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第62話 終末のコンフィデンスソング



「あなた、私に何か報告しなきゃいけない事があるんじゃない?」


「……ほ、報告?」



前触れも無く突如この地に現れた恐怖の渡瀬家二大覇王、我が父・渡瀬虎太郎と我が母・渡瀬麗奈。その脅威なる圧倒的な力によりまずは翔太を軽く血祭りにすると、ついに実の娘である私にまで鋭い毒牙を剥き出しにして襲いかかってくる。まだ生贄の血が足らないと言うのか、どこまで冷酷、残忍な悪魔達だろうか!



「……報告って言われても、いまいちピンとこないんですけど、何の話……?」


「あら、すました顔して堂々としらばっくれちゃって、そんな顔したって私には一切通用しないわよ」


「……ハァ?」



……すました顔して? しらばっくれてる? 何の事やらさっぱりわからない。一体、母さんは私から何を聞き出そうとしているのだろうか? この前母さんと話した時から、私の身に何か報告しなければならないような出来事が果たしてあっただろうか? 私は脳内の記憶回路をフル回転してこれまでの出来事を色々と検索してみた。



「……あの大雪の日からの出来事と言えば……、えーと、あの後すぐに中学三年生に進級して……、あっ、そうだ! 空手の関東大会! 私が優勝して新聞に載ったってヤツかな? そう言えばまだ母さんには報告してなかったっけ……」


「それはさっき優歌から聞いたわ、痛みに耐えて良く頑張ったらしいわね、おめでとう! でも、私が聞きたいのはそんな事じゃないわ、それよりもっと後の話」


「……もっと後? じゃあ、えーと……、クリスマスの麻美子のあの出来事かな? あの一件は麻美子と神崎さんの為にもあまり他人に話すべきじゃないと思ってて……」


「それも優歌から聞いたわ、とても緊迫した不慣れな場面でも、大事な友達を想って一生懸命体を張って頑張ったそうね、さすがは私の娘、これもとても立派な事よ」


「……ううん、私は何にも……、あの時は完全にお姉におんぶに抱っこで……」


「でもね、私が聞きたいのはそれでもないの、もっともっと後の話」


「えっ? 違うの!? もっと後の話!?」



……何? 何なの!? 母さんは何が知りたいの!? 母さんは一体私に何を求めているの!? 全然わかんない、あまりに難解で不可解な質問に、私の脳内の記憶を司る部分である海馬はもうオーバーヒート寸前。意識は朦朧、何か急に頭がクラクラしてきた。



「……もしかして、中学卒業式の話?」


「それもすでに同席してた千春から一昨日聞いたわ」


「じゃあ、高校入学式?」


「それも千春から」


「じゃあ、一体何なの!?」



あー、もう訳がわかんない。母さんの強烈なプレッシャーによる精神壊滅心理攻撃は次々と、そして着実に私の脳細胞シナプスを破壊していく。私がまだ母さんに報告していない事、報告していない事、いない事……? うわぁ、もうおかしくなりそう! もっと先の話って、もうここまで遡ったらほとんど一ヶ月前とか一週間、あるいは昨日今日の話とか……?



「……昨日……?」



大混乱する私の脳裏にふと浮かんだとても最近の鮮明な記憶。それは、昨日のゴールデンウイーク最終日に父さんの代わりにチーム代理代表として、翔太や橋本さん竹田さん達と一緒に向かった全日本ロードレース選手権。

大会が行われたあのサーキット場には、叔父の奥井新悟さんと共にレース関係者にとっては全くもって招かざる客人であるあの奥井幹ノ介氏までも姿を現した。それを見た幹ノ介氏に恨みを持つ橋本さん達関係者は激昂して一斉に周りを取り囲み、あわや奥井側のボディーガードとの間で大乱闘になりかけた事があった。

父さん母さんと幹ノ介氏は私が生まれる以前、世界中を巻き込む大騒動を起こして対立した当事者同士であり、今現在でも深い蹄が残っていると各地で噂されている因縁の関係。きっと母さんが聞きたがっている事は、あの時の幹ノ介氏の言動や詳しい詳細に違いない。私はそう確信した。



「……その顔、どうやら私の質問の意味がやっと理解出来たみたいね、そうでしょ?」


「……うん、多分この事だと思う……」


「実はね、私はこの話もすでに優歌や千春の話で耳にしてるのよ、でも那奈、私は是非ともあなたの口から聞きたいの、あなたがどう思って今回の決意に至ったのか、どれだけの覚悟を決めてこの件に挑んだのか、あなたの本当の気持ちを私に教えてくれないかしら?」


「……け、決意? 覚悟?」



何やら重苦しい空気と緊迫感が辺りを包み出した。私だってもう高校生、一人の人間として確かな思想と責任を持ち、世間の出来事に対してどの様に接するべきか判断しなければならない年齢に達している。母さんはそれを見越して、私が過去のあの奥井家との確執をどう感じ取っているか知りたがっているのだろうか?

しかし、母さんが今言った決意とは? 覚悟とは? まるで私があの時、幹ノ介氏に対して何か大それた行動を起こしたと言いたげに聞こえる内容。確かに、私の周りにいた人達は幹ノ介氏に横暴な態度と行動を取っていたが、私はその騒動の中でもみくちゃにされて何もしてなかったのが実際のところ。そんな事をした覚えは何も……。



「……まぁだ部屋に戻っぢゃ駄目でずがぁ? 用があるのは那奈だげでずよねぇ、俺はもう、解放じで貰えだんでずよねぇ?」


「……あっ!」



顔中のあらゆる穴から涙やら鼻水やらが吹き出してテッカテカになっている翔太を見て私の記憶回路はピーンと電流が走った。そうだ、このバカ! コイツ、幹ノ介氏に父親の貴之さんの事を侮辱されて押し倒した挙げ句、馬乗りになって胸ぐら掴んで怒鳴りつけたんだっけ! 



「まだよ翔太、この話はあなたも十分過ぎるほど関与している大切な話なの、那奈と一緒にそこにいなさい」


「……まだ、何か俺に苦言があるんでずがぁ!?」



やっぱりそうだ、あの一件だ! 再び因縁の火種を燻りかねないあの大暴挙。仮にも昨日の私はチーム代理代表という責任ある立場、なのになぜ側にいてそれを止められなかったのか、母さんこの責任を私に問い質しているいるんだ! 涼しい顔をしてるけど、きっとその心中は怒り浸透で煮えくり返っているに違いない! あぁ、どうしよう、どうしよう!?



「……自分の口からは言いづらい? まぁ、その気持ちは母としてわからなくはないわ、だったら私から言ってあげても良いわ、あなたがまだ私に話していない、親子の大切なけじめの報告……」


「……か、母さん、ごめんなさいっ!!」


「……?」



もうあれこれ言い訳したって、それが一切通用しない相手だって事は重々わかってる。悪あがきも無駄、命乞いも無駄! どうせ私はこの後、この冷酷な氷の女王の手によって見せしめの公開処刑をされる運命なんだ、助からない運命なんだー!! ならば、あの時の真実を洗いざらい偽り無く全て報告して、せめて汚れの無い清らかな心で天国へと旅立ちますぅー!!



「私は止めたの! 自由を奪われ身動き取れない状態でも、精一杯声を振り絞って『ダメッ!!』って言ったの! こんな事しちゃ駄目だって、こんな乱暴な真似をしたら怒られるって、私は一生懸命翔太を止めたんだよ!!」


「……えっ、俺? 何の事だよ?」


「……那奈? あなたそれ、一体何の話……?」


「……でも、でも翔太は私の制止を振り切って、突然押し倒して馬乗りになったの! 強引に間を割って、無理矢理突っ込んで……!」


「……ちょっと待ちなさい那奈、あなたまさか……?」


「……何だとぉ? 何やら随分と聞き捨てならねぇ話になってきたなぁ……?」


「……ちょ、ちょっとオイ那奈、何か話が変だぞ? 俺を見る麗奈さんと親父さんの目つきがすっげー怖いんだけど!」


「その後、私はもみくちゃになってグチャグチャにされて、何の抵抗も出来なかった……、そのまま、なすがままで……、母さん、ごめんなさい! 無力な私を許して! そして父さん、最低限の責任を果たせなくてごめんなさい! 私は、私は二人の娘として失格です……」



……これだけ猛反省の態度を取れば、私への二人の説教は翔太の分に比べれば多少軽減してくれるはず。だって私、本当に悪くないもん。全部翔太が勝手にやった事だもん。むしろ私は幹ノ介叔父さんに対してかなり丁寧な応対が出来ていたはずだもん。私は悪くない、悪いのは全部このバカ男だもん!



「……那奈、あなたが謝る事じゃないわ、可哀想に、怖かったでしょう? 私こそごめんなさい、大切な娘であるあなたの事を守ってあげられなくて……」



……あれ? 軽減するどころか、なぜか母さんは悲しげな表彰で立ち上がるとこちらに歩み寄って私を優しく抱き寄せてくれた。私があの一件で傷心したとでも思ったのだろうか。もしくは自分達の争いに関係の無い我が子を巻き込んでしまって悔やんでいるのだろうか。私、いくら何でもちょっとやりすぎかな?



「……あの、母さん、私……」


「いいのよ、あなたがこれ以上話す必要は無いわ、辛いだろうけどもう忘れなさい、このカタはきっちり落とし前つけてあげるからね」


「……お、落とし前って、何の話?」


「翔太、ちょっと面貸せ」


「えっ? あの、親父さん?」


「同じ男として同情しねぇ訳じゃねぇ、だがな、俺はこういう汚ぇやり方は絶対に認めねぇ主義でなぁ、おめぇのその腐ったイカレチ〇ポ、この俺様が跡形も無くギッタギタに握り潰してやんよ」



今度は父さんまでが椅子から立ち上がって、翔太の肩に手を回して強引に家の外へと連れ出そうとし始めた。せの雰囲気は明らかに冷たく殺気立っている。ヤバい、これは何か様子がおかしい!



「ねぇ虎太郎、大切な娘を無残にも傷物にされたのよ? 例えビジネスの契約商品だろうと親友が残した一人息子だろうと、一切の情けは無用よ、わかってるわよね?」


「当たりめぇだろ、こんな事じゃ貴之の念も報われねぇ、直接あの世で土下座して詫びさせてやるさ」


「ちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっとぉ!! 違う違う、違います! 誤解です誤解!! オイ那奈! お前完全に二人を何かと誤解させてるぞ!? 俺、このままじゃマジで殺されるって! ちゃんと訂正して正確な真実を伝えてくれよ! 頼むよ、オーイ!! 親父さんも麗奈さんも俺の話を聞いて下さーい!!」


「欲情にまみれた鬼畜の言い分など聞く耳持たぬ! この不届き者め、よくもこれまでの私達の恩をこの様な仇で返してくれたな! 貴様のような下劣な男は地獄の業火に焼かれ野垂れ死ぬがいい! 恥を知れ、俗物!!」


「観念しろや翔太、俺とおめぇの縁もどうやらここで潮時だ、これが男の禊ぎってヤツさ、苦しまずにポーンと逝かせてやるから心配しねぇで楽にしな?」


「ちょっと待って父さん! 母さんも話を聞いて! 間違ってる、二人とも何か間違ってるってば! 何だか良くわかんないけど誤解だって! お願いだから早まらないで、翔太を殺さないで、お願ーい!!」



……なかなか話を聞き入れてくれなかった父さん母さんも、私の必死の説得と弁解で何とか冷静を取り戻し再び椅子に座って一息ついた。正に間一髪、首の皮一枚で命を繋ぎ止めた翔太の顔は更に真っ青になって痩せこけ、ありとあらゆる毛穴から変な脂汗が滲み出ていた。あわや私はこの年齢で恋人と永久の別れをしなければならないところだった。



「……なんでぇ、何かと思えば奥井の話かよ? くっだらねぇ、回りっくどい変なやらしい言い方すんじゃねぇよ、バカ野郎が!」


「……目の前が真っ暗になったわよ、まさか那奈が翔太に暴行されたんじゃないかってね、この先、いづみとどう接したらいいのか露頭に迷うところだったわ……」


「……ごめんなさい、あまりはっきり名前を出して言っちゃうと、父さんや母さんの気に障るんじゃないかって怖くなっちゃって……」



……どうやら私は二人にとんでもない誤解をさせてしまっていたみたいだ。いくらテンパっていたとはいえ、私は何て卑猥な事を口にしていたんだろうか。押し倒して馬乗りとか、無理矢理突っ込んできたとか、今思うと疚しい事を連想させる恥ずかしい言葉ばかり。お姉が聞いたらさぞかし泣いて喜ぶだろうなぁ。何考えてんだろ、私……。



「あのね那奈、奥井との件ならもうあなた達が余計な心配をする必要は一切無いわ、あれはすでに過去の出来事、和解も完全に済んで私達の間ではすでに終わった話なのよ、今や奥井グループは私の大切な研究資金の一番のスポンサーだし、大騒ぎしているのは未だにこの結末に納得しきれていない一部の馬鹿と暇なマスコミだけよ」


「おぅ、そうだぜ! 俺にとっても今や幹ノ介の爺さんはギャンブルの軍資金を調達してくれる心優しきお兄様なんだぜ? あの奥井の豪邸には玄関とか部屋にたくさん高価な外賓の記念品とか飾ってあるからよ、階段の上から『ここから全部ブン投げてぶっ壊すぞぉー!!』って言うとよ、あの爺さんメチャクチャ焦って黙って俺に小遣いくれるのさ、なっ、俺達すっかり仲良し兄弟だろ?」


「それ、立派な恐喝罪ね、奥井の財産には若干まだ私の所有権が残っている物もあるのよ、今の内に裁判に向けて良い弁護士を探しときなさい」


「しかしよぉ、今更あんなヨレヨレの幹ノ介爺さんイジメたって面白くも何ともねぇだろ? むしろ哀れみさえ感じるぜ、下手に振り回したら血管ブチ切れて脳みそバーンってなって死んじまうぞ? ただでさえあの爺さん、高血圧と抗鬱剤と心臓と肝臓と腎臓と糖尿と抗ガン剤とコ〇インとヘ〇インと便秘とイボ痔の投薬治療で薬漬けになって半分死人みてぇなもんなんだからよ」


「高血圧と抗鬱剤だけよ、その発言も立派な名誉毀損罪ね、執行猶予無しの実刑判決が下るものだと覚悟しなさい」


「あれぇ? そうだっけか? つーか、そもそも幹ノ介の爺さんは何で鬱病になんてなっちまったんだっけかなぁ?」


「間違いなくあなたのせいよ、恐喝に名誉毀損に精神的侵害に迷惑防止令状違反、数え役満で死刑確定ね、いっそ弁護士よりお経読んでくれるお坊さんでも探しときなさい」


「てめぇも十分幹ノ介を死の底まで追い詰めただろうが、この奥井の怨霊め、塩撒き散らすぞゴラァ」



……うーん、この雰囲気だとどうやら二人の言っている事は本当ですでに当事者同士の怨恨はすっかり解消して、今では普通の血の繋がった親族としての交際を続けているみたいだ。敏感になってやたら無闇に大騒ぎしていたのは私達外野だけだったようだ。

何も知らずに余計な心配をして浮き足立つとは、娘として何とも情けない限り。深く反省。これからは私も幹ノ介氏とは妙な嫌悪感を持たずに普通の親戚の叔父さんとして接しないといけないなぁ。昨日の連れない冷たい態度も今度どこかで会えた時にちゃんと謝らないと。



「昨日、私が泊めさせて貰った大富豪の豪邸って言うのは実は奥井邸の事だったのよ、その時、今回の騒動は幹ノ介さん当人と新悟君から聞いてるわ、翔太の件に関してはあちらも言葉が不足だったと反省してたわ、翔太、どうか許してあげてね」


「……いや、そんな、あれはカッとなった俺が全部悪いんであって……」


「その旨、次回どこかで奥井義親子に会ったら伝えてあげなさい、きっと喜ぶと思うわ? 那奈も時間があったら遠慮しないで奥井邸を訪ねてみたらどう? 裕美も歓迎すると言っていたし、何より一番あなたに会いたがっている人間がウズウズして手ぐすね引いて待っているわよ」



……手ぐすね引いてる人間、ハァ、あの子ねぇ……。私と一つ違いの下だから、もう彼女も中学三年生になったのかな。そういえば新悟さんがそんな事言ってたっけ。あーやだやだ、向こうがどんなに会いたがっていても私は絶対お断り。あんなワガママなへそ曲がり、いちいち付き合ってたらこっちの身が保たないって。冗談じゃない、行く訳無いでしょ? 絶対にお断りです。

えっ、そのへそ曲がりは一体誰なのかって? うーん、正直言うと紹介も解説すらもしたくない。簡単に言うなら、世界一面倒で対処に困る可愛げの無い傲慢ちきな私の従姉妹。名前? 言わない。言ったら近々この小説内にも登場してきそうだもん。絶対に言わない。嫌だ、言ってあげない。絶対イヤ!



「そういや、里美ちゃん元気かな? 小学生の時に会って以来だもんな、多分那奈も里美ちゃんとはかなりご無沙汰なんじゃないか?」


「……!!」


「痛ってぇ!! 何でぇ!? 何でいきなり下段蹴り食らわなきゃいけないの!? 俺、何か那奈の気に障るような事でも言った!? 絶対今日厄日だよ、もうマジ死にてぇ……」


「二人とも本当に仲が良いのね、私が那奈の口から聞きたかったのはその件、奥井でも学校の事でも何でもない、あなた達二人の話よ」



一時期はかなりゆったりとした団欒モードに入りつつあった部屋の空気も、母さんのこの言葉で再び緊張感漂うピリピリモードに突入した。私達二人、私と翔太の話、私と翔太の間にあった出来事と言えば……。



「……あっ……」



……そうだった。いつかちゃんと報告しなきゃ報告しなきゃと思っていながら、結構今の今まで母さんにはまだ何も報告していなかった。暗黙の了解みたいな感じになってはいるが、父さんにも正式に話をした訳ではない。だから母さんは私の口からこの報告をするのを待っていたんだ。



「……翔太、翔太からちゃんと言ってよ、男でしょ?」


「……えっ、俺から? いや、これは実の親子である那奈から話した方が円滑に物事が進んでいくと思わねぇ? 俺からだと多分ビビっちゃってだらしないって怒られちゃうよ……」


「……なっ、ふざけないでよ! じゃあ、アンタはいつか結婚の報告をする時も私に言わせるつもりなの? どこまでヘタレ男なのよ、しっかりしてよ、もう!」


「……結婚ってお前、いくら何でもお前、気が早いってお前、マジやべぇよお前、参ったなオイ……」


「……バッ、バカッ! 例えば! 例えばの話! こういう時は男が責任持って相手の親に挨拶するのが当たり前でしょ!? 男だったらちゃんと誠意見せてよ、じゃないと私、翔太に愛想尽かしちゃうよ!?」


「ちょ、ちょ、ちょっと待てよ! 俺だってやる時はやるさ! だからこうやってここに残って親父さんと麗奈さんの前に……!」


「甘――――――い!!!!」


「……ひえっ!」



私と翔太のおのろけ水掛け論のアツアツ熱を一瞬にして凍結するように、母さんの瞬間冷却送風機の如く強烈な一喝がテーブルを叩く打撃音と共にこちらに襲いかかってきた。その体感温度は正に絶対零度、辺りはまるで液体窒素を撒き散らしたみたいな銀盤の世界と化し、私と翔太は雪だるまにされてしまった。



「いいこと、良く聞きなさい? あなた達二人がいずれはそういう仲になるんじゃないかって事は、私も那奈を産んで風間家と行動を共にしてきた頃から薄々ながら感じ取っていたわ、だから私はあなた達が一緒になる事に反対なんてしない、むしろこれはとても喜ばしい事だと思うわ、でも、でもね、あなた達はあまりにも……」


「甘ぇ――――――!! おめぇらはイチゴパフェに生チョコレートと生キャラメルと生クリームとカスタードクリームに練乳とあんこと塩スイーツとマスカルポーネチーズと抹茶白玉アイスとラムレーズンにガムシロップたっぷりかけて角砂糖二十個ぶちまけて綿飴二本差したぐらい甘ぇ甘ぇ」


「そうよ、そうなのよ! 甘いの、あなた達はあまりに甘過ぎる!」


「……何だかんだ言って、実は父さんと母さんって息があってる……?」


「そんな事はどうでもいいの! お互い初めての恋愛に浮かれる気持ちはわかるけど、恋愛とは常に麻薬の様な魅力の背後に、その身を滅ぼしかねない危険な部分も隠し持っているのよ! 私はそれが今この時からすでに心配で心配でならないの! あなた達は普通の高校生と置かれる状況が違う部分がたくさんあるわ、それをしっかりと自覚しなさい!」



……普通の高校生とは違う状況、例えば何だろう? お互いの両親が親友同士とか、あるいは生まれた時からの幼なじみとか。うーん、でもこんなシチュエーションはドラマとか漫画とか他でも良く聞く話じゃないかと……。



「……わかってないわね、私の不安は的中したわ、良く考えなさい? あなた達が学校から帰ってきて、食事を取ってお風呂で暖を取って、疲れた体を休める為に睡眠を取る我が家はこの地球上にいくつあるの?」


「……ここ、でしょ? ねぇ翔太?」


「……だよな? はい、ここ一つだけです」


「そうよね、一つでしょ? 那奈も翔太も帰る家はたった一軒、この家だけよね? そこで良く考えてみなさい、恋愛交際をしている高校生の男女が、隣近所ならともかく一つの家で一緒に寝泊まりしているなんて状況、一般常識的に見てごく当たり前の事だと思う?」


「……あっ……」



「違うわよね、私達渡瀬家と風間家のこの家族形態は世間でもそうそう無い極めて稀なケースなのよ? 本来なら別々に住所を持ち別々に生活しているはずの二つの家族が、一身上の都合によりやむなく一つの家に一緒に住む事になったとはいえ、兄弟でも親戚でも無い血の繋がらない未成年の男女が保護者同伴とはいえ一つ屋根の下で同棲しているなんて、普通に考えたらあまりに非常識で教育上よろしくない環境よ、あなた達はちゃんとそれを自覚しているの?」


「……それは、あの、うん、それなりには……、ねぇ、翔太?」


「……うん、まぁ、それなりに……」


「それなりに、程度じゃ困るのよ? あなた達二人がすでに成人して社会的にも熟成した一人の人間として認められ、自分の行動にきっちり責任が持てる知識と経験が備わっているのなら、私はあなた達二人に苦言を論う事は何も無いわ、でも、あなた達はまだ高校生になったばかり、しかも第二次性徴を迎えて異性に対して様々な興味が湧いてくる年齢、私は留守中の目の配れないところで、あなた達が取り返しのつかない失敗を仕出かさないか不安で不安で仕方ないのよ」



そういえば、母さんのこの忠告は私がちょっとさっきまで心の底で不安に思っていた事と全く一緒だ。普段は夕方になれば誰かしら人がいるけど、今回みたいに父さんが長く不在になったり、学校が早く終わってまだお姉やいづみさんが帰ってこないと、しばらくの間私と翔太はこの家に二人きりになってしまう。

以前までは二人だけになって気まずい時には私が逃げるように小夜の家に遊びに行ったり、翔太が夕飯の買い物に行ったりと何とかドキドキ状況を回避してきたけど、もうこうして恋人同士になっちゃったらお互いを避けるのも何かおかしいし、恥ずかしいけとずっと一緒にいたいのが本音。

自分達の部屋に籠もるにも、私と翔太の部屋は壁を一枚挟んだだけの隣り同士。向こうが見てるテレビの音も聞こえてくる事があるし、夜眠る時に耳を澄ませば寝返りする音や寝息まで聞こえてきて馬鹿みたいに妙にドキドキしちゃう時もある。翔太も隣りで同じような事考えたりしてるのかなぁ? そう思うと恥ずかしくっておかしくなりそう。

小学生の頃は何度も一緒のベッドで寝てたりした事もあるのに、今の私達がそんな事にしたら絶対ヤバい事になっちゃうのは確実。私達だってもう高校生、それくらいはわかってる。そして、それが蜜みたいに甘く魅力的で、かつ危うくてお互いが責任を問われる行動であるか……。母さんが不安に思うのも当然の事、私達の環境は恵まれているようで非常に危険な環境なんだ。



「改めて言うけど、私は別にあなた達の交際を反対している訳じゃないわ、将来、あなた達が結婚して新たな命を宿して一つの家庭を築いてくれたら、それは私にとっても凄く幸せな事よ、あなた達二人から孫の顔を見せて貰えるだなんてまるで夢のようだわ」


「……やだ母さん、孫だなんて、話早すぎだよ……」


「……そうッスよ麗奈さん、マジ勘弁して下さい……」


「真面目に話してるのよ、デレデレしないでちゃんとシャキッとして聞きなさい!」


「……は、はい!」


「だからいいこと? 絶対に順番だけは守って、しっかりと物事の筋だけは通しなさい! 進学するかしないかは別として、お互い何事も無く高校を卒業して、成人を迎えて一社会人として立派に一人立ち出来るまではちゃんと最低限のルールを守りなさい! 二人とも、もう子供じゃないんだから私の言っている意味がわかるわよね? これはあなた達の為なのよ、絶対に私達を悲しませたりする事だけはしないって約束して!」


「……はい母さん、約束します」


「うん、よろしい、翔太は? この手の話は男の方が責任重大なのよ、返事は?」


「……さっきあれだけビビらされたら、そんな真似絶対出来ないッスよ、もちろん約束します……」


「うん、これでやっとホッとしたわ、いづみの為にもよろしくね、あと、出来れば別れるのもやめてね? そんな事になったらここにみんな一緒に住めなくなるし、私もいづみとの関係が気まずくなっちゃうから」


「……この前交際し始めたばかりなのに、早速別れ話とかそんなのやめてよ……」



……まぁ、これで私も少し目が覚めた。いつまでもおのろけてばかりじゃダメだね。せっかく恋人同士になれたんだから色々とデートしたりイチャイチャしたりしたいけど、これからも翔太とは近くでずっと一緒にいれるんだもん、焦る事もないよね。多分、翔太もこれに懲りてさっきみたいな無茶はしないはず。やっぱり高校生は高校生らしい健全なお付き合いを……。



「……クックックックッ……」



……あらららら? 母さんの話も終わってこれで無事家族会議も終了かと思ったのに、何やら今度はダークサイドの『恐怖の大王』から悪魔の嘲笑い声が聞こえてきた。何か嫌な予感がする、一度緩んだこの場の緊張の糸は再び千切れる寸前まで張り詰め出した。



「……バカくせぇ、どっちが滑稽な話だよ? 順番守れだぁ? 筋通せだぁ? どの口だぁ、どの口が偉そうにそんな綺麗事抜かしてやがんだぁ?」


「……何ですって?」


「ギャーハッハッハッハッー!! 高校生がセッ〇スする時は真面目にちゃんとコンドーム付けろってか? 避妊はきっちり確実に致しましょうってか? 籍入れる前に腹がポンポンに膨れ上がっちまった阿婆擦れ女が一人前に言えた義理じゃねぇだろ!? 笑わせんじゃねぇよ、ギャーハッハッハッハッハッー!!」


「……貴様……!!」



……あーあーあーあ、これはもうすでに関係修復不可能の完全なる宣戦布告。いやもとい、巨大無差別テロ後の犯行宣告と言っても良いぐらいの歴史的大暴挙。それまで平常を保っていた『氷の女王』の表情が一気に般若の面の様な鬼神の顔へと変貌していく。ついに私達が恐れていた渡瀬家夫妻大戦の口火が落とされてしまった。



「あのなぁ、最近のアダルトDVDの流行はなぁ、(ピー)の3P連続ピーありってのが決まってんだよ! 今の高校生ナメんなよ、放課後はおろか学校の中でも平気で(ピー)して(ピー)もやって(ピー)とか(ピー)や(ピー)でも何でもアリだぜ!? 初孫は早いに越した事ねぇさ、出来ちゃった結婚で十代の母、大いに結構じゃねぇか! ヒャッヒャッヒャッヒャー!!」


「父さん、もういい加減に自主規制されるような発言は控えてよ! 本当にこの作品、R18指定にされちゃうってば!」


「特に男はこの時期、何発カイてもカイても足りねぇくらいうじゃうじゃキ〇タマからオタマジャクシが湧いてきてキリがねぇんだ、ニャンニャン出来る女がすぐ隣りにいてエロ本相手にシコシコしてられるかってんだよ! なぁ翔太?」


「……親父さん、お願いですからこっちに話振らないで下さい……」


「オイ那奈、やる事は早い内に済ましとかねぇと女は随分と初めては痛いらしいぜぇ? 今の内に乳なり尻なりアソコなりあちこち触って貰って体慣れさせてよ、お股広げでズッポリ迎え入れてこの腑抜け野郎を立派な男にしてやってくれよ!? 女に乗るのが上達すりゃあ、自然にバイクに乗んのも上手くなるかもしれねぇしなぁ? ブッヒャッヒャッヒャッヒャー!!」


「……もうヤダ、この人最低……」



無礼極まりない鬼畜オヤジの無修正お下劣卑猥話は、回り始めたアルコールが潤滑油となって軽く一秒間二万回転オーバーのフルスロットルで大爆進。モクモクと有害排気ガスを撒き散らして、一人環境破壊男の大行進は止まる事を知らず。もうどうにでもな〜れ!?



「俺なんか中公の時にすでにヤル事済ましちまってるからな、高校卒業した頃にはもうすでにプロ級の腰使いだったんだぜ? この甲斐あって俺様は今やこんな立派な世界最強の男になれたのさ、どうだ、俺様って最高だろ? ビンビンだろ? イカしてるだろ? だからよ、そんな堅っ苦しい話は気にしねぇで若いうちは本能のままバンバンやりてぇだけやりゃいいのさ! この渡瀬虎太郎様が言うんだ、間違えねぇぜ!!」


「……貴様、ちょっと待て……」


「かく言うこの女だってウダウダとあれこれ抜かしまくってるクセによ、本性はかなりのスケベ女だったりするんだぜ? この俺様の手にかかりゃあ『ゴムつけて?』なんて言わせる暇も無くギシキシアンアンドッピュッビューで」


「それ以上、その汚らわしい肥溜以下の愚口を開くな!! 言わせておけば、阿婆擦れだと? スケベ女だと? 何を言うか!? 礼儀も道徳心も無く人の心に土足で侵入して、嫁入り前の純情可憐なこの私を無責任に妊娠させたのは一体どこの外道だ!?」


「何ぃ!? 嫁入り前の純情可憐な女にそんな非道な真似を仕出かした男がいるのか!? とんでもない野郎だな、一体どこのどいつだ!? 出てこい!!」


「貴様だ!! 極悪無道のクソ虫男が!!」


「何ぃ!? 俺かぁ! つーかおめぇ、良く自分で純情可憐だなんて言えたもんだよな、恐れ入るぜ全く、ブブブッ!」


「黙れ黙れ黙れー!! 今から魑魅魍魎のような醜い戯言が湧き出すその地獄の通り口、二度と開く事が無いように隙間一ミリ無く板金溶接して完全に封印してやるから覚悟しろ!!」



激昂した母さんはいちなり足元にある紙袋から溶接用の電極小手と防護用の鉄製マスクを取り出し火花をバチバチ! 何でそんな物が紙袋の中に入ってんの!? つーかどこから電源引いてる訳!? もう訳わかんない! この二人あまりに自由過ぎ、何でもアリ過ぎだよ!!



「……ちょっと翔太、帰ってきてるの!? 何なのこれは、外にまで大声が聞こえてきてるよ!? 近所の人達みんな集まってきちゃってるし、犯人は誰よ!? 優歌の仕業!? 一体誰が家の中で子供みたいな大騒ぎを……!?」


「……あっ、いづみさん……」



いづみさん、最悪のタイミングでご帰宅。思いっ切りリビングの扉を開けてご立腹の表情で怒鳴り込んでくるや、室内の戦場の状況を見て一瞬にして真顔に元通り。体は硬直したまま動かず、眼球だけが左右に移動して例の二人の姿を確認した模様。飛んで火に入る夏の虫とは正にこれの事を言うのだろうか。



「………………」


「……いづみさん、お帰りさない」


「……母さん、お帰り」


「……あっ、そうだった! そういえば私、あづみ姉さんに頼まれてた買い物の品を届けに行かなきゃいけなかったんだっけ? そうだったそうだった、忘れてた忘れてた……」


「ちょちょちょ、ちょっといづみさん!?」


「母さん、どこ行くんだよ!? 買い物の品なんかどこにも無いじゃないか!? 待ってよ母さん!!」



ダメダメダメダメ! せっかくこの地球上で唯一二人を止められる存在であるいづみさんがここからいなくなったら、本当に世界は終末を迎えちゃう! ここは絶対に死守、何が何でも外には行かせない!



「そんな事言って、母さんあづみ叔母さんの家に逃げるつもりだろ!? ダメだって! もう母さんしか頼れる人間いないんだよ!!」


「お願いしますいづみさん! この恐竜大戦争を止められる救世主はもういづみさんだけなんです! 私達を助けて下さい、お願ーい!!」


「私はゴジラでもウルトラマンでもないから!? 冗談じゃないよ、虎太郎はともかく何でまた連絡無しで麗奈まで帰ってきてんの!? もうヤダ、これまであの二人にはどれだけ苦労させられてきたか知ってる!? アンタ達が生まれてくる前から、二十年以上もあの脅威に晒され続けてんのよ!? 事ある事にいちいちあの二人に介入してたらこっちの身が保たない! 卑怯者だと言われようと絶対にお断りだからね!!」


「そんなぁ、母さーん!?」


「翔太も那奈ももう子供じゃないんだから、自分の身ぐらい自分で守りなさい! じゃあね、バイバーイ!!」


「いづみさーん、カムバッーク!!」



……バタンと言う扉の非情な音が玄関から廊下に、そしてリビングへと響き渡った。私と翔太の制止の手を振り切ったいづみさんはそのまま一目散に近所の真中家へと避難。これでもう、人類滅亡を防ぐ最後の望みも潰えてしまった。



「……俺さ、最期の時くらいはゆっくり迎えたいなぁ……」


「……うん、部屋に戻ろうよ? もう私達には用は無いみたいだし……」



……兵どもが夢の跡、後は野となれ山となれ。どうせ私は予定外、出来ちゃった結婚の副産物ですよーだ。私もお姉みたいに非行に走ろうかなぁ? もうやってらんねーッスよ、バカみたい。



「実際におめぇもあの時は結構ノリノリでガンガン乱れまくってたじゃねぇか? 良い思いしたんだからお互い様ってもんだ、何だったら今晩また味わってみるかぁ? 俺様の高速高圧可変式4ストロークV12気筒エンジンは今でもバリバリ健在だぜ!?」


「2気筒2ストロークのへなちょこ原動機が何を言う!! そもそもは貴様が口ほども無く早々にエンジンバーストしてくれたから避妊する余裕すら無かった事を忘れるな!! ハヤいのはバイクに乗った時だけにしろ、この早漏男!!」


「……ここだけの話、すげぇエロかったぜぇ? あの時のおめぇ」


「恥を知れ、この俗物が!!」


「可愛いねぇ、子猫ちゃん」


「地獄に堕ちろー!!!!」



……以上、あまりに醜い言い争いの為、割愛にて候。ついでに父さ……、って、もういいやどうでも。あー疲れた。少し休みたい。頭の中に蓄積した下品な言葉の数々を水洗いしたい気分。時計はもうとっくに夕方五時を過ぎていた。そうだ、今日は一人分多く夕飯用意しなきゃいけないんだ。しんどいなぁ……。



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