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第65話 【es】



「でねー、ドバババー! ってスゴい音がしたら今度はドカーン! って地面が揺れるくらい大きな音がしてねー、驚いてお母さんと一緒に外を見たら車とお家が燃えててモクモク黒い煙がたくさん出てたんだよー! その後いっぱい消防車や救急車やパトカーが来て夜遅くまで大騒ぎだったんだよー!」


「そんだけのエラい大事故やったってのに、一人も死人が出えへんかったのは不幸中の幸いやったなぁ? 警察の発表会見やとガス爆発か何かやったって話やけど、もしかすると犯罪やテロの可能性も拭えないってマスコミの見解もあるらしいで!?」


「いやぁ〜ん! 超Dangerousだわ、何て物騒な話なのかしら!? 地球上でもNo.1と言われてるこの国の治安も、すでにその神話は崩壊しつつあるって事なのぉ!? 日本が唯一世界に誇れる確かな安全性を信じてイギリスからこっちに移り住んできたっていうのに、こんな事じゃアタシ、怖くてもう一人じゃ外を歩けなぁ〜い!!」


「…………何が起きても変じゃない、そんな時代さ、覚悟は出来てる……」


「どっかで聞いた覚えのあるフレーズですな〜、航先生? それより何より、その爆発は那奈お嬢と翔太の旦那のスイートホームの目の前で起こったそうじゃん、二人とも怪我は無かったのかい?」


「………………」



……昨晩、渡瀬家において勃発してしまった凶悪猛獣二匹による空前絶後の大戦争は、近隣住民やありとあらゆる人々の心に大きな爪痕を残し、今日の朝刊各紙の第一面や各テレビ局の朝のニュース番組のオープニングを堂々と飾っていた。

母さんの無差別爆撃により犠牲になったデリバリーサービスの配達員は即座に燃えたぎる車の中から自力で逃げ出せたので奇跡的に軽傷で済み、同時に爆破され火事になった民家二軒も偶然留守中で犠牲者がいなかったのは翼の言う通り不幸中の幸いだった。

しかし、その火事の為に何十台という数の消防車が現地に駆けつけ朝方まで消火活動は続き、県内の警察関係者が全員集まったのではないかと思えるほどの捜査官が目撃者やら調査を行っていた。野次馬も数多く現場に群がり、家の周りは軽くパニック状態になった。

もちろん、警察から真っ先に疑われたのは我々渡瀬家の住民。玄関の扉は蜂の巣になってるわ、家の中から大笑いして逃げる坊主の男とそれを追うバスタオル一枚の女の姿を見たという目撃証言はあるわ、室内で鼻から大出血して倒れている少年はいるわでいかにも怪しい雰囲気がプンプン漂っていたのだから仕方のない話。

しかし、そこはこんな大騒ぎにも手慣れているお姉といづみさん、あれだけ家の中に巻き散らかされた銃弾の薬莢を一つ残らず即行で片付けると、自分達も爆発の被害者であると平然な顔をして警察に説明。呆れかえるほどヌケヌケと嘘をつく二人に捜査官達もまんまと騙され、この爆発は周辺のガス漏れによるものだという結論に達したらしい。

とりあえず、出血量がヒドかった翔太は念の為救急車に運ばれ一日ほど様子見で入院する事になり、壊れた家も今日のうちにいづみさんの立ち会いでリフォーム業者の手により修理される予定。結局、あの当事者二人は朝になっても帰っては来ず、この騒動の真相は都合良く闇に葬られる事になった。

破壊された車や民家も保険が適用される事になり、配達員の怪我も一週間ほどで完治出来るとの事。大惨事にならないだけでも良かった。これにて一件落着、めでたしめでたし……。


って、んな訳ねーだろぉー!!



「翔ちゃん大丈夫かなー? ねーねー那奈、あの時一体何があったのー? あたしに教えてー? ねーねー、ねーってばー、さっきからずっと黙ってないで教えてよー?」


「……!」


「イタイイタイイターイ! 何でー!? 何でそうやってあたしのこめかみグリグリするのー!? あたし、何も悪い事してないのにー! イタイよ那奈ー!?」



余計な追及は無用、これが渡瀬家の家訓。例え部外者でも容赦はしない。悪、即、滅。これが私のスタイル。ならば、この騒動が起きる原因を生み出した諸悪の根源も完全に撲滅する必要があるだろう。



「イタタタタ、何でウチまで頭のつむじグリグリされなアカンねん!? ウチがオマエに何をした!? そないグリグリ押したら背が縮むやろが、イタイっちゅうねん! おいオマエら、誰かコイツを止めてや〜!?」


「いやぁ〜ん、アタシ無理無理、今日の那奈怖ぁ〜い!」


「…………触らぬ神に祟り無し」


「つむじをグリグリされると将来ハゲるって都市伝説があるらしいから俺も勘弁だせ! ゴメンよ愛しのマイハニー、薫ちゃんはいつまでもフッサフサでいたいのさ!」



……ふぅ、いちいち癪に障る幼なじみがいると本当苦労する。憎むなら自分達の父親を憎みなさい。あの二人も父さんと一緒にあんな卑猥な本の数々を集めていたのだから同罪です。母さんもいっその事、真中家と松本家もまとめて爆撃してやれば良かったのに。お陰で翔太にあんな恥ずかしい姿を……。少しは私の苦痛を思い知れ!



「うー、まだ頭がギンギンするよー、何で怒られたのか良くわからないよー?」


「そりゃこっちのセリフじゃボケェ! こんなんオマエが何かしらやらかしたからに決まってるやん! ウチまでとばっちり受けたわ、いつもそうやもん、昔からオマエら二人と一緒におるとロクな事無いわホンマに……」



……これ以上、昨晩の件を振り返るのは不快なだけなので話題を変える事にしよう。実はもうすでに今日の学校の授業は全て終了して今現在は放課後、いつもなら即座に下校する私達がなぜまだ学校内に残っている理由は、爆発事故やテロよりも恐ろしい大惨事を起こす例のトラブルメーカー娘が突然言い出したある一つの決意にある。



『せっかく高校生になったんだから、あたしも何か部活動やってみたーい!』



正直、朝一に小夜からこの発言が出てきた時は何か悪夢でも見ているのかととっさに自分の頬をつねってしまった。この子が部活動? 授業とは違い、本人のやる気と自制心による言動が問われるコミュニティー活動をこの子が? 無理無理無理、絶対無理。出来る訳が無い。話を聞いた私は一秒も間を置かずそう即答した。

ただでさえ何事も無い平穏な環境からまるで錬金術のように危険極まりない話題や状況を造り上げてしまうこの娘がこれ以上行動範囲を広げてまったら、学校内全域が騒動の地雷に埋め尽くされてしまう。第一、それを面倒見なきゃいけない他の部員が哀れ過ぎるし、下手すれば私までその活動に付き合わされる可能性もある。

だから、私は休み時間や教科別の教室への移動中など丸一日かけて小夜を説得した。しかし、反論する私を余所に小夜の目はキラキラと輝きを増す一方で、全く私の話に聞く耳を持たない。そこにこの話を面白がった翼や千夏がやんやと煽り、こうして放課後にみんなで小夜に相応しい部活動を探す羽目に……。



「……でもさ、小夜ちゃんに相応しい部活動って一体何さ? この薫ちゃんのスーパーコンピューター並みの頭脳をもってしても、その答えは全然アイドンノゥなんスけど〜?」


「小夜が少しでも運動神経が良かったら、何の迷いも無く陸上部にスカウトしちゃうんだけどなぁ〜? 足は遅いし、スタミナも無いし、それに跳び箱も跳べなければ逆上がりも出来ないんでしょ? いくら何でもそれじゃみんなと同じ練習にはついていけないわよねぇ〜?」


「確かにそうやろなぁ、コイツ相手じゃ千夏大好きのあのヘンテコ外国人コーチもさすがにお手上げやろ?」


「お黙りShut up!! そんな話してたらまたどこかからソフィーがアタシを追って飛んでくるかもしれないじゃない!? 昨日のあの後、アタシは三時間もみっちりトレーニングされられたのよぉ!? んもぉうこんなの懲り懲りだわ、今日だって最後のホームルームが終わってFastrestでみんなの所まで逃げてきたんだから!」


「ソフィーは〜ん、お探しの三島千夏はここに居まっせ〜!?」


「Fuuuuuuck!! You suck!! I'm buckin' at you!!」


「うわっ、めっちゃキレとる! 怖いのう、怖いの〜う! ソフィーは〜ん、この練習嫌いのなんちゃってアスリートからウチの事を助けてや〜!?」



後ろでドタバタ追いかけっこしてるチビ子とビッチ女は放っておくとして、確かに小夜に体育系部活動はまず無理な話。陸上はおろか、バレーやバスケットなどの球技なんてやらせたらボールがどこ飛んでいくかわかんないし、それが関係ない人間に当たって怪我させる恐れも十分に考えられる。

剣道や柔道なども持ち前のミラクルパワーで有り得ない防具の壊し方をしたり、相手に致命的な大怪我を負わせてしまう可能性もある。空手だって同様、私だって小夜と闘うのは何してくるか想像つかないので怖いくらいだ。

卓球もダメ、野球もダメ、新体操もレスリングもセパタクローもカバディもダメ。とにかく対戦相手がいるスポーツはその相手が危険な目に遭うから全部ダメ! 昔公園でやってた鉄棒の逆上がりの練習でさえも上げた足が幼児に当たって大怪我させたくらいだもん、体を動かす部活動は絶対に禁止しないとダメッ!



「……つーか第一、小夜は一体どんな部活動がしたいのよ? それがわからないと私達もどんな部を捜せばいいのか全然わからないし……」


「うーんとね、面白くって楽しくって、それとみんなでワイワイ出来て楽しくって、それで三年間ズッーと続けられるくらい楽しくって、それからうーんと……」


「……もういい、もうわかったから、楽しきゃ何でも良い訳ね……」



……とりあえず、各教室でやってる文化系の部活動をそこらかしこ当たって色々体験入部させてみて、後は本人に気に入ったヤツを選んで貰うしか方法は無さそうだ。でも、例え文化系と言えどもとてもこの娘に相応しい部活なんてあるとは正直思えないのだが……。



「じゃあ、先ずは茶道部! 小夜、ちゃんと正座して静かにするんだよ!」


「足痺れたー! それに宇治金時みたいに甘いのかと思ったらお茶が苦すぎるよー!」


「……やっぱりそうなるよね……」



この娘に平常心や作法なんてものを求めた私が間違っていた。気持ちを切り替えて先に進もう。次は小夜も最近結構趣味でハマってる家庭科調理部!



「きゃあー! コンロから凄い火柱が立ってるー! 火事よ火事!!」


「何でホットケーキを作るだけでこんな真っ黒な煙が上がるの!? すぐに消さなきゃ、消火器はどこー!?」



……他の部員の皆様、大変失礼致しました。この子には自宅以外で料理しないようキツく言い聞かせときますので……。気を取り直して次、放送部なんかどうかな!?



『あーあー、ただいまマイクのテスト中……、ってあれ? このボタンって何だろう?』



ジリリリリリリン!! ウーウー!! ピーポーピーポー!! ファンファンファンファン!!



「きゃあー! 学校内で火事が起こってるー!」


「みんな逃げろー! 火事だぞ火事ー!!」


『……あれ?』


『何で緊急避難用サイレンのボタンなんか押してんのよ、このバカッ!!』


『痛いよ那奈ー! 何で頭叩くのー!?』



……校内の全生徒の皆様、大変失礼致しました。今のは誤報です。調理室の小火騒ぎはすでに完全鎮火してますのでご安心下さい。放送部の皆様、大変ご迷惑おかけしました。もう二度とここにこの子を連れてきたりしませんから……。



「……じゃあ、次は美術部」


「あたし、絵を描くのだーい好き! 今から那奈達みんなを似顔絵描いてあげるね! ほら、上手でしょー? 見て見てー!」


「……何やねん、このピカソの『ゲルニカ』みたいな気色悪い絵は? ウチの顔なんて最悪やで、コレ絶対『ムンクの叫び』やん? どないしたらこないな訳わからん呪いの絵が描けんねん?」


「……つーか、あの二人は一体何やってんの……?」


「Hey,everybody? 全国のTeenのスーパーアイドル、泣く子も見とれるこの世界のChinatsu Mishimaが喜んであなた達のデッサンモデルを引き受けてあげるわ〜! どう、キレイでしょ? 美しいでしょ? セクシーでしょ? もっと熱い眼差しを投げかけてくれてもOKよ、みんなもっと見て見て見て〜!? Look me!!」


「ワァオ! 千夏ちゃんたらそのミニミニなスカートから飛び出る二本のおみ脚がベリーベリービューティフルでとってもセクスィー! もう我慢出来ない、薫ちゃん今すぐその太ももに頬ずりチュッチュッしたいでヤンスよ女王様〜!!」


「…………他の部員から大ヒンシュクを買わない内に、さっさとここから立ち去った方が無難かと……」


「……航、悪いけどあのバカ変態二人を大至急回収してきてくれる?」



もしかしたら、小夜にはもっと地味で活動範囲の狭い陰気な部活の方が合っているのかもしれない。出来るだけ動きが少なくて済む部活、もっと日の目の当たらない校舎の下の階へ……。



「……囲碁将棋部か、ここなら地味だしそんな大騒ぎにはならないかな……?」


「よーし、これで……、何だっけ? 上がり? ゴール? リーチ? チェックメイト? ポンジャン? ヘキサゴン? 何て言うんだっけ?」


「何でチェックメイトが出てきて王手の言葉が出てけへんねんコイツの頭は?」


「それより今、飛車が相手側の歩と自分側の歩の駒二つ押しのけて真っ直ぐ進んで行ったの見ちゃったんですけど〜? しかも小夜ちゃん今、先に相手から王手かけられてるんだよね? こんなスーパーミラクル戦術、薫ちゃん見た事ありませ〜ん!」


「……もう出てけ! って空気が部室全体に漂いまくってるね、お邪魔しました、失礼します……」



……次は、漫画部? 何ソレ、何の部活動やってんのここ? 読むの? 描くの? 何か怪しいけど、まぁいいや。とりあえず体験入部だけ……。



「ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴォー!! スタープラチナ・ザ・ワールドォー!! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラァー!!!!」


「いちいち声出して読むなっつーの、このバカ小夜っー!!」



……即行で追い出されてしまいました。やっぱり小夜に地味で静かな部活なんて場違いだったみたい。そりゃそうだよね、さっき図書部員もやらせてみたら棚にあった本を全部床に落として周りからスッゴい殺意の目で睨まれたし……。あと校内で行ってない場所は体育館ぐらいかな? 体育館でやってる文化系部活動と言えば……?



「……よりによって演劇部とはねぇ……」


「おうおうおうおーう! この右肩に刻まれた桜の紋所、まさか見忘れたとは目に入らぬかー! こちらにおられる方は暴れん坊将軍なるぞー! 頭が高い、控えおろー! 成敗! カッカッカー!!」


「……あのー、今僕達部員が練習してるの、シェイクスピアなんですけど……?」


「……あちゃー……」



……もうダメだこりゃ。万策尽きました。結論、真中小夜に相応しい部活動はこの世に一つも存在しません! 相応しい相応しくない以前に他の部員の大迷惑になっちゃうからダメだって、絶対ダメ!!



「小夜、もう帰ろう? アンタに部活動なんてやっぱり無理だよ、そんな事させたら私達までこの学校の全生徒から大批判されちゃうってば」


「えー! そんなのヤダヤダヤダー! あたしも部活やりたいよー! せっかく高等部に進学したんだもん、夏休み中のオープンキャンパスや文化祭で色々イベントやりたいもん! 絶対ヤダ、部活決まるまであたし帰らないー!!」


「そんな駄々こねないでさ、今まで通り俺達と一緒に下校すりゃそれで良いじゃん? これからも薫ちゃんは小夜ちゃんに楽しい放課後タイムをバンバン提供しちゃうぜ〜?」


「そうよぉ小夜、部活動って何も楽しい事ばかりって訳じゃないのよぉ? 色々苦労しなきゃいけない事もいっぱいあるしぃ、遅くまで学校に残って準備しなきゃいけない事だってあるんだから! 小夜には学校終わった後に遊んでくれる麻美子と瑠璃ちゃんって言うBest friendがいるんだから、それでVery goodでしょ〜?」


「ヤダヤダヤダー!! 麻実ちゃんや瑠璃ちゃんとも遊びたいけど、一緒に部活動もやりたいのー!! ヤダヤダ、ヤダったらヤダー!!」



……あーあ、ついには体育館の床に座り込んで足をジタバタと猛抗議、完全にグズりモードに入っちゃった。小学生の頃はこんな事を毎日やらかしては私と翼で苦労しながら家まで送ってたっけなぁ。最近は瑠璃の存在もあってこんな醜態見せなくなってきてたのに、久々に子供帰りしちゃったか……。



「もうええ! ホンマ、オマエのワガママにはほとほとウンザリやわ!! 那奈、これ以上構ってやる必要無いで? こんなクソガキ、昔みたいに無理矢理引きずり立たせて家に強制送還させればええねん!!」


「……うん、もうしょうがないね、校舎内全部の教室回って全ての部活動をお試し体験させた訳だしね? やるだけの事はやったもん、もう帰ろう!」


「ヤダ! ヤダヤダヤダヤダヤダ、ヤダったらヤダー!!」


「泣いたってダメなものはダメッ! 小夜、潔く諦めなさい! もうこれ以上、他に行く場所は一つも残って無い……!」


「…………ある」


「……えっ、航?」


「…………別館の一階」



私と翼でジタバタ暴れる小夜の両手を引いて強引に立たせようとしていると、さっきまでほとんど喋っていなかった航が突然ポツリと私達まだ立ち寄っていない場所を教えてくれた。でも、別館の一階って何かあったっけ……?



「あのなぁ航、あそこの一階やなんて清掃員の事務室と倉庫室と、あとはゴミ収集車や弁当屋の車の搬出入口ぐらいしかあらへんやないかい!? せっかく満場一致で帰るって決まったんやで、余計な事言うてこれ以上小夜に過度な期待させるなや!?」


「…………事務室の奥に第二音楽室がある、そこにはまだ行ってない」


「……第二音楽室? 何それ? そんな教室の存在なんて私、今初めて聞いたよ? ねぇ千夏、アンタはママの千春さんから色々この校舎の事を聞いてるはずだから詳しいよね、そんなのあったっけ?」


「ううん、アタシも全然知らなぁ〜い! 確かにママからこの校舎の詳しい話は色々聞いてるけど、第二音楽室なんて今初めて聞いた……」



私達がその教室の存在に頭を傾げていると、スケベて変態な茶髪男が何かを思い出したように手を叩きベラベラと喋り始めた。それは第二音楽室の存在が明らかになると同時に、私と翼にはとても聞き捨てならない余計な情報まで織り交ぜられた話だった。



「……あっ! あるある、あったあった! 俺さ、入学式の日に翔太の旦那と一緒に校舎内を探検しててさ、廊下で可愛い先輩の女の子見つけて階段下りてる時にスカートからパンツ見えないかな〜? って後を追ったんだよ、そしたらその別館の一階の奥の教室から楽譜置くヤツ、あの黒くて三脚みたいなヤツを持って行くの見たぜ! アレ音楽室だったんだな、どうりであんなもんが中から出てきた訳か〜、なるほどね〜!」


「……おいコラ薫、可愛い女の子とかパンツ見えへんかとか、一体全体何の話やねん?」


「……翔太も一緒だったって言ったよね? どういう事なのか詳しく説明して貰える?」


「……いや〜、それはあの、そのですね〜?」


「まぁ焦る事無いがな、体育館から別館の一階までは結構距離あるしな、そこまで行く最中に全部洗いざらい吐かせてやるやさかいに覚悟しいや?」


「ちなみに私達の取り調べ方法は、アンタも良く知ってる通り体罰拷問スタイルだからそのつもりで、指の骨の一、二本ぐらいで済めば良い方だと思いなよ?」


「オーゥ、ノォーゥ!! 捕虜虐待は世界各国共通でジュネーブ条約により全面禁止されてマ〜スよぉ〜!? 人権侵害ハンタ〜イ! 道徳無視ハンタ〜イ! ちなみに薫ちゃんはヘンタ〜イ! なんちって? あぁ、痛いですぅ! お願いだからすね毛をプチプチ抜くのだけはヤメてぇ〜!!」



……とりあえず、翔太の刑罰執行は病院から帰ってきてからにするとして、一応その第二音楽室って所にも行ってみるとしよう。ただ、音楽室の部活動と言えばお決まりのブラスバンド部は全くその音楽室は使用していないんじゃないかと私は思う。

なぜなら、私達は先程ブラスバンド部がもう一つの音楽室で練習していたのを目撃しているからだ。私達も普段授業で使用していて、中学の頃のオープンキャンパスの時に麻美子がピアノを弾いて啓介さんと井上さんが突然現れたあの音楽室だ。

多分、授業でも第二音楽室の方はほとんど使われていないかもしれない。女子生徒が音楽機材を持ち出したと言う薫の証言から推測するに、最早そこはタダの倉庫と化している可能性が高いかも?

誰も人なんていないと思うけどなぁ。でも、小夜を完全に諦めさせるにはやっぱり行くしかないかなぁ? このまま駄々こねられるよりマシか。やむを得ないね、かったるいけど行きますか……。



「あー! あった、あったよ那奈! 航クンの言う通り、事務室の奥に音楽室があるよー!!」


「うわっ、ホンマや! こんな所に音楽室なんてあったんかい!? 航、オマエ良うこんな場所知っとったなぁ!?」


「…………入学式の日、交付された書類に載ってた校舎の見取り図を見て覚えた」


「……それだけで覚えてたの? へぇー、航って意外と記憶力あるんだ?」


「それよりも那奈ぁ、ここって入り口の鍵って開いてるのかしらぁ? 扉の窓が小さいからはっきり見えないけど、部屋の中の電気は点いてないみたいよぉ?」



音楽室と言うだけあってその外見は他の通常教室とは異なり、廊下側には窓が一つも無く壁は小さい穴の開いた板の中に消音材のようなものが入っていて、扉も壁と同じ構造になっていて非常に分厚そうに見える。もちろん、室内からは物音一つ聞こえてこない。やっぱり誰もいないのかな……?



「……あれ? 鍵、開いてるよ?」


「ホンマかいな那奈? って事は、誰か中におるっちゅう事かいな?」


「ヤダァ、何かアタシ、怖くなってきちゃった……」


「音楽室には様々な霊現象や都市伝説が報告されているからねぇ? 薫ちゃんの都市伝説、信じるか信じないかはあなた次第! 誰もいない音楽室に響く謎のピアノの音、恐る恐る扉を開け中を覗くと、そこには!」


「…………野良猫が入り込んで、足で『ネコふんじゃった』を演奏中……」


「アハハー! 航クン、それ全然怖くないよー? ネコさんかわいーい、あたしそれ見てみたーい!」


「……オチがしょーもない! それより小夜、これで最後だよ? これで誰もいなかったらワガママ言わないでちゃんと諦めなさいよ?」


「うん、約束する! これでダメだったらちゃんと諦めて、麻美ちゃんや瑠璃ちゃんと遊ぶー!」


「……本当かなぁ、どうかねぇ……?」



……ひとっ通りオチがついて場がシラケたところで、面倒だけどこの音楽室で部活動をやってるのかどうか確認しますかね。どうせ中はガラクタが散らばっていて人っ子一人いないもぬけの空なんだろうけどね……。



「……失礼しまーす……」



カラオケボックスみたいに分厚くてちょっと重たい扉を開けると、千夏の言う通り室内は照明が消されていて、真っ赤に夕暮れた空の明かりが校舎外側の広い窓から床に向かって差し込んでいた。中は私が想像してたほど散らかってはなく意外と綺麗で清掃されている様に見えた。

しかし、やはり教室の奥には穴が空いて使い物にならなくなった大太鼓やフォークギターが無造作に置かれていて、机の向きや並び方も四方八方バラバラになっていた。とてもここで部活動をやっている雰囲気は微塵も感じられない。



「……やっぱり、ここには誰もいないみたいだね……」


「ほなら、もうこれでおしまいやな? 帰るで帰るでさっさと帰るで!」


「……うー……」


「あの〜、また小夜ちゃんが泣き出しそうになってるんですけど〜? どうしましょったらどうしましょ〜?」


「ダメよぉ、薫ちゃん! そういう事を言うから余計に小夜が泣き出しそうになっちゃうのよぉ!? ほら、見てご覧なさい! 今にも大きな瞳から大粒の涙が零れ落ちそうで……、あぁんもぉう! 小夜が可哀想〜!!」


「オマエが一番小夜を煽ってんねん、千夏! せっかくカタが着いたんやからもうこれ以上事を荒らすなや、オマエらはホンマにぃ!!」


「小夜、約束したよね? ここでダメなら諦めるって約束したよね!? 部活動なんてやらなくても楽しい事は他にたくさんあるんだから、今日はもう我慢しなさい!」


「……うぅ、うーぅ……」


「小夜! 返事は!?」



まるで子供みたいに、つーか本当に子供なんだけど、小夜は口をへの字にして唇を尖らせ、またもグズりモードに突入してしまった。あと一言、私が怒鳴りつけたら間違いなく小夜は泣き出すだろう。長年の勘、顔見りゃわかるもん。

そうならない内にさっさと撤収しますかね、一度泣き出すとあやすのに大変なんだもんこの娘は。こりゃ家に帰った後、母親のあづみさんは小夜の機嫌直すのに苦労するだろうなぁきっと? もしかすると、私も小夜が泣き止むまで付き合わされそうな予感が……。



「……ヒッ! えっ!? 嘘っ!? イヤアアアアァァァァ!!!!」


「えっ!? ちょっとちょっとちょっと何なにナニ!? 何があったの!? ちょっとやめてよ! 今、叫び声上げたの誰!? 千夏!?」


「……Oh,my god! Oh,my god! Oh,my god! Oh,Jesus! Help,help me,please...!」


「一体何やねん千夏!? いきなりそない大声出したらこっちまでビビるやろぉ!? 何があったんやこのボケェ!?」


「……航ちゃんがぁ、航ちゃんが指差してる方向、誰かいる、何かがいるのぉ〜!!」


「……航が、指差す方向……?」



……確かに、航は黙って前方を見据えて静かに一点を指差していた。その姿だけでも十分なくらい怖いっていうのに、その方向はちょうど今、私が立っている場所の真後ろ。正面の五線譜が書かれた黒板の下辺り。ゆっくり振り向いてみるとそこには……、黒いソファーに座っている前髪の長い少年の姿がぁー!!



「きゃああああぁぁぁぁ!!!!」


「うわーん!! 那奈、怖いよー!!!!」


「出たぁー!! ホンマに出たぁー!!!!」


「Mooooom!! Help meeeee!!!!」


「何で何で何で何でみんなして俺を盾にして前に押し出すんだよぉよぉよぉー!? マジでぇー! ガチでぇー! 超怖ウィッシュ!!!!」


「…………人、ちゃんといるじゃん」



……へっ? ひ、人? 幽霊じゃなくて? 本当に人? だって、さっきから全然気配無かったし何も喋らないし、前髪が垂れていて顔がわからないし、本当に生きてる人なの?



「……まさか、これがこの学校に言い伝えてられている第二音楽室の都市伝説か!? そこには将来に絶望して自ら命を絶った男子生徒の死体が今も置かれたままだと言う!! 信じるか信じないかはあなた次第!!」


「ぎゃああああぁぁぁぁ!!!!」


「な〜んちゃって、ウッソぴょ〜ん!」


「……ゴラァ薫!! オマエ、ボッコボコにしばくぞボケェ!!!!」


「……No! No,no,no,no,no! アタシもう限界、早くママの所に帰りたい……!」


「那奈、怖いよー! あたし、もうワガママ言わないから早く帰ろうよー! びえーん!!」


「……幽霊、じゃないよね? 死体でも、ないよね? 生きてる人だよね、この人? あのー、生きてますよねー?」


「………………」


「……何にも喋ってくれないんですけどぉー! やっぱり幽霊なんですかぁー!?」


「…………よく見てみなよ那奈、足があるし呼吸してるよ? 息で前髪が揺れてるし」


「……あっ、本当だ、生きてる……」



小夜の部活動探しから始まった校舎探索。私達にとって未知の領域であった第二音楽室で出くわした、なぜか何も言わずに黙ったままソファーに胡座をかいて座っている謎の男子。この学校の生徒の様だが、その正体は全くの謎だらけ!


この人物、一体何者なのか!? 何でこんな場所に一人でいるのか!? その謎の真相は次回明らかにされる!! 信じるか信じないかはあなた次第!! って、もういいからこの手のオチは! あーあ、最近展開早くて何かスゴい疲れるなぁ……。



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