第58話 アンダーシャツ
「キャハハ! ヤッダァ〜、超ブサイク〜! こういうオカマ、イギリスのバーとかにもいたいた〜!」
「ねぇねぇ千夏ちゃん、あるいは全然長髪が似合っていない勘違いしたロックバンドのメンバーって感じもしません? 私も実際に良くこんな人を合コンとかで見た事ありますよ!」
「って言うかさ、悪役の外人プロレスラーって感じもしないかー? 何か首に鎖とかかけて観客席とかで場外乱闘とかしてそうな」
「んも〜う、モモもハナもみんなして言うよね〜! 一茶ちゃん、気にしなくて良いわよ、あなたとってもキレイ! この輝くブロンズの髪にゴツく割れたその顎がズッゴイセクシーよ!」
「うわー、キモいですぅー! アキバで女装してるキモオタどもより何千倍もキモいですぅー! もし、ここがアメリカだったら間違いなく不審者として即効銃殺される危なさですぅー!」
アハハ、アハハハハ〜! もぉう、最っ高! ショッピングモール内のバックヤードに仮設されたメイクルーム兼衣装室の中で、アタシと周りの女性スタッフ達はお腹を抱えて大爆笑!
腰抜けゴリラを捕獲したアタシ達は容赦なくそのデカい図体を紐でメイクチェアに縛り付けられて、男の風上にも置けないダメダメでフニャフニャな一茶ちゃんを思い切って可愛い女の子に大変身させてみたの!
リョウちゃんに無抵抗でメイクアップされていくその不細工の醜い顔はキモいったらありゃしない! さらには十七世紀の貴婦人みたいな金髪クルクルカールのかつらまで被せられて、その姿はもうこの世のものじゃない、正にMonsterだわ! あの三輪〇宏でさえもビックリして逃げ出しちゃうって感じ!
あ〜あ、バカバカしい。ホント、この男にはガッカリよね。普段はあんな大口叩いておいて、いざ化けの皮が剥がれるとプルプルと震えてるチワワ同然なんだもん。日本柔道界期待の新星も、ここじゃすっかりアタシ達女の可愛いおもちゃ。まるで着せ替え人形、あるいはぬいぐるみってところかしら?
哀れよね、自分の身の程を知らずに傲慢になって、アタシに還付無きまでに叩きのめされた挙げ句にこの醜態。嗚呼、醜い。何て醜いその姿! その醜い姿を写す目の前の鏡も、あまりの醜さに耐えられず砕け散ってしまいそう! 正に敗者に相応しい結末だわ。勝利とは正義、正義はいつの世も常に勝者の元に舞い降りるものでなくてはならない!
そう、アタシは勝った、勝ったのよ! 凶悪な野獣に自由を奪われ、煮え湯を飲まされ、地に這いつくばって砂を噛み、夜な夜な枕に涙を濡らし屈辱にまみれた不遇の時代はもう終わり! アタシは遂に、この鬼畜極まりない野獣の心臓を正義の剣で貫き通し、その息の根を止めてやったのよ!
ああ、この至福の時を、この魂の解放の時を、どれほど世界中の女性達が心より渇望してきた事だろう。この勝利はアタシだけのものではないわ、女の素晴らしさをちっとも理解出来ない愚かな男どもに虐げられてきたアタシ達女性全員の勝利よ!
きっと、今日のこの日は忌まわしき男尊女卑の時代と完全に決別を告げる、『女性の独立記念日』として未来永劫まで世界中で祝い、讃えられるわ! 何て素晴らしい日なの、こんなHappyな気分は生まれて初めてだわ!
「……ウフフフフ、アハハハハ、アッハハハハ〜! あらまぁ皆さん、ちょっとWait? お気持ちはわかりますが、皆さんでちょっとオイタが過ぎるんじゃごさいませぇん? いくら何でも遊び過ぎかと思いますわぁ? こちらにいらっしゃるお方は未来の日本柔道界を背負って立つ有望な人材、将来のオリンピック金メダリスト候補と噂される、あの澤村一茶様という超VIPなスペシャルゲストなんですのよぉ? もっと熱く情熱的にギュッてハートを込めて、清楚に優雅に丁寧にエスコートして差し上げて頂戴ませませ? モモさん、ハナさん、リョウさん、ランランちゃん、よろしいかしらぁ?」
「またまた、悪い冗談ですよ、千夏ちゃん?」
「そんなこれっぽっちも心に無い事を言ってさー?」
「結局、一番この状況をお楽しみなのは〜?」
「間違いなく千夏ちゃんですぅー!」
「いっやぁ〜ん! バレたぁ〜? バレちゃったぁ〜? んもぉ〜う、そんなイジワルな事言って、ホントはみんなだってとっても、お楽しみの、ク・セ・にぃ〜? ママの大切なゲストをこんなに辱めちゃって、アタシ達って何て悪い小悪魔なのかしら? これじゃ悪戯好きで美しいアタシ達に嫉妬した神様が、怖〜い怖〜い天罰を下しちゃうかも〜?」
「いや〜ん、怖〜い!」
さすがはママのご自慢の四人組、こういう時だけはイタズラ心満載でキャッキャッとはしゃいで息ピッタリ! ホント、ここのスタッフはみんな楽しくって最高! アタシもいつか、ママやみんなと一緒に世界中を渡り歩いてビッグビジネスを成功させてみせるわ! それがアタシの一つ目の将来の夢なの!
「ウフフ、What'up? Mr.lady, Issa Sawamura? 絶世の美女に大変身したご気分はいかがかしら〜? その泥臭い田舎のイモ娘みたいに赤くチークされた頬に、アイラインとマスカラが施された細くて凶悪犯罪者みたいなショボショボお目め、ワインレッドの鮮やかなルージュが映える辛子明太子みたいなグロくて分厚い唇がとってもCuteで超Prettyよ! んもぉう、見てるだけで吐き気をもよおしそうなくらい、不細工で醜くてキモくてBitchでFuckでとってもお似合いだわぁ〜!」
「………………」
「あらやだぁ、もう言葉すら出てこないくらい自分の美しいお姿に感激されていらっしゃるのかしらぁ〜? ほぉら、目に穴が空くまで良〜くご覧なさい? 鏡に写るもう一人の自分の姿、とってもキレイでしょ? オランウータンの体毛みたいに臭そうなこのブロンズの髪も超ステキ! ねぇねぇ、今の気分、どんな感じ? 新たな自分の可能性に気づいちゃったって感じ? それとも、鏡の中の可愛い自分にFall in loveって感じかしらぁ〜?」
「屈辱だ」
「えっ、な〜にぃ? 声が小さくて良く聞こえな〜い!」
「屈辱の何物でもない」
「キャハハハ! そうよね、そうよねぇ!? でもね、今更後悔したってもう遅いわよ、クソ生意気にもこのアタシに何度も何度も事ある毎にいちいち楯突いたりするからこんな仕打ちにあうのよ! これまでずっとアタシ達女性をナメてかかって疎かに扱っていたんだもん、当然の報いよ! まだまだこれからよ、この地獄以上の苦しみと耐え難い屈辱のフルコース、とくと存分に心ゆくまで味わいなさい!!」
男って、ホント愚かで哀れな生き物ね。アタシのこれまでの人生経験から思うにぃ、所詮男の人って外見や肩書きばかり気にしちゃって、自身のスキルを磨こうとするSpiritが全然無いのよね。特に、最近の日本の男はみんなそう! 口だけではカッコいい事言っておいて、実際は小骨をママに取って貰わないと魚も食べられないBabyばっかり!
あぁんもぉう、アタシ最近の日本男子にはつくづくガッカリ! 何が『サムライ』よ、何が『ヤマトダマシイ』よ! もうこの国に『ブシドウ』なんて残ってないわ! やっぱり、アタシのdarlin'になる男性はガニ股ちょんまげ頭の日本人じゃなくて、サラサラのブラウンヘアに青い瞳の足の長い白馬の王子様しか考えられないわよねぇ〜!?
「お前、さっきから一人でクルクル回ってて気持ちが悪いぞ、何かおかしな物でも食べたのか?」
「……ハッ! ん、んぅん! Shut'up! このStupid monster! 今のアンタに発言権なんか無いのよ! いちいち口を開かないで、口臭が辺りに充満するじゃない!」
ふん、何よ。この男だって同様じゃない。結局、この偉そうにふんぞり返っていた柔道王者さんも中身が空っぽのお坊ちゃまだったって訳よね。畳の上、そして柔道着を着てないと自分をアピール出来ない臆病者のChicken boyじゃ、とても全世界六十六億の人類が一点に注目するあの平和のスポーツの祭典のステージで活躍するなんて到底無理な話よ! 偽りのプライドなんて付け焼き刃、とても通用する世界なんかじゃないわ!
やっぱり、スーパースターになる人間っていうのは、アタシみたいに生まれながらのその美しさで人々の視線を独り占めして、拍手喝采を浴びる魅力と才能を兼ね備えているものなのね。アタシはこの通りルックスもスタイルもアスリートとしての才能もAll perfect! 人々の憧れの対象になる為に神に選ばれこの世に生を受けた天才ですもの!
アスリートと呼ばれる者は日々の鍛錬と努力で鍛え上げたフィジカルだけじゃなく、どんな場面に出会しても決して折れないSoulfulなメンタルと、誰にも負けたくないっていうPowerfulなFighting spiritが必要なのよ! それが伴っていない負け犬どもにそのステージに立つ資格など有りはしない! いいえ、そのステージを夢見る資格すら無いのよ!
アタシは選ばれたのよ。人々に夢を与えるスポーツアスリートとして、世界中に愛を振り撒くセレブリティモデルとして、全人類をHappyにしてあげられるスーパースターとして! きっとママは、この世にアタシを産み落とした『定めの母』としてその使命を全うする為に、これまで様々な経験を通じてアタシに学習させてきたに違いないわ!
ありがとう、ママ。
アタシ頑張る! いつかきっと、ママの期待に答えられる世界中の女性達の未来の担い手、世紀のSuper womanになってみせるわ! まずその見せしめとして、この身の程知らずなFuckin'beastを二度と日の光りの見えない奈落の底へ叩き落としてやる! さぁ、世界中の女性達、アタシについてきて! Follow me!!
「それじゃ、メイクもバッチリ決まった事だしぃ、次は可愛いステージ衣装をセッティングしてあげて下さぁ〜い! んもぉう、会場の教育関係者さん達がお目めがハートマークで胸がキュンキュンしちゃう様なステキな衣装をプリプリPlease!」
……あれぇ? 気がつくとさっきまでノリノリだったモモさん達四人全員とも、なせがメイクルームの隅に寄り添ってプルプル震えだしてるわ? どうしたのかしら、寒い? ううん、そんな訳無いわよね? だって今日は五月上旬の楽しいG,Wだもの。じゃあ、なぜ? Why? みんな、何かアタシの真後ろを見て怯えているみたいなんだけど……?
「ねぇみんな、どうしたのぉ? カーニバルはこれからよぉ? これからこの不細工Babyちゃんに可愛い衣装を着させてあげて、ショッピングモールの中を大パレード行進……」
「……あぁ、あわわわわ、千夏ちゃん、千夏ちゃん! 後ろ、後ろ……!」
「……やっべー、まともに現場見られちまった、何も言い訳出来ねー……!」
「……いや〜ん、ねぇみんな、アレ怒ってるわよね? 絶対怒ってるわよね〜?」
「……ヤバいですぅー、100%カミナリどーん! の予感がビリビリしますぅー!」
……何、この背筋を伝ってくる強烈なプレッシャーは? 幽霊? 怪物? それとも殺人鬼? あるいはエイリアン? プレデター? まさか貞〇!? ううん、わかってる、わかってるよぉ! アタシの後ろに誰がいるか、今名前あげたものより遥かに怖い事ぐらい、もうわかってるよぉ!! 怖いよぉ、後ろを振り向くのが怖ぁ〜い!!!!
「……アナタ達、一体ここで何をやってるの……?」
「……ま、ま、マママママママママ、ママァ〜!!!?」
「……四人とも、今すぐ横一列に並んでこちらにお尻向けなさい、もちろん千夏、アナタもよ」
「……ハァ〜イ……」
嫌ぁ〜〜〜〜!怖ぁ〜〜〜〜い!! 今のママ、完全にお仕事モードの中でも最強の状態、怒髪衝天プンプンお怒りモードだわぁ〜! この時のママは一切おフザけ無しの超Coolなスーパーキャリアウーマンの顔になるの! アタシはそんなカッコいいママの一面も大好きなんだけど、一度怒り出すとアタシなんかより何百倍も怖いのぉ〜!!
「アナタ達は」
「痛っ! いえ、痛いですっ!」
「アタシが連れてきた」
「痛ってぇ!」
「大切なゲストに対して」
「あぁん! 痛った〜い!」
「こんな酷い悪戯をして」
「痛てぇーですぅー!」
「真面目に仕事をする気があるの!?」
「Ouch! んもぉう、ママ! 痛ったぁ〜い!!」
ママったらいつも怒るとヘマをしたスタッフ達を一列に並ばせて、手に持った長いコームをビュンビュンしならせて順番にお尻をペシペシ叩くのよぉ! アタシも前にステージ上でヘマしちゃった時、ママのお怒りに触れて何回かお尻をペシペシされたわ! これ、ホントに涙が出るほど痛いのよぉ! この前なんてお尻に真っ赤な叩かれ跡が残っちゃってたんだから!
「モモ、アナタがここにいて、どうしてスタッフ全員がこんなに緊張感ゼロの状態になっているの!? アタシが不在の時、現場をきっちりと仕切るのはアナタの役目でしょ? アタシはアナタの持ち前のリーダーシップを評価してスタッフチーフに抜擢したのよ、まさかそれを忘れてる訳じゃ無いわよね!?」
「も、申し訳ありませんでした、社長! 私がついていながらこの失態、反省致します!」
「ハナ、アナタは自分の仕事が終わるとその後いつも気を抜き過ぎ! 暇を持て余すのは結構だけど、他のスタッフの足を引っ張るような真似はしないでよ!」
「……いやー、すまねぇ姉御、姉御が帰ってくる前に元に戻せばいいかなー、なんてちーと調子に乗っちまってたわー……」
「リョウ、何よこのふざけたメイクは!? アナタはゲストの澤村君に対して何て事をしてくれるの!? もうイベント開始まで三十分も残ってないのよ!? いい歳して悪ふざけも程々にしなさい!」
「……千春ちゃ〜ん、ごめんなさ〜い、私ついつい千夏ちゃんのノリに少年、いやいや、少女の頃に戻ったみたいに楽しくなっちゃって、グスッ……」
「ラン、今日は教育関係者相手のイベントで出演モデルのメイクは全体的に抑え目、本当はネイリストであるアナタを呼ぶ予定は無かったの、それでもあえてアナタをここに呼んだのは、他のスタッフと比べてキャリアが浅いアナタにこの業界のいろはを学習して貰う為だったからなのよ!? 決して遊びで呼んでる訳じゃないの! いい加減、社会人らしい年相応な行動をとりなさい!」
「……うえーん、誠に申し訳ありませんでしたですぅー……」
さすがの四人も、頭に鬼の角をツンツン出して説教するママの前では借りてきた猫みたいに小さくなって静かになっちゃう。だって四人にとってママは先生、師匠みたいな存在だもの、絶対に逆らえないのよね……。
「そして、千夏! アナタがこのメンバーの中で一番の問題児よ! 外の廊下にまで聞こえてくるほど大きな声で騒いで、アナタは一体何の為に今日のこのイベントに呼ばれたと思っているの!? アナタもここに遊びで来てる訳じゃないのよ!? しかも何よこれ、ママの大切なゲストに何て事をするの!? さっきから黙って聞いていれば澤村君に対してヒドい事ばかり言って、澤村君はアナタと同じ学校のお友達でしょ!? 何でもっと普通に仲良く出来ないの!? ママはお友達を大事にしない悪い子は許さないからね!?」
「……だって、だってぇ、このゴリラ、いつもアタシの事を……」
「また言った! 『ゴリラ』だなんて、例えそれがアナタ達の間柄のあだ名であってもあまりに失礼よ! 澤村君はママのお仕事の大切なパートナーでもあるのよ、二度とママの前でそんな呼び名を使わないで頂戴! それに、アナタのその格好は何!? あと三十分弱でイベントが始まるっていうのに、まだ何の準備も出来ていないじゃない! アナタも澤村君と一緒にそのメイクとヘアスタイル、今すぐ全部リセットしなさい!」
「えっ〜! Why!? 何で、どうしてぇ!? せっかく自分で可愛くセット出来たのにぃ! 今日のメイクはアタシの人生最高傑作なのに、リセットするなんてイヤイヤイヤ〜!!」
「バカッ! あのね、何度も言うけど今日は県教育委員会や各世代公立私立校の関係者のの方々をご招待した、教育法人向けに企画した新スポーツブランドの御披露目発表会なのよ!? 教育の場で公認許可を貰うのに製品として一番大切なのは、確かな安全性と徹底した清潔感、そして何より明るく健康的なイメージだって事はいくら何でもアナタにだってわかるでしょ!? それなのにそんな場違いなメイクにヘアスタイルにネイルアート、アナタはママやソフィーの顔に泥を塗るつもりなの!? いい、全部よ、全部リセットしなさい! そしていつも学校に登校する時みたいな薄いメイクとヘアスタイルに戻しなさい!」
「……そんなぁ、ママァ……」
「甘えた声出してもダメなものはダメ! モモ、大至急全スタッフと最終チェックをして手違いや連絡漏れがないか確認しなさい! ハナはイベントブースでモニターVTRの用意! リョウとランは今すぐ千夏のリセット&セットアップ! 澤村君はアタシがやるわ! いいわね、二十分以内で全て終わらせなさい! はい、各自行動開始!!」
「了解でーす!!」
」
「……ふ〜んだ! 何よママったら、超つまんなぁ〜い!」
……あ〜あ、せっかく昨日の夜遅くまで一生懸命塗ったジェルネイルも、バッチリ決まったヘアカールも激カワメイクも、みんなぜ〜んぶ無駄になっちゃった。鏡に写るメイクチェアに座ったPrettyでCuteなスーパーモデルのアタシの姿は、リョウちゃんとランちゃんの手によってあっという間にいつもの女子高生に元通り。
まるで魔法が解けてしまったシンデレラみたいだわ。何かもうガッカリ。久し振りに自分でも納得の出来映えで超ノリノリだったのになぁ。さっきのママのお説教もボディブローで完全にダブルパンチ状態。あ〜あ、これからがアタシの本領発揮のシーンだっていうのに、すっかりテンション下がっちゃったわ……。
「……ママだって何もあんなに怒らなくてもいいのに、もうアタシ、もうイジケちゃいそう……」
「千夏ちゃーん、社長さんが怒ったのはランラン達が遊び過ぎてたからであって、千夏ちゃんのせいじゃないですぅー! イベントが終わった後、さっきよりもっと可愛いネイルに戻してあげるから元気出すですぅー!」
「そうよ、チナッティ? 千春ちゃんも忙しくてちょっと虫の居所が悪かっただけよ? 私も後で特別に、今ハリウッドセレブの間で大人気の最先端メイクとお姫様系巻き巻きふんわりカールをセットしてあげるわ! だ・か・ら、元気出して! 笑顔よ笑顔、スマイル、スマイル!」
ママに怒られて傷ついちゃったアタシのBreak heartに、リョウちゃんとランちゃんの温かい言葉がジンジン染み渡っていくわ。元はと言えばアタシが悪ノリしてみんなを巻き込んじゃったのに、二人とも優しいのね。ありがとう、大好きよ。
何か、泣きそうになってきちゃった。鏡に写ってるメイクチェアに座ったアタシの目、ウサギみたいに真っ赤になってる。アタシ、何も悪くない、間違ってない! 悪いのは全部この男なのに! どうしてアタシだけがママに怒られなきゃいけないの?
ママは全然わかってない。隣に座ってママにメイクを落として貰ってるこのクソゴリラに、ママの知らないところでアタシがいつもどれだけ悔しい思いをさせられているか。コイツ、ママが最高傑作だって自慢してくれるこのアタシを、見た目だけで人格を判断して鼻で笑い飛ばしたのよ? アタシが毎日陸上の練習で汗を流して頑張っている努力を、子供のお遊びだってバカにしたのよ?
確かに、ママからすればこの柔道バカは、将来の活躍を期待してスポンサー契約をした大切なお客様かもしれないわ。でもこのゴリラの正体は、ママにとって世界で一番大切な自分の娘の憎むべき宿敵なのよ? 絶対に許せない礼儀知らずの最低男なのよ? アタシにとって世界でたった一人、世界一大好きで大切なママが、よりによってこの男の味方になるなんて……。
そんなアタシの苦しい胸の内を知らないで、ママは隣でさっきの怖い顔からは想像出来ないほどニコニコ笑ってゴリラ相手にお喋りしてる。どうしてこんな人間以下の下等生物ごときに惜しげもなくそんなステキな笑顔を振りまいたりするの? アタシ悔しい。悔しいわ、ママ! ママは間違ってる、騙されてる! 早く目を覚まして! そして愛する娘の元へと戻ってきて! お願いよ、ママ!
「澤村君、ごめんなさいね? せっかくモデルの依頼を引き受けてくれたっていうのに、こんなヒドい目に合わせちゃって……、アタシのスタッフへの監督不届きが原因ね、反省してるわ、みんなには後でまたちゃんとキツくお説教しておくから、どうか許してあげて頂戴? ホントにごめんなさい」
「………………」
「……やっぱりまだ怒ってる? そうよね、当たり前よね? 同行を御了承して下さったお父様やお母様にも謝らなければならないわね、後日、お家にお伺いして改めて謝罪をさせて戴くわ、ホントに、本当にごめんなさい」
「いや、あの、それはもう済んでしまった事なので気になさらないで下さい、はい」
「ホントに!? ありがとう澤村君! アナタはその大きな体と同じように心も大きくて広いのね? 気は優しくて力持ち、全国の子供達の見本となるスポーツ選手として正に理想のタイプだわ!」
「いや、あの、お言葉ですが、自分はこの一件よりも、先程から三島さんの話に出てくる『自分がモデルの依頼を引き受けた』という一文の方がどうも腑に落ちないのですが? 事前にお伺いしたお話では寸法を図って試着をすると聞いていただけで、モデルをするとは一言も」
「そうよねぇ〜? 澤村君も怪我のリハビリや学校の勉強とかで色々と毎日忙しいはずなのに、こんな急な依頼を快く二つ返事で引き受けてくれるなんて、アタシ超感激しちゃった! 澤村君の協力にはホント感謝してるわ! ありがとう!」
「ん? はぁ? んっ? 喜んで戴けたのは光栄なのですが、自分は秋の柔道大会の開会式用の衣装を作ると聞いていた訳で、だからその」
「澤村君が今日のイベントをとても楽しみにしてたってお母様から聞いているわ、やっぱり分野が違うと言えども澤村君だってスポーツ選手だもの、新しいトレーニングウェアに興味津々なのは当然よねぇ?」
「うむぅ、自分の問いかけ方が間違えていたでしょうか? それは別にイベントが楽しみだという訳ではなくて、だからそのあの」
「こんなヒドい目にあわせてしまった事だし、澤村君、もう一度アタシに名誉挽回のチャンスをくれるかしら? 今日は絶対、澤村君が期待してた通りのステキなイベントにしてみせる事を約束するわ! きっと今日のこの日はアナタの青春の思い出の1ページに残る、最高の一日になるわよ!?」
「これは参った、会話がちっとも成り立たない、馬耳東風とは正にこの事、果たしてどうしたら良いものやら」
……あ〜もぉう、ウザったいわねぇ! ママの話に対して不満そうにいちいちデッカい顔をあっちこっちカクカク傾けて、もう隣にいて目障りったらありゃしないわ! この汚いボサボサ頭を振られる度に、中のフケやノミやダニの死骸がこっちにまで飛んできそう!
このスゴく不潔そうなルックスとイメージ、少しは改善しようって気は無いのかしらコイツ?それにね、アンタのその知能じゃママの言動パターンを理解するなんて無理無理! 脳みそまでガチガチ筋肉のオツムで考えたって理解不能よ!
ママはね、他人の都合なんてちっとも考えない、ひたすら我が道を突っ走って行く人なの。敵を騙すにはまず味方からって言うでしょ? 実の娘でさえも上手く丸め込んで容赦なく騙すんだもん、アンタの話なんか全然ママの耳に入ってないわよ!
……何よ、読者みんなしてそんな白い目でアタシをジロジロ見て……?
What!? お前も騙されたんだから、ママからしたらどっちも目糞鼻糞ですって!? Shut'up!! うるさいわねぇ! 外野がいちいち余計な茶々なんて入れなくてNo thank youなのよ!!
「……でも、ちょっとアレねぇ? もしかしたら澤村君には余計な話で失礼かもしれないけどぉ、澤村君はもうちょっとヘアスタイルやファッションとかに気を使った方が良いかもしれないわねぇ〜? そろそろ女の子に恋心も芽生えたりする微妙なお年頃なんだしぃ〜、せっかくご両親譲りの整ったルックスで体格にも恵まれた色男なんだからぁ〜、もっと自分をセルフプロデュースしてどんどんアピールしても良いと思うんだけどぉ〜、澤村君的にはこんな感じになりたい! みたいな理想とかってあるのぉ? もし良かったら、いっそアタシが澤村君をカッコ良くプロデュースしてあげてもOKよっ!」
「……ウゲェ〜……」
「……何よ千夏、ママ、何か言ってる事おかしい?」
うん、ママおかしい。絶対おかしい。この顔が色男……? どこからどう見ても北京原人にしか見えないんだけど? ママの目にこのゴリラの姿はどう映っているのかしら? ママのビジョンはかなり鮮明な解析度になっているか、もしくは人の顔も分別出来ないほどモザイクがかかっているかのどっちかに違いないわ。
「あっ、そうだわ! ねぇねぇ澤村君? もし良かったら今日を機に、足の怪我が治って練習が再開出来るようになるまでの間だけ、暇な時はアタシに同行してこの業界の職場を色々と見学してみるってのはどう? この業界は日本や世界でも有名なモデルさん達と出会える事が出来るから、彼らからアドバイスを受けたり真似をするだけでもファッションセンスはぐんぐんアップしていくと思うわ! それに、うちのチームは女性スタッフしかいないから、澤村君みたいな若い男の子が現場にいてくれたらとても良い活性剤になる事間違いなしよ! 澤村君にとってもメリットのあるアイデアだと思うんだけど、どぉう? 興味津々って感じぃ?」
「No! No! Noooooooo!! ダメダメダメ! 絶対にダメ〜!! そんな夢みたいなステキなお話、この男よりもアタシの方が誘われたいくらいなのにぃ〜!! そんなの却下よ却下! そんなのアタシが絶対に認めない! 大反対!! Objection!! んもぉう絶対に超Objection!!」
「ちょっとぉ〜、千夏には何も聞いてないわよぉ〜!? ママは澤村君とお話をしてるんだから、横からチョコチョコ口を挟まないでよ!」
「ダメ〜! ママが何と言おうと絶対にダメ〜!! アタシ、パパと千秋を連合組んでこの案は多数決で否決しまぁ〜す! 三島ファミリーは全員はんた〜い!!」
「じゃあ、ママはここにいるスタッフ全員と一緒に多数決しまぁ〜す! 澤村君に来て欲しい人、挙手してぇ〜!?」
「ハーイ!」
「Oh,Shit!! 何でみんなしてママの味方なのよぉ〜!?」
ヒドいわ! 数に物言わせてこんな強行採決、有り得ない! 日本はイギリスやアメリカと同じ民主主義国で個人の自由と尊重は法律によって保護されているのにぃ! 独裁よ、ママは独裁者だわ! 人々を甘い言葉で誘惑して虜にしちゃうイケない女独裁者よっ!!
「とか何とか言っちゃって〜、本当は千春ちゃん、若くてピチピチした活きの良い男の子と一緒にデートがしたいだけなんじゃないの〜? も〜う、言葉の節々から女の卑猥な下心がチラチラ見え隠れしててスッゴいイヤらしいわ〜!」
「あ〜らやだ、さすがねリョウ、こういう話だけはホントに勘が良く利くんだからぁ〜? アタシだってまだまだ女よ? 毎日仕事の繰り返しばかりじゃ心も体も廃れちゃうもの、たまには若い子と一緒に遊んでリフレッシュしたって罰は当たらないでしょ〜?」
「ハンパねぇ大人の本音トークですぅー! 社長さーん、何だかんだ言ってやっぱりおいしいところを全部一人で総取りしようとしてるですぅー! 卑怯ですぅー、社長さんにはちゃんとカッコいい旦那さんがいるのに、悪い女ですぅー! 稀代の悪女ですぅー!!」
……Unbelievableよ。わかんない、もう全っ然I don't knowだわ。まだあの四人組ならともかく、あのママまでもがこんな不細工なScrub相手にPush仕掛けるだなんて、みんなそんなに男に飢えてたりしちゃてるのぉ〜?
ママにはちゃんと、何でも言う通りにしてくれるパパっていうペット、う〜ん、ペットはちょっと可哀想かしら? ステキなdarlin'がいるっていうのにぃ〜!? ママったら贅沢ね、セレブリティライフをEnjoyし過ぎだわ〜!
でもまぁ、確かにパパもはっきり言えばかなりの頑固者で見栄っ張りのクセしてダサくてKYでヘタレで屁っ放り腰のどうしようもない駄Mensだけど、アタシはこのゴリラに比べたら何百倍もマシだと思うんだけどなぁ〜? だって、ちょっと甘えてあげたらすぐお小遣いくれるしぃ〜。
「……まぁ、今のはちょっとしたジョークとして、澤村君もアタシと行動を共にする事によって、色々と社会勉強にもなるし貴重な経験も積めて、これからの人生に何かとプラス要素がたくさんあると思うわよ? 今回の新ブランド発表によって、これからは国内のみならず世界クラスのスポーツ関係者との交流の場も増えてくるだろうし、そうなれば世界の舞台を目指している澤村君の競技生活にも良い事尽くめでしょ? ねっ、かなりおいしい話だと思わない? 今すぐ返事をしなくても良いから、ちょっとだけ考えてみてくれるかしら?」
「せっかくのお話で残念ですが、自分は全く興味がありません、失礼ながらお断りさせて戴きます」
「……ハァ!?」
「あらそう、それは残念ね〜」
「……ちょっと待って、ちょっと待って、待って待って待って、Wait!? 興味がない!? お断りですって!? You suck! Fuck you!! いい加減にしなさいよ、このバカブタゴリラ野郎がぁ!!!!」
んもぉう限界だわ! 絶対に許せない! アッタマきた!! この男、アタシに楯突くだけではもの足りず、せっかくのこママのお誘いまであっさり断るだなんて、一体全体何様のつもりなのよゴラァ!!
いい根性してんじゃない、こうなったらここで一発最大級の大噴火を起こして、この失礼極まりない恩知らずの腐れ外道をアタシの怒りの紅蓮の炎で骨まで残さずキレイさっぱり焼き尽くしてやるわこの野郎!!!!
「Hey, you!! Fuck!! fuckin'jap monkey!! You're fuckin' mother fucker!! and...!」
「Chinatsu, shut'up!!」
「Ouch!! 痛っ!? 痛ったぁ〜い!!」
「さっきから卑劣な言葉ばかり並べて、とても女の子がする事だとは思えないわ! 聞いてるママの方が恥ずかしくなってくる! もう、いい加減にしなさい!!」
……グスン、痛いよぉ〜!? またアタシだけママに叩かれたぁ〜! さっきお尻を叩かれたあのコームで、今度はそれを縦にして頭のてっぺんのつむじの辺りにガツ〜ン! って、頭蓋骨の中にまで音が響いたよぉ!!
んもぉ〜う! 何でぇ!? 何でよぉ〜!? 何でママは実の娘のアタシよりこのパープリン野生ザルの味方をするのぉ!? ホントにもう、ママはアタシの事が嫌いになったのぉ!? そんなの嘘よ、嫌っ! イヤイヤイヤ〜!!
「嫌よママ! アタシを見捨てないで!? アタシ、ママの理想通りの良い子になるから嫌いにならないで!? お願い、お願いよ!? お願いだから、ママ〜!?」
「……ねぇ千夏、アナタ最近ちょっと変よ? 学校で何かあったの? どこか調子が悪いの? ねぇ澤村君、今日の千夏ってちょっとおかしいわよねぇ?」
「いえ別に、極めて普段通りだと思います」
「あら、そぉ? じゃあ、あまり千夏の事は気にしないで聞いて頂戴? もしかして、澤村君がアタシの誘いを断ったのは今回のこの一件があったからかしら? だったら、もうそれは心配しなくていいわ、モデルのお仕事は今日だけ、もう無理は言わないわ、これっきりよ? アタシはただ、澤村君にはもっとたくさん経験を積んで貰って、もっともっと大きな人間に成長して欲しいのよ、これからの競技人生の飛躍の為にも、ねっ?」
「ならば、尚更自分には必要の無い話です」
「あら、それはどうしてなの?」
「自分は、澤村家の長男としてこの世に生を受けた時から畳の上で結果を求められる事を宿命づけられた人間です、結果とは勝利、勝利とは一本、柔道の世界で求められるものはそれだけ、柔の道を歩む者にそれ以外は必要ありません、自分が日々精進し達成しなければならない使命はただ一つ、勝利のみ、その為にすべき事は如何なる時も常に鍛錬に鍛錬を重ね、ただひたすら生涯をかけて己の完成型を極めるだけです、その他の知識や経験などは心に隙を生み出しかねない不要な存在、今の自分にとって無駄な雑念以外の何物でもありません」
「……う〜ん、なるほど、そういう訳ねぇ〜」
……うわぁ、最悪。超つまんない。ものスゴい堅っ苦しくて退屈しそうな生き方だわ。もう、聞いててこっちが息苦しくなってきちゃう。何よ、『使命』とか『宿命』とかって、バカじゃないの? アンタは生まれてきた時に神様から『お主は柔の道を極めなさい』とかお告げでもされたって言いたいの?
ホントに見た目通りこれっぽっちも面白味の無い男なのねぇ、最っ低。翔太君はよくこんなヤツとFriendlyになれるわよね、ある意味リスペクトしちゃうわ。那奈や小夜や翼もこの話を聞いたら絶対呆れてこの男と距離を置くに違いないわ。
「なるほどねぇ〜、そう来ちゃった? あっそ、やっぱりそうよね? うんうん、そうね、そうよねぇ〜?」
……それにしても、スゴいのはママの仕事っぷりよ。ゴリラの戯言を一言漏らさす聞いて相槌打ちながらも、メイク落としの手の動きはちっとも止まる事無く、次々と汚れたコットンがゴミ箱の中に消えていくの。
リョウちゃんのメイクはかなり濃く塗られていたはずなのに、まるで消しゴムで消してるみたいにスイスイとメイクが落ちていく。動きに一つもムダが無いわ、やっぱりママってスゴい! 間違いなく人類最強で最高のSuper womanだわ!
でもね、ママのスゴいところはこれだけじゃないのよ? あのぉ、何て言うのかなぁ〜? 一言で言えばInsight, 洞察力がスゴいのよね。ちょっと会話を交わしただけで相手の人格や性格、これまでの生き様とかを簡単に見抜いちゃうスペシャルスキルを持ってるの。その的中率やプロの占い師もビックリしちゃうくらい。
このチームの四人組や他のスタッフ達はみんなママがそれぞれ持っていた可能性を見い出して育成した人ばかりだし、何てったってアタシのパパ、あの三島勇次朗の埋もれていたライダーとしての才能を見事に開花させて世界チャンピオンの座に導いちゃったぐらいだもん。つまりママにはどんな隠し事も丸見え、何だって全部お見通しなのよっ!
「やっぱり、ね、今回もズバリ見抜いちゃったわ、やっぱりアタシの思ってた通りの男の子なのね、澤村君って」
「は?」
「自分の欲や甘えに屈しず、周りの声や空気に流されず、己の信念をしっかり持って何事にもブレない太い芯が座っていて、道徳的に人として間違っている言動が大嫌いで、弱い人が困っているのを見るとジッとしていられない、正に古き良き時代の逞しい日本男児の象徴みたいな男の子なのね」
「光栄です、その様な有り難きお言葉、自分には勿体無いほどです」
「さぞかしご両親から厳しいしつけの元で育てられて、毎日の稽古で自らの『心・技・体』を鍛え抜いてたんでしょうね、その磨きかかった内面の輝きは礼儀作法や言葉の節々からも十分に感じ取る事が出来るわ」
「確かに、これまで両親からは厳しくしつけられて参りました、それが柔道家としての嗜み、それこそが澤村家の家訓と教えられてきました」
「でもね、その反面、あまりに頑固一徹過ぎて柔軟な対応に欠けて、自分の不得意な分野の話になると反応がとても鈍くて、どうしていいかわかんなくなっちゃって結局最後はいつも『自分には関係ない』って殻に閉じこもっちゃう傾向があるんじゃないかしら?」
「うっ、いや、あの、それは」
「そして、自分には関係ないと判断したものに対しては必要以上に過敏に嫌悪感を表して、ついつい誤解されがちな連れない態度を取っちゃう可愛げの無い天の邪鬼さんタイプ」
「うぐっ」
「心中は周りの同世代の男の子達みたいな生活にちょっと憧れていながらも、『それは自分の意志とは違う』とやせ我慢をしてせっかくのチャンスを見て見ぬ振りしてやり過ごしちゃう、でもホントは意志や信念なんて言葉は全部弱い自分に対しての言い訳で、得意分野以外の未経験の世界に足を踏み入れるのが怖くて背中を見せて逃げ出しちゃう臆病者さんでもある」
「い、いや、そんな事はありません、自分は様々な世界から良いものだけを学習し吸収しようと冷静に吟味をしているだけで」
「なのに負けん気だけはスゴく強くてプライドが高いもんだから、そんな自分の弱さを人から指摘されても絶対に認めない、それどころか指摘してきた相手にはすぐムキになって真正面から敵対しちゃう、見てるこっちがあぁん、もぉう! ってなっちゃうほど世渡り下手でとっても不器用な困ったちゃん、それが澤村一茶君、アナタの真の姿」
「んがっ、がっ」
「まぁ、ザッとこんなもんかしらぁ〜? どぉ、大体図星でしょ? でしょ? でしょでしょ? それとも、まだ何かアタシに反論でもあ〜る?」
「ま、参りました、さすがは世界を相手で大活躍されている有名実業家、感服致しました」
「ウフフッ、どうやら今回ばかりはさすがのSamurai boyも一本負けって感じかしらぁ? でも、さすがは勝負師、勝ち目が無いと察すればちゃんと素直に敗北を認めるのね? そういう男らしい潔さ、アタシは好きよ!」
どうやら、それはこの堅物ゴリラ相手でも例外ではなかったみたいだわ。さすがはママ、んもぉう最っ高! アタシがどんなに責め立てても一切負けを認めなかったこの男を、反撃の隙すら与えない一方的なOneside gameでコテンパンにやっつけちゃった! ママ、ステキ! アタシ、横で聞いてて胸がスカッとしちゃった!
「ほぉら、見てご覧なさい! やっぱりアンタはアタシの言う通り、見栄ばかり張って偉そうにしていた腰抜けChickenじゃない! ママから見ればアンタなんてまだまだお子ちゃま、何がSamurai boyよ、アンタごときMonkey babyで十分! さっさとGo homeしてMonkey mamaの膝の上でおねんねしてればいいのよ、このバーカ!!」
「まぁ、確かにアタシから見ればもちろん澤村君は子供だけと、アナタはさらに困ったお子ちゃまよねぇ、千夏? 最近仕草や気配が大人びてすっかりアダルトな感じになってきたのに、喋る言葉や頭の中は至って幼いチャイルドのまんま! 今日の千夏にはママガッカリ! この様子だと一人前のLadyになるにはしばらく時間がかかりそうねぇ〜?」
「えっ〜!? そんな、ヒドぉい、ヒドいわママ! こんな見栄っ張りで頑固で聞き分けのないダメダメ男に比べたら、アタシはもうすっかり一人前のLadyじゃない! 一体、アタシのどこがChildだって言うのよぉ!?」
「千夏、アナタはまだまだ勉強不足よ、特に男の人に関してはね」
「……勉強不足?」
何よ、勉強不足って? 男の人? ふん、バカにしないでよママ? 男のポテンシャルなんてものはルックスと財産と包容力がものを言うのよ。そしてアタシは、それら全てがHigh performanceでバランス良く整ったステキな男性をChoiceしてGetするの。だってアタシはプリンセスだもの、この身を捧げるお相手はリッチでカッコいい白馬の王子様以外考えられないわ! これがアタシの男性論。どう、ママ? 完璧でしょ?
「ブッ〜! はい、ダメ〜! 全然ダメ〜!!」
「何でよぉ〜!? 女の子だったら誰でも夢見る最高の理想じゃない!? 何がいけないのよぉ〜!?」
「あのね千夏、男の人って言うのはね、常に夢と希望と高い信念を持って生きている生き物なのよ? それは男同士の格付けを決める大切なステータスであって、女性が子孫を残す相手として選ぶ目安に絶対必要不可欠なものなのよ? だから、男の人はみんな他の男性に負けない強い理想と力を求めて、多少虚勢にも近い見栄を張ってしまったりするものなの、頑固で意地っ張りなのは何も澤村君だけに限った事じゃない、世界中の男性みんなが必ずそういう一面を持っている、当たり前の事なのよ? 威勢を張るのは決して悪い事じゃないわ、見栄やプライドというものは男の人が男として生きていく為になければならないものなのよ」
「でもぉ、全然中身が伴っていない人間が見栄ばかり張ったって、結局はいざとなった時にヘマをしてみっともない姿を晒して恥をかくだけじゃない? そんなダサい男なんて全然話にならないわ! どんなに柔道が強くたって、ルックスはダメ、性格もダメ、得意分野以外の事は何にも出来ない、挙げ句にはBig mouth叩くだけ叩いて最後は見事に腰引けちゃってグダグダで、やっぱりこのゴリラ男はダメダメの腰抜け男よ! 男なんてみんなそんなのばっかり! 口ばっかりで実行出来ない人間なんて最低よ、論外だわ、論外!」
「そんな事無い、澤村君は決して腰抜けなんかじゃないわ」
「どうしてぇ!? 何でそこまでしてママはコイツの味方をするのよぉ!? アタシ、今のママが理解出来ない! もう全っ然わかんない!!」
「じゃあ千夏、アナタは澤村君と同じように柔道着を着て畳の上に立って、体重が100kg近くもある大男と試合をする事が出来る? その場から逃げずに最後まで戦い抜く事が出来る?」
「……なっ!? そんなの全然今してる話と関係ないわ! アタシは柔道選手なんかじゃないもの、そんな事を突然言われたって、戦う訳ないし戦える訳がないでしょ!? 逃げるわよ、逃げるに決まってるじゃない!?」
「よねぇ? 普通逃げるわよねぇ? 自分の得意分野じゃないんですもの、当たり前よねぇ?」
「当たり前よ! って言うか、その話とさっきの話とどういう関係があるって……!?」
「じゃあ、澤村君からすると今回のイベントモデルのお仕事はそれと同じ事なんじゃないかしら? 澤村君には自分より大きい相手と戦うより、全く経験の無いこっちのステージの方がよっぽど怖いって感じるのは当然、そう思わない?」
「……あっ……」
「それでも、彼はちゃんと覚悟を決めてこの未知の世界に足を踏み入れてきたわ、虚勢を張って一度言い出した事に引っ込みがつかなくてやむを得ずだったからかもしれないけど、その覚悟ってのは並みの勇気だけではそうそう出来ないものよ、果たしてそんな人間がホントにチキンかしら? ママにはとてもそうは思えないんだけどねぇ〜?」
「……そ、それは、その……」
「誰だって最初に経験する場面に恐怖心を抱くのは当たり前の事よ? 千夏もそんなに大人の女性を気取りたいのならば、悪口なんて言ってないでアナタから澤村君を優しくリードしてあげるぐらいの余裕があってもいいんじゃない? この業界に関してはアナタの方が遥かに先輩なんだから、もうちょっとママが見てて頼もしくなるような振る舞いをして欲しかったなぁ〜?」
「……うぅ、うぐぅ〜……」
全く隙の無いPerfect過ぎるママの言葉の前に、少しは大人のLadyに成長したと思い込んでいたアタシも完全にノックアウトされてしまったわ。やっぱり、ママはあまりにも偉大過ぎる。全然歯が立たないわ。
ああ言えばこう言う減らず口のお喋りゴリラを黙られたと思いきや、そのまま返す刀でこのアタシまでも軽くシャットアウトしちゃうんだもの。アタシもTalk battleなら那奈や翼にも負けないくらい自信あるんだけどなぁ、やっぱりレベルが違い過ぎるわ……。
「澤村君にはやっぱり余計なお話だったかしら? 今回のこの話は無かった事にして貰って結構よ、ってあら? もしかしてちょっと落ち込んじゃってたりしてる? 気にしなくていいのよ、そんな顔しないで? スマイル、スマイル!」
「はぁ」
「も〜う、相変わらず千春ちゃんは言葉を選ばないわよね〜? きっともう、すでに一茶ちゃんの心はズッタズタに切り裂かれまくってるわよ〜?」
「社長さんはたまに褒めてんだか貶してんだかいまいち良くわからない時があるですぅー! 社長さんはこの前ランランのコスプレを見た時、『うわぁ、キッモ〜い! でも、可愛〜い! キモくて可愛い、ランちゃんってズバリ臭くて美味しいくさやみたいな感じよねぇ〜?』って言われて、ランランは喜んでいいのか悲しんでいいのか良くわからなくなってその日一日中ずっーと『モルボルの臭い息』状態になったですぅー!」
ママとお話をしている間にアタシのメイクはすっかり完成して、すっかり余裕で手の空いたリョウちゃんとランちゃんも会話に参加するようになったわ。でも、肝心の隣のゴリ顔はメイク落としはキレイに完了してるけど、まだモデル用の下地メイクや毛穴隠しも施されてなくて汚い肌のまま!
いくら男性でも今やイベントステージやカメラのある場所ではメイクをするのは当たり前の時代、さすがにこの顔でギャラリーの前に立たせるだなんてさすがに失礼な話。もうイベント開演まで時間が無いわ! 一体どうするのつもりなの、ママ!?
「……実はね、アタシがあえて澤村君にこんな話をしたのは、アタシが深い交流がある一人の男性と澤村君がとても良く似たタイプの人間だったからなの」
「同じタイプ?」
「そっ、彼も澤村君と一緒で小さい頃から厳しいお父様の元で礼儀作法や一般道徳を叩き込まれて、たった一つの夢を実現する為に周りの娯楽には目もくれずにがむしゃらに青春時代を駆け抜けていった人でね、で、その夢っていうのは彼のお父様の夢でもあって、若くして亡くなられたお兄様の跡を引き継いだ夢でもあったのよ、幼い頃から周りのたくさんの人達の想いや願いをいっぺんにその背中に背負って生きていかなければならなかった人、それがアタシが初めて彼と巡り会った時の第一印象だったわ」
「何か、他人とは思えないほど自分と立場が良く似てますね、確かにその人と自分は共通点が多いと思います」
「ううん、似てるのは立場だけじゃないわ、性格までそっくりなのよ? 彼も澤村君みたいに自分の信念に頑固なくらい固執しちゃう、物凄い石頭で柔軟性に欠けた不器用な人でね、ちょっとでも自分と違う思念や常識を持つ人間と対立すると、ムキになって敵意を剥き出しでその相手を言葉を全否定するの、でもね、自分の得意分野以外のキャパシティが全く無いもんだから、そこから攻め込まれるとまるで子供のケンカみたいな幼い言い返ししか出来なくて、いっつも簡単に返り討ちにされちゃうのよ、ルックスは真面目そうで背も高くてカッコ良かったのに、いざ喋らせると全然ダメで何にも出来ない人で、何かアタシもその時はガッカリしちゃったのを覚えてるわ、ねっ、澤村君とホント良く似てるでしょ?」
「似て、ますか? そうですか、非常に心中複雑な気分です、はぁ」
「しかもね、さらに彼には自分と全てが真逆の人に対してちっとも礼儀も敬意も払わない、いい加減な性格の仲の悪いライバルの人がいてね、顔を合わせる度にいつも口ケンカになっては散々茶化されてもて遊ばれてこねくり回された挙げ句、馬鹿にされてコテンパンに叩きのめされて半ベソかきながらスゴスゴと背中丸めて逃げ帰っていくのよ? あの哀愁漂う可哀想な後ろ姿、アタシ今思い出してもついつい吹き出しちゃうわ〜!」
……あれ? ママのこのお話、アタシどこかで聞いた覚えがあるわ。不器用で子供っぽくてダメダメで、スゴく仲が悪いライバルの人がいて、しかも死んだお兄さんの跡を継いで夢を追いかけていた男の人……。もしかして、これってアタシも良く知っている男性の話じゃないかしら……?
「でね、その普段のケンカでついちゃった彼の負け犬根性は本番の戦いの場でも足を引っ張る形になっちゃって、そのライバルの人が先に現役を引退するまでの十年間延々と負け続けて、彼は自分の夢を叶えられずにずっ〜と屈辱の日々を過ごしてきたのよ」
「……ママ、その『彼』って、もしかして……?」
「でもね、彼は決してそのライバルの人より弱いって訳じゃなかったのよ? むしろ誰にも負けたくないっていう闘志は日本人の三人の中でも一番だった、って周りの関係者達はみんな口を揃えて言っていたわ」
「……ママ……」
「二対一っていう厳しい不利な条件の立場でも、何度も負けて叩きのめされても、心無いファンからブーイングを浴びせられても、彼は決して諦めずに何度も何度も奮い立って、人一倍の練習を重ねて戦いに挑んだのよ、呆れるくらいの負けず嫌いと、家族みんなの夢である世界チャンピオンへの闘志は、あの二人とは比べものにならないくらい熱くて魂のこもったものだったわ? ライダーとして恵まれた環境に育ち、お父様から直々に英才教育を受けて、デビュー前から『神童』と呼ばれ周囲から期待されながらも、突然現れた強力なライバル達の前に苦杯を舐め続けて思ったような結果を残す事が出来ない、それでも腐ったりせず一歩一歩にコツコツと努力を重ねるその姿は、見ているこっちまでもが切なくなって胸を熱くさせられたわ……」
……間違いないわ。その『彼』とはママが世界で一番愛しているあの人、三島勇次朗。アタシのパパよ! パパが昔、世界の頂点のバイクレースのステージで、那奈のパパの虎太郎さんや翔太君のパパの貴之さんと熱いバトルを繰り広げていたのはアタシも良く知ってるわ。でも、そんな苦労をしてレースを走っていたなんて全然知らなかった……。
「でも、それが彼の一番の長所であり最大の弱点、皮肉にも一途で真面目過ぎるその信念こそが自らの可能性を狭めてしまっていたのよ、亡くなった憧れのお兄様の遺志を継ぐ事ばかりに気を取られて、チームの監督をしていたお父様の言う事も聞かずにずっとそのお兄様の形見の旧式のマシンに乗ってレースに出場してたのよ? それじゃいくら何でもとても勝てる訳が無いわ、相手は世界最高の技術を持つ女性クリエーターの手によって開発された当時最新のモンスターマシンだもの、誰が乗ったって走る前からすでに勝負が決まっていたようなものだったわ……」
「……何よそれ!? そんなのあまりに無謀過ぎるわ! そのモンスターマシンってのを作ったのは、ママもRespectしちゃってるあの麗奈さんでしょ!? 無理よ、絶対無理! いくら何でもそんな戦力でパパに勝ち目なんてある訳が無い……!」
「そこにね、さらに追い討ちをかけるように世界でも五本の指に入る日本の大財閥グループが、モータースポーツの舞台に参入していた鉄鋼生産企業や二輪車生産工場を次々と取引法違反ギリギリのやり方で買収する金融混乱が発生して、彼が所属していたチームも巻きぞいにあって経営破綻に追い込まれて消滅してしまったのよ、彼は唯一の生きる道であったライダーとしての活躍の場を奪われて、唯一の頼みの綱だったお父様はそのショックが原因で脳梗塞を起こして倒れてしまい、何とか一命は取り留めたものの重い障害が残って半身不随になってしまったの、全てを失ってしまった彼はすっかり闘志も熱意もプライドも無くなって、まるで抜け殻みたいに茫然と途方に暮れていたわ……」
ううん、違うわ。アタシがパパの事を詳しく知ろうとしなかっただけだった。パパのバイクの話なんて、所詮は趣味が延長したただのお遊びだってバカにしてた。それどころか、パパは弱かったからずっと勝てなかったんだって、ダメなライダーだったから長い間ずっとチャンピオンになれなかったんだって勝手に思い込んでた。
慎一朗グランパの事や、プライベート中の交通事故で亡くなったって聞いてる龍太朗アンクルの事とか、パパがそんなにたくさんの人の夢や希望を一人で抱えて頑張っていただなんて知ろうともしなかったわ。パパからお話を聞けるチャンスはたくさんあったのに、連れない態度ばかり取って知らん顔してた。
まさかこんな所でママの口からこのお話を聞けるだなんて予想もしてなかったわ。ママにこうして教えて貰わなければ、アタシはずっと誤解したままパパの事を見下し続けていたかもしれない。アタシって最低。これじゃこのゴリラがアタシに対してする扱いとほとんど変わらないじゃない……?
「澤村君、もしアナタが彼みたいに、生涯を賭けて全霊を尽くして目指している夢を奪い取られた時、例えば大怪我によって柔道家としての可能性を閉ざされてしまったとしたら、今のアナタに別の新たな人生を見つけ出す事が出来るかしら? 柔道家ではないもう一人の自分の姿を想像する事が出来るかしら?」
「いえ、無理です、自分には柔道以外に何もありませんから」
「じゃあもし、ホントにそうなっちゃったりしたらどうする? どこかの大学の指導者にでもなる? それとも、お父様の跡を継いで道場の師範代にでもなる? どちらにせよ自分より若い世代の選手を導く立場になる訳だけど、その為にはもっと様々な世界の人達とコミュニケーションを取って、もっともっと広く人間関係を深めていく必要があるんじゃないかしら? だってコーチは現役選手と違って、各選手達の競技生活を金銭面でも契約面でもしっかり支援してあげなければならないし、医学面や栄養面でも詳しいアドバイスをしてくれるトレーナーや医師を探さなければならないしね、色々とやる事いっぱいあってスッゴい大変よぉ〜?」
「うむぅ」
「それとも、いっその事死んじゃう? もう僕には生きる夢も希望もありませ〜ん、って?」
「ママ! それはいくら何でも言い過ぎよ! このご時世にその手の話題はタブーだわ!」
「ごめん、ごめ〜ん! ジョークよジョーク、例えばの話! そんなに怒らないでよ千夏、ママ怖〜い!」
「んもぉう、最近のTeenagerはとてもDelicateでFragileなのよ!? どこで誰がこのお話を読んでいるかわからないんだから、Easyにそんな事言わないで!」
「いやぁ〜ん、ごめんなさぁ〜い! ママったらイケない子だわ、猛烈に反省中でぇ〜すっ!」
「あ〜あ、せっかくSeriousな空気だったのに、すっかりおフザけモードになっちゃったわ……」
「でもね、決して悪ふざけでこんな話をした訳じゃないわ? 中にはそれくらい悩んで苦しんでる選手の人達もいたりするから、ちょっと心配でついつい口が滑っちゃったのよ、千夏も澤村君もそれだけはわかって欲しいの、どうか許してぇ〜?」
でも、ママが一体何を言いたいのか少しわかる気がするわ。夢に向かって一生懸命になるのは良い事だけど、あまりそれに気を取られて周りが見えなくなると、それが叶わないと知った時に絶望のあまり自分自身を見失ってしまうかもしれないって事よね。道は一つとは限らない、人生にはたくさんの道がある。だからママはアタシに色々な経験の場の与えてくれていたのね……。
「アタシ達は澤村君の柔道家としての可能性だけに期待してる訳じゃないの、これからの未来を担う一人の若者としてアナタが持つ無限の可能性に期待してるのよ? だから、柔道の世界だけに拘らず、もっと別の様々な世界にたくさん触れて欲しいのよ、全国民のみんなが憧れる本当のスーパーヒーローになって貰う為にねっ!」
「しかし、自分にそんな事が果たして可能でしょうか? 恥を忍んで本心を語らせて戴きますと、自分は先程三島さんが言われた通り酷く不器用で融通の利かない人間です、本当は柔道以外の世界で上手く生きていける自信が全く無いのです、こんな自分が博学と武芸を兼ね備え、人々の模範となる人間になれるとは、とても……」
「しんぱ〜いないさぁ〜! なんてねっ? ウフフ、だって澤村君が極めようとしてるのは『柔』の道でしょ? どんな出来事に対しても柔軟な心構えで受け止めるのが真の柔道家のあるべき姿、アタシはそう思うんだけどなぁ〜?」
「ハッ! 言われてみれば、確かに!」
「自分には無理、自分には関係ない、そういうネガティブな思い込みこそが自分の可能性を狭めてしまうのよ? さっきも言った通り、未知の世界へ足を踏み入れるのは誰だって怖いの、でも、それは決して恥ずかしい事なんかじゃないわ、失敗したっていいじゃない? 人間は一人なんかじゃ生きられない、困った時は意地を張らずに助けを呼べばいいの! だからこそ、アナタが道に迷わないようにアタシ達サポート役が側にいるんだから!」
そういえば、ママはこれまでもたくさんのアーティストやアスリートのサポート役に回っては、それらの人達のサクセスストーリーを演出してきたわ。時には自分のチームのスタッフだけじゃなく、他のデザイナーやよそのスタッフにまでアドバイスをしてあげて、事業やイベントのお手伝いをしてあげた事もあったわ。
だから、この業界でママが嫌いだって言う人はほとんどいないわ。中には嫉妬してイヤミを言ったりするひねくれた大御所さんとかもいるけど、一度助けて貰った人達はみんなその恩を忘れずに、今度はママの頼み事を聞きつけて喜んで協力してくれる。見返りや分け前を求めず他人に尽くすからこそ、ママはみんなから絶対的な信頼を得る事が出来たのね!
「澤村君、アナタが難しい事を考える必要は一切無いわ、男は夢と野望を持って真っ直ぐ前を向いて堂々と生きていけばそれで良し! それが男の役目であって、それを裏で支えるのがアタシ達女の役目! 澤村君が気を使わなくても、こっちがちゃんと後ろから全力でサポートしてあげるから一つも心配しなくていいわよ! このアタシを信頼して何だってぜ〜んぶ任せなさい!!」
「おぉ、これは何と頼もしい存在だろうか、これほど安心して身を任せられる人間には今まで出逢った事が無い、もしやするとこの人はお袋よりも凛々しく逞しい女性かもしれん、これこそ正に海千山千、世界を見極め悟りを開いた偉人の気迫というものなのか」
「あれこれダメダメだったアタシのダーリン、勇ちゃんもね、ちゃんと有能なスタッフとマシンクリエーターを揃えたスペシャルチームを用意して最新鋭の技術が詰まったニューマシンに乗せてあげたら、たった二年で日本人初の最高排気量クラスのシーズンチャンピオンになっちゃったんだもん、澤村君だったらもっと早く世界王者になれちゃうわよぉ!?」
「ハーイ! ソノ Super Machine ヲ ツクッタ ノハ、My sweet darling ノ アキラ・カゲヤマ デース! アキラ ノ Machine ハ、Very very fast デシタネー! レナ・ワタセ ガ ツクッタ Machine ヨリ、ゼンゼン Stronger! イチバン Fastest デシタヨー!」
「あ〜らまぁ〜? ソフィー、そんな事を麗奈の前で言ったら、んもぉうカンカンに怒っちゃって大変な事になるわよぉ〜? ホント、晶ちゃんの話をするとすぐに喜んですっ飛んでくるんだからぁ〜!?」
「Oh, yes! He is my favorite treasure! I love you,baby! I want to hug your right now!!」
「あ〜あ、呆れちゃって聞いてられないわ、相変わらずお二人はラブラブでお熱いのねぇ? どうもご馳走様でしたぁ〜!」
ママのお仕事モードの気迫にちょっと控え目で後ろに隠れていたソフィーも会話に絡んできて、ピリピリしていた場の空気も和んでスタッフからも笑い声があがって、何かスッゴいGood feeling! アタシも急にテンション上がってきちゃって俄然やる気満々になってきちゃった!
「……でも、ちょっとWait? ママ、コイツの、この男のメイクはどうするの?」
「はーい! 時間でーす! スタッフ各自、持ち場についてスタンバイして下さーい!」
「姉御! 準備OKかーい!? もう開演時間だぜー!?」
「ヤッダ〜!? モモとハナが迎えに来ちゃったわよ〜!? 千春ちゃん、急がないと一茶ちゃんの準備間に合わないわよ〜!?」
「衣装の着替えはすぐ出来るとしても、まだメイク下地も塗ってないしヘアスタイルもボサボサですぅー! さすがの社長さんもこれは大ピンチですぅー!?」
ヤダヤダヤダ、どうしよう? 普段こんなにギリギリになる事なんて無い前代未聞のママのお仕事具合にアタシ達スタッフ全員はドッタバタの大慌て! 時間を知らせに来たモモさんハナさんもルーム内を走り回って大パニック! アタシ達がイタズラして塗ったメイクは完全に落ちてるけど、コイツの顔、無作為て面白みの無い不細工ゴリラのままよぉ!? ママ、どうするのよぉ〜!?
「ねぇ、ママ!? まさかママともあろう人が、お喋りに夢中になってお仕事を忘れちゃってた訳じゃないわよね!? 何か秘策があるのよね!? Hey,Mom! hurry up! Time is coming!!」
ところが、ママはそんなアタシ達を気にもしないで鼻歌を歌いながら余裕しゃくしゃく。笑顔でゴリラの不細工顔の両頬をムニッと掴むと、手のひらで軽くポンポンと叩いて緊張を解す様に両肩を揉んであげてこう言ってみせたのよ。
「さっ、これで準備は完璧よ! 澤村君、頑張ってね!」
「えっ〜!? ちょっと待ってよママ!? これで完璧だなんて、まだメイクも何もしてないじゃない!? いくら男だっていっても、すっぴんのままイベントに出させるだなんてUnbelievable過ぎるわ! 一体どういう事なのか説明してぇ!?」
「あら、メイクならとっくに完了してるわよぉ? 見てわからない? わからない様じゃ、千夏もまだまだ勉強が足りないわねぇ〜?」
「……What? どういう事?」
ママはニコニコしながらアタシのおでこを指でツンとつつくと、両手を腰に置いて自信たっぷりに説明してくれた。その姿は、世界のファッション業界のNew generationと呼ばれ、ワールドクラスで大活躍するカッコいい女性十傑としてTIME誌にも紹介された『チハル・ミシマ』そのものだったわ!
「メイクって言うのはね、何も外見だけを整えるだけのものだけじゃないのよ? 内面のケアもきっちりとしてあげて、本来持っている自信と輝きを取り戻させてあげる事もメイクアップの一つなの! 澤村君には元々、大勢のギャラリーを魅了するオーラが全身から溢れ出しているもの! アタシがこれ以上手を加えなきゃいけない部分はもう一つも無いわ、大丈夫よね、澤村君?」
「はい、お任せ下さい、三島さんのご期待に全力でお応えしてみせます」
「うん、よろしい! 良い返事ね、今のアナタに余計な飾りなんて必要無いわ、正々堂々と胸を張って自分の勇姿をみんなに見せつけてやりなさい! アナタにはアタシがプロデュースした高機能なスポーツウェアと、澄んだ心の様な真っ白なアンダーシャツ一枚あれば最高のスーパースターになれるわよ! アタシが保証するわ、自信を持って行ってらっしゃい!!」
「押忍! 澤村一茶、行って参ります!!」
「社長〜! お見事です! お見事過ぎます〜! もう私、感動して体中がビリビリ痺れちゃってます〜!」
「うひゃー! 姉御、カッコ良いよ姉御っ! アンタ、カッコ良すぎだぜっ!!」
「う〜ん、悔しいわ〜! また千春ちゃんに一本取られちゃった〜! メイクとは内面をも輝かせる言葉の魔法、何てステキな名言なのかしら〜! 私はまだまだヒヨッ子ちゃん、メイクの心得って私が思っている以上に奥深いものなのね〜!?」
「やっぱり社長さんは別格中の別格、この世の唯一神ですぅー! ランラン、死ぬまで社長さんのお側から離れずに御奉仕する事に決めたですぅー! ご主人様ー!!」
……さすがだわ、ママ。アタシもすっかりシビれちゃった。『メイクは外見だけじゃない』だなんて、リョウちゃんじゃないけどこれって二十一世紀に残る大名言だってみんなも思わない?
こんなセリフ、そんじょそこらの名も無きファッションデザイナーがカッコつけて言ったってダッサいわよぉ? 絶対にシュプレヒコールの嵐に飲み込まれるに違いないわ。
どんな場面でも自分の力と愛する人達の秘めた可能性を信じて、様々な困難を乗り越えてきたママだからこそ言えた名言だとアタシは思うの! これはママしか使っちゃいけない魔法の言葉、ううん、ママだからこそ人々に愛と勇気をあたえる魔法の言葉になるのよっ!
その証拠に、見て!? さっきまであんなにヘタレ全開で情けなかったあの腰抜けゴリラがすっかり立ち直って、あのいつものふてぶてしい偉そうな姿に戻ったわ! これでもう怖いものなんて無いわ、このイベントだって成功したも当然よ!
これならきっとアタシ、最高のステージをママとソフィーにプレゼントをしてあげられるわ! 受け取って!? これがこれまで愛をもってアタシを育ててくれた二人に対しての精一杯の感謝の気持ち! アタシはこんなにキレイで美しいLadyに成長したわ! それもこれもみ〜んな二人のお陰よ、愛してるわ、Mom&Sophie!!
「……ってあれ? Happy endも良いけれど、何かちょっとおかしくない? アタシ、どうしても納得出来ない事があるはずなんだけどぉ、何だったっけ……?」
「何をボケッとしているんだ? 急がないと開演までに間に合わなくなるぞ、早くしろ」
「……あぁん、もぉう! ちょっと待ってよぉ〜!? ……って、ちょっと待てぇ!!」
「何だ?」
Wait! Wait,wait,wait!! 何で? どうして!? 何がどうしてこんな事になっちゃってるのぉ!? 元々はアタシ、やっとこの男の弱点を鷲掴みにしてあと一歩のところまで追い詰めたっていうのに、何よこれ!? ママの励ましのせいでコイツ、また自信を取り戻して元通りになっちゃったじゃないのよぉ!?
ううん、元通りどころか最初の時よりさらに態度がデカくなって偉そうになってない!? 嘘でしょ!?超最悪なんだけど!? こんなシナリオ、アタシはちっとも望んでない! こんなオチ、アタシ全っ然笑えない! 冗談じゃないわよ、作家のバーカ!!
「アンタねぇ、ちょっとママに褒めて貰ったくらいでWannabeってんじゃないわよぉ!? モデルのキャリアはアタシの方が断然上である事には変わりないの! せいぜいアタシの足を引っ張らない様に細心の注意を払いなさいよ! わかった!?」
「足を引っ張りかねないのはお前の方だ、健康的な印象が第一のスポーツウェアのモデルを、そんなチャラチャラしただらしない女が果たして務まるのか俺は今から心配でならない」
「……なっ! Shut that fuck up!! アンタごときに心配される必要なんか無いのよ! そんな暇があるなら自分の心配しなさいよ、このBig baby!! Kick your ass!!」
「本当に下品な女だな、恥を知れ、ファッキンビッチ」
「Noooooooooooo!! Oh, my god!! Shit!! Fuck,fucker,fucking!! どこでそんな言葉覚えてきやがったこのクソゴリラ!! マジいい加減ぶっ殺すわよゴラァ!!」
「ハイハイハ〜イ! 二人ともケンカも良いけど、イベントではちゃんと仲良くニコニコ振る舞って頂戴ねぇ〜!? ほら、もう始まるわよ! Everybody, Let's go!!」
「ママ一人だけEnjoyし過ぎよ! 少しは自分の娘にも優しい言葉をかけてくれだって良いじゃない!?」
「ママ、千夏のジャージ姿とテニスウェア、楽しみにしてるわよ〜! あと、スクール水着もよろしくねっ? ウフフッ!」
「……あ、あぁ、あああああぁぁぁぁぁ!!!!」
……忘れてた。せっかく忘れてたのに、思い出しちゃった。ママのせいで思い出しちゃったぁ〜!! 嫌ぁ、スクール水着は嫌ぁ〜! それだけは嫌よ、絶対嫌ぁ〜!!
「はーい、ステージ開演しまーす!」
……まぁ、アタシだってこれでもプロのモデルな訳だから、もちろんこの後のステージでは機嫌悪いながらもしっかり仕事はこなしたわよ。だってしょうがないじゃない、お仕事なんだもん。どんなに嫌な事でも最後までやり切るのか社会人の常識、キレイ事ばかりじゃ生きていけないのよっ! もうこの話はノーコメント! 何も言う事ないし何も答えたくないわ! はい、もうここまで!
えっ? あのゴリラのモデルデビューの件はどうなったのかって? そりゃもう最悪よ、アタシからすればね。すっかり気合い入って問題ないかと思ってたら、出番目前になった途端に真っ青な顔になって脂汗ダラダラ、緊張で足の先までカチンコチンになってたわ。
それでもいざステージに立ったら覚悟が決まったのか、まあまあそれなりにこなせてた感じだったかしらね。アタシとしては正直、何かとんでもないヘマでもしないか期待してたんだけど、何事も無く無事に終わっちゃってもうガッカリだわ。
しかもギャラリーの中にはコイツを知ってる人達もいて、女性陣からは黄色い歓声が上がったりしてたのよ? 生意気よねぇ、アタシなんか脂ギッシュなハゲのオッサンにジロジロ見られて超キモかったのに、どっちが今回の主役だと思ってんのよ!? あ〜ん、もぉう超不愉快! アタシ全っ然納得出来なぁ〜い!!
「OK〜! 千夏、澤村君、最高のショーだったわよ! アナタ達二人をモデルに起用して大正解ね! やっぱりアタシの目に狂いは無かったわぁ〜! ねぇソフィー!?」
「Wow! It's excellent! Very very amazing! And exciting! Yeah!!」
……どぉ〜もいまいちスッキリしないわねぇ。何かスッゴいイライラするわ。勝負に負けたような気がするのはアタシの錯覚なのかしら? でもまぁ、イベントは何事も無く大成功したし、ママもソフィーもみんなとっても喜んでくれてるから、とりあえずGoodってところかしら? それに、今日アタシがここに来た目的は別にある訳だしねっ!
そうよ、アタシのもう一つの目的はソフィー、貴女と交わしたあの日の約束を果たす為なのよ。アタシは日本にきてからこの三年間、この約束を一日たりとも忘れた事は無いわ。さぁソフィー、アタシの気持ちを受け止めて。そして、貴女が体験したSky highの世界へとアタシを導いて! 世界中のアスリート誰もが夢見る、あの地球最大の平和とスポーツの祭典の最高のステージへと!