるいは興奮が頂点に達してギター振り回して床に叩きつけて壊したりとかしちゃうの? もしそうだったら俺、多分怖くて泣いちゃうかもしんねーぞ?」


「……ロックバンドのギタリストって大体そんなイメージだよね、だから、航の演奏はちょっと意外、いや、かなり意外、つーか奇妙な姿かもしれない……」


「……奇妙? 何か更に訳わかんなくなってきたな、こりゃ本人にちゃんと確認するか実際に見てみないとさっぱり理解出来ないや……」



ところが、その当人である航は、いつもなら休み時間でも教室の席に座ってジッとしているというのに、今日は授業が終わるとそそくさとどこかに姿を消してしまってるらしい。翔太が授業中に先生の目を盗んで話しかけても無反応。今こうして昼休みの昼食の時間でも、あの馬鹿みたいに背の高い航の姿はここにはいない。



「まぁ、理解出来へんのもわからなくはないわ、とりあえず今日も連中共は放課後に音楽室に集まって練習するみたいやから、そこで実際に見てみれば一目瞭然やで」


「今日もまた彼らの演奏を聴く事が出来るのね! んもぉうアタシ、今から超ワクワクしちゃう! ねぇ翼、授業が終わったらソッコーでナカシマ君を捕獲しゃおうよぉ!?」


「百聞は一見に如かず、って事だね! 百回のエロ本やエッチなDVDを見るより、一回現物で生のおっぱいを見たり揉んだり顔埋めたりした方がもう完璧」


「オマエはエロやおっぱいの話以外、例え話が出来んのかこの変態金髪豚野郎!」



はーい以上、トリオ・ザ・バカの雑談漫才、どうもありがとうございましたー。さっさと退散して下さーい。ほら、そこの幼稚園児みたいな小さいお嬢ちゃん、カメラ被ってるからさっさと舞台裏に消えて下さーい? クソビッチとおっぱい星人も邪魔ですよー? とっとと楽屋に消え失せて下さいー! 二度と出てこないで下さいねー、この疫病神共めー!



「じゃあよ那奈、小夜がここにいないのももしかして……?」


「航と同伴」


「……こんな訳のわからん話に更に小夜まで絡むのかよ、頭おかしくなりそうだ……」



それじゃあ、ここからは昨日の音楽室であの後何が起こったのかを翔太と読者の皆様に説明を加えながら話を進行していくとしますかね。突然、ロギのギターを手にした航が、一体私達の目の前で何を仕出かしたのか。もちろん、そのギターで演奏をした事に変わりはないんだけど、問題はその演奏の内容が信じられないほどぶっ飛んでいて……。





「…………了解」



昨日のあの時、小夜のリクエストに応えて航は音楽室の後ろに置かれたバレーボール入れの様な鉄柵の篭から持ち主であるロギの許可無く一本のエレキギターを取り出し、その肩にベルトを通した。そのギターはデザインこそ木目調の地味な物だが、色々と音調を設定出来るボリュームの摘みが何個かついていて、いかにも値段が高そうな代物だった。

持ち合わせている音楽のセンスや才能からしてバンド内の絶対的権力を握っているだろうロギの目の前での行為に、横にいるナカシマとザビは真っ青な顔して航の無礼な行動に唖然とした表情。当の本人であるロギも笑いも怒りもしない人形の様な無表情人間なんだそうだが、この時ばかりは少し嫌悪感が雰囲気から滲み出ていた感じだった。



「オイコラ航、オマエなぁ、許可も無く勝手に人様の物を手にしたらアカンで! 兄貴がそないな事してたら小さい妹が真似するで!?」


「そもそも航先生はコード押さえてジャカジャカのおっさんフォーク専門なんだから、いきなりナウでヤングなエレキなんて無茶もいいところですぜ? ここはこの薫ちゃん言う事大人しく聞いて、さっさとギターを元にしまいましょうぜ?」



私達と三人の間に張り詰めた空気を緩和させようと翼と薫が航に歩み寄ろうとしたその時、みんなの心配をよそに航は真っ直ぐ直立の状態で何の前触れも言葉も無くいきなりその指でギターを弾き始めてしまったのだ。何て余計な事してくれるんだコイツは!? っと私達は一瞬大慌てになったが、すぐに航の奇妙な演奏方法を見て動きが止まってしまった。



「……何、あの指……?」



普通ギターをコードで弾く場合は、片方の手の指で弦を押さえ、もう片方の手の指の爪で上から下に弦を弾き音を鳴らす。実際に航も小夜の家で麻美子とのセッションでギターを演奏した時はそう弾いてた。

ところが、今の航は弦を押さえる左手の指四本を六本の弦の上で素早くスムーズに動かし、エレキギターっぽいカッコいいビートサウンドと指先の繊細なテクニックを私達の目の前で披露してみせたのだ。

しかし、それ以上に異様で目を奪われたのは弦を弾く右手の形。本来エレキギターの弦を一本一本弾く為には指の爪より『ピック』と言うプラスチック製の小さい道具を使うが、もちろんこの時航はそれを持ちあわせてはいなかった。だからなのだろうか、航は右手の指を下に向けてギターに添え、人差し指と中指で弦の弾き音を鳴らしていた。

しかも、その演奏するメロディーは先程のナカシマとザビの即興の様な早いビートのロック調な曲ではあったが、エレキギターにしては随分と地味なパート進行。つーか、一体何の誰の曲を弾いてるのかも全然わからない。

果たしてこれは凄い事なのか、それとも大した事でもないのか、いまいち状況が把握出来ない私達は頭に『?』マークを浮かべてその場に立ち尽くしてしまったのだが……。



「……う、うわぁぁぁぁぁ!!」



その時だった。茫然とする私達の後ろから断末魔の様な大きい叫び声が上がった。私達が驚き後ろを振り返ると、そこには先程演奏したベースギターを肩に下げたまま驚愕の形相で尻餅をつきブルブルと怯えるナカシマの姿があった。一体、何が?



「……ど、どどど、どうして君は、今のこのメロディーを弾く事が出来るんだぁぁぁぁ!?」



何やら未知の生物でも発見した様に真っ青な顔をして腰を抜かすナカシマ。さっきまで明るく陽気にふざけていたブラジル人ザビエルも目を丸くしてポカン顔。唯一微動だにしないのはロギ一人だけ。一体、航はこの演奏で何をやらかしたのか? 何かとんでもない事でもやらかしたのか? 色々な心配事が私の心の中を駆け巡った。



「……ね、ねぇ、一体どうしたの? もしかして航のヤツ、何か悪い事でもした? だったらごめんなさい! もう私、これ以上練習の邪悪にならないようにここから出て行くから……」


「……な、何者なんだ彼は? どうして、どうしてこの演奏を……?」


「何やねんナカジマ!? 何をそない怯えとんねん!? 航が一体、何をしたっちゅうねんな!?」


「……ひ、一つの間違いも無い、完璧に、全部完璧に弾いてみせた……」


「……えっ? 何が? 誰が?」


「……あ、あの人だよ! 彼、彼は、さっき僕がやったベースの演奏を、一音も狂いなくそのまんま再現してみせたんだよぉぉぉぉ!!」


「……ハァ?」



いまいち事の重大さが理解出来ずに私達が後ろを振り向くと、そこには無表情のままボケーッと直立しているいつもの航の姿があった。演奏をそのまんま再現? どういう事? さっきナカシマが弾いた演奏を航が真似してみせたって事なの? 嘘だぁ、そんなまさか……。



「……それは多分偶然たまたま、航もさっきアンタが演奏した曲を知ってたってだけだと思うよ? そうそう、実はコイツね、こんなとぼけた顔してるクセに何気にフォークギターとか普通に弾けちゃう人間だったりするのよ、だからそんなに驚くほどのものでも……」


「ち、違う、違う違う違う! さっきの僕の演奏は他の人の曲でもすでに既存している曲でもなく、ロギの新譜から即興でイメージしたメロディーだよ! つまり、まだここにいる僕らと君達しか知り得ない、まだ僕しか弾けないはずのオリジナル演奏なんだよ!」


「……えっ? ちょっと待って、つまりそれって、航はナカシマの演奏を一回聴いただけで……、えっー?」


「こ、こんな事とても信じられないよ! ロギならまだしも、こんな音楽と無縁そうな同い年の高校生男子が……」



音楽なんて高度な文化に全く知識も才能もない私も、次第に今ここで航がやってのけた奇妙な行動におののき唾をゴクリと呑み込んてしまった。これはただの偶然なのか、あるいは本当に航は真似をしてみせたのか……?



「そ、そこの君、もう一度だ! もう一度、僕がこのベースで他の曲を演奏してみせるから、もし全く同じに弾けるのなら弾いてみせてくれ!」


「…………了解」



ナカシマは何やら航に対して挑戦状を叩きつけるようにムキになって、先程のものとは比べ物にならないくらいアップビートなテンポの早い演奏を私達の目の前で披露し始めた。弦と弦を行き交う流れるような指さばきに、アンプから響いてくる重低音はほとんどプロ級の腕前。どうやら航に触発されて本気モードに突入してしまったようだ。

やっぱり、この三人の音楽センスは高校生レベルのものじゃない。彼らは将来、プロのミュージシャンになっても成功するかも。これはいくらなんでも無理、フォークギターしか弾けない航がこれを真似出来る訳がない。私達が対等に敵う相手じゃないよこれは。絶対無理無理無理……。



「…………覚えた」


「……へっ?」



ナカシマの全開本気モードの演奏をジッと見ていた航は、一言ポツリそう言うと視線をギターに落とし両手の指を軽く弦の上に置き、『ワンツー』とか『1、2』などの掛け声も何も無しにいきなりさっきと同じ弾き方で演奏をし始めた。そのギターから聴こえてきたメロディーは……。



「……う、嘘だぁ! そんな、まさかぁ!?」


「今さっき、ナカシマが弾いた曲調にそっくり……、つーか、まるっきり同じ!?」



とても素人では出来る訳のない、目で追いつかない程素早い指さばきだったナカシマの演奏を、航は体の大きさ同様の長い指でまたしてもいとも簡単に真似をしてみせる。しかも指以外は直立したまま身動き一つせずに。

さっきも言ったが、ベースギターとエレキギターでは音の高さが全然違うので音程そのものには差があるのだが、奏でるリズム、弦の押さえる場所、演奏方法は二人とも全て同じ。一つの狂いもない。まるで、鏡に写しているのかと錯覚してしまうほど……。



「こ、こうなったら僕も一切加減しないぞ! 最上級レベルの演奏を見せてやる、コレまで真似出来るものならやってみろ!」



完全に闘志に火がついたナカシマは己の音楽センスと演奏テクニックを航に見せつけるように、前回二つまでの人差し指と中指で弦を弾く弾き方とは違い、親指を叩きつけるような変わった弾き方で激しく力強い演奏を披露してみせた。

後々本人から聞いた話によると、この弾き方は専門用語で『チョッパー』と呼ばれる最高難度のベーステクニックらしく、プロのベーシストが曲の間奏の部分でソロプレイをする時に良く使う技なんだとか。会得するにはかなりコツを掴む為の練習が必須で、もちろん素人がいきなり演奏出来るレベルじゃない、との事。

実際、そのテクニックの高度さは素人である私達も聴いていて度肝を抜かれるほどの凄まじいもので、私達はロボットの様に早く正確に動くナカシマの両手の指に視覚を奪われ、足の裏からお腹の底まで揺さぶられるようなサウンドに聴覚を占領されて唖然としつしまった。



「Wao! 超Cool! Excellent!! 何よぉ、ナカシマ君ったらオタク顔して結構やるじゃなぁ〜い! やっぱりMusicianってカッコイイわよね、アタシ、ナカシマ君となら付き合ってあげても良いかもぉ〜!?」


「オイ千夏、これマジでメッチャハンパないで! まるでライブハウスや、やっぱり生演奏は腹に響くなぁ? 何かこう、魂が揺さ……、アカン、何かウチ、急にトイレ行きたなったわ、ちょっと失礼……」


「おやおや翼ちゃんったら、重低音にお腹刺激されてしぃ〜しぃ〜でちゅか〜? それじゃあ薫パパが一緒にトイレまで行って両足持ってあげまちょうね〜、いっぱい出すんだよ〜? ほら、しぃ〜しぃ〜」


「ついてくんなやこの変態鬼畜ロリコン茶髪野郎!!」


「ぶへえええぇぇっ!! 嗚呼、今日も今日とてつばピーの顔面蹴りはパンティ全開でとってもセクスィ〜、薫ちゃん、痛気持ち良くてスッゴい幸せ〜……」



音楽室の床に鼻血垂れ流して倒れているド変態男を余所に、ナカシマは全ての力を出し尽くしたように額から汗を流して息を切らし航の姿を睨みつけていた。『どうだ!』と言わんばかりの険しい表現。確かに、プロのミュージシャンのライブ会場とか行った事のない人間が聴いたらビビってしまうほどの迫力ある演奏だった。



「……こ、これはさすがに真似出来ないだろう、いくら君が普段からギターに慣れ親しんでいるとしても、こんな演奏まで出来っこない、出来る訳がない……!」



男・ナカシマ、完全燃焼。航を睨みつけていた鬼の様な形相は、呼吸が整ってくるにつれ勝ち誇った自信の表現へと変わっていく。ここまでやられたらもうしょうがない、ナカシマの勝ちだろう。コード演奏しか出来ないはずの航がこんな超絶テクニックまで真似出来る訳がない。その場にいた私達全員がそう思った。


……が、しかし、次の航の起こした行動に、私達もナカシマも、側にいたザビエルも驚愕のあまり声を失い、遂にはこれまで何も行動を起こさなかったロギでさえも触発される事を余儀なくされてしまったのだ。



「…………全部、覚えた」


「……えっー、嘘だぁー!?」



私が驚きの声を上げたのと同時に、航は親指を使った演奏方法、難易度トップクラスであるはずの『チョッパー』を難なく弾き始めてみせたのだ。しかもそれは先程と同様、ナカシマが奏でたメロディーとリズムと全く寸分の狂いの無いもの。

ギターの弦とベースの弦では見た目からして全然違う。ベースの方が低音を出す仕組みになっている為、ギターの弦より若干太めに出来ている。つまり、親指で弦を弾くにもかなり力加減が違って同じ演奏をするには相当繊細な技術が必要と思われるはずのこの技を、またも航は見よう見真似だけでやってのけてしまったのだ。



「……そ、そんな……、僕だって三年間毎日練習してやっとマスターしたテクニックなのに……、」


「Eh pa! コノノッポノオ兄サン、トンデモナイ人デヤンスネ〜! コンナ凄イ人、Rogi以外デ始メテ見タデヤンス〜!」


「そ、そんな悠長な事言ってる場合じゃないんだぞ、ザビ! 演奏テクニックだけの話じゃない、僕が今弾いた三曲は全部僕らの曲、ロギが作曲、編曲した完全オリジナル曲なんだぞ!? 僕とロギ以外が弾ける訳が無いのに、どうして……?」



この衝撃の一部始終を目の前にナカシマは遂に力尽き、その場にしゃがみ込んで両手を床に着き頭を垂れ、側で楽観的態度で様子を眺めていたザビエルも大きな目をさらに見開いて感慨の表現を浮かべていた。かく言う私達もこの展開には冗談一つすら言う余裕も無く……。



「……オイ那奈、これ、エラいこっちゃやぞ……?」


「……Oh, my god! Unbelievable!! 一体何なのよぉ、何者なのよぉ、航ちゃんって!? アタシ、何か怖ぁ〜い!」


「……あ〜、え〜、あ? はい? あぁいやいや、今の俺にコメント期待しないで下さい、さすがの薫ちゃんもこれにはたまらずアイドンノ〜ウ!」



この三バカお喋りトリオが水を打った様に静まり返るなんて、そうそう滅多にある事ではない。それくらいこの時、航がしてみせた『神技』は想像を絶するものだったのだ。私もしばらくの間は声を発する事が出来なかった。唯一、事の重大さがちっとも理解出来ていない天然娘が一名、キャッキャッと声を上げて喜び跳ねてはいたが……。



「ワーイワーイ! 航クンスッゴーい! いつもお家で瑠璃ちゃんに聴かせてあげているギターの腕がこんな所でも役に立ったね! スゴいよスゴいよー!!」



……正式に言えば航がやったのはギターじゃなくてベースの演奏方法なんだけどね。まぁ、ギターとベースとバイオリンと三味線の違いが良くわかっていない小夜に説明したところで馬の耳に念仏か。

しかし、この航の常識外れの謎の特技は一体何なのか? 人が演奏したメロディーをそのまま完全に真似してみせるだなんて、これは何か特別な音楽の才能? 航には音を聴いただけでそれが何の音階がわかるのか? って事は、これってまさか……?



「航クンはきっと、麻美ちゃんと一緒で全ての音がドレミファソラシドで聴こえてくるんだよー! これって何て言ったっけ? えーと、『絶体絶命』?」


「バカッ! 違うわよ、『絶対音感』でしょ!?」


「……ぜ、ぜぜぜ、絶対音感!?」



漢字にして四文字のその言葉を聞いた途端、敗北に打ち拉がれてどんよりと落ち込んでいた眼鏡のベーシストとアフロ頭のドラマーが真っ青な顔をして飛び上がり驚きの声を上げた。二人の視線は航とソファーに座り未だ反応を見せないロギの間を忙しなく行ったり来たりし、その挙動はソワソワと落ち着きがない。



「……い、一緒だ、ロギと一緒だ……」


「……信ジランネ〜デヤンスヨ〜、他ニモ『ゼッタイオンカン』持ッテル人、初メテ会ッタデヤンス〜……」


「……えっ? ちょっと待って、じゃあそこにいる興梠、彼も絶対音感の持ち主なの!?」



そうなのだ。このバンドのリーダーであり核と言える人物、興梠一寿もあの遠藤麻美子と同じ絶対音感の才能を持った人間だったのだ。突然黒板に楽曲を書き出したあの異端とも言える行動も、ナカシマとザビエルが即興で披露した演奏に聴いただけで改良点を指摘出来たのも、彼が一般人とは違う特殊な才能を備え持っていたからなのである。



『……こんな間近に、麻美子と同じ特別な力を持った人がいたなんて……』



しかも、才能の使い道がわからず宝の持ち腐れ状態だった麻美子とは違い、ロギはナカシマやザビエルの話からして小さい頃から音楽の道一本でやってきた事を考えると、その音楽センスは麻美子以上、あるいは比べ物にならないかもしれない。もし啓介さんが彼の存在を知ったら驚くだろうなぁ……。



「ねーねー、航クンはこんなに凄いギターの演奏出来るのに、どうして今まであたしや瑠璃ちゃんやみんなに内緒にしてたのー? 隠し事はダメだよー、瑠璃ちゃんが怒っちゃうよー!」


「……………披露する機会が無かっただけで」


「でも、航クンカッコ良かったよー! あっ、そうだ! ねーねー、麻美ちゃんが赤ちゃん産んで元気になったら、また今度みんなで音楽パーティーやろうよー! 航クンのホントのギター演奏、麻美ちゃんやお母さんに聴かせてあげようよー!」


「…………この程度のもので良ければ」


「うん! じゃあ約束!」



ちょい待った、ロギどころじゃないよ。もしこの航の才能を啓介さんが知ったら、果たしてどんな反応をするんだろうか? 絶対音感と言う特別能力ならあずみさんも持っているし、何だろう、小夜の周りにはなぜか音楽に関する人間が集まりやすいのだろうか? 本人には全くと言っていいほど音楽センスが一欠片も無いのに、本当に不思議な話だなぁ……。





「……マジかよ、航にも絶対音感があっただなんて、三年以上一緒にいて全然気づかなかったなぁ……」



……んで、ここから私の昨日の回想から現在の放課後時間に一度戻る。私の話を横で聞いていた翔太はいまいち信じられないのか非常に複雑な表情をして『うーん』と唸っている。まぁ、話を聞くだけじゃ想像がつかないもの当然だろう。私だって昨日の出来事は夢でも見てたのではないか、と錯覚してしまうくらいなのだから。



「でもね翔太、それは違うの、航のそれは絶対音感じゃなかったの」


「……ハァ? だって那奈、今さっき……?」


「航のその特技は絶対音感によるものではなくて、別の特殊な才能によるものだったって事」


「……オイ、オイオイオイ、じゃあ何なんだよ一体、また話の真相が全然見えてこなくなってきちまったじゃねーかよ!?」


「それだけとちゃうで翔太、航のヤツな、こんだけとんでもない事やらかしたクセに、例の三人からのバンドへのスカウト、最初は断ったんねんで?」


「……ハァ!? 何でぇ!?」


「『興味がない』んですって! アタシ、それ聞いた時ひっくり返りそうになっちゃったわ! 航ちゃんってやっぱりちょっとCrazyよね?」


「航先生の無気力っ振りは我々一般ピーポーにはもう全然アイドンノ〜ウでごさいま〜す! 俺なんてついついその時、無意識に天を仰いで十字切っちゃったくらいだからね!」



次々と周りからもたらされる情報に、翔太の目はクルクルと回りだしもう失神寸前。気持ちはわかる。私達だって昨日、そんな状態になるまで振り回されまくったからねぇ……。



「ちょっと待てよ、俺はさっき航がバンドに入ったって聞いてたのに、それが参加を断ったってのはどういう事なんだよ!? それに、人の演奏を聴いただけでそれを真似出来たのは、一体航に絶対音感以外の何の才能があるって言うんだよ!? もう訳わかんねぇよ、ちゃんとわかるように何があったのか最後まで丁寧に説明してくれー!!」


「もちろん、最後までちゃんと説明するって、それに、実際に音楽室に行って見て聴いてみれば全部わかる事だしね」


「……じゃあ那奈、早くその第二音楽室に行って、昨日の話の続きを俺に教えてくれよ!」


「……うん、でもね……」


「……でも?」


「全部説明すると総数二万文字オーバーしかねないので、とりあえず今回はここまで!」


「ええええぇぇぇぇ!?」


「続きはまた次回って事でよろしく〜」


「待てねええええぇぇぇぇ!!!!」



と、いう訳で、まだまだ話が長くなりそうなので今回はここらで終了致しまーす。次回は、『航、謎の才能の正体』、『ロギ、遂に動く』、『小夜、入部部活動決定』の三本でお送りしまーす! 次回もお楽しみに! ンッガッグッグッ!


……って、何でいきなりサ〇エさんのパクリ? 何か最近筆者、明らかに執筆活動手抜きしてるよね? ギャグのクオリティ下がってますよー、しっかりしろー、オーイ!



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