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第64話 Dance Dance Dance



いづみさん、生意気な事言ってすみませんでした。やっぱり正しいのはあなたの方でした。いづみさんの危険予知感覚、スゴすぎます。緊急地震速報なんて目じゃないです。ネズミは船が沈む事を察して逃げ出すとは良く聞く話ですが、正にそれと同じくらいの野性的察知力です。

もしかして、いづみさんはエスパーですか? どうやって先程までの楽しい家族団欒の幸せな一時から、一転して地獄絵巻の様な惨劇へと変貌する事を察したのですか? これまでの人生で培われた経験の成せる業なのでしょうか。その能力、是非とも私も欲しいです……。



「納得出来ねえええええぇぇぇぇ!!!!」



家中に響き渡る御歳四十五歳の困ったワガママ悪ガキジジイの怒鳴り声。何が納得出来ないと言えばそれはズバリ、みんなでプレイしていたマリオカートのレース結果。この悪夢のすべての根源は今さっきまで行われていたレインボーステージのファイナルラップに潜んでいた。



「さっさと亀投げろ翔太! 前にいる優歌にぶつけりゃ俺達のワンツーフィニッシュだ!」


「……いや、あの、そう言われても、その……」



二対二の男女対抗戦を始めた序盤は、私が母さんとペアになり父さん・翔太組とレースをしたのだが、私の力不足と父さんの卑怯極まりない問答無用の命令で動く翔太の妨害行為で次々と連戦連敗続き。

頭にきた私は何発か翔太に蹴りを見舞ってやったが、如何せん上から指示を出しているのは父さん。それに対して翔太が刃向かえる訳も無く、最後の辺りは半ベソかきながら私の車に体当たりする有り様。

なかなか勝てない現状に母さんのストレスは溜まる一方。最初は姑息な戦法を取る父さんに文句を言っていたが、次第に怒りの矛先は不甲斐ない私の方に向き出し始めた。それを見て痺れを切らせたお姉が私と選手交代。しかし、これがマズかった。

ゲーム慣れしているお姉はレース開始から父さんと抜きつ抜かれつのデッドヒート、その膠着状態は最終週まで続き、勝敗の行方は三番手につける翔太の甲羅投げの結果に委ねられた。ちなみに母さんは最後まで操作に手こずり相変わらずの最下位走行。

今までの相手は私だった為、翔太も多少は気軽に妨害行為が出来ていたが、何せ今度の相手は泣く子も黙る渡瀬家ナンバー3の現役女子格闘家。父さんの威喝とお姉の無言の圧力に挟まれた翔太は混乱寸前。そこに、誘い水のようにお姉がわざと翔太の正面に車を移動させる。

そして、やってしまった大暴挙。慌てた翔太は即座に甲羅を投げたのだが、すでに行動を察していたお姉は余裕でスッとそれを避けて、目標を失った甲羅はそのまま更に前方にいる父さん目掛けて一直線。この時、レースを観戦していた私は頭を抱えて天を仰いでしまった。

甲羅、見事に命中。父さん大スピン。あわやコースアウト寸前のところを何とか立て直したまでは良かったが、トドメの一撃とばかりに最後尾の母さんがオーバースピードでスリップしながらそのまま父さんに激突。その衝撃でかろうじて母さんはコーナーを曲がれたが、哀れ父さんは虹色のコースから奈落の底へ……。



「翔太てめえええええぇぇぇぇ!!!!」


「ひいいいいぃぃぃぃ!!!!」



男性軍敗退。しかも自分は屈辱の最下位。さらに初心者の母さんにまで負ける。母さんとお姉の勝ち誇った表情と見下ろし加減の目線が突き刺さる。悔しいやら情けないならでこの場に居づらい。気分を紛らわせようにも冷蔵庫にはもうお酒が一本も残っていない。

どうにもこうにもならなくなってしまった父さんは戦犯である翔太を半ば拉致同然で外に連れ出し、そのまま近所の行きつけの居酒屋に繰り出して行ってしまったのだ。渡瀬家の一家団欒の一時、わずか三十分足らず。やはりこの家庭に『安息』という言葉は存在しないみたいだ。



「……いづみさんはこの展開までを予想出来ていたのかな、何かもうスゴすぎ……」


「でも、たかがゲームごときであんなにムキになるだなんて、あの男も随分と幼稚な子供よね、呆れたわ」


「いやー、麗奈ママも負けず劣らず随分とオテンバちゃんだと思うぜー? 負けてる時の貧乏揺すりが地震と勘違いするぐらいスゲーの何の」


「あら優歌、『お転婆』ってババアがコロぶって書くのを知ってる? あなた、それを承知の上での狼藉?」


「うおっほっほ、くわばらくわばら」



一人減り、二人減り、いつしかこの家に残ったのは私と母さんとお姉の渡瀬家母子三人だけになった。以前私が小さかった頃はごく毎日ありきたりの光景だったが、最近ではあまり遭遇しない珍しいスリーショットだ。



「それより那奈、メシまだー? もう夜七時だぜー?」


「あっ、ゲームに熱中してまだ何も夕飯の用意してない……」


「マージーかーよー!?」



……しまったなぁ、料理の準備や買い物どころか、炊くお米すらも研いでない。ゲームもそうだけど、その前の父さんと母さんの説教にも時間を取られてそれどころじゃなかったしなぁ。どうしよう、せっかく母さんが帰ってきたのに何のお持て成しも出来そうにないよ……。



「気を使う必要なんて無いわ、この時間から用意するんじゃ大変でしょ? 今日ぐらい那奈もゆっくりしなさいよ」


「本当? うわぁ、スゴい助かるよ母さん! ゴメンね、次の時はちゃんとした物を作るから! じゃあ、今から近所の中華料理屋に出前を……」


「最近は高級ホテルもディナーのデリバリーサービスをやってるのよね? この時間でもまだ受け付けてるのかしら?」


「……えー、マジですかー?」



やはりと言うか、さすがは発動機生産業界のワールドクラスのVIP要人、そう簡単に一筋縄ではいかない。そうですよね、ラーメンや餃子や天津丼なんて眼中に無いですよね? どうも失礼致しました、ハァ……。



「……どうよ那奈、どれくらいで来るって?」


「……少なくとも一時間以上はかかるって……」


「マジで!? 勘弁してくれよ、あたし餓死しちまうよー!」



電話帳やインターネットで調べに調べて、無理を承知でほとんどゴリ押しで何とか取ったデリバリーのオフォー。意外に私、交渉上手? つーか、こんな時間に配達しなければならない担当の人、母が無茶言ってすみません。娘が代わって謝罪させて戴きます……。



「ところで優歌、あなたはちゃんと家事をしてるの? まさか料理洗濯掃除ゴミ出し全般、那奈と翔太に押しつけてなんていないでしょうね?」


「いや、大体はいづみちゃんがやってくれてるし」


「あなた、そんな事でどうするの? もう二十歳も過ぎて子供じゃないのよ、そろそろ自分の事ぐらいは自分で出来ないとこの先困るわよ?」


「……麗奈ママだって、あまり人の事言えねーじゃんかよ……」


「私の話はいいの! こうして那奈も立派に育って、後はあなたの将来が私の一番の心配事なの! あなたはいつも昔からうんたらかんたら……」



デリバリーサービスの到着を待つ間も先程の私への説教だけじゃ物足りないのか、母さん今度はお姉に対しても苦言をポロポロ。まぁ、確かに言われても仕方がないほどお姉は全然家事なんて一切しない人なので、お灸を据えるにはちょうど良い機会か。



「なぁ那奈、あたし麗奈ママに文句言われる必要無いくらい、ちゃんと家事手伝ってるだろ? なぁ?」


「いつ? 誰が? どこで? 何時何分何十秒?」


「てめー、こういう時は場の空気読んでハイハイって言っときゃ良いんだよコラ、おめーの寝小便したパンツ洗ってやったのどこの誰様だと思ってやがんだこの野郎グリグリ」


「イタいイタいイタい、そんな大昔の話を今更持ち出されても困ります、つーか、人のこめかみをそうやってグリグリしたらダメだって昔から怒られてるでしょグリグリ」


「イテテテテ、てめーコラ、妹の分際で何を一丁前にお姉様に対して生意気にも反撃してんだよこの野郎グリグリ」


「ハイハイハイ、姉妹喧嘩はそこでおしまい! 優歌、お姉ちゃんが先にそんな事するから下の子が真似するのよ? 那奈、妹が目上のお姉ちゃんに対してそんな事しちゃダメよ? どうせ後々お互い泣く事になるんだから、二人とも喧嘩しないで仲良くしなさい!」


「はーい」



……と、言われても他にやる事が無いんです。こういう時に限ってテレビ番組は親に反抗する家出少女のドキュメンタリー特集とかやっててムチャクチャ気まずいし、ゲームの続きをするにも結局一番下手な母さんをイライラさせるだけだし、さて、どうしますかねぇ?



「……今の内に、お風呂でも洗って沸かしとこうかなぁ? 母さん、シャワーだけじゃ疲れ取れないでしょ?」


「風呂の話題キター! 聞いて驚け、実はこの優歌様、麗奈ママのお帰りと聞きつけ昼間の内に風呂場を隅から隅まで綺麗サッパリ掃除し尽くしてやったのさ!」


「えっー! お姉が掃除を!? 信じられない、ちょっと怖いな、雹でも降ってきそうな予感……」


「しかも湯張りから沸かしまで全て完璧だぜ! どうよ、少しはあたしの事を見直したろ?」


「いやいや、お湯張りと沸かしなんてボタン一つ押せば後は勝手に自動で」


「可愛くねーなおめーはよ、あたしの言う事にいちいちいちいち反論しやがって、またこめかみグリグリして泣かすぞコラ」


「じゃあさ、せっかくだから母さん先に入ってよ? やっぱり一番風呂は一番目上の人に譲るのが世間の常識だしね」


「何よ那奈、私に毒味ならぬお湯味をさせるつもり? これでもし優歌が浴槽に『まぜるな危険』の洗剤同士を撒き散らしてたら私、極楽浄土じゃ済まないわよ?」


「オイコラそこの二人、少しはあたしの仕事を信じろよ!? マジで親子揃って性格わりーな、養女虐待はんたーい!」



とは言われても、このお姉が滅多にしない不慣れな作業を進んで行うなんて、何かしら裏工作があるとしか思えないのがぶっちゃけ正直なところ。私と母さんの疑念は深まるばかり。


すると、お姉はこの言われなき濡れ衣を完全に晴らす為か、私達にとんでもない仰天プランを提案してきたのだ。



「じゃあよ、いっその事みんなで一緒に風呂入ろうぜ? こうして親子三人揃うのも久し振りの事だし、たまにはこんなのあっても良くね? そんなに浴槽が心配ならあたしが自ら先陣切って一番に入るからよ、なっ?」



もちろん、私はお姉のこの提案に大反対。三人で一緒にお風呂に入るなんて私が小学三年生だった十年近く前の話以来だし、この歳になって家族で裸の付き合いだなんていくら何でもちょっと無理。

第一、当時は私もお姉も子供で小さかったから大丈夫だったが、すっかり体が成長した今では三人で浴槽に入りお湯に浸かるなんてまず不可能、全員がお風呂場に入りきれるかどうかも疑問なところ。やっぱり無理ですよ無理無理無理……。



「そうね、久し振りに親子三人で一緒にお風呂に入るのも悪くないわね、良いんじゃない、私は賛成よ」



反対一票、賛成二票、多数決により『渡瀬家女同士のスキンシップ』案は可決されました……。つーか、母さんとお姉の二大大国強制決定権を使用されたら、私には拒否権なんて与えられていないようなもんだってば! 嫌だよぉ、絶対に嫌だぁー!



「ホレホレ決まった事には文句言わねーでさっさと風呂場行って身ぐるみ置いていきやがれホラホラ」



……いやね、私だって別にお風呂が嫌いな訳でもないし、久し振りに母さんと一緒に入るのも決して悪い気はしないし、こんなしょーもない小説をわざわざ読んで下さる読者様に向けたサービスシーンがちょっぴりあっても良いとは思うよ? ただね、この家には見た目こそ女性なのに思考や言動が完全にオッサンの人が一名いてね……。



「うおっほっほっほーい!! 何じゃこりゃー!? オイオイ那奈、おめーいつの間にこんなスケベな体に成長してんだよこのヤロー! 何食ったらこんなに立派なヒマラヤ山脈が出来るんだよ? おめーコレ、高校生のレベルなんてもんじゃねーぞオイ!?」


「ちょっとお姉! いい加減にベタベタといやらしく触ってくるのはやめてよ!? そんなに触りたければ自分の触ってれば良いでしょ!?」


「おめーは背が高けーから服着てるとわかりづらいけどよ、これは間違いなくあたしよりデケェよな? 実際デケェもんな? 同じ空手やってて一体何なんだおめーは!? 最近の若いヤツは本当にすげーぜ、見事なぐらいたわわに実ったもんだなー、オイ!?」


「もうその不快な発言とか触ってくる手つきとか完全にオッサン! これ絶対にセクハラだよ、本当にもう嫌だってば!!」


「これだけの上玉、あんなヘタレの翔太ごときにくれてやるのはあまりにも勿体ねーな、オイ那奈、ちょっとばかし揉ませろよ? 記念すべき山脈頂上到達第一号にはこのあたしの名を刻んでやるぜ!」


「本当バッカじゃないの!? 山脈とか記念とか、本当にバカ過ぎるよ、お姉! 別に私はお姉の為でも翔太の為でも、ましてや好きでこんなになった訳じゃないよ! これだから嫌だったの、お姉と一緒にお風呂に入るのは!!」



もう本当にスケベエロバカハレンチ変態! 二人入るだけですでに狭い湯船なのをいい事に、上から下から次々と隙間をかいくぐってはお姉の手が私の胸に向かってクネクネ伸びてくる! これはもうセクハラどころか立派な性犯罪だよ、未成年者猥褻行為で通報するよ本当に!?



「なぁなぁ麗奈ママ、弱冠十五歳の小娘が生意気にもこの有り様だぜ、あたし達のこれまでの美容やらシェイプアップやらの努力って一体何だったんだろうな? バカバカしいよなー、マジでシラけちまうぜ」


「あらそう? 私が那奈と同じぐらいの歳の頃には大体それくらいはすでにあったもんよ? 最近の日本人女子の平均成長率は諸外国と大差無いほど進歩してるもの、そんなに大騒ぎする事の話でも無いわよ」


「随分と無茶して見栄張るねー? じゃあ何かい、今の麗奈ママは那奈を産んだ時に空気漏れでも起こしてすっかり萎んじまったのかい? いや、あたしが初めて麗奈ママと会った時にはすでに萎んでたからもっと前からか?」


「いちいち茶化す暇があるなら背中の一つでも流してくれたらどうなの? 気が利かない娘ばかりね、こんな事じゃ将来の老後の介護の手が心配だわ」


「へいへい、この渡瀬優歌、喜んでお背中流させて戴きますよ、お義母様?」



湯船から出たお姉はボディソープのプッシュノズルを乱雑にニ、三回ギュッギュッと押してこれまた乱雑にスポンジをグシュグシュすると、あちこちに泡を飛ばしながら母さんの背中を洗い始めた。

エッチな魔の手から逃れられてホッとしたのも束の間、今度は容赦なく私の顔めがけて白い泡が次々飛んでくる。この人の辞書には『丁寧』って言葉が無いのかなぁ?



「麗奈ママ、何か以前より背中が小さくなってねーか? あたし達を育てる為に苦労してこんなになっちまったんだな、涙で目が滲んで前が見えやしねーぜ、チクショウめ」


「私が小さくなったんじゃないの、アンタ達がデカデカと大きく育ち過ぎたのよ」


「そっか、そりゃそうだよな、仕事で苦労してる分オフではきっちり遊びまくってんだもんな? 小さくなるどころか目障りなくらい風貌も態度もデケェデケェ」


「お風呂でも部屋でも、少しは黙っていられないのアンタは?」


「へいへい」


「返事は一回」


「へーい」



母さんの言う通り、最後にみんなでお風呂に入った時と比べると私とお姉は当時の何倍も体が大きくなって、いつの間にか二人とも母さんの身長を追い越していた。私に至ってはお姉はおろかついに父さんよりも背が高くなり、渡瀬家一番の高身長となってしまった。

正直、父親より背の高い娘って世間的にどうなのよ? ってちょっとコンプレックスに思っていた時期もあったけど、翔太も順調に背が伸びてるので最近はあまり気にならなくなった。ちなみに、いづみさんはおおよそお姉と同じくらいの背格好。

背の順をつければ私と翔太が並んで一番高く、次に父さん、そしてお姉といづみさんで一番小さいのが母さん。大体小夜と一緒くらいかな。意外に渡瀬夫妻、お互いとも態度に似合わず身長だけは周囲より若干低目なんです。

だからちょっと不思議に思う。私は父さんと母さんの実の子なのに、こんなに背が高くなったのは一体なぜなんだろう? これじゃまるで私の方が血の繋がっていない養女みたいだ。本当は私とお姉、逆だったりして?



「母さん、今回は何日ぐらいこっちに居るの?」


「そんなに長居はしてられないわ、たった二ヶ月程度よ」


「に、二ヶ月? そんなに居るの?」


「そんなに、ってどういう意味かしら?」


「……いや、あの、いつもは一週間くらいですぐにまた海外に行っちゃってて寂しかったから、今回はたくさん一緒にいられるなー、って思って……」



ええ、もちろん本音半分嘘半分です。母さんと色々と話が出来るのはとても嬉しい事である反面、先程みたいな父さんとの激突が二ヶ月間毎日続くのかと思うと軽く鬱状態になりそう。アレを約二十年間耐え続けてきたいづみさんはやっぱりスゴい人だなぁ……。



「私のワークスチームの研究開発機関が入っていたオーストラリアの工場が一時的に閉鎖状態になってね、施設機材を全てドイツの本部に移転する間の仮休暇みたいなものよ、本当は休んでる暇なんてこれっぽっちも無いんだけどね」


「えっ? オーストラリアの工場って私達も小さい頃に行った事のあるあの工場? どうして? あんなに大きなテストコースまである工場が閉鎖しちゃうだなんて……」


「ニュースも新聞も見ねーお子ちゃまはこれだから参っちまうよなー? しょーもねーバラエティ番組や漫画ばっか見てたらオツムの弱いアホの子になっちまうぜ、那奈?」



私の素朴な疑問を軽く茶化したお姉は、自信満々の表情で手振りをつけながらウンチクを並べ立て始めた。その解説はとても高校三年間連続で保健体育以外の教科の通信簿オール1を取った人とは思えない饒舌振り。



「現在この地球上の世界各国は百年に一度の未曽有の大不況に陥っているんだぜ? 日本やアメリカ、ヨーロッパみてーな経済発展大国だけの話じゃねえ、オーストラリアだって十分やべーんだよ、ましてやその工場の生産メーカーはおめーも知ってる通り日本の企業なんだから一緒の事さ、世界全体で需要が減ってんだから販売数減少による生産ラインの停止はもちろん、現地では労働者が一千人単位の量でリストラされてんだ、この最悪の景気じゃ工場閉鎖なんて話、あちこちでザラだぜ? 当該国のアメリカなんてもっとひでー事になってんだ、今の世の中はそんなしんどい暗黒の時代に突入しちまったのさ」


「……ふーん、テレビとかで薄々は聞いてたけど、そんなにヒドい状況になっているんだ……」


「どうよ麗奈ママ、あたしの解説、完璧だろ?」


「アンタの口から良く未曽有なんて言葉が出てきたもんよね、でもまぁ間違ってはないし立派な解説よ、ちょっと見直したわ、そんな知識一体どこで身につけたの? まさか日経紙でも購読し始めたのかしら?」


「いーや、ソースは2ちゃんねる」


「あらそう、それはガッカリだわ」


「でも、オーストラリア羨ましいよなー、あたし達が冬の寒さに凍えてる頃、麗奈ママは南半球の常夏でリゾート気分だったんだろ? 良いなー、あたしもカンガルーと一緒にボクシングしてーなー!」


「毎日気温40度越えの灼熱地獄よ? 外に三十分いるだけで肌は真っ黒け、アンタ間違いなく死ねるわよ?」


「うへへぇー! 怖ぇ怖ぇ、殺人バイオレット光線怖ぇッス、くわばらくわばら……」



お姉によって母さんの背中も綺麗に洗い流されて、今度は私が母さんと湯船交代してお姉の背中流し開始。渡瀬家は基本的に年功序列ですから、下っ端がお上のお世話するのは当然の事っスよ。



「ねぇお姉、背中向けてるけど明らかに鏡越しで私の姿を見てるよね? 物凄い不快な視線感じるもん、そんなに妹の体が気になる?」


「いやー、湯から上がった姿を見ても、おめーやっぱりすげーな? 肌を流れる水の粒がピチピチ弾けてるぜ、女のあたしでもすっかり見とれちまうなぁ、ウヒヒヒヒ……」


「……もう、本当にヤダ……」



とはいえ、かく言うお姉だって毎日トレーニングしてる格闘家にしては女性らしいスタイルをキープ出来ていたりする。普通ハードな筋トレとかすると例え女性でもムキムキマッチョになってしまって、男性から見ると『ちょっと……』って感じになっちゃうものなのだが、不思議とお姉にはそんな感じはほとんど無い。

骨格の作りは格闘家のそれっぽく女性にしては逞しくて、試合に合わせて体重を絞っている為に全体的に筋肉質な方ではあるが、女性として出るところはちゃんと出てるし、肌艶などはきめ細かくとても綺麗。特に肌の白さは抜群で美白美人という言葉が良く似合う。

思考や言動は確かにオッサンそのものだが、その美貌は学生時代に数々の男性を手玉に取ってきただけあるかなりのもので、言葉では説明しにくい人を惹きつける不思議な魅力を同じ女性の私でも感じ取る事が出来る。魅惑的と言うか、妖艶と言うか……。


底抜けに性格が明るくて楽観的で大雑把、生粋の姉御肌で歯に物着せない発言連発の空気読まない自分優先主義、しかもエッチ下ネタ大好きの困ったエロエロ女王様。だから周りの人達は、まさかお姉が生まれつき難病に侵されている人間だとは誰も夢にも思わない。



「……あれ? お姉、髪の毛伸びた? 根元の辺りに地毛の灰色が出てきちゃってるよ?」


「うげっ! マジかよ!? この前美容室で染めたばかりだぜ!? 面倒くせーな、ブロンズならしばらくの間は目立たないで済むかと思ってたのによー!」


「うん、外がブロンズで中が白っぽくて、何か柴犬の体毛みたいになってる」


「あたしはハチ公かっつーの!? おめーよ、もっとまともな例えは他にねーのかよ!?」



病名、先天的白皮症。あるいは色素欠乏症。と言われてもピンとくる人は少ないかもしれない。通称は『アルビノ』と呼ばれる、人間が太陽光線に含まれる有害な紫外線から身を守る為のメラニンの生合成に支障をきたす遺伝子疾患。本来保護色がつくはずの体の部分の色素を、体内で作る事が出来ない病気なのだ。



「かったりぃなー、毎度毎度髪染めんのも時間もかかるし金もかかるし、最近何か勿体ねーような気がしてきてんだよなー、あれこれ色変えるのもそろそろ飽きてきたってのもあるしよ、もういっそ全部丸刈りして虎太郎ちゃんみたいな坊主になっちまおっかなー?」


「……お姉、さすがにそれは怖いからやめて……」



お姉はその日その時の気分によって髪の毛の色を茶髪や金髪や赤青緑と言葉通り色々変えているのだが、何もこれは趣味や遊び心だけでしている訳では無く、カモフラージュの為でもある。お姉の本来の髪の色は少し濃いめのグレー、初老の人の白髪頭の様な感じの色になっている。これは先程説明した病状の色素不足によるものだ。

髪の毛の色だけではない、人間の体は眼球の網膜にも紫外線保護用の色素が使われていて、私達日本人の瞳の色が黒いのもそのせい。しかし、お姉にはその色素を体内で作る事が出来ないので、その瞳は眼球内の血管の色がうっすらと浮き出て赤茶色に近い色になっている。

同時にこの症状は視力にも大きく影響を与える例が多く、お姉も例外では無く生まれつき人より視力が弱い。その為、普段は視力矯正と本来の眼球の色を隠す目的でカラーコンタクトを着用している。たまにイタズラで真っ青な目にして私達を脅かしたりするからちょっと困る。

冗談はさておき、先程ちょこっと触れたお姉の絶品の美白の肌も元々はこれが原因。メラニン色素がほとんど無い訳だから、日光浴をしても肌を小麦色に焼く事は出来ない。それどころか、そんな事をしたら肌は真っ赤に火傷してしまい、最悪の場合は皮膚ガンを発病してしまう可能性もあるのだ。

この病状が重度の患者さんの場合だと、髪の色は真っ白に近いシルバーやブロンズ一色になり同時に視力はかなり弱化し、紫外線防止の為に防護性の高めな日焼け止めクリームやサングラス、日光を遮断する環境などが必要不可欠となり生活の範囲はかなり制限されてしまう。

また、通常とは違う外見や生活習慣により他の一般健全者から誤解や差別をされる事も多々あり、世間から非情な冷遇を受ける例も後を絶たないらしい。実の話、お姉も幼少時に学校等で同世代の子供達や理解力乏しい一部の大人からイジメられた経験があるそうだ。

ただ、ここで更なる誤解を生まない為に私から弁明させて戴きたい。この病気の疾患者の人達は然るべき環境と手厚い人手の助けさえあれば、十分普通の人と少しも変わらない生活を送る事が出来る。日のでない夜間なら普通に外出可能だし、軽度の障害なら外目ぐらいでは見分けがつかない人だっている。

実際、お姉も軽度の病状の患者の一人で、ハンデを背負いながらも数年間ずっと世界空手女子王者に君臨し続け今現在もリングの上で健全者相手にバリバリ殴る蹴るやりまくっている。だから、お姉が障害者だと人に話しても誰も信じないし、特別扱いもしない。お姉もそれに満足しているみたいだ。

かく言う私も中学に上がる前にお姉から直接この話を聞いて最初こそ少し驚いたが、そんな事を微塵も感じさせない持ち前の性格の明るさとある意味余計過ぎるほどの脅威の行動力を見て自然と理解を深めその事実をすんなり受け入れる事が出来た。

今では普通にお姉とこの病気の話をして、今さっきみたいに髪の毛の染め具合を確認してちょっとふざけながら教えてあげたり、お店で良い日焼け止めクリームを見つけたりするとプレゼントしたりしている。この事は父さんと母さんはもちろん、翔太といづみさんもすでに理解済みだ。


うちの家族は基本みんな何事に対してもオープン主義。それはそれぞれがそれぞれを信頼し合っているから出来る事。だから、何か特別な事があれば必ず報告し合うし、それ以上の不必要な勘ぐりもしない。ただし、下手に疚しい隠し事してたら徹底的に追及されるけどね。

ただ、私はお姉に対して最近少し気がかりになっている事が一つある。それはお姉本人に確認するか、一番詳細を知っているはずの父さん母さんの二人に聞けばわかる事。でも、それは出来ない。さっき部屋で私の話を聞いたお姉のあの滲んだ瞳を思い出すと尚更……。



「……オイ那奈、おめー何ボッーとしてんだよ? 背中洗う手が止まってんぞ?」


「……えっ? あっ、ごめん」


「つーかおめー今、鏡越しに何見てた? その視線の先、あたしはしっかりと感じ取ってたぜ?」


「……目線? 何が?」


「おめーよ、あたしの大事な大事なデリケートな部分を一点ガン見してただろ!?」


「……ちょ、ち、違う……!」


「おめーも翔太に負けず劣らずスケベだなー? そんなにお姉ちゃんの体が気になるか? そんなにあたしのがどんなになってんのか知りたいのか? よーし、じゃあ今振り返ってやるから直で見ろよ、おめーが満足するまで好きなだけ御開帳してやるぜ」


「ちーがーう! 誤解だから! そんなところ見てないって! 見たくもないし見せなくていいから! こっち振り返らないでよ、気持ち悪い!」


「うっへっへー、何かこっ恥ずかしいなー? これでもちゃんと手入れはしてるからキレイな方だと思うぜ? どうぞこの優歌ちゃんのありのままを見てやっておくんなましー?」


「だからこっち向くなっつーの! 背中流せないでしょ!? お願いだからそこから一歩も動かないで、この露出狂!」


「……何してんのよアンタ達? 仲が良いのは結構だけど、まかり間違って有りもしない道に目覚めちゃったりしないでね? そんな事になったら、さすがに私泣くわよ?」


「母さんまで……、違うから! 全部誤解! 絶対そんな事無いから、有り得ないから!」



……見てないよ、見る訳ないじゃん? 見てどうすんのよ? 違います、私が見てたのはソコじゃなくて、それよりちょっと上の辺り、お姉の下腹部にある手術の傷の跡を見てたの!

ついつい目線に入っちゃっただけですから! 他の女性のになんて興味無いよ、男の人は比べたりするらしいけど、何で姉妹でそんな……。もう、くだらない! 違うから、絶対誤解です!



『……あたしはもう、子供を産む事が出来ねーからな……』



お姉はいつも、どんな事でも嘘をついたり誤魔化したりしないで私の問いかけに答えてくれた。私が学習する重ねていく事に比例して湧き上がる様々な疑問。中には聞くに聞けない踏み込んだ個人的な諸事情や世界に蔓延る納得の出来ない真実、あるいはごく日常的な小さな葛藤や切なく苦しい恋愛の苦悩。

それらの疑問にお姉は全力で、本心で、時には日々ありがちな疑問をわかりやすい説明で、ある時はタブーに近い質問を躊躇せずに赤裸々な言葉で、更にはこちらが聞いてもないのに危険極まりない余計な情報まで、お姉は何一つ包み隠さず私に全てを話してくれた。

だから、いつしか私はどうしても自分だけでは調べようが無い事以外は、必要以上にお姉に尋ねる事はしないようにした。私が困った顔をすれば、自然とお姉は私に声をかけてくれる。私が悩んだ顔をすれば、自然とお姉は私を答えに導いてくれる。お姉に隠し事なんて無い。私は本気でそう信じていた。


でも、それは違った。

お姉は私に、重大な秘密を一つ隠していた。


麻美子が取り乱して飛び降り自殺を図ろうとしたあの日、お姉は私の目の前で私より先に他の人間にこの秘密を話した。私が盲腸の手術の跡だと嘘を教え込まれていたこの傷は、お姉の心に深く刻まれている完治出来ない一生物の傷。そんな大事な話を、お姉はその時まで私に教えてはくれなかった。

私を下手に動揺させない為に、確かにそれもあるかもしれない。あるいは父さんや母さんに口止めされていたから、それもあるかもしれない。でも、生まれつき普通の人とは違う難しい持病を持ち、そして実の姉妹では無い事までを自ら話してくれたお姉が、私に隠し事をしてたのは凄くショックだった。

隠し事の内容にショックを受けたのも確かにある。子供が産めないという女性にとって致命的な事実は当時の私には衝撃過ぎて受け止め切れず、そこに麻美子の件や自分の中に湧き上がってきた翔太への想いとかで色々と混乱して頭の中を整理するのに時間がかかってしまった。

今、それらの問題がほぼ解決されて落ち着いてあの日の事を思い返すと、なぜかとても複雑な心境になる。お姉が私に打ち明けてくれなかった残念な気持ちと、打ち明けてくれるだけの器量が私に無かったのかという空虚感。

そして、お姉に絶対的な信頼を置く事によって、それまで決して口にせずずっと心の片隅にしまい込んできたある一つの疑問が制御を失い、私の脳裏の中で日を重ねる事に徐々に膨れ上がり、いつしか破裂する寸前まで思考の全てを支配し始めた。それは、普通なら誰もが最初に思う当然の疑問。



『……お姉の本当の両親って、どんな人なの……?』



私は詳しく知らない。

だって、とても深く追及する事なんて出来なかったから。


私が初めてお姉と実の姉妹でない事を告げられた時、当然の質問として私は父さんと母さんにそう尋ねた。すると二人は、少し物悲しげな顔をして返答に困っていた。それでも幼い好奇心からしつこく食い下がった私に、二人が渋々教えてくれた答えは……。



『父さんと母さんの大好きなお友達で、親戚だった人だよ』



あとの詳しい話は二人に上手くはぐらかさせて何も答えてはくれなかった。決して全く血が繋がっていない訳ではない、でも、私とお姉は実の姉妹ではない、それが答え。これ以上は二人を悲しませたり怒らせるのが怖くて、私は子供ながら雰囲気を考慮して自粛してしまったのだ。



『あたしの両親は世界で二人だけ、虎太郎ちゃんと麗奈ママだけだ! 血が繋がってようとなかろうとそんなの関係ない! だから、那奈は世界で一番大切なあたしの可愛い妹で、あたしは那奈の世界でたった一人のお姉ちゃんだ! それで良いんだ、あたしはお姉ちゃんだから全力で那奈の事を守ってやるからな!』



納得出来なかった私が同じ質問をお姉にぶつけると、お姉はいつものあの自信満々の眩しい笑顔で私の頭を撫でてこう言ってみせてくれた。この言葉で私のこの疑問は心の中から姿を消し、あのクリスマスの雑居ビルの屋上の時まで長い眠りについていた。

しかし、ついにそれは冬眠から目を覚ましてしまった。鎌首を上げた疑問はさらに別の疑問を次々と巻き込みもつれ合い絡み合って、自分ではもうコントロール出来ないほど巨大化して私を押し潰す。そして、年齢と教養を重ね自らの調査により次第に明らかになってきた真実が、私の心の滑走をさらに加速させていく。


『アルビノ』は先天的の遺伝子疾患。つまり、日々の生活の中で患う病気ではなくその前、産まれる前の母体内で細胞分裂を繰り返し身体を構築している胎児の時点で判明する病気。その発病の原因は大まかに分けて二つ。

細胞分裂中の遺伝子の突然変異か、もしくは遺伝子提供者こと両親のどちらか、あるいは双方が同じアルビノの劣化遺伝子を持っているかどうか。私は少し前にお姉のお供で一緒にかかりつけの病院へ行った時、偶然お姉と担当医の話を立ち聞きしてしまった。


お姉は、親からの遺伝。


父親か、母親か、どちらがアルビノなのかはその話だけでは確認出来なかったが、少なくともその一人はお姉と同じ障害に苦労しながら生きていたという事になる。そして、その事実は間違いなく、父さんと母さんも知っているはずだ。知っている人のはずだ。


その人達の名誉か何か大切なものを守る為に、父さんと母さんはお姉の両親の話を避けているのだろうか? 私が生まれるずっと前に父さん母さんとお姉の両親との間に何かの出来事があって、それが今でも二人とお姉の心に深い傷跡を残しているのだろうか……?


人には各自それぞれ触れられたくない過去や記憶がある。それは私もわかる。でも今、私は凄く知りたい。お姉の生い立ちを。お姉の両親の詳細を。父さん母さんとの関係を。どうしてお姉は渡瀬家の養女になり、私のお姉になったのか。そして第一に、その両親は今も健在なのか、それとも……。


知りたい。もっとお姉の事を知りたい。だって、私はお姉を本当の姉と思うくらい心から信頼してるから。心の底から人生の先輩として尊敬してるから。父さん母さんと同じくらい私もお姉に信頼されて、真実を全て打ち明けて欲しい。私は、本当にお姉の事が大好きだから……。



「……おめー今、また見てただろ?」


「……へっ?」


「さっきから間抜けな面してボッーとしやがって、そんなに見てーなら遠慮すんなって? 何だったら触ったりナメでもいいぜ? ただし、指は突っ込んじゃダメよ〜ん?」


「バカッ! 違うっつーの!!」



……まぁ、今はあれこれ考えてもどうにもならない。第一、すぐ側には母さんもいるし、下手に動いて事を荒らげては身も蓋も無い。ここは何とか自分の知りたい欲望を抑え込んで、いつか来るであろう機会に期待するしかないか……。



「那奈、あなた今度の日曜日はどうするの?」


「えっ、日曜日?」


「先週はあの男の代わりにみんなと一緒にサーキット場まで行ったんでしょ? 今回はどうするの? 私も視察で現地に行くけど、もし良かったら同伴する?」


「……うーん、確かにあの様子だとちょっと翔太が心配ではあるけど、基本的に私はサーキット場やバイクが苦手だし、父さん母さんだけじゃなく橋本さんや竹田さんとかもみんな勢揃いで、これでまた幹ノ介叔父さんや三島さんまで来たらもうエラい事に……、うーん……」


「おっーと待ってくれよ麗奈ママ! 悪ぃけど今週だけはあたしに那奈を貸してくんねーかな? ちょっとコイツに見せてやりてー最高のイベントが同じ日曜に控えてるもんでな?」



……おやおや? これはいきなり願ったり叶ったりのチャンス到来? お姉から私を誘い出すなんて珍しい。見せてやりたいものってまさか、お姉の両親や出生に関するものだったりして? これはもしかしたらもしかする? 期待度激アツ!?



「お、お姉! イベントってなになに?」


「おっ、珍しく食いつきが良いなー? まぁ落ち着けよ、いいか? 聞いて驚け、来週日曜日はこの渡瀬優歌様の記念すべきプロ総合格闘家通算五戦目の、十分間3ラウンド一本勝負のアニバーサリーマッチデーなんだぜ!?」


「何だ格闘技か」


「何だとは何だてめー!? あたしはこれでおマンマ食ってんだよ! 立派なビジネスを侮辱すんじゃねーよ、ナメた事抜かしてるとジムに拉致して会長達と一緒にてめーをボコボコにリンチすんぞゴラァ!!」


「……ハイハイ、すいませんでした、すいませんでした! つまり自分の試合を観戦しろって言いたいのね? 総合かぁ、テレビでは良く見るけど生で見た事はさすがにまだ一度も無いなぁ……」


「おめーには会長に頼んで一日限定ジムトレーナーとして、特別にセコンドサイドの特等席で試合観戦させてやるよ! おめーが今やってる顔面突き禁止や立ち技オンリーの空手の世界がいかに甘ったるいお遊びなのか存分に思い知らしてやるぜ!?」


「なら決まりね? 私は全然構わないわ、たまには優歌に那奈をくれてやるのも悪くはないわね、その方が翔太もデレデレしないで真面目に走るかもしれないし」


「いや、あの、母さーん? 私まだ何も返事してないんですけどー? つーか、私の所有権って母さん持ちなの?」


「期待しとけ那奈? タイマン上等、瞬殺KOが持ち前のこの優歌様の驚愕の世界の虜にしてやるぜ!! 最高で本物のDEAD OR ALIVEってヤツをてめーに体験させてやるから覚悟しな!?」


「……私個人の決定権は無視ですか、そうですか、ハァ……」



サーキット場が嫌だと言えばお姉に連れ去られ、格闘技観戦が嫌だと言えば母さんに連れ去られるあまりに悲運な私の運命。来週日曜日どうしようかなぁー? 小夜や翼、千夏と一緒に遊びに行こうかなぁー? とか、色々予定考えてワクワクしてたんだけど……。まさか月曜日の時点で全ての企みが潰えてしまうとは。もう立派な誘拐ですよコレ、あーあ……。



「よしっ! 背中も綺麗サッパリ流して貰えたし、もう一度湯船に浸かって温まっていくかなー? 麗奈ママ、お邪魔しまっせー!?」


「ちょっとヤダ、狭い狭い! 本物に狭い浴槽ね、この家はそろそろリフォームする予定とか無いの? こんな手狭な家にずっと住んでたら私、ストレス溜まって発狂しちゃうわ」


「んな金ある訳ねーじゃーん! あたしのファイトマネーなんて一般の派遣社員の月給より少ねーし、この家の生活費もいづみちゃんの給料で何とかやりくりしてるようなもんなんだぜ?」


「……あのー……?」


「その家の大黒柱である家主の稼ぎは? あの男は一体何やってんのよ?」


「虎太郎ちゃんはスーパーサイヤ人みたいな戦闘民族で仕事が大の苦手だからな、職場のバイクで配達出たまま勝手にツーリングに行っちゃったり、会社の金持って夜の繁華街で姉ちゃん達はべらかせて酒飲んで毎日修行に勤しんでるぜ」


「……あのー?」


「何なのよあの男は!? あの男もとりあえずはバイク便配送会社の代表取締役って肩書きなんでしょ? そんな事じゃあまりに部下が不備だわ、良く倒産したり社員クーデターが起こらずに済んでるもんよね」


「社員の連中曰わく、虎太郎社長様は『御輿』なんだってよ、みんなに担がれてギラギラ光ってりゃお役目御免らしいぜ? 実際、経営管理してんの専務の橋本ちゃんと経理の竹田ちゃんだし」


「……責任者の風上にも置けないわね、正に生産性ゼロのダメ人間、橋本や竹田も良くあんな疫病神御輿を担ぐもんよね」


「じゃあ、そんな疫病神と結婚しちゃった麗奈ママは弥勒様か何かかい? 軽く後光が射してるぜ」


「天上天下唯我独尊」


「うおっ、まぶしっ!」


「あのー!?」


「さっきからあのーあのーうっせーな、おめーはマラソン解説中の高橋尚子かよ? 何だよ那奈?」


「……私の背中を流してくれる人は誰もいないの?」


「……アンだって?」


「……あなた、誰様にもの言ってんの?」


「……自分で洗います、失礼致しました……」



……今の私、軽くシンデレラ状態入ってます。高圧的な母親に意地悪な義姉、寂しいなぁ、愛が欲しいなぁ。何か背中が寒いよ、湯冷めしちゃいそう。一番下っ端って嫌だなぁ、小夜じゃないけど私も妹が欲しいなぁ……。


……いやいやいや、何もイジメる為じゃないよ? 私は違うから、二人とは違ってちゃんと優しく接するよ? 私の小夜への対応とか見ればわかるでしょ? ほら、小夜は私の妹みたいな……。あー、ちょっと待った。アレが本物の妹だったら辛いなぁ……。やっぱり結構です、はい。



「おーい、おめぇら!」


「……えっ? キャアアアアァァァァ!!!!」



何の前触れも無く、突然開いた風呂場の扉! 室内に響き渡る、図太い男の声と湯気に写る謎の人影! 何!? 誰!? まさか侵入者!? 変質者!? 私は怯え、母さんとお姉がいる湯船に飛び込んだ! 渡瀬三母子に緊張走る!!



「何ビビってんだよ、俺だよ俺、オレオレ」


「……と、父さん!?」



このご時世にオレオレ言われると余計に怪しいって! いつの間に帰ってきてたのか? つーか女性がお風呂に入っているのにいきなり扉を開けるだなんて、どんだけデリカシーが無いのこの人は!?



「扉開ける前にノックぐらいしてよ!? いくら家族同士とはいえ、ちょっとぐらいは常識弁えてよ!? 信じられない!」


「虎太郎ちゃん、そりゃねーよ!? さすがのあたしもビビっちまったぜ!」


「……本当、この男はとことんダメ人間ね……」


「ギャーギャーギャーギャーうっせぇな、おめぇら三人の素っ裸なんかとっくの昔から見飽きてんだよバカ野郎! 何が常識だ、この家では家主であるこの俺様がルールだ! つべこべ文句があるならまとめてかかって来いやゴラァ!!」


「……もうヤダこんな父親、反省するどころかファイティングポーズとってこっちを挑発してるし……」



最近の女子高生の父親は家の中で威厳が無くて娘にバカにされてる人が多いらしいけど、だからといってこんな父親も絶対に嫌だ! 威厳とか言うレベルじゃないよ、好き勝手し放題の暴君だよこの人は!



「で、何の用よ、そこのエロバカスケベの疫病神さん?」


「おぅ、そこの一人四十路のペチャパイ女のおめぇ、さっきのWiiどこやった、Wii?」


「何だよ虎太郎ちゃん、またマリオカートかよ、良く飽きねーな?」


「えっへへー、帰りにゲームショップ寄ってガンダム無双買っちゃったー! もちろん、領収書は会社の名前でな」


「……父さん、どんだけダメ人間なのあなたは……?」


「よーし、お父さん今からザクもグフもドムもビグザムもサイコガンダムもみんなギッタギタに斬り刻んじゃうぞぉ!? オイコラそこの年増女、Wiiどこやったんだよ!?」


「……もうアタッシュケースの中にしまったわよ」


「何勝手にしまってんだよこの野郎、おめぇのWiiじゃねぇだろ、みんなのWiiだろうが!」


「私が買ってきたんだから私のWiiよ! 寝ぼけた事言わないで、ドイツに出発する時には一緒に持って行く予定だからそのつもりで!」


「オイオイ、待てやゴラァ! じゃあ俺のガンダム無双はどうなるんだ、勝手にそんな真似したらおめぇ、ゲルググのビームナギナタでギッタギタのメッチャメチャにしてやっからな!?」


「だったら自分で会社の金でも横領して本体買いなさい! 何でアンタの暇潰しの為にに私が玩具買い与えなきゃいけないのよ、冗談じゃないわ!」


「女房のおめぇが買ったもんは俺にも所有権があるんだよ! いいか、おめぇの物は俺の物、俺の物も俺の物、会社の金も居酒屋の酒もお店のママもミキちゃんもモエちゃんもミーコちゃんもみーんな俺の物だ! 良く覚えとけっつぅんだこのクソ野郎が」


「貴様、いい加減に……!」


「危ないからお風呂場で夫婦喧嘩はやめてー! 母さんも裸のままで言い争ってたら風邪ひくよ!? 頼むからここは抑えて、ねっ?」



母さんが父さんを貴様呼ばわりする、それは完全戦闘モードに突入した合図。いまいち呂律が上手く回っていない状況を見ると、どうやら父さんもかなりアルコールが入っている様子。この状態で激突はマズい。湯船のお湯が血の池地獄になっちゃうよ!



「しょうがねぇな、Wiiの場所もわかった事だし、今日はこれくらいで済ませてやるぜ! さって、ガンダム、ガンダム、ガンダム無双〜♪ アムロ、行っきまーす!!」


「扉閉めてけ、このバカ親父!!」



もう本当最低!! わざとだ、絶対そうだ!! この人はたまに人がトイレ待ってる時も、用足した後に水流さないで出てきたりくる凶悪確信犯!! 寒いよもう! 湯冷めしないように早く扉閉めないと……!



「親父さーん、何か親父さん宛てに森川歩美さんって人から宅配便来てますけどー……?」


「……えっ?」


「……!?」


「キャアアアアァァァァ!!!!」


「ぎょわああああぁぁぁぁ!!!! ……ぐぶっ……!」



……嘘、嘘ぉ、嘘だぁ!? 何で、何で翔太までここにいるのぉ!? 見られた、念の為タオルで隠してたとはいえ、翔太に私の裸姿を見られたぁー!!!!



「ウッヒャッヒャッヒャッヒャー!! やっちまったな那奈!? まるで王道エロ漫画の展開そのものだな、鼻血噴き出して気絶する翔太のリアクションもベタで最高だぜ!!」


「笑い事じゃないよ、お姉!? こんなのヒドいよ、よりによって翔太にこんな姿を……、あーもうヤダヤダヤダ! 恥ずかし過ぎる! これじゃ私、お嫁に行けなーい!!」


「どーせおめー、コイツの嫁になるんだろ? だったら良いじゃねーか、いずれは全部おっぴろげる事になるんだからよ、気にすんなって、ドンマイドンマ〜イ!」


「……つーかお姉、タオルぐらい巻きなよ……」



ショックのあまりにその場で座り込んでヘタっている私の横で、無敵のエロ女王様は一糸纏わぬモロ全開の姿で腰に手を当て高笑い。この人に羞恥心ってものは無いの? 気を失っているとはいえ、翔太が側にいるってのに……。



「あらららら何よ、翔太のヤツ、何でこんな血ダルマになってんの? 那奈がブッ叩いたの? やめてよねー、こんなバカでも私がお腹痛めて産んだ息子なんだからさ……」


「……いづみさんも帰ってたんだ、だったら翔太を止めてくれれば良かったのに、もうヒドいよ……」


「それより虎太郎、何なのコレ? この荷物の中身は!?」


「あ? 中身だぁ?」



翔太が荷物を持ったまま倒れた事によって、ガムテープで包装されていた段ボールの箱は口が開いて中から何か本のようなものが数冊外に飛び出し廊下に散らばった。その本の表紙に写るのは……、女性の裸!?



「何コレ!? エロ本ばっかじゃん!?」


「いづみちゃん、コレってアレじゃね、昔懐かしいビニ本ってヤツじゃね? なぁ虎太郎ちゃん、そうだろ?」


「おぅおぅおぅ、思い出したぜ! アレだ、俺が伊豆の孤児院にいた時に新作と一緒に集めてた無修正のヤツだ! 随分と懐かしいもんが届いたなぁ、新作の娘から電話があったのはコイツの件か? またどうでもいいもんほじくり返しやがって、歩美姉もいちいちこっちに送ってくんなっつーの」



……学校からの帰り際に翼が見せたあの企み顔はこの事だったのか! お陰で私はこんな恥ずかしい思いを……。余計な事しやがって、あの悪戯チビ子めー!!



「そういやアンタ達、高校の時も公園のゴミ箱とか公衆便所からこんなもんばっか拾ってきてたよねー? 懐かしいなー、私も当時の事思い出しちゃったよ」


「でもよいづみ、コレ半分以上は新作が集めたもんなんだぜ? アイツのスケベは底無しだからな、この本なんてわざわざ小遣い貯めて古本屋で買ってきて、部屋に隠してたら掃除してた鈴婆に見つかってよ……」


「……オイ、貴様……」


「あ?」


「……れ、麗奈!?」


「……か、母さん……!」



私達が声がした方を振り向くと、そこにはバスタオルを巻いて恐ろしい怒りのオーラを漂わせて仁王立ちする弥勒様、もとい完全戦闘モードに突入し氷の女王を化した母さんの姿が!

ダメなんですこの人、卑猥、猥褻、野蛮、破廉恥行為は一切NGの完全潔癖人間! こういうエッチな本とかビデオとかの存在やそれを持っている男の人を、絶対に許す事が出来ない人なんですー!!



「……この段ボールの中から溢れ出るおぞましい下劣な愚物の数々……、何て汚らしい! こんなもの、こんなもの……!」


「何だおめぇ、おめぇも興味津々なのか? ホレ見てみ、結構保管状態良いだろ? 二十年三十年経ってもエロ文化は錆びねぇもんだよなぁ、いやいやエロとは偉大なり」


「……貴様、今日という今日ばかりは……!」


「しっかしアレだなぁ、そんな昔の女でもこんなにヤラしい裸してんのによ、おめぇのその見窄らしい体つきったら情けねぇもんだなぁ? せめてこのくらいのボリュームがありゃあ俺も毎晩満足出来んだけどよぉ、いやぁ、残念だねぇ?」


「貴様とこの愚物の存在、跡形も無く完全にこの地球上から消し去ってやるから覚悟しろ、渡瀬虎太郎!!!!」


「やっべ」



もう制御不能。氷の女王から第二形態の『冥界の死神』へと変貌した母さんは自分の脱衣籠からおもむろに拳銃を二丁取り出すと……、って、拳銃ぅ!!!?



「母さんソレ、本物じゃないよね!? エアガンか何かだよね!?」


「地獄に堕ちろ、俗物!!」


「本物やないかーい!!」



耳をつんざく凄まじい火薬の爆発音と共に発射された二つの銃弾は、信じられない事にマジ冗談抜きで父さんに向かって一直線! しかし、これまた信じられない事に父さんはそれを後ろに倒れ込みながら寸前で回避! 何コレ? マトリックスそのまんまやないかーい!!



「ハッハッハ! 私には当たらんよアンダーソン君!」


「黙れ鬼畜野郎! 減らず口を叩いていられるのもこれまでだ!!」



次々と母さんの二丁拳銃から飛び交う銃弾がリビングの壁やガラス戸を突き破って破片が飛び散る中を、父さんはまるでダンスをしているように高速で避けまくって廊下に逃げていく!

埒が明かないとばかりに弾切れした拳銃を投げ捨て、次に母さんがリビングに置いてあったアタッシュケースから取り出したのはWii……、じゃなくてマシンガン!? まさか、これも本物ですかー!!!?



「私に楯突く愚か者め、地上の塵と埃に消えるがいい!!」


「ハッハッハー! 無駄だ、無駄だよアンダーソン君!!」


「本物じゃーん!! 機関銃だけに言う事利かんじゅーう!! なんちゃって? 何てダジャレ言ってる場合じゃ無ーい!! 母さん、もうやめてー!?」



さっきよりも凄まじい爆音と金属音を上げながら打ち出される銃弾の嵐は、家の廊下の壁、床、天井をボロボロに破壊してあっという間に蜂の巣に! その中をあの化け物親父は壁を駆け上がりバク宙しながら玄関へ疾走! 人間じゃないよ、一体何者なのこの二人は!?



「渡瀬さーん! 遅くなりました、デリバリーサービスのお届け……、って、うわああああぁぁぁぁ!!!!」



……あっ、そうだった。私と母さんとお姉の三人分の夕飯、デリバリーサービス頼んでたんだっけ。って、そんな事は今更もうどうでもいいって! 配達の人、早く逃げてー!!



「楽しかったよ、さらばだアンダーソン君!!」


「逃がすかぁー!!」



銃弾で破壊された玄関から外へ逃亡した父さんを追う母さんは、今度は玄関にあるもう一つのアタッシュケースに手をやり取っ手のボタンを押すと中から……、って言うか、ケースが勝手にガチャガチャ変形し出してアレアレアレー!?



「吹き飛びやがれぇぇぇぇ!!!!」


「それ何てミサイルランチャー!!!?」



母さんから発射されたミサイル二基は一目散に逃げるデリバリーサービスの車の屋根に乗っている父さんに標準ロックオン! しかし、またも父さんはまるで野良猫か忍者のように近くの民家の屋根から屋根へと飛び移りそれを回避! 代わりに車と民家が大爆発……、って、有り得なーい!! お願いですから無関係な人まで巻き込んで犠牲にしないで下さーい!!!!



「残念だったなアンダーソン君! どうやら私の勝ちのようだ、これは偶然では無い、必然なのだよ!!」


「まだだ! 貴様を野放しなどにするものか! 今夜で最後だ、必ずこの手で貴様の息の根止めてやる!!」


「この世界は私のものだー!!!!」


「逃がすか、渡瀬虎太郎ぅー!!!!」



……母さん、あなたはスタローンかシュワちゃん、あるいはセガールですが? ここはベトナム? 沈黙の要塞? もしくは幻像のマトリックス世界? つーか、どうやってこんな戦闘兵器を国内に持ち込んだの? あまりにもキャラ設定が自由過ぎです、ついていけません。この夫婦、やっぱり普通じゃないよ……。



「……何? この一般常識や小説設定を完全無視したやりたい放題のナンセンスコメディ展開……?」


「ウッヒャッヒャッヒャッ! 麗奈ママのヤツ、バスタオル一枚で虎太郎ちゃん追っかけて行っちゃったよ? ありゃ絶対二人とも警察に不審者扱いされて職務質問されるぜ? やっぱりあの夫婦はいつ見ても飽きねーな、あたしはあんな二人が好きで好きで大好きでたまんねーよ!」


「麗奈が海外でストレス発散の為に射撃場で実弾打ちまくってるって話は本当だったんだ……、ってか、どうすんのこのボロボロに破壊された部屋と玄関……?」



……私が目の前の惨状に唖然としているっていうのに、何でお姉といづみさんはこんな普通に冷静でいられるの? やっぱり慣れですか? 昔から見慣れた風景ですか? あーそうですか。今に始まった事じゃない日常茶飯事なんだね、あの二人の大戦争は……。



「……う、うぅっ、あれ? 何でいつの間に家の中がこんなメチャクチャに? つーか、何で俺、ここに倒れてるんだろ? 何だこの血は!? 確か荷物を持っていったらいきなり目の前におっぱいがドーンって……?」


「オッス翔太、目ぇ覚めたか!? ホレ見ろよコレ、虎太郎ちゃん厳選の無修正もんだぜ!? ホラホラホラ、すっげーだろ!?」


「ぐはああああぁぁぁぁ!!!! お、おっぱ、グフッ……!」


「ウッヒャッヒャッヒャッヒャー!! 翔太のヤツ、また鼻血出して気絶しちまったぜー!? やっぱり未成年にコレは刺激が強すぎたか!? ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャー!!」


「……いやいやお姉、刺激が強すぎたのは本の内容じゃなくて多分あのその、頼むからとりあえず女性として隠さなきゃいけない部分はちゃんと隠そうよ……?」



悪夢のような大嵐は全てを呑み込み粉々に破壊して、残されたのは半壊状態の我が家と床に転がる無数の薬莢。そこに倒れる多量出血死寸前のスケベ男とそれを哀れむ男の母親、そして高笑いする全裸の露出狂女とバスタオル姿で完全に湯冷めした可哀想な私。


私の人生最大の失態、それはあの父親と母親の元に娘として生まれてきてしまった事だ。あーあ、もうヤダよこんな家族! しかも寒いー! とりあえず風邪ひく前にもうひとっ風呂浴びてこよっかなぁ……?



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