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第60話 ニシエヒガシエ



日付や時間の単位以上にとても長く感じたゴールデンウイーク三日間が終わり、再び私達はいつも見慣れた学校の風景で顔を合わせた。他の生徒の中には家族と一緒に旅行に行った人間もいれば、休み中ずっと部屋に籠もりきりでテレビゲームをしていた者、もしくは塾に通い勉学に励んでいた者もいたとかいないとか。

そんな連休の過ごし方を自慢、あるいは嘆きに近い口調で友人同士が会話を交わす教室内の空気は非常に活気に満ちていて、何だかんだ言いつつも各自それぞれそれなりに連休を満喫した様子が手に取るようにわかった。学生だって同じ日々の繰り返しは疲れる、たまには気分転換の一つぐらいしないとやってられないのだ。



「でねー、航クンのお祖父さんが泣いて謝ってる時に猫さんがニャーって来てねー、瑠璃ちゃんが『お母さんは近くで見てくれてるから寂しくないよー』って言ってねー」


「……???」


「でねー、航クンもお祖父さんの事を許してあげてあたしもお母さんも遠藤先生も彰宏お兄さんもいっぱい泣いちゃったんだー! その間も猫さんは喉をゴロゴロ鳴らしながらお祖父さんにベタベタ寄り添っていたんだよー!」


「……あの、あのね小夜? 連休中に色々とあったみたいだけど、アンタのその話からじゃ何があったのか全っ然わかんない……」


「えー、何でー!? あたしこんなにいっぱい一生懸命説明してるのにー! ちゃんと聞いてよ、那奈ー!」



連休ですっかり緩んでしまった明け一日目の午前中の気だるい思考回路に、小夜の不可解な暗号じみた『ゴールデンウイークのお墓参り日記』報告は正直ツラすぎる。お祖父さんが出てきて猫がニャーとか言われても何の事やら全然さっぱり。

小夜の記憶の風景を私の頭の中にダウンロードするには相変わらずデータが解読不能でネットワークエラーが出まくり状態である。そして、小夜の一方的なウイルス込み大容量データ通信は他のサーバーも巻き込み放課後の下校時間でも容赦なく送信されてくる。



「……一生懸命かどうかは知らんがな、相も変わらずオマエの話は支離滅裂で事の順番がメチャクチャ過ぎんねん! どこから瑠璃の祖父さんが出てきたんかの話も無いし、第一にその猫さんっちゅうんは一体全体何者やねん!? 墓場に猫ひろしでもおったんかいな!?」


「だーかーらー! その猫さんは瑠璃ちゃんのお母さんでー、瑠璃ちゃんのお母さんのお墓の前まで案内してくれたのー! でねー、名前は瑠璃ちゃんと同じ『ルリ』って名前でー」


「待て待て待て待てぃ! せやから何でやちゅうねん、何でその猫が瑠璃のオカンになっとんねん!? オマエはどこまでアホやねんな!? 猫から人間が産まれてくる訳ないやろがボケェ! それとも何か、瑠璃は猫から産まれた猫娘でしたー、とでも言いたいんかオマエは!?」


「ちーがーうー! 全然違うー! 瑠璃ちゃんのお母さんはお墓の中だけどー、ずっと近くで瑠璃ちゃんと航クンの事を見守ってくれてるのー! もーう、那奈も翼も人の話を聞かな過ぎー! だからあたしの話がちゃんと整理出来ないんだよー!?」


「オマエに言われた無いわ、このどアホ!! オマエ自身がオマエの話をちっとも整理出来てへんからこないメチャクチャのグチャグチャで訳わからん話になっとんねや! オマエどんだけ自由過ぎんねん、オマエの頭の中はお花畑パッパカパーで一年中五月病かいな!? オイ航! オマエも一緒にいたんやろ!? コイツの話をウチらがわかるように翻訳せえや!」


「…………猫さんがフカフカで、とても可愛かったです」


「オマエもパッパカパーかいな!? 辺り一面アホ花咲き乱れてキレイやな〜、ってアホか!? オマエらどんだけめでたいねん、ウチらまとめてナメとんのかゴラァ!!」


「あーもう、アンタ達がまとめて全員うるさい! 本当に目障り耳障り、休み明け一発目の登校日ぐらい少しは静かに出来ないの!?」



そこへもってこの小さい米粒みたいなちびっ子の不快な関西弁と甲高い怒鳴り声。珍しく朝はぐったりと居眠りしてて静かだったのに、いざ目が覚めて口を開けば毎度毎度のこの調子。側で聞いているこっちの方が頭痛い。体格が幼稚園児と知能が幼稚園児同士でレベルの低いケンカすんなっつーの!



「……あーあ、せっかく連休で少しはリフレッシュ出来たと思ったのに、初日からいきなりアンタ達子供のお守りでストレス満タン、もう本当に勘弁してよ……」


「ヘッ、何様のつもりやねん? 偉そうに良う言うで、ええか那奈? 人間ちゅうんはな、多少ストレスを感じてへんと頭も体もしっかり働かへんように出来とんのやで? 休みでたるんだ体調を日常通りに戻してあげたんやで、もっとウチらに感謝して貰わんとなぁ?」


「あっ、そーだ! ねーねー、那奈はお休み中に翔ちゃんと一緒に遠くのサーキット場までお出かけしたんだよねー? どうだったー? 楽しかったー? リフレッシュ出来たー? バイク凄かったー? 何か美味しいもの食べたー? それからえーと」


「……あのさ小夜、ちゃんと順番ずつ何があったか話すから、矢継ぎ早にガンガン質問するのやめてくれない?」



……確かに、都会から離れて自然の空気を吸えてリフレッシュ出来た事は出来た。ただね、そんな気分を綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるほど現場は嵐が吹き荒れて生きた心地がしなかったってのが本音。奥井親子の登場に会場の人間巻き込んでの大ゲンカに三島勇次朗さんの大噴火に……、今思い出すだけでも胃が痛くなってくる。



「嘘ぉ、Really!? 向こうでパパと会ったのぉ〜!? ねぇねぇ、二人とどんな話したのぉ? 那奈は興味無くても、翔太君はパパの話に興味津々でしょ? ねぇねぇ、アタシにも教えてPlease?」


「……いや、話すほどの事でも、ねぇ翔太?」


「……う、うん、まぁ色々、色々ね……」


「何よぉ? 何で二人揃ってそんなに歯切りの悪い感じな訳ぇ? 何か怪しぃ〜い、アタシに何か隠してるでしょ〜?」



……そりゃね、さすがにこれは千夏には言えないって。アンタのパパがうちのチームの橋本さん達から散々からかわれてプライドをズタズタにされて、トドメは父さんからのあの幼稚で中学生の悪口みたいな手紙によって大激怒して少ない頭髪を暴風雨に晒していただなんて……。

こんな事を実の娘である千夏に喋ったら、ただでさえ三島毛、いやいや三島家で髪が薄い、いやいやいや影が薄い勇次朗さんの人権侵害にもなりかねない。下手したら鬱になって自殺してしまう可能性も拭えない。言えない言えない、無理無理、絶対無理。



「千夏、アレちゃうか? コイツら、オマエのオトンとか関係無しに、何かウチらに話せへんようなやましい事をしてたんとちゃうか? 若い二人が都会から離れてお出かけやもん、これはあんな事やこんな事があってもおかしくないでぇ〜?」


「ヤッダァ〜! もしかして、開放的な空気と景色についつい心も体もAll openしちゃったって事〜? イケないわ、まだ高校生なのにそんな事しちゃって、何てイケない悪いSteady達なのかしら〜?」



……オイコラ千夏、この恩知らずめ。アンタの父親の名誉を守ってあげたってのに、何でそっちの話になっちゃう訳!? また始まった、このご近所奥様レベルのゴシップ妄想バカ話。ちょっとでも私と翔太が一緒に行動したらすぐこれだ。他に話す事はないのかなこの二人は!?



「……またそっち系の話? 全くもう……、あのね、あの日翔太は全日本戦に出場、私は現地に行けない父さんの代理、そんなバカな事してる暇なんか無かったわよ! 何かにつけて変な言いがかりばかりつけるのいい加減にやめてくれない!?」


「そうだぞ! 俺達は何も遊びに行った訳じゃないんだぞ!? それに、周りには橋本さんや竹田さんとかチームのみんながいたんだから、変な事なんか出来る訳が無いだろ!?」


「またそっち系? 遊びじゃないんだぞ? ウヒヒ、良う言うわ、とか何とか言うてやでオマエら、ホンマはこうやってウチらにからかわれたりやきもち妬かれんのが嬉しくてたまらんのやろ? ええなぁ、遊びでなくとも一緒におるだけで毎日ラブラブで楽しいんやろうなぁ? ウヘヘ、羨ましいなぁご両人! なぁ、千夏?」


「いやん、もぉう! とっても羨ましくってアタシったらジェラシービンビンで腰クネクネしちゃう〜! 超スゴくない超スゴくない? 超ヤバいって感じ〜!」


「何よ薫ちゃん! それアタシの真似のつもりなの!? 全っ然似てない! 最っ低! ムカつくぅ、超キモいんですけどぉ〜!?」


「恋する二人はとっても楽しそうで羨ましいでんがなまんがな〜? よーし、こうなったら俺達も二人に負けないくらいみんながやきもち妬きまくリングな熱く濃厚なラブラブチュッチュッを見せつけてやろうぜダーリン!?」


「何でやねん!? キモいインチキ関西弁喋りよって、オマエは呼んでもへんのにしゃしゃり出でくんなや茶髪豚野郎が! そないな話即行お断りや、頭空っぽのエロエロ変質者め、ウチの半径五メートル以内に近づくなやこのどアホ!」


「う〜ん、エロエロ変質者って言われたってこの薫ちゃんは全然へっちゃらだぜ! CHA-LA! HEAD-CHA-LA! 頭空っぽの方が〜エロ詰め込め〜るぅ〜♪」


「近づくな言うてるやろがこのスーパースケベ人! 変な歌を歌いながらどさくさ紛れてウチに抱きつこうとするなや、いい加減警察に被害届け突き出すぞボケェ!!」



しかし、この連休中の出来事で私達が一番驚いたのは、このクドい夫婦漫才コンビがマジで交際を始めたという話。このまま永遠に一方的な薫のストーカー行為で終わると思っていた関係が、まさか本当に恋人同士になってしまうとは。翼、御乱心?



「翼も隅に置けないわよねぇ〜、アタシの知らない内に薫ちゃんとそんなラブラブ関係になっちゃうだなんて、何だかんだ言って所詮翼も恋に夢見るウブな女の子だったって訳なのねぇ〜?」


「アホか千夏、ウチを見損なってもろたら困るわ! こんなんラブラブでも何でも無い、タダの無料サンプルお試し期間やで! こんなどスケベ男を世に放し飼いにしとったら危なくってしゃあないやろ? せやからウチが責任持ってコイツの身元請負人になってやっただけや! オマエらを犯罪の魔の手から守ってやったんやで、少しはこのウチに感謝して貰わんとなぁ!?」


「でもさ、俺とつばピーはすでに二泊三日の婚前旅行に行っちゃってたりしてるディープな仲だったりするんだぜぇ!? しかも、この薫ちゃんとエロエロ男爵新作お父様とのおっぱい同盟の結束力は世界一、美香ミカお母様やみータンお嬢様からの信頼度も完璧だぜ! お嬢と旦那コンビなんて目じゃないね、俺達はすでに松本家一家公認の最強ラブラブカップルなのさ!」


「いやぁ〜ん! まだ二人とも高校生なのにお泊まり旅行だなんてスッゴいスキャンダル! イケない、イケないわ! 何てイケない二人なのかしらぁ〜!」


「アホかボケェ!! コラ薫、オマエ適当な事ばかり言うなや! あん時はウチら以外にも綾や岬も一緒におったやないか! しかも、あれは旅行とちゃう、オトンが隠した宝物を探しに行っただけやろが! 勝手にオトンやオカンの名前まで出しよって、何がお父様お母様やねん! キショい言い方すんなやボケェ!」



……でもまぁ、これでめでたく翼は私と翔太の事をいちいち茶化したり出来なくなった訳だ。コイツには今まで散々からかわれてきたからね、後々その分はきっちりと仕返しさせて貰う事にしますか。女同士の恨みは怖いのよ、ムフフ……。



「まぁ、な、アレや、そないな事よりウチはこの前凄いスクープを手に入れる事に成功したんやで! オマエら気になる? 聞きたい? 聞きたいやろ? そこまで言われたらしゃあないなぁ、そない聞きたいならそっちの話しようか、なぁ?」


「……別に? 何だったらこのまま、おのろけ話を続けて貰っても私は構わないけどね、ププッ……」


「グダグダニヤニヤうっさいねん那奈! オマエは四半世紀、いやいや丸々一世紀黙っとけや!!」



あらまぁ、随分と必死ですねぇ翼ちゃん? あー、いい気味だわ。これこそ正に因果応報ってヤツよ。人様の恋バナは蜜の味、しばらくはこの話だけでご飯三杯いけそうな気がする。スッゴくメシウマです、ププッ……。



「……ううんっ! まっ、気を取り直して改めてやけど、そのスクープっちゅうんは、この学校の体操着が次の学期から全面リニューアルされるって話なんや! 何か全国の小中高で公認される前の試験的採用だとかで、その機能は一流のスポーツ選手も納得の出来映えになってるらしいで!? 職員室で先生達が立ち話してたのを聞いた話やから、間違いない確実な情報や!」



体操着が全面モデルチェンジ? へぇー、年度中に変更するだなんてあまり聞いた事の無い珍しい話。余程その体操着には教育関係機関まで参加した一大プロジェクトでもあるのだろうか。どこのスポーツメーカーだろう? ミ〇ノ? アシッ〇ス? それでも外資系のナ〇キやアディ〇スかな?



「なぁ千夏、オマエやったらあのオカンを通じて色々と情報が入ってくるんとちゃうか? 何か知ってる事があったらウチに教えて〜な?」


「……知らない」


「……ハァ? 何で急に不機嫌になっとんねん? なぁなぁ、せやったらオマエの裏ルート通じて、何とかその体操着のカタログとか上手い事手に入らへんかな? ウチかて立派なスポーツ選手や、こういう話は気になってしゃあないしゃあない……」


「I don't know!! 知らないったら知らないわよ! カタログなんかある訳無いでしょ!? あったって絶対に見せない! んもぉうこの話題はノーコメントよ、Shut'up!!」


「せやから何でキレてんねん!? さっきまで『いやぁ〜ん!』とか言うてニヤニヤしとったクセに、アイドンノゥなのはこっちの方やで? オマエ何か変な動物の肉でも食ったんとちゃうか?」


「Nooooo!! Don't touch me!! Shut the fuck up!! Fuuuuuck!!!!」


「アカン、コイツもパッパカパーや、もう訳がわからへんがな」



そういえば、この連休中に千夏は一体何をしてたんだろう? いつもはしつこいくらい自分の話をしたがるこの女が、まるで腫れ物に触られるのを嫌がるように一切深い追求をシャットアウト。一週間前は『アタシの時代が来たわ!』とか『これで世界のトップモデルの仲間入りよ!』なんてはしゃいでいたはずなんだけどなぁ……?



「新しい体操着か、なぁ一茶、同じくスポーツ選手であるお前もさすがにこれは結構気になるんじゃないか? 授業や部活で毎日着るものだしさ、一言運動着と言っても機能だけじゃなくデザインとかも色々……」


「全然」


「……あっそう、相変わらず無頓着だな……、あっ、そういや確か一茶は連休中に大会用の衣装を作りに行くって言ってたよな? どうよ、どんな感じ?」


「翔太、お前投げ飛ばされたいのか?」


「……何でそうなるの? 俺、何か悪い事言ったか?」



深く追求されたくないのはどうやらもう一人いるようだ。何か朝からこの犬猿の仲コンビは他を寄せ付けないぐらいピリピリとした空気を周囲に振りまいている。どうやら各自それぞれがそれぞれ、訳あり気な連休を過ごしていたようだ。



『……まぁ、みんなもう高校生だもん、それぞれ色々と難しい問題を抱えてるって事かな……』



「……ねーねー、那奈……」


「……ん?」



私がそんな事を考えていると、いつの間にか小夜の小さい手が上着の裾を掴んでクイクイ引っ張っていた。何やら酷く怯えて心配そうな表情をしている。



「……さっきからね、木の後ろに隠れてこっちをジッーと見てる人がいるよー? 何か怖い、怖いよー!」


「……えっ、どこ? どこから?」



小夜に言われて私達全員が後ろを振り向くと、こことは反対側の校門に通じる下校路の路樹の影に隠れてこちらを恨めしそうに見つめる女子生徒が一人いた。その視線は非常に殺気立っていて、小夜どころか私すら恐怖を感じる身の毛のよだつものだった。



「……あれって、綾だよね……?」


「こっちをスゴい見てるでしょー? どうしてあんなに睨んでるのかなー?」


「ヤダァ、怖ぁ〜い! 何か翼と薫ちゃんの事を睨んでる気がしない? まるで心霊写真よ、アレ?」


「……あのアホ女、何しとんねん……?」



何やらそのまま木に藁人形でもくくりつけて釘を打ち出しかねない異様な雰囲気だ。しかも良く見ると、小さな声で何かブツブツと呟いているのか口元が小刻みに動いていた。口の動きを読み取って言葉にしてみると……。



『翼は私のもの、翼は私のもの、翼は私のもの……』



……何なの、アイツ……?



「…………あのオーラは正しく嫉妬の怨念、人を呪い殺す悪魔の呪文……」


「……なぁ薫、お前まさか綾ちゃんにまで何か変な事したんじゃないだろうな?」


「ノンノンノンノン! してね〜ッスよしてね〜ッスよ! ちょっと風呂入ってるところを覗いただけでな〜んにもしてね〜ッスよ!! 翔太の旦那も航先生も人聞きが悪いッスよ!!」


「それって十分してるだろ!?」


「ねぇ翼、綾と連休中に何かあったのぉ? あの子、絶対変よぉ?」


「……気をつけときや千夏、オマエもアイツの怨念の対象になっとるみたいやからな……」


「Why? どぉしてぇ?」



……怖い。怖いよ、吉田綾。一体何がどうしたのか? 影が薄かった人物像だったとはいえ、この先コイツは一体何キャラに変貌するつもりなんだろうか? ちょっと不安……。



「那奈、那奈! 今度は逆から変な人が走ってきたよー!?」


「もう何なのよ!? お次は何!?」


「チナツ、I found you! マタ アエマシタネー、Me ハ チョウHappy デース!!」


「嘘っ! 何でソフィーがここにいるのよぉ!?」



今度は片言のオモシロ日本語が聞こえてきた方向に目をやると、やたらと背の高い女金髪外国人が全力でこちらに向かって猛ダッシュしてきた。その姿を見た千夏は怯えながらその外国人さんとの間に私達を挟んで盾にしながら周りをグルグル。何ナニなんなの何事なのこれは!?



「Me ハ チハル ニ オネガイ シテ、コノ School ノ Special coach ニ ナルコト デキマシター! コレデ Everyday チナツ ト Olympic メザセルネー!」


「Oh,my god! 冗談じゃないわ! ママったら、何て余計な事をしてくれるのよぉ!?」


「チナツ、イマカラ Me ト Together デ、Heptathlon ノ レンシュウ シマショー! コレカラ ハ チナツ ト Man-to-man デ ビッシビシ Coach シテ アゲルヨー!」


「Noooooooo!! 嫌ぁ、嫌いやイヤァ〜、絶対に嫌ぁ〜!! 女子七種なんてアタシ、絶対に嫌ぁ〜!!」


「チナツ、Wait! ゼッタイ ニガサナイ デスヨー!!」



ソフィーとか言うデッカい外国人さんに追われながら、千夏は全力疾走で校舎の中へと戻りそのまま姿を消した。残された私達はただその場に茫然。何これ? どういう展開なの? 全然状況が把握出来ないんですけど……?



「……誰なの、あの面白外国人は……?」


「千夏大丈夫かなー? あの人に食べられちゃったりしないかなー?」


「……多分大丈夫とちゃうか? もうしんどいわ、千夏は放っといて早よ帰ろうや? さっきからもう背後からの綾の視線がメチャクチャ寒いねん……」



ここは翼の言う通りだ。他人の話までいちいち付き合ってられない。私は私でこの後家に帰ってからしなければならない事がある訳だし、後は各自でどうぞご勝手に。もうさっさと帰ろう、私も本当に疲れちゃったよ……。



「おっと、悪いが俺は今日から柔道部の活動に参加するのでもう一緒には帰れない、まだ本格的な稽古こそ出来ないが、色々と迷惑かけた分用意や片付けの手伝いくらいはしなければならないからな」


「日本柔道界希望の星も一年生新部員恒例の雑用係は避けられないって訳か、一茶も色々と大変だな、また怪我しない程度に頑張れよ」


「お前もな、翔太」


「部活で青春一本道も良いけど、一茶親分もたまには息抜きしないとこの薫ちゃんみたいにラブラブでウキウキなハイスクールライフを満喫出来ませんですぜぇ? やっぱり青春に恋愛はつきもの、野郎同士で寝技ばかりしてたらヤバい世界に目覚めちまいますぜ〜?」


「余計なお世話だエロ河童、サノバビッチ」


「オーマイガー」



色々ありながらもやっとこさ学校から外に出ていつもの下校路へ。しかし、その間も相変わらず小夜からは解読不能な暗号じみた謎のお墓参り報告が次々と送信されてくるわ、その後ろではちびっ子と変態ストーカーがどうたらこうたらやり合っているわで、千夏と一茶がいなくて少しは静かになるかと思った私の見通しは見事に粉砕されてしまった。この時私は将来、絶対に保育士にはなりたくないと心に誓った。

このベビーシッター地獄から私がやっと解放されたのは見慣れたいつものあの駅に到着した頃。ここで毎日小夜と翔太以外のメンバーとはバイバイになるのだが、今日は小夜も電車に乗って航と一緒に遠藤医院に行きたいと言い出した。その目的はもちろん瑠璃と遊ぶ為と、そろそろ出産予定日を控え産婦人科への入院が近くなってきた麻美子に会う為だろう。



「麻美ちゃんにはいっぱいいっぱいお話してあげたい事がたくさんあるんだよー! 瑠璃ちゃんのお祖父さんの事とか、彰宏お兄さんのズッコケ話とか、色々教えてあげるんだー!」


「……まぁ、別に良いけどさ、あまり麻美子の体に負担かけない程度で帰ってきなさいよ? もう随分お腹も大きくなってきた事だし、無理矢理外に連れ出して引きずり回したりしたら絶対駄目だからね!?」


「ハーイ! ダイジョブダイジョブー、ダイジョブダイジョブー! じゃあ、行ってきまーす!」


「……アンタの『大丈夫』が一番大丈夫じゃないんだどね……」



まるで台風一過のように静かになった下校路、気がつけば私の横には翔太が一人だけ。お陰で随分と雰囲気は落ち着いたけど、私は別の意味でいまいち気分が落ち着かない。特に二人揃って無言になったりすると妙に焦ってしまう。何かしら話題を見つけないと息苦しくなってしまう自分がいる。



「……親父さん、沖縄から帰ってこないな、連休明けには戻ってくるって言ってたのに……」


「……うん、そうだね……」


「……向こうで何かあったのかな? 電話の一本すらかかって来ないし、さすがにちょっと心配になってきちゃったなぁ……」


「……父さんの事だから、どうせどこかで寄り道とかして遊んでるんじゃない? わざわざ心配しなくたってどこかで野垂れ死ぬような人間じゃないよ……」


「……まぁ、そりゃそうだけどさぁ、逆に人を殺したりして向こうの警察の厄介になってなきゃいいんだけど……」


「……翔太、それマジでありそうで全然笑えない……」



どうしてもまだぎこちなくて、上手く関係が保てないでいる私達をさらに追い立てるように、この連休中ずっと父さんが不在の状態。そして、お姉も大体この時間は滅多に家にはいない。つまり今、家に帰れば私と翔太の二人きりになってしまうのだ。

正直今、私は迷っている。このまま帰っちゃっていいのだろうか。いくら今までずっと一緒に同じ家で暮らしてきたとはいえ、もう私達はお互いの気持ちを伝えあってそれを認め合った恋人同士の仲。そんな二人が他に誰もいない空間に閉じ込められてしまったら女子として困ってしまう事がたくさんある。

つまり私が何を言いたいのかと言えば、まだ何事にも経験の浅い若い男女が恋人同士であるという事は、そこには色々と口では言えない思念と欲望がたくさんある訳であって、さらにそれを厳しく戒める役目の大人がいないという事は、二人は若気の至りの余りにイケない過ちを犯しかねない訳であって、だからつまり、その……。



「……あれ? おい那奈、親父さん帰ってきてるみたいだぜ?」


「……へぇっ?」



……そんな私のバカな妄想を粉々に粉砕するように、大通りの曲がり角から見える自宅の玄関の前には父さんがいつも使っているカブのバイクが停まっていた。帰ってきちゃったのか、うーん、何かホッとしたような残念なような複雑な心境……。



「……おっ、お二人さん、揃ってお帰りかい? 相変わらず仲のよろしい事で」


「あれ? 優歌さん?」


「へぇー、こんな時間帯に珍しい、お姉もいたの? 何か事件でもあったの?」


「あたしが家にいるだけで一大事かよ、ひでぇ扱いだな、オイ」



私達が玄関前まで辿り着く寸前に、家の中から外に出てきたお姉とバッタリ巡り合わせになった。まさかお姉までここにいるとは予想外、今日はジムの練習は休みなのだろうか?



「優歌さん、今からどこか行くんスか?」


「おう、酒のつまみが無くなっちまってな、虎太郎ちゃんから直々にパシリ使命だよ、さすがのあたしも虎太郎ちゃんの命令には逆らえねぇからなぁ」


「こんな真っ昼間からお酒? 父さんが飲みたいって言い出したんでしょ? あーもうだらしないなぁ、家族の一員としてみっともないったらありゃしない! お姉も一緒になって飲んでないでちゃんと父さんを止めてよ!? こんな事ご近所に知られたら私達まで笑いもの扱いされちゃうじゃない!」


「まぁまぁ、堅い事言うなって、何もリクエストしたのは虎太郎ちゃんだけじゃないんだぜ? 何せ今日の渡瀬家はカーニバルアーンドフェスティバルだからなぁ?」


「……ハァ? カーニバル、アーンドフェスティバル? 何それ?」


「まぁまぁまぁ、おめーらも家の中に入って祭りに参加すりゃ嫌でもわかるさ! すっげー事になってるぜ、おめーらビビって腰抜かすぜ!? ウッヒャッヒャッヒャッヒャッ!」



何やら意味ありげな捨てゼリフを残すと、お姉はニヤニヤしながらジーンズのポケットに両手を突っ込んで駆け足で近くのコンビニに向かっていった。リクエストは父さんだけじゃない? どういう事? 誰か他にいるの? お客さん? 父さんの知り合い? 啓介さん新作さんの二人は有り得ないし、じゃあバイク仲間の橋本さんあたりかな……?



「……あるいは、もしかしていづみさんかな? 小夜の帰りが遅くなるのがわかってて、真中家からあづみさんも遊びに来てるとか……?」


「まさか! 母さんが帰ってくるにはまだ時間が早過ぎるだろ? それに、母さんがいれば真っ昼間からお酒なんて絶対に許さないだろうし……」



確かに、いづみさんが仕事から帰ってくるにはあと一時間くらい後の話になるだろうし、それに第一、いづみさんはまだ精神安定剤の薬を処方されていて医者からお酒を止められているはず。翔太の言う通り、父さんがお酒飲みたいだなんて言い出したら間違いなく大反対するだろう。じゃあ、今この家の中で父さんと一緒にいるのは一体誰なの!?



「……翔太、そぉーとね、そぉーと……」



私達は中の人間に気づかれないようゆっくり音を立てず玄関のドアを開けてみた。耳を澄ませて聞こえてくるのはどうやらテレビの音、人同士の会話の声は何も聞こえてこない。しかし、室内から異様なほど凍えそうな冷たい空気がこちらにまで漂ってくる感覚を覚えた。



「……何、この空気……?」



恐る恐る隙間から家の中を覗くと、そこには人一人がスッポリ入ってしまいそうな大きなアタッシュケースが二つ。いつかどこかで見た事のあるそのケース、私達がそれを思い出すのに時間はほとんど必要なかった。



「……おい、那奈、これって、まさか……!?」


「……あの人が、あの人が今ここにいる……!」



想像すらもしていなかった予想外の仰天事実に、私と翔太は慌てふためきそのまま玄関前に尻餅をついて顔を見合わせた。確かにビビって腰が抜けそうになった。お姉の言ったカーニバルアーンドフェスティバル、まさかこんな事だっただなんて。これはお祭りどころか私達が血祭りになっちゃうってば!



「……俺、母さんから何にも聞いてないぞ!」


「……私だって、父さんやお姉から何にも聞いてない!」


「……またアポ無しで抜き打ち帰国かよ!?」


「……もう本当、いい加減にして!」


「……何で!?」


「……何で母さんがここにいるの!?」



一難去ってまた一難、先程の騒ぎはこの天変地異の大嵐の前触れに過ぎなかったのだろうか? 黒船襲来。この家の中に、間違いなくあの氷の女王、私の母・渡瀬麗奈がいる。あの冬の雪合戦の日以来の凱旋帰国。西の猛虎、東の麗龍、今ここに揃い踏み! 風雲蠢く怒涛の急展開、私達の緊張は一瞬にしてピークを迎えた!!



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